最終話 ちゃんとフォロー
その晩、辞表を出すため、私はお嬢様の事務室を訪れていた。
「急に来て、どうしたのかしら?」
お嬢様は、せっちゃんが作ったクッキーを齧っている。なんだか、少しつまらなそう。
「私、メイド長を辞任します」
「そう」
お嬢様は冷静に、そうとだけ言った。
やっぱり私必要じゃなかったのかな。そう思うとすごく寂しくなった。
「……」
「……」
部屋を静寂が支配する。ものすごく、息苦しい。どうして私はお嬢様の言葉を待っているのだろう。辞める辞めると言って、引き留めてもらう事を期待していたのだろうか。いや、そうなのだろう。
今まで、ありがとうございました。その言葉が出てこない。だって、それを言ってしまうと、もう戻れないような気がして。
……矛盾してる。辞めると言っておきながら、必要ないと言っておきながら、私はここに残りたがっている。
でも、だめだ。私はここには必要ない。
私は決意を固めた。そして、お嬢様に今までのお礼を言おうとして――
「一応、聞いておきましょうか。なぜ辞める気になったの?」
簡単に決意を砕かれる。
私はお嬢様からの言葉にどこかほっとしながら、返答した。
「私、紅魔館に必要ないってわかったんです。……だって、みんな私より全然紅魔館に貢献してる」
そこから、止まらなかった。
朝のお嬢様のこと、食堂でどれほどの料理が用意されていたのかということ、今の紅魔館が私では遠く及ばないほど掃除や手入れが行き届いているということ、そして勇敢で優秀、それでいて抜け目ない妖精メイド達のこと。それらがどれほど素晴らしかったのか、お嬢様へ事細かに説明していく。
私がその妖精メイドを育てたのだという誇りと、もう私はいらないのだという悲しみが織り交ざる。
そして、私は最後に締めくくった。
「私にもうッ、出来ることはッないんですッ……!」
涙が止まらなかった。だって、これだけ愛している紅魔館。そこに、自分の入る余地がもうないのだという絶望が、心を染めていく。
それからしばらく、お嬢様の目の前でずっと泣いていた。
すると、お嬢様がぽつりと言った。
「クッキー」
「え……?」
突然の言葉に、涙でメイクがめちゃくちゃになった顔をあげると、お嬢様はクッキーを摘まんでいた。それはせっちゃんがお嬢様によく焼いているクッキーだ。
「このクッキーね、どこかのメイド長が焼いたものと比べるとね、何か物足りないのよ。なんだろう、よく分かんないけどね」
「あ、あの……」
お嬢様の言葉の意図が分からずに困惑する。
その意味を尋ねようとした時、お嬢様は優しく微笑んで言った。
「あーあ、どこかに、あのメイド長が作っていたものと同じクッキーを焼ける。
そんな事が“出来る”人間、いないかしら?」
「……ッ!」
お嬢様はその優しい笑みのまま続けた。
「早くクッキー焼いてきてくれないかしら。私はそんな人間を必要としているわ」
「は、はい゛……ッ!」
私は未だ溢れる涙を袖でごしごし拭いて、厨房へと駆けた。
自分を必要としてくれる、愛するお嬢様にクッキーをお届けするために。
咲夜がいなくなり、一人残されたレミリアは物足りないクッキーを齧りながら、呟いた。
「ちゃんとフォロー、やっといたわよ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
『ちゃんとフォロー』楽しんでいただけたでしょうか。
初めは咲夜さんがパンツ穿き忘れて一日過ごす、っていうお話だったのに、どうしてこうなった……。
それと、咲夜のレミリアに対する地文の地味な敬語は仕様です。心の中だから、敬語になったりならなかったりします。
実はこの作品。書きたかったものが二つあります。
一つは十六夜咲夜。
彼女は完璧な人間として描かれることが多いです。
しかし、彼女は人間。本当に完璧ではないはずだ。もう少し咲夜のおちゃめな姿が見たい。彼女の親近感の湧く、人間味溢れた姿、それを書きたかったのです。
そしてもう一つはレミリア・スカーレット。
カリスマがある時の彼女は、威厳に溢れています。しかし、自身の威厳を放つだけがカリスマなのだろうか。もっと別の形のカリスマもあるだろう。そう思って出来上がったのが、だらだら系カリスマれみぃちゃんです。
この二つをなんとか形にしようとして出来たのがこのお話です。
なんとも自分の欲望が入り混じりまくったお話ですが、楽しんでいただけたのなら幸いです。
では、また機会があればその時に。