近付くタイムリミット 4
ちょっと短めです。
以前と違い、レオンハルトのみの見送りを受け、『扉』を通り抜ける。
前回と同じ『扉』。出た所も、どうやら同じらしい。
見覚えのある果実がたくさん生っている。が、今度はギアも手を出したりはしなかった。私も当然食べない。
「・・・『黄』様の様子を見たいのだが、良いだろうか?」
見たことのない木の実が生る木々を素通りしている時、ユイジィンが遠慮がちにそう言った。
申し訳なさそうな顔をしているところ悪いが、ある意味予想通りの言葉だ。
多分、先を急ぎたがったのも、『黄』のことが気になっていた、というのも理由の一つにあったのだろう。むしろ私の中のユイジィンは、一番最初に彼女の名前を出しそうだったりするし。
もちろん、天界へ戻ることの方が重要であると分かった上で、それでも言い出しそうだったのだ。
それくらい彼女のことを気にし、同じくらい疑っているのだろう。今度は部下達にどんな無理難題を言っているのか、と。
『黄』とは碌に付き合いがない私でも容易に想像できるのだ。付き合いの長いユイジィンの頭の中では、さぞ盛大に愉快なことをしでかしているに違いない。
それに、神である彼女の話を聞けるのは私たちにとってもプラスになる。と言うことで、満場一致で私たちは寄り道することにした。
『黄』の居るはずの東屋まで後少し、という所でふいにユイジィンが顔を上げた。つられて見上げれば、上空に人影を見つけた。
天族だ。
『楽園』警護隊の制服を着ている。向こうの方でもこちらに気付いたようだ。ゆっくりと降りてくる。
「隊長!お戻りですか?」
「いや、これからまた出掛けねばならない。だがその前に、少し時間を貰って『黄』様の様子を窺おうと思ってな」
「そうだったんですか。お疲れ様です。でも・・・」
歯切れの悪い語尾に首を傾げる。
「何かあったのか?」
「いえ、『楽園』には何も。でも『黄』様はただいま外出中でして・・・」
「外出中?どういうことだ?」
ユイジィンが驚きの声を上げる。
私も同様だ。『黄』は此処を離れられない、とか言ってなかったっけ?
ああいや、それはあくまで分体の話だったか。しかしどの道、神たる彼女が動いたというのが気になる。
「それが・・数時間前に、「急用が出来たから出掛ける」と言ってそのままなのです。それと、もし隊長が来たら「ワタシのことは気にせず自分のすべきことをし給え」と伝えるように言われました」
「・・・そうか・・。『楽園』には何も起こっていないんだな?」
「はい。至って平和そのものです」
「分かった。引き続き普段の仕事をしてくれ」
「はい」
一つ頷き、警護隊員は飛び立っていった。
しかし『黄』が居ないとは・・・何かあったのだろうか?
首を捻ったところで、分かるわけもない。細かい情報がないのだからしょうがないことだが。しかしそれ以上私たちがすることもない。
どうにもすっきりしないまま『楽園』を去る。
やっと帰ってきた天界。
一件落着にはまだ早いが、なんだか一仕事終えた気分だ。まあ実際には何も終わっていないのだが。
ユイジィンが調達してくれた天馬の馬車に乗り込み、とりあえず『白』の元へ向かう。
『穴』のこと、神々の不在、私の帰還について・・・いろいろ話さなければならないことがある。
正直な心としては、まだ話したくないけれど、そうも言っていられない。決意しなければならないのだ。
窓の外を見ながらなんとか気持ちを整理しようとする。
と、『白』の姿を見つけてしまった。
彼は、『穴』のあった近くに浮いていた。まるで『穴』と相対しているような位置に居る。何を見ているのか、その糸のように細い眼からは分からなかった。
ただ絵画のような美しさがあった。
窓に張り付くようにそれを見ていたから・・、ではないが、ある程度近付いた私たちに気付いた『白』がこちらに顔を向けた。
その表情に感情らしいものは浮かんでいない。
一言も発することなく、彼は先導するように動き始めた。それを追って馬車も移動する。
のんびりと言っても良い速度で動く彼は、どうやら足下の浮島へ降りるようだ。行く先に目をやって、思わず顔を顰めてしまう。
美しくも雄々しい像が立っているそこに、良い思い出はない。
それでも降りないわけにはいかなくて、苦い気持ちを抱えたまま、私は馬車を降りた。
少し先に立つ『白』と向き合う。皆は私の後ろに居る。真正面に居る『白』と真っ向から対峙することが酷く恐ろしかった。
また何か、心ないことを言われそうな気がしてならない。
「戻りが遅くなって申し訳ありません」
黙ったままの私の隣に立ったユイジィンが、『白』に頭を下げる。それに対して『白』は軽い頷きを返しただけだ。
すぐに私に顔を向け、その赤い瞳を見せる。
また私は彼を怒らせたのだろうか?
戦々恐々するが、どうやら今回はそうではないらしい。見開かれた瞳に怒りの色はない。どちらかと言うと、何かを見極めようとするような、真剣な様子が伝わっていくる。
急に自分の姿勢が気になってきた。何か大事な話をしようとしているのではないか?そう感じ、意識して背筋を伸ばす。
居住まいを正した私に対して、彼の神はゆっくりと口を開いた。
「貴女は、元の世界へ還りたいですか?」
冷たさなく、淡々とした問い掛けだった。しかし何故今そんなことを訊いてきたのか、意図が分からなず戸惑った。
何と答えたら正解なのか。『白』は、答えられない私を静かに見据えたまま、次の言葉を放つ。
「小さな波紋はやがて大きな波になる。・・・『紫』が言っていたことです」
「『紫』が?」
久しぶりに聞く名前に反応を返す。が、目の前の神は私の言葉なんて聞いていなかった。
「世界が変わる。『紫』が導いた小さな波紋は、確実に影響を及ぼしています。それは空間ですら例外ではありません」
「えっと?」
「端的に言えば、貴女の世界へ・・、いえ、異界全てに繋がる道という道が、不安定になっているのです。このままでは、いずれ貴女の世界へ繋がる道は閉じてしまうでしょう」
「・・・え・・・?」
「今ならまだ帰還できるでしょう。ですが、この期を逃せば、恐らく生涯還ることは叶わなくなります」
「・・・・・」
「猶予は、そうですね・・・後一日二日、と言ったところでしょうか」
唐突なことに驚きすら追い付いていない。『白』は今何を言っている?
だが『白』は私の気持ちなど少しも考慮せず、言葉を続ける。
「猶予ぎりぎりまでは待ちます。決意が出来たら私を訪ねてください」
言うだけ言って去っていく。
真っ白な彼が消えて、それでも私たちは呆然と立ち尽くしていた。
いや、呆然としていたのは、私だけだ。
この世界の住人には関係ない話だったのだから。同じ異世界人であるユキは、そもそもそういうことを気にする性格ではない。衝撃を受けるのは主に私だけ、というわけだ。
ただ皆、私が我に返るのを待ってくれている。それだけは分かった。訳分からない思考の中、それだけは理解した。
だから彼らに向き直る。かなりぎこちなく、ではあったが。
「心配しないで」
「大丈夫」
とか言うべきだろうか?しかし言いたくても言葉が出ない。
中途半端に口が開いたままだ。
何か言わなくては。そう思って考えるも、思考は違うことをピックアップし始める。
そもそも、元の世界に帰ることに、心配も何もない。
そうだ、私は変えるだけなのだ。とても昔のことのように感じる、だけどつい最近まで暮らしていたあの場所に。
なのに何故か、胸が重い。
何かが詰まっているようだ。
とにかく歩き出そうとするが、踏み出せない。一歩がとてつもなく重い。同時に足元の不安定さが恐ろしい。
ちゃんと一歩を踏み出せたかも疑わしい。
それでも思考は止まらない。
私は・・・帰らなければならないんだ。
言い聞かせる。
「此処に居たい」と聞き分けのない思いがちらつく。
でも帰らないと。
堂々巡りで頭がパンクしそうだ。
「・・・・・」
「こ、此処に居ても仕方ないし、一旦ユイジィンの家に戻らないか?」
タクトの慌てた声が聞こえたが、頷きすらも返せない。
私の心中を察してくれたのか、それ以上の会話もなく、彼らは静かに移動を開始した。
馬車から一番遠くに居た私は彼らの背中を見つめた。
皆が背を向けて歩いて行く。遠ざかっていく。
当たり前だ。
だけど、それがとても怖かった。もう会えなくなる寂寥感が、置いて行かれる恐怖が、押し寄せてくる。
手を伸ばす。それだけじゃ、誰にも届かないって分かっているのに。
「・・・サエ・・?」
タイミング良くタクトが振り返る。
反射的に伸ばした手を降ろした。
「・・今行く」
大丈夫。
今ならまだ、皆に追い付ける。
半ば無意識に、心の中で言い聞かせた。




