戦争と立ち往生 4
私は、はっきり言って友達が少ない。理由は主に二つある。
一つは、他人に話しかけることが苦手だから。
二つ目は、友達なんて気の合う数人が居れば良い、と思っているから。
よく言う『狭く深くの関係』が私の、対人能力の限度なのだ。そして私は、自分で言うのもなんだが、変わった人間である。その変った私の友人も、やっぱり変わった人が多い。
で、何が言いたいかというと、そんな変わった私と友人たちの中にも、クラークほど変わった人はいない、ということだ。
現在私は、酒場『モーリスの店』に居る。というか移動していない。
クラークに置いて行かれたから、何処にも行けないのだ。
あの男、カーディナル姐さんに何かメモのようなものを見せてもらったら、さっさと出て行ってしまった。
私に一声も(・・・いや、あいつの場合は一瞥も、か)なく、当たり前のように出て行った。
別に、私に断りを入れる必要はないんだけどね。ないんだけど、ちょっと嫌だったというか・・・。
足の怪我を見てくれたり、こうやって何も言わずに置いて行ったり、優しいのか冷たいのか分からない奴だ。
とにかく、やることない私はカーディナル姐さんに話を聞くことにした。
カーディナル姐さんによると、今前線に居る軍隊は、独自で動いているらしい。いや違うな。王様には事後承諾で、独自に動いて布陣したらしい。
そして、どうやら相手国も同じようにして、今の緊張状態になっているようなのだ。
「なんでそうなったのかは、分からない。なんでか知らないが、その理由だけはどれだけ探っても分からなかったんだ」
悔しそうにそう言って、クラークに見せたメモを手に取る。
そういえば、あれには何が書いてあったんだろうか?異世界の見たこともない字なのに、私はこちらの字が読める。ということは、あのメモを見ればクラークが何処へ行ったのかも分かるかもしれない。
気付けば、姐さんの手に収まったメモを凝視してしまう私に、苦笑が向けられる。
「これが気になるってか?見ても良いけど、多分あんたじゃ分からないと思うぜ」
無造作に、私の前に置かれたそのメモを見る。
地図、のようなものが書いてあった。
いや、多分地図、と言った方が正しいか。
歯切れが悪いのは、それがほとんど何も書いてないに等しかったからだ。道っぽい細い線と、目的地っぽく丸く印の付いた所。書いてあるのは、たったそれだけ。道にしても、適当にクロスさせているようにしか見えない。
「これって・・?」
「地図さ。見ての通りのな。と言っても、私の癖と、この街を知り尽くしているような奴じゃないと、見ても全然分からないだろうな」
薄く笑うカーディナル姐さんから、地図に目を戻す。
地図。
私は、地図が読めない女だが、これは確かに普通の人でも分からないだろう。何処を示しているのかさっぱりだ。
そもそも、起点が何処かも分からない。道が、何処の道を指しているのかも分からない。よって、目的地も分からない。という代物だ。
クラークは、こんなものを一目見ただけで、場所を特定したというのだろうか。
「あいつは、慣れてるからな。この街じゃなく、私の書いた地図に」
「はあ・・」
「さて、あいつが帰ってくるまでには、まだ時間がある。どうだ?一つ、遊んでいかないか?」
「遊び?」
「そう。此処に都合良くトランプがあることだし・・・そうだな、ブラックジャックでもやるか」
そう言って、店員のお兄さんが一生懸命作っていたトランプタワーを、あっさり崩してしまった。そして、脇に置いてあった残りのカードと一緒にシャッフルし始める。
異世界でも、ブラックジャックってあるんだ。
姐さんの華麗なるシャッフルを見ながら、一番最初に思ったのはそんなことだった。考えてみれば、食べ物の名前とか、馬車とかの物の名前も、私の世界と何ら変わっていなかった。
違和感がなかったから普通に受け入れていたが、私は運が良かったのかもしれない。何もかもが違う世界に召喚されていたら、こんな暢気にはしていられなかっただろう。
いや、召喚されてしまった時点で、不運と言えなくもないが。
ん?でも、ブラックジャックってどういうルールだっけ?
普段そんなにトランプで遊んだりしないから、いまいち思い出せない。確か・・・トランプの数字を足していって、「21」にする・・とかいうゲームだった気がする。
そうだ。そうそう。そんな内容だった。
えーっと・・・で、21より多いと負けで、21以下は「21」に近い方が勝ち、だったな。
2~9まではそのままの数字で、10~13は一律「10」で、1だけは「1」と「11」のどちらか選べるってルールだったはず・・・。
「どうした?ブラックジャック、嫌いか?」
「え?いいえ・・」
「じゃあ、配るぞ。親は私だ」
とっさに答えてしまった私も悪いが、まさか、ルール確認もせずにいきなりとは・・・。こっちの世界じゃ、当たり前のことなのか?そして、ルールは私の記憶と合っているのか?
確認しようにも、既にカードが私の手元に来てしまった。この状況で、「すみません、ルール分かりません」とか言えない。
とりあえず、目の前の2枚を見てみる。
クローバーの5とダイヤの6。つまり、11だ。まだ余裕はあるな。
「ヒット or スタンド」
はい?何だって?
ひっと おあ すたんど?
・・・・あー、何かそういうのあったな。何だっけ?えっと、えっと・・・、そうだ!
ヒットが「もう1枚」で、スタンドが「いらない」って意思表示だったはず。ということは・・・。
「ヒット」
次に来た1枚は、スペードの6だ。足して、17。
これ以上は危ないから、次は「スタンド」で。
「バースト。私の負けだな」
「やった!」
カーディナル姐さんは「24」だったから、私の勝ちだ。何だか気分が良い。それに、ルールも合っていたらしい。良かった、良かった。
カードを回収して、再びシャッフル。当然のように、次が配られた。どうやら、まだやるらしい。
まあ、暇だし、いっか。
そして、数回勝負をした後・・・。
「・・・また、負けた」
勝てたのは、最初の一回だけだった。それから、勝利の女神はカーディナル姐さんに微笑み続け、私は連敗を喫することになった。
というか、姐さん強すぎ。初めに私が勝った時も、妙に冷静というか、笑みを絶やさなかったもんな。なんか、「勝たせてもらいました」って気になってきた。
「うん、今日も絶好調だなぁ」
「良かったですね・・」
気分良さそうに笑う姐さんに、一応笑みを返す。
と、カーディナル姐さんの笑みが、意地の悪いものに変わった。
何だろう、このあからさまな態度は?ここまで分かりやすい嫌な予感も、珍しい。
高い椅子の上でもぞもぞした私に、一層意地の悪い視線が絡む。
「サエ?私は、今あんたに14連勝したんだが・・、どう思う?」
「どうって、何がですか?」
「つまらないな、と思わないか?」
「はあ・・」
「で、だ。つまらないから、他のことをしようと思うんだが、せっかくこれだけ勝ったんだ。戦利品の一つや二つ、貰っても良いと思わないか?」
にやにやと笑う姐さんは、まるで舌なめずりする猫のようだ。
何かを狙っている。
そんな風に見える。そして、多分その通りなのだろう。でも、私の持っている物で、姐さんを愉しませられるような物は多分ない・・と思うのだが・・・。
「まあ、そう身構えるなよ。別に、あんたから何か奪おうってわけじゃないんだから」
「じゃあ・・?」
「うん。私が欲しいのは、情報だ」
「情報?」
「そう。・・・あんた、どっちと付き合ってるんだ?」
またですか。というか、付き合ってないから。付き合う予定もないから。
これを訊く気だったから、あんな意地悪い顔をしてたのだろう。理由はないけど、ほっとした。
とりあえず否定しようと口を開きかけたら、目で止められた。
私が口を閉じたのを見て、カーディナル姐さんはにっこり笑ってトランプを片付けだした。
「あんたが言いたいことは、概ね分かる。でもそう思わなければ、あの2人が他人を、しかも女を、連れて歩く理由が見当つかないんだ」
きっちり束ねたトランプを、私の前に置く。トランプを見て、姐さんの顔を見上げる。さっきと変わらない顔で笑っているが、何かが違う。
トランプで遊んでいた時と、決定的に変わってしまった空気が、重い。
なんとなく姐さんの、彼女の顔を見るのが、怖い。目を合わせているのが、恐ろしい。
思わず、顔を伏せて見るともなしにトランプを視界に入れる。彼女の手が、その上に置かれた。まるで、「逃げるな」と言っているようだ。
それでも顔を上げられずに居ると、彼女は身を屈めて私を覗きこんできた。
怖かった。
私の顔を覗きこむその瞳は、笑っていなかった。
「・・・私はな、あいつらとは、結構長い付き合いなんだが、分からないことが一つだけある」
何も言わない私を気にした様子もなく、元の姿勢に戻った彼女は話し始めた。
その視線は、店の窓から外を眺めているが、同時に私のことも見ているようで、顔を上げるのが更に難しく思えた。
「旅の同行者、クラークのことだが、こいつがな、よく分からないんだ」
「・・・よく、分からない・・?」
「そう。私は情報屋、みたいなもので、実際は少し違う。そう言ったな。でも、まあ、情報収集には自信があったんだ。
事実、並みの情報屋には負けていなかった。その私が、本気で探って、全く情報が手に入らなかったのは、あいつだけだ。タクトの方は、面白いくらいに出てくるって言うのに」
思わず、彼女を見上げる。
彼女はまだ、窓の外を見ている。でも、もう笑っていなかった。
なまじ整っているだけに、表情のないその顔は、冷たい印象を与えていた。
「タクトにも訊いたんだがなぁ・・。これが、意外に口が堅い。普段は訊いてもいないことまでべらべら喋るくせに、あいつのこととなると、黙るんだよ。それで、困ったように笑って「それは本人に訊きなよ」とか言うんだぜ?それでいて本人は・・あんなだ」
自嘲気味に笑って、私に目を向ける。
ちょっとだけ、同情してしまいそうだ。確かに、あのクラークから何かを訊き出すのは至難の技だろう。少なくとも、日常会話すらできていない私には不可能なことだ。
それに、怖さは無くなっていないが、それ以上に真剣な様子に目が離せなくなってしまった。
こうなったら、最後まで話を聞くしかない。
腹を括って続きを待つ。
「そこで考えたんだ。こいつらじゃなくて、第三者から話を訊くのはどうかって。で、話が戻ってくるわけだ。
今まであいつらは、誰も連れずに2人だけで旅をしていた。仲間を増やそうともしないし、あまつさえ、仲間に入りたがった奴を拒否していた。それが、いきなりあんたみたいな女を連れ歩くようになった。
これは、何かあるなって、思わない方がどうかしている」
聞いてみれば、それは確かにその通りだ。
タクトの性格からして、2人より3人、3人よりもっと大勢、と考えそうなものなのに。実際は、クラークと2人だけで今までやって来ていた。
うん、おかしい。
それに、一緒に来たがった人を拒否するのもタクトらしくない。・・・タクトらしいって何だって訊かれたら、返答に困るが。
とにかく、何か腑に落ちない。
だから、彼女は私が2人の内どちらかと、恋仲であると思ったのだろう。思いっきり間違っているけど。
でも、私が召喚ミス(で良いのかよく分からないが)されたことを言って良いものなのかも、分からないし。
でもでも、私が一緒に居る理由が明確になったら、この重苦しい雰囲気もなくなるんだろうし。
・・・・どうするべきだろう?
もう一つ、クラークのことが気になって仕方ない。
情報屋が本気で探っても分からないって、相当なことはないだろうか。
いや別に、情報屋っていうのがどの程度調べられるものなのか、私には全然分からないんだけどね。それでも、多分凄いことなんだろう。
謎の人だとは思っていたけど、何と言うか、「謎の人」というか「謎が人」って感じだ。
意味分かんないけど、そんな感じがする。
「長くなったけど、最初に戻って・・・、どっちと付き合ってるんだ?」
「付き合ってません」
「じゃあ、どうして一緒に居るだよ」
「・・・さっきは、訊かないでくれたじゃないですか」
「あの時は、クラークが居たからな。気付いてなかったのか?あれ以上深入りしたら、私は斬られてたよ。それぐらい、殺気を放ってた」
気付かなかった。言われてみれば、あのときクラークは、私の方を見ていなかったが彼女の方はしっかり視界に収めていた。その時に、殺気を放っていたのだろうか。
焦っていて、余計に気付かなかったのかもしれない、と思っておこう。
しかし、そう考えると、この人が私と雑談したりゲームをしたりしたのは、ひょっとして私を警戒させないためってことか?
「流石姐さん、やることが違うぜ」とか言ってみようかな。
いや、言わないけど。というか、言えないけど。
「私の読みではタクトの方だけど、だとすると、クラークと一緒に此処に来たことが説明つかないんだよな。・・・まさかとは思うが、クラークと、なのか?」
「違います。そんなんじゃないです。ただ単に、タクトは魔法使いしか入れない所へ行っただけです」
「ふうん。じゃあ、質問を変えよう。あんた、クラークについて何か知らないか?」
「知りません、何も」
「・・・・本当に?」
「はい、本当に」
「ふむ、本当かな・・?」
全然信じてない。
というか、なんでこの人はこんなにクラークのことを気にするのか。分からなくても良いじゃないか。それで何か困るわけでもないし。
なんだか、段々イライラしてきたな。
「だから・・」
「おいおい、女の喧嘩は洒落にならんから、止めときな」
苛立ちが混じった私の声に被せて、知らない声が背後から聞こえた。




