近付くタイムリミット 3
ギアの様子がおかしい。槍こそ出していないが、警戒するような余裕のない雰囲気だ。心なしか、顔色も悪い。一体どうしたと言うのか。
周囲が煩い中、私たちだけが緊張の静けさを醸し出していた。
しばらく、そのことに気を取られていたが、彼の他にも建物の奥を注視している者がいることに気付いた。
クラークである。
彼もギアも魔族だ。人間より遥かに感覚の鋭い2人が気付いた何か。それは一体何なのか。
一瞬浮かぶ悪い予感に身を震わせる。
「・・っ、やっぱりだ!」
何の前触れもなくそう呻いたギアは、鮮やかな赤色をその場に残して駆けだした。リアル残像に驚く間もなく、彼の首根っこは黒い腕に引っ掴まれる。
ギアの超スピードに付いてこれる者などそう多くない。
その腕の持ち主は、クラークだった。
「『黒』!放せ!」
「・・・・」
「何処へ行こうとしているのですか、ギア?」
「うう・・・」
逃げるギアに気を取られた私たちの後ろ。そこから声がした。しかも何処かで聞いたことのあるような声が。
ぱっと振り返る。
『有限会社 魔界』そのロゴマークを背に立つのは、一人の男性だった。黒い燕尾服を一分の隙もなく着こなす姿は、相変わらずだ。
「レオンハルトさん!?」
「お久しぶりです、タクト様、クラーク様、サエ様」
懐かしい優雅な微笑み。相変わらず綺麗なお辞儀を見せたのは、魔界の案内人・レオンハルトだ。
「どうして此処に?!」
「仕事ですよ。案内人ですから」
にっこり笑ってそんなことを言っているが、本当だろうか?何だか嘘臭い気がする。というか、あなた此処勤務じゃないでしょ。何故居るんだ。
「魔界へ行くのでしょう?御案内致します」
「え・・?」
何故それを?なんて私たちの疑問も戸惑いもまるっと無視して、レオンハルトは歩き出してしまった。
「今だ・・!」
彼が背を向けたその隙に、ギアが再度の逃走を図る。が、またしてもクラークに阻まれた。
「はーなーせー!」
「ギア」
じたばたと暴れていたギアの動きがぴたりと止まる。
レオンハルトの声は穏やかだった。なのに威圧感が滲み出ているように感じた。ギアだけでなく、私やタクトも思わず背筋を伸ばしてしまうほどの威圧感である。
「貴方には後で話があります。覚えておいて下さいね」
「いや俺急いでるし・・・」
「貴方の大好きな反省文を書かせますよ?」
「俺、反省文嫌いなんだけど・・」
「さあ、行きますよ」
ギアの抵抗を笑顔で封じ、レオンハルトは私たちを先導する。
どうやら今回も、待ち時間無しで連れて行ってくれるらしい。いろいろと疑問点はあるけれど、融通をきかせてくれるなら問わずにおこう。
渡りに船だと思ったのは私だけではないようだ。疑問の一つも出ないまま、私たちはレオンハルトの後について行った。
どう見てもトイレ。しかもかつての『扉』とほぼ同じ作りのそれを潜り、魔界へ行く。
見た目が同じだから、出た先もきっと同じだろう。そう思った私の予想は空振った。
『扉』の先は、室内だったのだ。
何故だ。
いや、ドア開けた先が室内なのは不思議なことではないか。ただ、今までの『扉』が全て外に繋がっていたから、早合点していただけだ。
それに『扉』は、元々は『穴』だったはずだ。だから部屋の中にあるわけないと思い込んでいた。まあ、その点は、この広々とした部屋を見ると説明付きそうだけど。広すぎるから大き過ぎる『穴』が出来て、更にそれを『扉』として固定出来た、ということなのだろう。
そんなことを考えながら、きょろきょろと部屋の中を見渡す。隣のタクトも同じように、室内に目を走らせていた。
その他の面々は、特に何かするでもなく立っている。
案内人たるレオンハルトは、部屋の隅でお茶の用意を始めていた。
確か前回来た時は、魔王(球体)と会ったりしたんだっけ。あまり落ち着いていなかったから、思い出す記憶は流動的なものが多い。
そうそう、クラークのお姉さんであるサラサさんとも、この魔界で出会ったんだ。今はどうしてるのかな?
ぼんやり思い返していたら、一つの考えが浮かんだ。
それは、『楽園』へ行く『扉』のことだ。もしかして・・、また球体魔王に謁見して、『扉』の使用許可を貰わなくてはいけないのだろうか?
面倒くさいなぁ・・・。
私が正直な感想を抱いていたら、タクトがレオンハルトに声を掛けたのを見つけた。
「なあ、レオンハルトさん。此処は?」
「魔王城の客室ですよ。特別に直通の『扉』を使わせて頂きました。・・もうすぐお茶の用意ができますから、どうぞお掛け下さい」
「えっ、・・は、はあ・・・どうも」
「どうにも釈然としない」という心情を見事に表現した顔のタクト。それでも言われた通りソファに腰を降ろすあたり、不信とは違うのだろう。
かく言う私も、疑問は数多くあっても彼が何か企んでいるとか、そういうことは全く思っていないんだけどね。
信頼・・、とも違う気持ちだが、上手く表現できない気持ちだ。
つらつら考えながら私もソファに座る。座ったのは、入口に一番近い一人掛けのソファだ。理由は、手近にあったから。
タクトは私の斜め右前に座っている。彼が座っているのは2人掛けだが、隣には誰も居ない。
私たちに次いでユイジィンが、私の正面のソファに座った。こちらも一人掛け。
残りは3人。座れる場所はタクトの隣と、その正面に置かれた2人掛けソファだ。案内人であるレオンハルトが座るとは思えないので、数は合っているか。
と、タクトの後ろにクラークが立った。そう言えばこういう場面で彼が座ることはほとんどない。基本的にすぐ動けるスタンスを崩さないのだ。
あとユキは、窓に張り付いたまま動く様子が見られない。ちょうどユイジィンの後ろにある窓だが、部屋が大き過ぎて、その向こうに何があるのか私からは見えない。
こちらの様子を窺おうとすらしていない。まあ、いつも通りと言ってしまえばそれだけだが。
レオンハルトも彼に気付いているだろうが、何も言うことはなかった。ただ、彼の近くに小さなテーブルを移動させ、そこにティーカップを置いただけだった。
順次私たちの前にもお茶が置かれていく。
最後に残ったギアは、その間も往生際悪くあちこちうろうろしていた。レオンハルトの隙を窺っているのだろう。
「ギア、座りなさい」
誰も座っていないソファの前にティーカップが用意される。無言でそこに座るよう再び催促するレオンハルト。それでもなお、抵抗しようとするギアは、再び浮かんだ威圧感たっぷりの笑顔に屈した。
渋々座るギアを見ながら、レオンハルトの威圧笑顔の威力に感心する。
全員が座ったところで、目の前のカップに手を伸ばす。
良い香りだ。
知らず知らずのうちに入っていた力が、ゆっくりと抜けて行く。皆の表情も、ほっとしたものが浮かんでいた。
お茶の力は偉大だ。
「それで、貴方方は今度はどのような用向きで魔界へいらしたのですか?」
人心地ついた私たちに、レオンハルトがそう尋ねてきた。
その問いに、いつも通りタクトが答える。
「ああそれが・・、いろいろあってな。また『楽園』へ、いや、天界へ行かなくちゃならなくなって」
「ふむ、そうなのですか・・・。天界へはすぐ発つのですか?」
「そうだな。出来ればすぐが良い、かな?」
最後に私たちの方を窺ってくる。
もちろんとばかりにユイジィンが頷く。
「では、一休みしましたら、『扉』まで御案内致します」
「えっ、良いのか?」
「もちろんです」
にこりと微笑んでくれたが、魔王の意向とかは訊かなくて良いのだろうか?
同じことを思ったのか、タクトも困惑しながら言葉を続ける。
「えっと、ほら、魔王とまた謁見して許可とか貰わなきゃいけないんじゃないのか?」
「いいえ。魔王陛下の許可でしたら既に頂いています。出来得る限り貴方方に協力するように、と。・・・何より、魔王陛下は只今外出しておりますので、謁見自体出来ません」
魔王が不在?あの球体が何処に行くと言うのか。
謎だ。
黒い球体がふよふよと移動する様を想像してみた。・・・・ヤバイ。なんかちょっと可愛いイメージしか湧かない。威厳とかまるで感じない想像になってしまった。
自分の想像に笑いそうになるのを堪える。頬がぴくぴくするのを、お茶を飲むことで誤魔化す。
見るとタクトも、若干笑っていた。慌てて表情を取り繕ったが、決定的瞬間を見てしまったよ、私は。
しかもまだ肩が少し震えている。
隠せてない。隠せてないよ、タクト。
レオンハルトが怒るかも・・、と少し心配になったが、彼は特に何も言わなかった。
杞憂に過ぎなかったかとほっとしたけど、なんだかちょっと様子が変な気もする。
雰囲気と言うか、態度かな?・・うーん、具体的に何とは言えないけど、何処となくおかしな空気が流れているようだ。
タクトやユイジィンの顔を窺う。が、彼らは至って普通の顔だった。
鈍い私でも気付いたこの違和感に、彼らが気付かないはずがない。あえて無視している・・のだろうか?
先程のほっとした空気が消え、代わりに居心地の悪い雰囲気が滲む。これは気のせいじゃないだろう。
「あー・・・じゃあ、これを飲んだら出発しようか」
「・・ああ、そうだな」
堪えられなくなったタクトがそう提案し、ユイジィンが肯定する。私もこくこく頭を振って、冷めたお茶を一気に飲み干した。
「そうだな!とっとと行こうぜ!」
私たちとは別の意味で居心地が悪かったであろうギアは、すでに立ち上がっている。
もはや一刻も待ちたくないとばかりに、私たちを置いて出入り口へ突進する。が、レオンハルトが逃がしてくれるはずもない。
絶妙な位置に立ち、ギアの突進を難なく止めた。
「ギア、話があると言っておいたでしょう。ちょうど良いのでこれからお時間頂けますか?」
「いや、だって・・早く出発しないといけなくてだな・・・。なっ、そうだよな!」
必死で私たちに助けを求める。でもレオンハルトが怖くて頷けない。
私は、もうないはずのお茶を飲むフリをして目を逸らしてしまった。ごめんギア。
その隙にレオンハルトは、ぽかんとしているタクトに目を向けた。
「申し訳ないのですが、少々彼をお借りしても宜しいですか?」
「あ、はい」
思わず、といった風にタクトが頷く。
レオンハルトが満足気に笑った。頼まれ事を断れないタクトを狙う辺り、流石である。
「てめぇっ!」
「!ご、ごめん」
ギアの叫びに慌てて口を押さえたが、遅すぎる。既に言質は取られているのだから。ギアの恨みのこもった視線に晒され、タクトが何度も頭を下げる。
そんな2人に気を使うことなく、レオンハルトがギアの右腕を掴んだ。
「では失礼致します」
そのまま彼を引き摺って部屋を出て行く。
まだまだ抵抗するギアの声が、扉に遮られて聞こえなくなる。
「・・・話って、何なのかな?」
「さあ?分からない。でも、俺たちとは関係ない話じゃないかな。魔界でのこととか」
「ああ、そうかもね」
「それにしても、このお茶美味いな」
「うむ、もう一杯頂きたいな」
なんて、連れて行かれたギアには悪いが、暢気な会話を楽しむ。そうして私たちは、ギアが帰ってくるまでの一時をゆっくり過ごした。
思ったよりは早く帰ってきたギア。何を話していたのか、微妙に不機嫌な顔をしていた。
話しかけるなオーラ全開だったから、何も訊けなかったけど、一度目が合った。より不機嫌になったのだが、何故だ。
不思議に思ったが、深追いする気もなれなかった。
きっとレオンハルトとの話がとても嫌だったのだろう。多分。
そう納得しておこう。
分からないギアの事情より、旅の続きである。
時刻は午後3時。場所は『扉』の前。
正直今から出発するのは本意ではなかった。疲れているから。
無我夢中とか頑張っている間ならともかく、一旦落ち着いてしまったせいで、動きたくなくなってしまったのだ。
しかしユイジィンがさっさと先へ行こうと主張するのだ。それに、タクトやクラークやユキも文句がないらしく、何も言わなかったというのもある。
更にギアに至っては、早く早くとせっつく始末だ。
こんな状態で私一人が「休もう」とか言えるわけもなく、即座に出発!ということになったのである。
せめて疲労を表に出さないよう頑張ろう、と気を張る。が、頑張る所が間違っているような気がしてならなかった。
明けましておめでとうございます。これからもよろしくお願いいたします。




