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2話 怖い笑顔のキキーモモ

 「……っで。公園で警察に連行されたところをうちの職員が引き取ったと」

 「はい」

 「……呆れてものも言えないとはこのことだ」


 ケイスケは呆れ果てた女性の言葉に短いうなり声を上げると、目を右往左往させて苦笑いを浮かべた。


 「言っておくが、お前に渡した『らくらくふぉん』にそんな機能は付属してはいない。次元回廊に繋げて、自身を異なる空間と座標に飛ばす機能はあるが、持ち主の意志に関係なく発動はしない」

 「……はい、多分、いや絶対にうちのもう一人のバカ精霊の仕業だと思います」

 「お前はロケットガールといい、本当に個性的なヤツと繋がりがあるな」


 またアイツの仕業なのか、と小さく呟いた切れ目の女性は、頭を右手で抱えながらコーヒーを口に含み、飲み干した。

 女性の一つにまとめ上げられた長髪は連続の夜勤で艶が無くなっており、肌は荒れに荒れている。目の下には明らかな寝不足と過労を証明する大きな隈ができていた。


 「……確か昨年だったか。警察の不祥事や、違法行為を証明するデータと書類が数百件流出した事件」

 「そんな話もありました。よく覚えていらっしゃいますね」

 「ああ、忘れたくても忘れられない話だ。何ものかの愉快犯のハッキングにより、あいつらの第一級機密資料が根こそぎ暴かれたんだ。警察はマスコミや国民に対応する一方、メンツが潰された怒りによって総動員で原因を究明した」

 「へぇ-、楓さん物知りですね」

 「しかし誰一人として答えにはたどり着けなかった。なんとハッキングを行った人間は痕跡を一つとして残さなかったらしい。終いには『これを行ったのは人間ではないのか』と噂される始末であった」

 「ははは。そんな馬鹿なって話ですよねー」


 目を合わせようとしないケイスケに、楓は唇の端を三日月の如く歪めて嗤った。


 「ついには私達裏の人間までがかり出されることになった。そんな馬鹿な噂を政府までもが懸念したらしくてな」

 「本当に今の政府はあれですよね、変なところで決断が早いですよね」

 「良くも悪くも、決断が早い事によって私達の仕事が増えたわけだ。しかしその時期は私達にとって地獄のように忙しい季節だったな」

 「ああ、お盆ですか」


 あの世から霊が大量帰省する時期である。良い霊であろうが、悪い霊であろうが、関係無しにこちら(この世)に帰ってくるのだ。

 それに伴いお祭り気分にでもなるのか、この世に留まっている霊的な存在もやたらに行動的になる。

 世間にはお盆休みであろうが、うちにとってお盆とはデスマーチ開始を告げる鐘のようなものだ。


 「ああ、そうだ。おかげで同じ部署の田中や源吉などは過労で倒れてな、病院に搬送されていったよ。それも仕方がない、なんせお盆と政府の依頼で眠れない日が四日も続いたのだから」

 「あの、何で私の腕を掴んでいるのでしょうか。ミシミシ音が鳴っちゃって凄い痛いんですけど」

 「しかし霊子反応が出たものの、犯人には追いつく事ができなかった。やがて捜索が行き詰まり、壁にぶち当たった時。ふと私は気が付いたのだ、これをやったやつはもしかしたら身近にいる人間ではないかと」

 「いや、あの、手がやばいんですけど。何か痛すぎて痛みを感じなくなってきたんですけど。掴まれた先に血が行って無くて真っ青なんですけど」

 「そもそもパソコン自体に関係する霊障など数はあまりない。ましてや、いたずらにプログラムを書き換えられるような霊的存在など限られている」


 楓の目は深い水の底のように、底知れぬ形容しがたさを放っていた。

 ケイスケを掴むか細い腕には血管が浮かび上がる。顔は色を失い、まるで死人のような面持ちである。


 「私はあらゆる原点と資料、データベースを検索した。ははは、確かこの時点で一週間は寝てなかったかな。頑張りあってか、見事に私の考えが的中して犯人が分かったよ」

 「楓さん、腕がやばい。なんかもう言葉に言い表せないぐらい腕がやばい」

 「するとあら不思議、なんとその原因とも呼べる存在を身近で使役しているバカがいるではないか」

 「あの、楓さん聞いています?俺の腕の骨が悲鳴上げているんですけど。SOS信号をひっきりなしに飛ばしているんですけど」

 「なぁ、妖精使い。お前さんの妖精、またやったのか。また全部お前の仕業なのか?手綱をしっかり握っておけって言ったよな?情報社会って言われるほどの現代において、お前の妖精は一つの国を滅ぼす危険レベルなってるって言ったよな?」

 「しかも結構本気で逃げようとしているのに、全然ふりほどけないどころか動けもしないんですけどっ!」

 「なぁケイスケ……ちょっと話そう。な?」


 なにやら楓の入ってはいけない領域に、さらに地雷を仕掛けていたらしい。

 そして、ケイスケはそこを全速力で踏み抜いて走り抜けてしまったらしい。

 楓の目からはハイライトが消え失せ、額には怒りの四つ角が三つも浮かんでいる。


 ケイスケの腕はもはや真っ青になっており、割とマジでケイスケは逃げようと躍起になっていた。

 だがケイスケの上司であり、武術や格闘術の師匠でも楓の拘束は、何故か腕一本掴むだけでケイスケの動きを完全に封じてしまっていた。


 もうそろそろケイスケの腕が景気よくはじけ飛ぶんではないのだろうか?


 そう思えて来てしまったその時、扉を開けて一人の柔らかい雰囲気を持つ女性が、お茶をお盆の上に乗せて部屋へと入って来た。

 そして目の前の異様な光景を確認するや、さらに異様な状態の楓へと優しい笑みを向ける。


 「あの、楓様?そろそろ放してあげた方がよろしいのではないのでしょうか」

 「止めるなマリア。こいつはそろそろ死ぬべきだ。この世界の平和のために、この世界を生きる人間のために、そして私達の平安のために死ぬべきなのだ」

 「なんかやたらと最後強調してないですかね楓さん!?」


 常人であればケイスケを捨て置いてでも、自らの安全を確保したくなるほどの顔。

 楓はもう怒りを通り超して、無と悟りの境地に至ったかのような穏やかな笑みをしていた。しかし笑っているはずなのに、何故彼女から逃げ出したくなるのかは不思議な話である。


 しかしまるでそんなことはないかのように、マリアはまるで赤子に微笑むような優しい笑みを保ったまま、楓へと切々に語りかけた。


 「いけませんよ楓様。最近お医者様から血圧に関しての注意をいただいたばかりです。そのようにカッカしてはお体に触りますよ?」

 「……そうだな。これ以上こいつのために私の体を傷つける事は、私自身望んではいない」

 「俺の体は傷つけてもいいのででででででぇっ!」

 「楓様、だからそう強く掴んではいけませんって」


 不満だと言わんばかりに乱暴に腕を放す楓に、マリアは苦笑する。

 マリアの姿はまるで西洋にいるかのようなメイド姿であった。それも今の日本にあるメイド喫茶のような、男の欲望的かつ華やかさがあるメイド服ではない。

 スカートの丈は長く、フリルなどは一切未使用。加えて装飾もなければ、彩りも茶色や白などの地味なものである。しかしそれが返って上品な雰囲気を纏う要素の一つになっており、マリアを引き立てる重要な一因にもなっていた。

 まるで歴史の中に存在するかのような、瀟洒なハウスメイドの姿がそこにあった。


 「マ、マリアさん。本当に助かりました。俺の腕が一本消えるところでした」

 「ケイスケ様も、あまり楓さんをからかわないでくださいね。いつも人手が少ない仲で、いっぱいいっぱいの仕事をなさっているわけですから」

 「ああ、マリアさんは本当にお優しい。まるで天使だ」


 自分の回りにいる女性は、何故かやたらにくせというかあくが強いのだ。

 だが目の前のマリアはそんなまりの女性とは違い、まるで聖母のような優しさと美しさを持っている。

 感激のあまりケイスケは思わず彼女の事を賞賛した。しかしマリアはそんなケイスケの言葉を受けて、お茶を配っていた手を止める。


 「……ケイスケさん、聞き間違いでしょうか?今私の事を『天使』などと呼ばれた気がするのですが」

 「間違いはありませんよマリアさん。ああ、もうなんていうかマリアさんは本当に天使です。綺麗で優しい、もう話しているだけでテンションが上がりますよ」


 楓が『ああ、こいつやりやがった』とばかりにため息を吐き出すが、桃色思考に囚われたケイスケはそれを知らない。

 そのまま彼女を天使やら神様やらとやたらにもてはやす。しかしそう褒められる度にマリアは体を震わせていく。

 恥ずかしさのあまりにそうなっているのだろうか。マリアさんは純情だからな、などとお気楽な考えを抱いたのもつかの間。

 ケイスケの顔にケイスケ用のお茶がぶっかけられた。


 「……へ?」

 「ケイスケさん、一つ言わせていただいてもよろしいでしょうか」

 「ど、どうぞ」


 怖い。

 楓は普段からあのような対応をされていたために、ケイスケはあまり怖いとは感じていない。

 しかし目の前のマリアのように、普段怒らずにニコニコしている人間の怒りは慣れないためか非常に怖い。

 マリアの場合は笑顔を崩さず、それでいて空間を奮わせる程の怒気を放っている。怒っている、マリアさんは絶対にキレている。

 そして文字通り、人ならざる彼女の怒りによって、実際に空間が揺らいで部屋の物が揺れていた。属に言うポルターガイストと同じ現象だ。


 「天使なんて勝手な存在なんですよ?人間に信仰されだした途端に調子のりだして、ずっと私達が働いていた職場から『悪しき者』として追い出そうとするわ、無理矢理改宗させてキリスト教の存在に変えようとするわ。いい例がレッドキャップさんですよ、あの方なんて聖水とか誓言とか元々は苦手でも何でもなかったんですからね?それにも関わらず天使達の標的になったばっかりに、勝手にそんな弱点を付けられていいように人間の敵にされちゃったんですから」

 「マ、マリア。そこらへんにしておけ、こいつには私がよく言っておくから」

 「楓様は黙っていてください。第一マリアという名前だって私が先なんですよ?天使達が聖母とか言っているマリアが生まれる前からマリアやってるんですんですよ。なのに聖母と同じ名前をお前のようなやつが名乗るなとかふざけるんじゃありません。こちとらメイドがメイドと呼ばれる前からメイドやっているんですよ。人が家事を覚えたその時から家事をやっているんですよ。歴史的は私の方が遥かに長いんですよ」


 俯きながらひたすらに呪言を放ち続けるマリアに、普段鉄面皮と呼ばれるほど無表情な楓でさえ焦りの表情を浮かべている。

 ケイスケに至ってはあまりの変貌ぶりに呆然とし、身動き一つすら浮かべていない。


 「なのにやたら私達妖精をバカにする、追い出そうとする。オリンポスの阿呆共でさえそこまではしませんでしたよ。な~にが『愛』ですか。こちとら愛され妖精で通ってるんですよ」

 「……なぁケイスケ、知っているか?日本の仏教の『慈悲』って言葉は、キリスト教で当てはめるべき言葉が無いらしい。つまりあいつらには『愛』があっても『慈悲』はないようだ」

 「楓さん、そんな諦めないでもう少しがんばってください」

 「無理だ、こうなったマリアは止められない」

 「おかげで古巣は追い出され、東欧からも追い出され、こんな東に落ち着いて……。ねぇ、ケイスケさん。これでも貴方は私を天使と言うんですか。あんな妖精を異端指定するような連中に組するんですか?」


 助けてくれとケイスケは視線を動かすも、いつの間にか楓の姿は忽然と消えてしまっていた。

 ちくしょう、あの人逃げやがったな。


 「そういえば、貴方が身につけているアクセサリーって。確か十字架をかたどったものがありましたよね?あれって私への当てつけだったんですか?逃げて逃げてここの部署に行き着いた私への嫌がらせだったんですか?職場いじめってやつですか?」

 「いや、あれはただのファッションでして……」

 「上等です、喧嘩ですね。買います、買ってやります。サービスタイムなんて入りません、そのまま原価で買ってやりますよ」


 言うや否やマリアは手に何やら怪しげな力を集め出す。

 みるみる何か良くないものが集っていくのを目視できたケイスケは、必死になって止めようとするもマリアは一切聞く耳を持たない。


 「マリアさん、落ち着いてください。話せば解ります!」

 「そう言った犬養毅総理大臣は暗殺されましたね」


 どうやらマリアにとって『天使』やら『聖母』やらの言葉は禁句だったらしい。

 とても良い笑顔で、マリアはケイスケへと笑いかけた。


 「一生水虫になる呪い。子種が消えちゃう呪い。顔面が陥没する呪い(物理)。好きなものを選んでください」

 「……オススメは?」

 「三番目です」

 「……お願いします」


 後にケイスケは語る。あれは世界を狙える拳であったと。


 桂木ケイスケ、鼻を骨折。全治一ヶ月。

 浦来うららいかえで。別室にて熱々のお茶を飲んで舌を火傷。追記、猫舌。

 マリア・モモ。意外とケイスケの顔面が堅くて腕を痛める。





 ■ ■ ■ ■

 




 ◇怪異データベース


 《NO,21妖精キキーモモ》


 ごく最近携帯のソーシャルゲーム、『神撃のバハムート』にも登場するようになるほど一般化された妖精である。

 その起源は東欧にあるとされている。姿も様々な形で伝えられており、少女の姿もあれば老婆のような姿。はてはキマイラのような合成生物の姿など、まさに日本の鵺のように正体不明。

 ブラウニーのように家をお手伝いをするとされているが、悪い子供を頭から食べたり、鶴の恩返しよろしく服を作ったりをこれまた様々な伝承がある。中には家自体を呪うという恐ろしい力も持っているとか。

 また、メイドとして伝えられた文献はかなり古い物であり、実質彼女ははるか昔からメイドとして生きているお手伝い妖精と言えよう。


 この作品ではキリスト教に悪者扱いされたらしく、わざわざ日本まで逃げ延びてきたようだ。

 そのせいか、あまり天使を好ましく思っていない。

 

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