第二話 それぞれの思惑
「何? なんだって?」
ボンベイ型血液入りの紅茶を嗜みながら、私は口を開いた。
「私たち、咲夜さんを安心させたいんです!」
戦闘全班長メイドである、ぜんちゃんが鼻息を荒げて言った。両隣にいる料理長メイドのもんばん(以前は最初の門番メイドだった)と掃除隊長メイドのすいーぱっちは同意するように何度も頷く。
世話係メイドのせっちゃんが焼いたクッキーを口に運ぶ。おいしいけれど、咲夜には遠く及ばない。
「ん、頑張ればいいじゃない」
あんた達も食べる? そう聞いたが、ぜんちゃんに断られた。すいーぱっちが「えっ」と残念そうにぜんちゃんを見た。
もんばんがぜんちゃんの後を継ぐように口を開く。
「お嬢様。明日、咲夜ちゃん現場復帰しますよね。その時に私たちはもう大丈夫だってことを咲夜ちゃんに知らせたいんです」
あぁ、そういえば紫が美味しい煎餅屋さんが出来たって言ってたっけ。今度フランと行ってみようかしら。
「ふぅん、そう。それでどうしろっての?」
「出来る事ならお嬢様に私たちのフォローをしてもらいたいんです!」
話す順番でも決めていたのか、今度はすいーぱっちが言った。
そういう打ち合わせは気に食わないわね。私はいつでも当たって砕けろアドリブ派よ。
「フォローて言うてもねぇ。そういうの美鈴とかの方が良くない?」
あの娘はよく気が利く。元から面倒見が良いし、こういうのには適任だろう。
しかしこの三人班長はそんな返答を予想していたのか、すぐさま言葉を返した。
「それなら美鈴さんに食事のこと頼んでいます!」
「それならパチュリー様と小悪魔さんに掃除のお手伝いお願いしています!」
「それなら妹様に戦闘のフォローのお願いを申し上げています!」
「え、なに? なんて?」
一気に三人話されても聞き取れない。私はどこぞの聖人ではないのだ。
もう一度説明を受けると、なるほどこいつらは私以外の面子にはもう話を通していたらしい。
美鈴は断りそうにないし、準コミュ症な妹は真っ直ぐに頼み事をされると断れない(精神が安定している時に限る)。パチェは、あれはあれで家族思いだし、しぶしぶといった体で納得したのだろう。小悪魔はパチェのおまけだ。
「それならあれじゃにゃい……あれじゃないかしら? 私いらなくない?」
おい、せっちゃん。お前今笑っただろ。主人を笑うとは何事だ。覚えとけよ。なんか仕返ししてやるからな。
「はい。しかし、こういう事はお嬢様に話しておかなければな、と思いまして」
「あぁ、はいはい」
どうやら、おまけは私の方らしい。
こんな事を言ってのけるもんばんは中々の度胸だ。ぜんちゃんとすいーぱっちは戦々恐々としている。
しかし、嘘を言わずに述べたのは好感が持てる。私は当たって砕ける奴には寛大だ。許して遣わそう。
「んじゃ、明日頑張ってね」
手をひらひらと振った。これは、もうなんかお前の好きにしていいよぉ、って合図だ。
私の合図を受け取った三人は嬉しそうに顔を見合わせた。
『ありがとうございます!』
「ういうい」
私のお墨付きをもらった三人は意気揚々と部屋を退出する。
そんな三人を私は横目で見送る。
「……面倒な事にならなきゃいいけどね」
私は紅茶で口を潤しながら、少し物足りないクッキーを齧るのだった。
* * *
その日の深夜。紅魔館地下大図書館内部、パチュリーの書斎。
「じゃあ、確認するわよ。まずは美鈴から」
私パチュリー・ノーレッジは、神妙な顔をして座っている美鈴へ視線を向ける。
いつも私が本を読んでいるこの書斎には、妹様、美鈴、小悪魔、そしてメイド三班長の七人が揃っていた。
咲夜を安心させたい組の集合だ。ただ今、明日咲夜を安心させるための作戦会議を行っているのだ。
因みにレミィは眠いから欠席、とのこと。吸血鬼が夜に眠いとはこれ如何に。姉の影響を良く受ける妹様も眠そうだ。
「私は咲夜さんが口にする料理へ元気が出る様に気を込めれば良いのよね?」
「はい、お願いします」
美鈴が料理長のメイドに確認をした。
美鈴の役割は簡単だ。彼女が持つその能力で、咲夜が口に運ぶ料理に気を送る事。
~計画その一、料理を食べたらわぉ元気~
一、レミィを起こし、身だしなみを整えた後、咲夜は朝食の準備に取り掛かる。その際に予め作り、気を込めた料理を味見として咲夜に出す。
二、咲夜それを食べる。
三、するとどうだろうか。一気に元気が湧いて出るではないか! さっちゃん感動! これで料理は任せても安心ね!
といった寸法だ。
中々不安の残る計画だが、悪い方向に転ぶことはないだろう。私は許可を出した。
次は私だ。
「私と小悪魔は、あ~、あんた」
「すいーぱっちです」
「そう、すいーぱっち。私と小悪魔が隠れて咲夜を監視して、咲夜が行く先々のどんな細かい埃も吹き飛ばしていけばいいのよね?」
「はい。お願いします。それと、もし掃除班員に粗相があった時は――」
「任せなさい。しっかりフォローしてあげる。
小悪魔が」
「えっ!?」
~計画その二、どこ行ってもピッカピカ!~
一、咲夜は基本休むことがない。手が空けばどこか掃除が足りていない場所はないかと見回りを開始する。それを小悪魔と私が監視する。
二、咲夜の行先に合わせて、以前より綺麗になった紅魔館を魔法でさらに綺麗にしていく。
三、するとどうだろうか。どこに行ってもピッカピカ! さっちゃん感動! これで掃除も任せても安心ね!
といった寸法だ。
完璧すぎる。流石私の考えた作戦だ。どう転んでも悪い方向に行くことはないだろう。
最後は妹様。
彼女の担当は戦闘。紅魔館において、レミィを除いてこれ以上の適任者はいないだろう。
「えと、私はぎゅっとしてドカン≪スナイパーばぁじょん≫で遠くから敵を狙撃すればいいんだよね?」
「は、はい……! お、お願いします」
妹様に怯えながらも、戦闘長は頷いた。妹様は悲しそうに眉を潜める。
今は安定期だから、妹様にそんなビビることないのに。
~計画その三、最強メイド隊~
一、まずは敵が責めてくる(どうやら妖精同士で話をつけているらしい)。
二、咲夜登場も、フランの力を借りたメイド隊が敵を圧倒。咲夜手を下すまでもない。
三、するとどうだろうか、メイドだけで戦えるではないか! さっちゃん感動! これで戦闘も任せて安心ね!
といった寸法だ。うん、まぁ、悪くはない。特に言う事もないだろう。
この三つが私たちが考えた作戦、総じてさっちゃん安心ね!計画。これで咲夜を安心させてあげるのだ。あの子はちょっと働き過ぎぐらいだったから、こうでもしないと過労死してしまう。現場復帰だと聞いたときは私も密かに心配したものだ。
この計画のリーダーである私は締めの言葉で括った。
「じゃあ、今日はこれで解散といきましょうか。
……美鈴、寝坊しないようにね?」
「まさか! しませんよ!」
そうやって空気を少し和らげてから、解散する。
明日は忙しくなりそうだ。