近付くタイムリミット 1
お待たせしました!
突然だが、天界や魔界、地界を繋げる『扉』について考えてみよう。
当たり前のように、「異世界だから」という理由で使ってきた『扉』だが、そもそもこれは何故存在しているのか?どうやって繋いでいるのか?
注目してみると、疑問がふつふつ湧いてきた。
まず存在理由だが、目的だけで考えれば、魔界と天界と地界を繋ぐために存在している、としか言えない。それ以外の目的で利用なんて出来ないし。
では何故繋ごうと思ったのか。神である『白』に訊いてみた。答えはとっても簡潔だった。たった一言、「必要でしたから」だって。
何で必要だったかって説明は?
サービス精神の足りない神様だな。
いや、神にサービス精神なんて期待する方が間違っているか。
まあそれはどうでも良いことである。大事なことが分からないまま・・・ではどうしようもないので、なんとか聞き出してみた。
神が作った『扉』。異世界と繋がるこれは、作らざる負えないから出来たらしいのだ。
どういうことかと言うと、まずこの世界には空間の亀裂(裂け目とも言っているらしい)が出来るらしい。
出来る原因は様々だが、大概の亀裂はすぐに閉じる。そうでなくても、神々が手分けして塞いだりしているらしい。
思い出したのは、『青』と呼ばれた老人だ。彼も空間を裂いて現れたりしていた。神はやっぱり規格外の力を有しているようだ。
そんな感じで、自然発生する亀裂は神々が管理していた。が、その内問題が発生するようになったそうだ。
それは、神の力を以てしても塞ぎきれないほど大きな亀裂が生まれたことだった。その大きな亀裂に対して取った行動。それが『扉』だ。
つまり・・、塞げないなら活用しちゃえ!ということである。
なんとも雑な対応の仕方と言うか・・・、もうちょっと塞ぐ努力をしろよ、とかいろいろ思うところはある。が、まあ仕方ない。私にどうこう言う資格はないし。
『扉』の存在自体は神々の中でも賛否両論だったらしい。かく言う『白』自身、あまり『扉』のことは快く思っていないらしい。さすが引きこもりの頂点に立つ男である。
で、何故こんな話を長々聴いていたかと言うと、ちゃんと理由はある。
『白』の頼み事(強制)を遂行するためだ。
空に大きく開いた『穴』。それを塞ぐために、それの発生理由とかどうやるのかっていう具体的な方法とかを聞くにあたっての予備知識を得たのである。
まあ、直接関係あるのは、「神々が亀裂を塞ぐ」って部分だけだったけど。後は全部ただの好奇心で訊いただけだ。
・・・・タクトも一緒になって訊いてたから、悪いのは私だけではないはずだ。いい加減イライラし始めている『白』が、私を主に睨んでいるように見えるのも気のせいだ。
いつ開眼してもおかしくない雰囲気にびくびくしながら、私たちのすべきことを確認する。
本来なら『白』が『穴』を塞ぐだけの話に、何故私たちが関わらなくてはならないのか。はっきり言えば邪魔にしかならないはずなのに。
その説明も、至ってシンプルだった。
「必要ですから」
内容は!?
最早会話すら放棄しているのか、必要最低限の言葉しか発さなくなった『白』。大人気ない・・いや、神としてその態度は如何なものか。
大丈夫かこの人。と言う失礼なことを考える前に、『白』は続きを話した。
「あの『穴』はどうやら、今までの亀裂とは違うようです。私の力で塞ぐには大き過ぎる。それだけではなく、『扉』として固定することにすら不向きです。何故そのようなものが、何の兆候もなく現れたのか。それを探ってほしいのです」
「『白』様は、原因が地界にあると思っていらっしゃるのですか?」
「いいえ。人間如きにそのようなことが出来るわけがありません。しかし原因、あるいはそれに類する要因を知りたい。ですから・・・」
絶妙な間の持ち方をする。
思わずぐっと体を乗り出したのは、私だけじゃない。誰もが『白』の言葉を待った。
「探ってきてください。『穴』の中を」
・・・と言うわけで私たちは、得体の知れない『穴』の中へ突入5分前状態になっていた。
ぼろぼろの飛空挺はなんとか(技術者曰く「奇跡的に」)落ちることなく飛んでいる。
飛空挺ってどんなものだろう?そんな暢気なことを考えていられたのは、飛び上がる前までだった。
飛ぶ直前に警告音が鳴ったり、機関室と思わしき方から鈍い音が断続的に響いたり、ぎしぎし軋む音がそこかしこからしたり、そんな不吉なことが立て続けに起こったからだ。
思った以上に破損していたのか、技術者たちがあたふたと走り回っているのを、身を縮込ませて眺めた。
なんとか飛び立った時の技術者の歓喜の声。湧き上がる安堵感と落ちるかもしれないという不安。正直、自分の胃の丈夫さに感動を覚えた。胃弱な人は、ストレスで倒れていたことだろう。
私たちの中で一番繊細なユイジィンは、ちょっと危なかったかもしれない。
頑張る技術者の動向を、青白い顔で見ていたから。彼らが喜びの声を上げた時、密かに額の汗を拭っていたのを見た。天族でもやっぱり墜落の恐怖はあるようだ。
いや、空を飛ぶ種族だからこそ、だからだろうか?
それはともかく、無事に飛んだことには私も安堵の息を吐いた。この調子で安全に・・・とにかく安全に!飛び続けることを切に願おう。
進行方向を映す『魔法映像』があるのは、操舵室だ。そこに私たち6人は揃っていた。技術者たちは素直に従ってくれているので、基本的に私たちの出番はない。
ただこの飛空挺には窓がほとんどない。外の見えない、慣れない閉鎖空間に堪えらえれなくて、私はこの操舵室から離れられないでいた。
乗った当初は、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、結構自由に行動していた。
ちょっと歩いたんだけどね、揺れがね、ちょっと・・・・。落ちるかも、という考えが浮かびそうなこの揺れ方はどうにかならないのか、と技術者を問い詰めたくなった。
加えて外の様子がほとんど分からないっていうのが、私の(それなりに)図太いはずの神経をがりがり削ってくるのだ。
そんな時に、放送が聞こえた。
『目標見えてきました』
目標とは、言わずもがな、『穴』である。つまり私たちのお仕事開始の時間が迫ってきた、というわけだ。
放送を聞いた皆が集まったのが、ついさっき。『魔法映像』に映っているのは、巨大な『穴』だった。
一度この『穴』を通った技術者たちは、幾分か落ち着いていた。
彼らの話によると、この飛空挺は民間の船であるらしい。突如出来た空の『穴』を調査するために彼らはやってきた。通ることに関しては、特別気に掛けるべきところはないらしい。
ただ、何の前触れもなく突然視界が開けるから、そこだけ注意する必要があるそうだ。
彼ら自身の体験談だ。突然見慣れぬ風景に放り出され、混乱したのだと言う。
予期せぬうちに天界に入り、混乱した彼らは過剰な自己防衛に徹した。一応武装はしているが、元が民間人の持ち物だったから、そこまで威力はない大砲を使ったのだ。
幾ら威力は低いとはいえ、いきなり攻撃はやり過ぎだろう。しかもその結果が今、というのは・・・。
命令を出したのは、現在部屋の一つに監禁されている人たちだ。自業自得、と言って差し支えないだろう。
一方、善良な技術者たちは、無事(と言って良いのか悪いのか)に元の世界に帰れることが嬉しいらしい。
不安で、と言うより興奮で、若干空気が浮ついてきていた。
それを見ているこちらとしては、あまり楽天的にはしていられないのだが。
未知の『穴』をどうやって調査するのか。発生原因を知ることが出来るのか。
確実なことが何もないので、緊張せざる負えない。私たちがそんな不安を抱えていることを知っているはずの『白』は、何の心配もなく私たちを送り出した。
いや、天族であるユイジィンには、声を掛けていたようだった。内容までは知らないが、激励とか注意とか、そんなところだろう。
露骨な差別に慣れ始めている自分が怖い。
余計なことを考えて気を逸らすのは、得意技だ。
気が付けば、飛空挺の先端が『穴』に呑まれて行っていた。『魔法映像』は『穴』の内部を見せていた。
『穴』の中は真っ暗だった。室内の明るさに慣れた目では、そこに何があるのか全く見えない。
皆でじっと見つめるが、誰一人声を上げないあたり、きっと私と同じで何も見えていないのだろう。
ふと隣で動く気配がした。
「タクト?何処行くの?」
「んー、窓から外を見ようかなって」
「窓から?」
「そう、窓から。『魔法映像』じゃ見えないところに何か在るかもしれない知れない」
一理ある。と言うか、同じ景色を全員で見ていてもしょうがない。
そう思って、私もタクトと一緒に操舵室を出た。
窓はほとんど廊下に設けられている。一番外側の廊下を歩きながら、窓を見つけたら外を見る。そうしてぐるりと外周を回ることにした。
船の揺れは、不思議と落ち着いている。これなら外の観察に集中できそうだ。
「・・凄いな」
「凄いって・・・何が?」
タクトの呟きになんとなく返事する。
一つ目の窓を覗き込む。目の前は真っ暗闇だ。
隣でタクトも外を覗いた。
「この『穴』が。飛空挺が何台も入りそうな大きさだし、何よりどうして出来たのか。こんな巨大なもの、人為的に作るのはまず不可能だろう」
「・・・・」
どうして出来たのか。
人為的には不可能なら、自然発生したってことになるが、それにしては不自然な大きさだ。こんなものがホイホイ出来るようなら、『白』たち神々が某かの対策を講じているだろう。
それともこれが初めてだから、対策の打ちようがなかったのか?『白』は、「何の予兆もなく」と言っていたが、果たしてこの規模の亀裂が予兆なく突然現れるものだろうか。
考えてみても答えは見えない。
その窓から離れ、歩き出す。
「・・・て言うかさ、『白』が自信満々に『穴』は閉じるって言ってたけど、どうするんだろうね」
「どうするって?」
「だって『白』の力じゃ塞げないんでしょ?でも私たちが地界へ抜けたら閉じる、みたいなこと言ってた」
「あ、そういえばそうだよな。・・・何か方法がある、のか?」
「さあ・・」
そんな感じで、お互い疑問に思っていることを口にしながら歩く。
それが徐々に切れ切れになり、途切れる。それでも私たちは、事務的に歩き続けていた。
窓が見えたら覗く。
歩く。
それの繰り返し。
最初におかしいな、と感じたのは何だったか。とにかく、上手く頭が働かない。そのことに気付いた時、私の足は止まった。
偶々窓の手前だったから、タクトは特に不思議に思わなかったみたいだ。私の前に立ち、窓から外を見る。その横顔が、なんだか変だった。
いや、変と言うわけではない。ただ・・覇気がないというか、ぼうっとしているっていうか。真剣ではない顔である。
「・・タクト?」
「・・・・何」
短く答えた声に意識を感じない。
反射的に音を返した、というような気のない返答だった。疑問形ですらない。いつも私の話をちゃんと聞いてくれる彼とは思えない、投げやりな様子に一気に目が覚める。
まるで今まで寝ていたように、頭の芯がぼうっとする。次いで段々現状に理解が追い付く。
どうやら、何かが私たちの思考力を鈍くしていたらしい。気付いてみれば、さっきの自分が如何に気が抜けていたか分かる。
窓から外を覗くタクトはまだぼんやりしているようだ。
どうやって起こすべきか。本人が気付くのを待つか?そう思ったが、そんなのいつになるか分からない。私もまた同じ状態に戻ってしまうかもしれない。
だったら強硬手段だ!
「えいっ!」
「いっ・・!!」
思いっきり足を踏んでやった。
タクトはぼんやりしていたので、とても簡単なことだった。しかし踵で思いっきり足の甲を踏んだのはさすがに拙かったかもしれない。
蹲ったタクトの背が震えている。
「タ、タクト・・・?」
「・・痛い・・」
「ごめん」
「何でこんなことするんだよ。びっくりするだろ」
きっとびっくりどころじゃなかっただろうけど、私を怒る気はないらしい。痛みを堪えた顔で立ち上がった。
良かった、いつものタクトだ。
真っ直ぐ私を見る瞳にほっとした。さっきのぼんやりした表情は、もう何処にもない。
「タクト、さっき変だったんだよ。・・ってそれを言うなら私も、だけど」
「変?・・・あー、なんかよく思い出せないな・・。どう変だったんだ?」
「うーん、ぼんやりしてるっていうか・・・心此処に在らずっていうか、そんな感じだった」
「・・・思い出せないな。何て言うか・・ぼうっとする」
やっぱりタクトも変になっていた理由は分からないようだ。
とにかくもう二度とそうならないように、私たちはお互い監視し合うことにした。どっちかが変になってきたと感じたら、多少痛い目に合わせてでも起こす、と言う風に決めた。
「でも、出来れば手加減してほしいかな」
「うん、ごめん・・」
痛めた足を軽く振ってそう言われては、頷かないわけにはいかない。
思った以上のダメージを与えてしまったらしい。本当にごめんなさい。
タクトの足を思って、私たちは少しだけ休憩することにした。とは言え此処は廊下。休める場所があるわけでもなく、ただの立ち話になってしまうが。
壁にもたれたタクトが、何気なく外を見る。変になっていないかよく見てから、私も窓を覗いた。
先程の窓で見た景色と変わらない。そう思って視線を戻そうとしたとき、視界の隅に暗闇以外の色が見えた気がした。
慌ててそれを捜す。しかしその必要はなかった。
その景色は、急速に目の前に広がってきたのだ。




