魂の器
名もなき狩人が魔族の手によって重傷を負う。歳は十代前半から中半と言った少年である。普段であれば白い肌にクリーム色の髪。少年らしい未来に希望を持った光を双眸に輝かせ。元気で明るい少年である。
しかし、いまやその輝きは失われつつあり、体は血でおおわれている。体温が失われていくのがよくわかり寒さを感じ、心音もだんだんと小さくなっていく。少年は自覚する。ここで自分は死ぬんだと。
どのような治療魔法を施されようと失われていく生命力を回復させる魔法など未だかつて存在していない。
ましてや自分達の仲間は魔族との戦いに手一杯でこちらを気にかける様子すら見せない。
「あぐ……」
言葉にならないうめき声が自然ともれる。戦いの喧騒は少しずつ静かになっていく。ここは魔王が支配する土地。ミール大陸北部、レイトモンド平原。少年の先には魔王の居城がうっすらと移っている。
もう少しだったのに……そんな思いが死の間際に駆け巡る。
いつの間にか戦いは終わったようで、仲間がようやくこっちに気付いてくれた。駆け寄ってくる気配が感じ取れる。
彼らは自分を見下ろしている。助けようとする気配すらない。
「あーダメか……弓が少し使えるから荷物程度にはいいとは思ったんだがな」
「まあ……しょせん奴隷だし仕方ないかな」
「でもさこの子、最後の奴隷でしょ? 荷物持ちどーすんのよ?」
「魔王の居城はすぐそこだし、もう必要ないだろう」
助けるそぶりすら見せずまるで少年を物扱いするような発言。この発言をしているのが国に選ばれた……そして神族の加護を最も強く受けた勇者一行である。
少年はこの一行に荷物持ちとしてついていくように母国に命令されついてきたのだ。そして期待もあった荷物持ちとはいえ人類の敵である魔族を駆逐する旅に同行することが出来たのだ。魔王を倒すことが出来れば自分達も奴隷の身分から解放されるかもしれないそんな未来を夢見て頑張ってきた。
また、勇者一行も彼ら奴隷たちを差別することなく綺麗な宿に泊まらせたり豪華な食事を与えたり、時には面白い話を聞かせてくれたり、また奴隷という身分に同情してくれたりと親身になってくれたのだ。
そうした勇者達の行動は連れてこられた奴隷たちの心をくすぐり、時には囮として、時には斥候として勇者に頼まれた危険な任務を喜んで引き受け結果、命を次々と落としていった。この少年も例外ではなく、この戦いに際して群れのボスと思われる魔族の注意を引いてくれと頼まれた。「無理はしなくていい。危険と思ったらすぐに逃げてくれ。僕たちもできるだけフォローするから大丈夫」とにこやかに言ってくれた。
勇者たちの戦いにあこがれ、その強さを間近で見てきた少年は自分も勇者になったような気がして、そして勇者の言葉を信じて得意の弓でボスを引きつけた。
しかしいざ戦いが始まると勇者たちはこちらを気に留めることもなく周りの雑魚を掃討しはじめた。とたんに青ざめ逃げようとしたが時はすでに遅く、少年は魔族の爪にその体を貫かれたのだ。
自分も勇者のようになりたくてあこがれてきた。きっと自分には才能がある。いつか勇者のように……しかし彼にはそんな才能はまったくなかった。どこにでもいるごく普通の少年。昔から狩り専用の奴隷として働かせられていたこともあり弓とナイフの使い方は同年代の少年に比べるとほんの少しだけうまいが、それも別に特別な才能というわけでもなかった。
若いゆえ、また勇者という強烈な光を浴び一緒にいることでいつしかそんな錯覚に陥っていた。
だけど、それはただの妄想でしかなかったことに少年は死の間際でようやく気付く。
そんな少年にさらに追い打ちをかける会話が続く。
「でもさあ……ここまで来るのに結構投資したんだよ? わざわざ豪華な食事与えたりさ、話し相手になったり……なのにここで全滅はないでしょう。ほんと使えないわねー」
「そういうなよ。そのおかげで奴隷たちは感動して囮になったりしてくれたんだからさ。つーか前の奴隷なんて、わざわざ魔族の群れに飛び込んで大勢こっちまでひきつけてさ……ククク……俺の姿見て気が緩んだとたんぽっくりだもんな」
「いや……そりゃあんたがあの奴隷ごと吹き飛ばしたからでしょ? ったく……もう少し生かしておけばほかにも使い道あったかもしれないのに」
「クヒヒヒ、夜の相手にか?」
「バッカじゃないの? そこまで欲求不満じゃありませんだ」
「バカな話はここまでだ。報告によるとリムルスタン公国の勇者たちも傍まで来ているらしい」
「はあ? マジかよ! あいつらこの間、六魔将の一人とやりあったばっかじゃねえか! ったくこっちはまだ大きな手柄立ててないんだから魔王ぐらい譲れよなあ」
「ぼやいてないで急ぐぞ……シュバルツ帝国の勇者が返り討ちに合ったらしいが、魔王も相当な手負いと聞いている。今がチャンスなんだ。ぐずぐずしていると本当に手柄を奪われかねん」
「はいはい……んじゃあいきますか」
すでに少年には興味はない。壊れた玩具はその辺に捨ててそれで終わり。そんな態度が死の間際にいる少年にもよくわかるほどだ。
騙されていた……旅の間にかけてくれた優しい言葉も、豪華な食事も、すべて全部……ガラガラと少年の心が崩れていく。
どうして……どうして。
さまざまな思いが込められた『どうして』だ。
どうして自分には才能がない? 憧れていた勇者の強さに。勇者の仲間の強さに。神の加護は全ての人に平等に降り注いでいるはずなのにどうして自分には勇者のような才能がないのか。
どうして勇者たちは自分を『自分達』をあのように扱うのか……。
同情してくれた。旅が終わったら奴隷から解放してもらえ得るように国王に掛け合ってくれると笑顔で言ってくれた。奴隷の自分を……自分達を仲間だと言ってくれた。
なのにあれらは全て演技……嘘で塗り固められた虚構。なら死んでいった自分の仲間である他の奴隷は何だったのか。
どうして自分は奴隷という身分に生まれついたのか。
どうして……。
「あ……あ……ぐあ」
泣きたい。しかし泣く体力すらすでに失われ涙が出ない。きっとあの勇者たちは魔王を倒し国の英雄として光り輝く道を行くのだろう。
それに比べ自分は誰に看取られることなく死んでいく。多くの人が勇者の名前を呼ぶだろう。だが自分の名前を呼んでくれる人は誰もいない。
悔しい……情けない……羨ましい。
ああああああああああああああああああああああああ!
少年の心が悲鳴を上げる。心がきしみ、血の涙を流す。自分が歩みたかった光り輝く道を勇者たちが行くことに絶叫を上げる。
その勇者たちに騙された悔しさに悲鳴を上げる。
自分に神の加護を与えない神に呪いの声を上げる。
意識がなくなっていく。闇よりも深い黒に覆われていく。
その刹那。彼に目に光が宿る。
視界に入ったのは先ほどと変わらない景色。魔族の死体や血もあちこちにあり、戦いの後を物語っている。
なにが起きたかと視線を動かす。
ついでに周りを見ようと頭を動かそうとするが動かない。指先もピクリともしない。上半身から下半身にかけてまったく動かすことが出来ないのだ。動かせるのは視線のみ。
なにより感覚がない。これが死の感覚かと思いゆっくりと目をつぶる。もしかしたら自分はすでに死んでいるのかもしれない。
そこへ突如声がかかる。
「どうした? 諦めたのかい?」
若い男性の声だが、ノイズがかかっているように聞こえにくい。
何事かと思い目を開ける。
そこには黒衣の衣装を体全体にまとった存在がいた。大きさはちょうど大人の平均よりやや高いと思われる身長。わかるのはそれだけだ。
顔もすべておおわれていて、宙に浮いている。足すら見えない。
その迫力、威厳、そして発せられる圧力。もし体が動かせたなら、少年は腰が抜けて立てないかもしれない。逃げるという選択肢すら許されないような存在が目の前にいたのだ。
「我が問いに答えよ。人の子よ。我が力によって死への旅立ちにはいくばくか時間がある。とはいえ無限というわけではない。さあ、早く答えろ」
再び声がかかる。
「諦める? 諦めるというのは……希望を持っている人のみに与えられた特権だろ? 元々奴隷である俺には諦めるという選択肢はないんだよ」
「ククク。なるほどね……だが先ほど聞こえた貴様の悲鳴……貴様の心はそうは思っておらんようだが?」
勇者一行に騙されることによって、未来に光がともされた。しかしそれは蜃気楼のようにあっさりと消え希望が絶望に変えられた。そんな少年の心の悲鳴を黒衣の存在はしっかりと感じ取っていた。
「だからなんだよ……奴隷という身分を忘れて希望を持ったバカな俺を笑いに来たのか?」
黒衣の存在の発言を少年は肯定する。そうだ。確かに先ほど自分は生まれて初めて『諦めた』のだ。そしてそれがどれほど悔しいか……。
「そんな酔狂な真似をわざわざ六魔将が一人、死魂のガーデウスがすると思うのかい? 少年よ」
少年は絶句する。
『死魂のガーデウス』六魔将の存在の中でも最も謎が多いとされている存在。あらゆる存在の死を糧にするとだけ言われており、各国の勇者から何百回も倒したと報告がなされている。
倒しても倒しても何事もなかったかのように姿を現し暗躍する。奴隷の身分である少年すら知っている出来事だ。
「あんた……本物なのか?」
「何を持って本物というのか……私が本物だとしてそれを信じるのか? 偽物だとしてそれを信じるのか? そして偽物だろうと本物だろうと、その質問に意味があるとは思えないな」
まるで自問自答するようにつぶやき答えるガーデウス。
「じゃあ……何の用なんだよ……俺みたいなもうすぐ死ぬ奴隷に」
「用ならあるさ。私は可能性が見たいのだよ」
「可能性?」
「才能……君はそれが欲しくはないかね」
それは少年が憧れたもの。勇者のような才能があればとこの半年間何度思ったことか。
「欲しいさ!」
だから少年は全力で答えた。才能。それは凡人がどんなに努力しても絶対に手に入れられることの出来ないもの。
才能を開花させるのは努力の結果である。では才能がない凡人の努力はどうなのだろうか……無駄ではないだろう。だが、才能のある人間には絶対に追いつくことが出来ない。
凡人である少年には才能を持つというのがどのようなものかまったくわからない。神の加護は等しく降り注いでいるはずなのに……なぜ自分は凡人で勇者は勇者なのか。
嫉妬。それが今の彼の率直な気持ちだろう。騙されたことも確かに許せることではない。だがそれ以上に自分が欲しくてたまらない才能を持っている人間が羨ましい。それこそ憎めるほどに。
「だが、私は君に才能を与えることは出来ない」
「……俺をからかっているのか?」
話の流れから『君に才能を与えよう』という言葉を期待しなかったと言えばうそになる。そしてその心の機微を相手に見抜かれた。
「おや? 期待したかい。残念だね。私は神ではないからね。それに君も嫌だろう? 他人から与えられた力を自慢げに振り回すなど。私から見れば滑稽だ。親におもちゃをもらって喜んで自慢している子供と一緒だよ。まるで親の力を自分の力のように振り回すバカには興味はない。各国の勇者などまさにそれだよ。神から与えられた加護を自分の力のように振り回している。ククク、まあそれはそれで面白い余興だがね」
「じゃあ何しに来たんだよ……時間がないんだろ? 俺がゆっくり死ぬのを見物しに来ただけなのか?」
「おっと、すまないね。話がそれてしまったようだ。私が君に与えるのは才能ではなく魂だ」
「魂だと?」
「そう」
ガーデウスが腕を伸ばすとそこにはなにやら光が凝縮されたような円形の物体が現れた。
「それは?」
「魂だよ。ただし500人分ほどの物になるがね」
「500人?」
「そう……そしてこの五百人は皆凡人だ」
「お前……本気で言っているのか!? 魂だと!? 死者を冒涜するというのか!?」
「ならば生者は冒涜してよいのか? 今君がまさに死の間際に立たされているのは冒涜された結果によるものではないのか?」
ぐっと言葉に詰まる少年。言い返すだけの言葉が思いつかないというのもあるが、なによりも疲れが見え始めてきている。
「ふむ、長話が過ぎたようだね。話を進めないと。最後まで聞きたまえ。質問はなしだ。よいな?」
有無を言わせない圧力を浴び少年は押し黙る。
ガーデウスはそのまま話を続ける。
「この五百人はただの凡人だが、ある共通点を持っている者達だ。みな君のように妄執にとらわれ未練を残しこの世を去った。そうした人物ばかりの魂を私は集めていてね。そしてある程度量が溜まったので誰かに与えようと思っていたところに君の悲鳴が聞こえ足を運んだというわけだ。これを君が受け入れるならば君は再び命を持ってこの世界に立つことが出来る。さあどうする?」
そのような事をいきなり言われてもとっさに判断できるはずがない。なにより相手は魔族であり人類の敵である。それは奴隷である少年にまで潜在意識のレベルで刷り込まれているほどだ。
「時間がないぞ少年。このまま座して死を待つか? それとも五百人の魂を受け入れ新たな生命を謳歌するか? なにチリも積もれば何とやら。もしかしたら才能が手に入るかもしれないぞ?」
少年は才能という言葉に誘惑される。なにかが少年の心の中でうごめく。もしかした言霊でいつの間にか支配されているのかもしれない。
「そうそう言い忘れていたがこの中には君の仲間も幾人かいる。ルシア、ウォーレス、ケイト、リーリン……それほど懐かしい名前ではないだろう?」
それはこの半年間一緒に旅をして、夢を語り合い、勇者によって絶望を与えられた奴隷仲間たちの名前。特にリーリンとルシアは少年と仲が良かった。
「アイツらの魂まで……お前は!」
「おっと怒りの言葉を聞きたいわけではない。受け入れるか否か。私が求めているのはそれだけだよ」
意識が少しずつ重くなっていくのがわかる。もう時間がないのだろう。鈍った頭で必死に考える。
勇者によってもてあそばれた仲間たち。あいつらにもなにかしら強い思いがあったのだろう。それを考えると少年は悲しくなる。ならば……それを受け入れせめてあいつらの分まで俺が……。
「どうせその魂を解放する気はないんだろ?」
「ないな」
間髪入れずに答えるガーデウス。
ならば……。
「わかった。受け入れ──」
「そうそう、もし君がこの魂を受け入れきれなければ……君もこの仲間に加わってもらうことになる」
それを聞いて目を丸くする少年。
「当然だろう? 君も言っただろう? 死者を冒涜していると。その冒涜を君は受け入れるんだ。ならば罪を背負うのは当たり前だろ? そして君が耐えきれなかった場合。もちろんその仲間に加わるのは当然の流れじゃないか。ちなみに君の仲間達は全員失敗したからこうなってしまった。かわいそうに罪を背負ったばかりに神の加護は失われ輪廻の輪から外れる。もし生まれ変わったらその先には幸せがあったかもしれないのに」
「……お前は! お前は!」
「怒りを喚き散らす時間はもうないよ?」
意識がさらに遠のく……死の感覚が再び少年を襲う。顔は見えないがガーデウスはにやにやと笑っているようだ。
奴隷はここまでもてあそばれなければならないのか……生きている間は勇者に騙され……死んだあとは魔族の自由にさせられて……許せない。目の前の魔族ではない。勇者にでもない。こんな運命を『自分達』に課した運命、世界の理がである。
だがそのような気持ちも死んでしまえば終わりである。忘れたくない『自分達』を自分が忘れてしまったら……勇者は多くの人がその名を呼ぶのに……自分達を呼んでくれる人は誰もいないのに……。
「受け入れるよ」
少年は静かにそうつぶやいた。
「そうか。ならば耐えて見せたまえ。五百人分の意識に勝って見せろ。君の妄執と五百人の意識どちらが強いか」
魂の珠が少年の中に入り込んできた。様々な妄執が少年の心を襲う。ある者は金持ちを妬み泥の中でこの世を呪った。
妻を貴族に無理やり奪い取られ孤独のうちに死んでいった若い男性。
大貴族に体をもてあそばれ捨てられた身分の低い女性。
妖艶な美貌を持った女性に全財産を奪い取られ無一文のまま狼に食われた男性。
信頼していた妻に毒を盛られ、若い男との情事を見せつけられ死んでいった大貴族。
そして……少年の仲間達。
ありとあらゆる苦しみ、ありとあらゆる怨嗟が次々と少年の心を襲い尽くす。自我が保てなく発狂しそうな痛みが津波のように襲い掛かる。
それでも少年は耐え抜く。このまま魂の一つとなるのはごめんだ。誰にも知られずに誰にも名前を呼んでもらえずにこの世を去るなど認めない。勇者のように誰もが自分の名前を呼ぶ世界を自分は憧れている。
いやだ! いやだ! 絶対に認めない! こんな世の中など、こんな世界の理など絶対に認めてなるもんかあああああ!
そして少年はついにそれに打ち勝った。景色が広がっていく。体の感覚が戻っていく。脳が覚醒していく。
今までどんよりとした世界が急に開けたような……そんな感覚が少年は感じていた。
パチパチパチと手を叩く音が聞こえる。
「クククク。いやはや……これは少々予想外だな……君のような何の才能のかけらもない『凡人』がまさか五百人分の意識に打ち勝つとは。いや凡人だからこそ、その分追い詰められ妄執が凄かったということなのかな?」
本当に予想外の出来事だというような態度でそれは少年にもしっかりと伝わった。
失敗して魂の仲間に加えることが目的だったのか少年にすらその態度は分かるほどである。
「目論見が外れたようで残念だね……」
「いやいやいや、確かに予想外の出来事ではあったがいいものを見させてもらったよ。さてさてでは行こうか」
「行くって? どこへだよ? もう俺には用事はないだろう?」
「おや? 気づいていないのか? ククク。無理もないまずは自分の姿を見ることだね」
そう言ってガーデウスは鏡を渡す。その鏡に映っていたのは肌が浅黒く褐色に染まり、髪の色は黒よりも濃い闇色に染まっている。瞳は紫色で自分の知っている自分の姿とは全く異なっていた。
「何だよこれ……」
「ああ、言い忘れていたんだけどね。当然死者を冒涜し、神が決めた輪廻の理から魂を無理やり引きはがしたんだからさ。それを受け入れたものは魔族になる。ククク。当然だよね」
「騙したのか!」
「騙した? 人聞き悪いなあ……私は魔族だが。この場合は魔聞き悪いなあというのが正解なのだろうか?」
「知るかよ。クソ、クソ……」
「過ぎてしまったことを嘆いても仕方ない。それとも自殺するかい? 五百人分の魂を背負って? そんなことされたら五百人がかわいそうになるよねえ? 悪魔でもできないよ。そんな事」
魔族のお前が言うなと全力で突っ込んでおく。心の中でだが。自分は死者の魂を受け入れた。ならばその罪としてこの状況を受け入れるしかない。
だからと言って自虐に走る趣味はない。自分は罪深い存在だなんて口が裂けても絶対に言ったりはしない。それは凡人である五百人に対して失礼な気がするからだ。
むしろ、彼らが出来なかったことを……この五百人分の魂を使い彼らと一緒に楽しく生きる。それこそが何よりの供養だと思うから。
「なにやら色々と考えているようだね。うん私はそういうのを応援するよ。暗い気持ちで生きていても楽しくないからね」
「心を勝手に読むなよ」
「仕方ないだろ? 主従の関係なんだから。君は私の使い魔という立場だしね」
その言葉に目の前が真っ暗になる。奴隷という立場から解放されたと思ったら再び奴隷と変わらない立場。やはり魔族は魔族である。
「そんなに落ち込む必要はないよ。私は人間のように君を扱う気はない。そのうち私からの卒業もあるだろう。さあそれより目的地へ向かうよ」
「目的地ってどこだよ……多分魔王様は倒されてると思いますよ」
いつの間にか敬語になっている。なにより憎むべき魔族の王に『様』をつけていることに少年は気づいていない。持ち前の奴隷根性によるものなのか。それとも魔族になったことによる影響なのか。
ガーデウスはそのことについて何も言わない。
「バカだよねー勇者たちも……いくら倒したところでねえ……人間が神の加護を受けているように魔王様もまた神の加護を受けているんだよ? 人間に勇者が何人もいるように魔王様だって倒されてもすぐに復活するさ。とりあえずは仲間のところさ」
魔王も神の加護を受けているというのは聞いたことがある。人間の神の代表が光神リスティーナであるなら、魔族が崇拝している神は暗神ゲルティスをはじめとする負の神達だ。
少年はまだ知らない世界の理も、神々の理も。
「そういえば君の名前は?」
唐突に聞かれて少年は口ごもる。
「いや……魔術的な意味合いも込めて私が名づけたほうがいいね。なにもそれで君の精神的支配をするわけじゃないから。あくまでも気分的な問題でね……そうだな……アズライール。うんこれに決めた。今から君はアズライールと名乗るがいい」
アズライール。死を告げる天使の意味。死魂を操るガーデウスが名づけるにふさわしい名前であり死者の魂を受け入れた少年に似合いの名前である。
特に意義もなく少年はそれを受け入れた。
「さて五百人の凡人は才能を凌駕することが出来るのかな。楽しみだなあ」
ガーデウスの楽しそうなつぶやきは風にのって彼方へと去って行った。