表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/89

近付くタイムリミット 2

大変お待たせしました。

「・・っ!!?」


 ぱっと広がった景色から逃れる術はなかった。

 目を逸らすことすら出来ない私の目に、見知った風景が映る。

 それは・・・、元の世界だった。

 魔法もない。文明レベルも比べられないくらい高い、平和で安全な、私の世界。それがそこに在った。


 急なことに、私の思考は完全に停止していた。しかしただ一つだけ、胸に湧いた気持ちだけを意識していた。

 「懐かしい」。

 私は食い入るように見ていた。私の慣れ親しんだ景色を。

 窓がなかったら手を伸ばしていたかもしれない。それくらい夢中になっていた。



 ふいに痛みを感じて我に返った。

 左の頬が痛い。何かにつままれているようだ。

 いや、何かではない。タクトだ。顔を向けると、心配そうな顔に真剣さを混ぜたような表情を浮かべたタクトと目が合った。


「・・・ひひゃい・・」

「良かった・・・」


 人の頬をつねっておいてほっとしたように息を吐くな、と思ったけど、すぐに気付いた。

 さっき決めた通り、窓の外に夢中になった私を呼び戻すためにやったことだ。怒る方が筋違いである。むしろ感謝するべきだ。


「何度話しかけても反応なかったから、焦ったよ。・・・大丈夫?」

「うん。ありがとう。ちょっとぼーっとしてた」

「・・何かあった?」

「あー、うん・・、ちょっとね」


 言いつつ窓から外を見る。あの懐かしい風景を捜してみるが、もう何処どこにもなかった。

 黒い空間をもう一度見渡してから明るい廊下に目を戻した。


「もう何処にもないみたい」

「そっか。・・・・次行く?」

「・・うん」


 何処か沈んだ空気が漂っているのは、多分私のせいだろう。

 時々タクトから掛けられる声に返事を返しつつも、私はさっきの光景を何度も思い出していた。忘れることのできない光景。元の世界は、この空間の向こうにあるのだろうか?

 それとも、あれは気のせいだったのだろうか。幻とか、夢とか、そういうものだったとか?

 分からない。

 ただなんとなく、あれは本当の景色だったのだと思った。私の居るべき空間。帰るべき場所。それがあちら側なのだと。





***************




 飛空挺を一周した私とタクト。操舵室の面々。どちらも、『ホール』の出来た原因を見つけることはなかった。

 現在地、地界の上空。雲より下とはいえ、結構な高度を保ったまま飛空挺は漂っていた。

 『魔法映像マジックビジョン』は前方から後方へと切り替わり、たった今出てきたばかりの『ホール』を映している。


「ではお前たちも、思考の低下を感じたのだな?」


 ユイジィンが私たちの話を聞いて、そう確認してきた。

 訊けば、ユイジィンやギアも同じように、ぼうっとする現象を体験していたらしいのだ。

 クラークやユキは・・・、元からぼうっとしているようなものだからよく分からなかったようだが。

 更に船を操っていた技術者たちにも、そういった現象を体験している者が多数存在していた。


 どうやらあの『ホール』を通る者は思考低下におちいる、ということが分かった。

 それ以外は不明だけど。そしてその原因も、手掛かりさえない。

 これでは意味がないのでは?全員がそう思ったのも無理はない。


「・・・もう一度通るか」

「通るって、『あそこ』を?」

「そうだ。でなければ『アルブス』様に報告が出来ない」

「それはそうかもしれないけど・・・」


 しかしそれではもう一往復せねばならないではないか。このおんぼろ飛空挺でそれをするのは止めて欲しい。

 『ホール』の中では聞こえなかった音がするのだ。

 不吉な予感を抱かせる金属音が。


 案の定、話を傍で聞いていた技術者が止めに入った。これ以上は飛べない、と。専門家の意見を無視するわけにはいかない。

 そういうわけで、ろくに調査も出来なかった「無能」のレッテルを張られた私たちは、飛空挺を降ろし始めた。


「・・あっ、見ろ!」


 未練深く『魔法映像マジックビジョン』を凝視していたユイジィンが、大声を上げた。その場の全員がつられたように顔を上げる。

 宙に映った映像に変化が起こっていた。黒々と開いていた『ホール』が、徐々に小さくなっていっている。ゆっくりと、だが確実に、それは小さくなっていき、やがて・・・・見えなくなった。


「閉じた・・・?」


 誰かが呟いた。

 そうだ、閉じたのだ。どうやってやったかは知らないが、『アルブス』が宣言した通り、『ホール』は綺麗に消え去った。

 確かにそこを通ってきた私たちでさえ、それが夢であったかと感じるほどあっさりと。

 いや、夢ではない。それは断言できる。が、あの青い空の何処にあったのか、最早もはや分からない。



 少しの違和感もなく消えた『ホール』。だがしかし、人々の記憶はそう簡単に消えない。

 飛空挺が降り立ったそこでは、多くの人が右往左往していた。誰も彼もが空を見上げ、指さしたり、首を振ったりしている。


「これは・・・、まずいな」

「そうだな・・・。どうする?」

「・・何が拙いの?」


 ユイジィンとタクトのひそひそ声で話していた。間に入るように訊いたが、実のところ私も何か嫌な予感がしていた。

 と言うか、考えたくない事を考えそうになっている。考えたくないのだから放っておきたい。でもそうすると更に大変なことになりそうだった。

 苦い顔を隠そうともしないで、2人は内緒話の輪に私も混ぜてくれた。


「注目を浴び過ぎている。『ホール』が消えたことで、俺たちに矛先が向かっているんだ」


 見れば、早速人の波がこちらに迫ってきていた。

 急に消えた謎の『ホール』。その直前に、『ホール』から出てきた飛空挺。それは注目しない方がおかしい。

 戸惑いを含みつつも、好奇心や不安、警戒心を覗かせた顔がこちらに集中している。


「どうするの、これ?」

「どうするって・・」

「逃げるしかないな。これに捕まれば、全て話すまで・・いや、話したとしても、すぐに解放されるとは限らないだろう」


 ユイジィンの言葉はきっと正しい。

 彼らはあの『ホール』を調べるために、飛空挺をいち早く飛ばしたのだ。事実確認だけでも何日も拘束されるのは目に見えている。



 と言うことで、逃げましょう。そう決めた私たちは、さっさと行動を開始した。

 まずは、捕まえていた人たちの解放。外が見えない室内に詰め込まれていた彼らは、解放と同時に外へと飛び出して行った。

 鬼気迫るその様子に、外の人々も放置できなかったようだ。・・・天族の皆さんは、どういうことをしたのだろうか、本当に。知りたくもないが、非常に気になるほど彼らの錯乱さくらんっぷりは凄まじかった。

 まあそのおかげで、外の皆さんは飛空挺内部までは踏み込んで来なかった。警戒しているのだ。


 その間に、次の行動を起こす。

 私たちの顔はまだ見られていない。逃げるなら今だ。そのために、必要なのは外の目をどうにかしてくらませることである。

 どうするかって?言うより見る方が早いって、このことだと思う。


 私たちの乗る飛空挺が、巨大な音と共に爆発・炎上した。

 『ぼっかーん!!』という写植を使いたくなるほどの爆発だったと思う。内部に居た私には見ることのできない光景だった。


「爆発したぞ!!」

「火が・・!」

「水だ!水を持って来い!!」


 飛空挺を取り囲んでいた人々が、対応に走る。

 いや、ちゃんと対応できているのは一部だけで、ほとんどは、ただただパニックに陥っていた。

 無理もない。『ホール』消失のショックがまだ抜けていなかっただろうからね。


 うん、まあ・・、とりあえず言い訳を先に言っておく。

 発案者は私じゃない。

 私じゃないんだ。

 とっても大事なことなので、もう一回。

 この爆発脱出劇の発案者は私じゃない。

 ・・・じゃあ誰かって言うと・・・・


「おー、すげぇな~」

「・・・ぼうぼう・・」

「・・・これは、やり過ぎだったんじゃないか?」

「そう、だな・・」

「・・・・」


 前からギア、ユキ、タクト、ユイジィンの順である。最後はクラーク。そしてその彼に、タクトとユイジィンの視線が集まる。

 そう、発案者はクラークだったのだ。

 見かけに似合わない荒くて雑な方法を提供してきたのだ、彼は。


 計画、と言うほどでもないが、彼が提供した脱出法は酷く簡単だった。

 飛空挺を爆発させ、その光景に人々が目を奪われている間にこっそり脱出。

 それだけである。

 良く成功したな、こんなので。


 燃える飛空挺を遠目に眺める野次馬の中に、上手く紛れ込んだ私たち。

 消防自動車なんてないこの世界で、あれだけの火を消すのは大変だろう。えっさほいさと水を運ぶ人々を見て、胸が痛んだ。

 「ごめんなさい」と心の中で謝って、でも体はさっさとこの場を後にしていた。

 技術者たちには顔がバレてるのだ。急いで離れないと、これだけのことをした意味が無くなってしまう。


「・・・落ち着いたら、脱出用の魔法でも研究しようかな・・」


 そそくさと去る途中、タクトがそんなことを呟いた。

 いやそれより先に、そんなことにならないように行動しなよ。とか思ったけど、言わなかった。



 さて、無事に自由を獲得した私たちは、休む間もなく移動をしていた。

 本当は少し休みたかったが、ユイジィンが「早く天界へ帰らねば」とうるさ・・、いや、強固に主張したので、休憩なしの強行軍をすることになったのだ。

 私のテンションがとても下がったよ。全く・・・。


 今のユイジィンに文句を言っても聞かないのは、もう皆分かっている。黙々と歩いた先に、見たことあるような建物が現れた。


「ねえ、タクト。あれって・・」

「天界に行くためには、『楽園パラディス』を経由するしかない。でも『楽園パラディス』への『ゲート』は何処にあるか分からないからな。こうするしかない」


 説明されて、ようやく分かった。

 天界に行くには『楽園パラディス』へ行かなければならない。『楽園パラディス』へ行くためには、『ゲート』を見つけるか魔界を通るしかない。

 私たちが通ったあの道をもう一度行くしかないのだ。だから此処ここに来た、というわけか。


「此処は?」

「そっか、ユイジィンは初めてか。此処は『有限会社 魔界』。魔界へ行くために『ゲート』を管理しているんだ」


 そう、私たちが来たのは、久しぶりの『有限会社 魔界』だ。

 もちろん、場所は違うので、厳密には同じではない。しかし外見はそっくり、その上受付に長蛇の列が出来ている所まで一緒である。

 そんなところまで一緒でなくて良いと思うのだが・・・。

 少し呆れた私と違い、この様子を初めて見るユイジィンは、眉間にしわを寄せていた。


「これは・・・?」

「列」


 タクトに訊いたのだろうが、答えたのはユキだった。しかも「列」の後は何も言わない。ユイジィンの渋い顔も何のその、居並ぶ人々を無感情に眺めている。

 こういう時にユキが声を上げるのは珍しい。もしかしたら、驚いているのかもしれない。表情なんかはいつもと同じに見えるけど。

 しかし、現代人のユキなら見たことありそうな光景何だけどな、これ。タイムセールとか、正月の初売りよりは並んでないし。


 それはともかく、私にとっては2度目の光景も、彼らからしたら初めてのこと。驚くのも仕方ないことだろう。

 それぐらいこの列は長い。


「列であるのは、見れば分かる。そうではなく、何故こんなに並んでいるのか、ということを訊いているんだ」


 自分の方を見ないユキを早々に放置し、ユイジィンは改めてタクトに向き直った。

 タクトもユキには構わず、ユイジィンに説明した。


「魔界へ行くためだ。地界から魔界へ行くためには、此処に頼るしかない」

「人間が、魔界に行くのか。・・・これだけの人間が?」

「『有限会社 魔界』は此処だけじゃない。他と合わせればもっと居る」


 唖然あぜんとするユイジィンに答え、タクトはゆっくりと列の最後尾に向かう。

 そうだ、並ばなくては永遠に順番は回って来ない。それに気付いて、私も後を追う。


「これに、並ぶのか?」


 ひきつった顔をしたユイジィンが言う。それには誰も答えない。

 そうするしかない、という雰囲気を感じ取って、ユイジィンは溜息を吐いた。のろのろと私の後ろに並ぶ。


 その様子を見て思い出す。最近は慣れてきているが、ユイジィンは元々人間嫌いだ。こんな人間だらけの空間に、ただ立っているのは辛いのかもしれない。

 かと言って、既に何時間も待っているであろう人たちを押しのけて行くわけにはいかない。待つしか道はないのだ。

 でもまあ、並ぶのは最悪1人でも充分だ。何せ前の人に続いて立っているだけなのだから。暇を潰すために、もう1人、計2人居れば上等だろう。

 つまりユイジィンが無理して並ぶ必要はないのである。


「ユイジィン、嫌なら無理して並ばなくても良いんだよ?」

「そうだな。俺が並んどくから、お前は外出てて良いぞ」


 同じことを考えていたのか、タクトもそう言った。


「し、しかし・・・」

「並ぶだけのことに人数はいらないよ。たまに様子見に来てくれるとか、差し入れとか、そういうのしてくれれば良いからさ」


 1人外へ行くのが気になるなら、と差し入れという名目を出してみたが、やっぱり彼は頷かない。


「・・いや、このままで良い」

「でも・・、大丈夫?」

「・・・・・・・大丈夫だ」


 いやいや、大丈夫じゃなさそうだから言ってるんだけどね?

 でも頑固者の彼は動こうとしない。そのくせ、落ち着かない様子で体を揺らしている。

 何度かタクトと2人、出るよう言ってみるが、がんとして聞き入れなかった。

 もう仕方ない。放置しよう。


 効果のない説得を諦めて、他の面々を見る。さっきからユイジィンに言っていることは、他の皆にも当てはまる。

 何も全員で並ぶ必要は、本当にないのだ。

 タクトは多分動かないだろう。それに、クラークやユキも。けど、ギアは絶対外行きたがってるだろうな。


 予想と言うか、ほぼ確定事項としていたその考えは、間違っていた。

 きっと外を気にしてそわそわしている、と思っていたギアは今、とても真剣な表情で立っていた。

 ぴりぴりとした緊張感をまとい、一心に建物の奥を見ている。いつもの笑みも、鳴りを潜めている。

 ギアの異変は、すぐ全員に伝わった。


「どうした?」


 タクトの声にも、反応はない。

 ただ見続けるその様子に、私たちも自然と奥へと視線が行く。が、何もない。普通の廊下が奥へと続いているようにしか見えない。

 一体何があったのか。

 訳の分からない私たちは、お互い首をひねるしかなかった。



次回は懐かしいあの人が登場します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ