天界の常識 6
自宅謹慎を言い渡されたのは、クラリスと出会ってから4日経った午後だった。その日の午前、念願の『白』との面会は果たされた。
タクトと2人で密かに心配していた『歌う果実』の腐敗もなく、全ては順調に進んでいた。そう思っていた。
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「これは・・」
差し出された『歌う果実』。それを目にした『白』は、かっと目を見開いていた。
「貴方の好物だと伺ったので。宜しければと思い持ってきました」
予想以上に大きな反応をした『白』に、私とタクトはちょっと腰が引けながらそれを机に置いた。汚いかとも思ったけど、他に置く所がなかったのだ。
部屋に居るのは、私とタクトと『白』のみ。他の皆は別室待機している。本来なら、事の中心である私が『白』に頼むのが筋ではあるのだが、一対一でそれが出来るわけがない。ということで、タクトに同行願ったのだ。
天族であるユイジィンの方が良かったのだが、それは『白』の方が認めなかった。まあ、ユイジィンが板挟みになる可能性が高いから、その判断は納得できたが。
それはともかく、やたらと広い応接室で対面した私たちは、とりあえず件の果実を渡してみたのだ。
今思うと、事前にユイジィンに確認しとけば良かったと後悔した場面である。
「貴方方は、私のことを、随分な目で見ているようですね」
「え?」
「分かりました。もう良いです。貴方方の言い分も聴くべきだと、そんなことを考えた私が愚かだったのです」
「えっと、何を言って・・?」
「出て行って下さい。もう2度と顔も見たくありません」
「えっ!?ちょ、ちょっと待ってください!」
訳も分からず強制退出させられた私たち。その後別室で皆と合流して、ようやく自分たちの失態を知らされた。
ユイジィン曰く、「『白』は賄賂を嫌う」らしい。
いや、私たちとしては、賄賂を贈ったつもりはなかったのだ。頼み事をする立場で手ぶらは拙かろうという考えで、あの果実を渡そうとしただけなのだ。
しかし確かにそれは賄賂と言われても否定しきれない、と言うことも理解できた。見ようによっては、まんま袖の下を渡しているようだったろう。
「しかし、何処で『歌う果実』を手に入れたんだ?珍しいものではないが、我が家では育てていないはずだが」
「クラリスって人に貰ったんだ。『白』の好物だから、渡してみたら良いって」
「それはおかしいな。俺たち天族は、『白』様の考え方に強い影響を受ける。『白』様が嫌っている賄賂を贈るような行為を勧めるはず・・・。いや、そうか」
「どうした?」
急に理解を示したユイジィンが、苦い顔をした。そして徐に立ち上がり、私たちに頭を下げた。
「すまない。私の同胞が迷惑を掛けた」
「い、いや!どうしたんだ、突然」
「そのクラリスという者、恐らく悪意を持って君たちにその実を渡したのだ。『白』様の不興を買うように」
「えっ!?」
驚く私たちにユイジィンが説明する。
『白』の賄賂嫌いは全ての天族が知るところにある。公然の事実であるそれを知らずに勧める天族は居ない。だが実際に私たちは勧められた。それはつまり、彼女が私たちを罠に嵌めたということだ。
だからユイジィンは謝ったのだ。直接関係ないのに、同種族だからという理由で。相変わらず帰属意識の強い人だ。
なんて思っている場合ではなかった。折角会えたのに、『白』の力を借りるどころか怒らせてしまった。それもこれも私とタクトが不用意に他人の言うことを信じた結果だ。
せめてユイジィンに確認の一つもしたら良かったのだ。と後悔をしながら家に帰った。それが午前中の出来事である。
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「はあ・・・」
人間が予想以上に疎まれていることをしっかり自覚した私とタクトは、ユイジィンから自宅謹慎を言い渡された。
同種族が迷惑を掛けた。とは言え、私たちを自由に外に出しては同じことを繰り返すかもしれない。そういう理由だ。仕方ない。
なんとなく居間に集まった私とタクトは、お互いの顔を見て、また溜息を吐いた。
ユイジィンには申し訳ないことをした。彼が頑張って取り付けた面会の場をあっという間にふいにしてしまった。その上で頭を下げさせてしまった。
穴があったら入りたい。どんな顔して彼に会えば良いのか・・・。
後悔やら恥ずかしさやらでうんうん唸る私たちは、居間の扉が開いて同時に顔を上げた。ユイジィンだったら謝る。そう決めていたのだ。
が、入ってきたのはクラークだった。
がっくり肩を落とす私たちには構わず、彼は定位置の扉脇に立った。
再び来る無言タイム。
どのくらい時間が経ったのか分からないが、恐らく10分ほどだろう。何も話していなかったので、外の音がよく聞こえた。
騒々しい足音が家に入ってくる。全く躊躇しないその足音は、真っ直ぐこの部屋までやってきた。タクトはともかくクラークが反応しないってことは、知り合いなのだろう。
おかげで、誰が帰って来たのかなんとなく察しがついた。
バタンとドアを開けたのは、ギアだった。予想通りだ。しかし彼は不機嫌そうな顔をしていた。これは予想外である。
いつも笑顔ってわけではないが、ここまで苛立っている様子を見せるのは初めてなような気がする。
荒々しい足取りで入ってきたギアは、私とタクトの中間にあった椅子にどっかりと座った。
「茶」
「あ、ああ。紅茶で良いか?」
「ん」
戸惑いつつもお茶を淹れるタクト。ギアはその間も、足を組み替えたり指で肘置きを叩いたりして、苛立ちを露わにしている。
正直ちょっと怖い。「どうしたの?」の一言が出なくて、誤魔化すようにティーカップを口に運ぶ。
本当にどうしたのだろうか。タクトが差し出した紅茶をぐいっと飲み干して、無言でおかわりを要求している。
いつものギアなら、もう少し会話があるはずだ。
いや、彼の場合は会話になっていなくても何か言うはずだ。
口を開くのも億劫なのかもしれない。
「・・・・・どうした」
2杯目を飲み下し、更におかわりするギアに、なんとクラークが声を掛けた。私たちが何も言えなくなっているのを察したのだろうが、こんな気が利くことをしたのは初めてのことではないか?
今度は驚きで沈黙してしまった。
「あの糸目野郎ムカつく」
「糸目野郎?」
「なんか、白い奴」
「白い・・・。ひょっとして『白』か?」
「知らねぇ。とにかくそいつがムカつくんだ」
ムカついているのは分かっている。見れば分かる。しかし詳細が分からないので、私たちの反応はとても薄いものになってしまった。
それが不満なのだろう。いつもはしない説明をし始めるギア。ま、彼の言い方では全く分からなかったから、タクトがその都度質問して何とか理解しようと努力した、と言った方が正しいが。
ギアが言うことには、天界での生活に飽きた彼が、一度魔界に戻ろうとしたらしい。勝手に何をしているんだ、と思ったがそこは、ギアだから仕方ない、と諦めることにした。
とにかく彼は戻ろうと思い立ち、何とかかんとか『楽園』に繋がる『扉』まで行ったらしい。しかしそこで『白』の妨害に遭い、目的を果たせなかったそうだ。
それで彼は憤慨して帰って来たのだ。
「何で『白』は止めたんだろうな?」
「知るかよ、そんなこと!」
「怒るなって。退屈する気持ちは分かるけど、向こうにも理由があるんだろうからさ」
「むー」
代わりのお茶を渡しながら、タクトがギアを宥めている。意外にギアは、タクトの言葉を聞くようになっていたから、とりあえず彼に任せておけば問題ないはずだ。
ギアの相手で忙しいタクトを見ながら、私も同じ疑問を頭に浮かべる。
忙しいと言っていた『白』がわざわざ止めたのだ。何か理由があると考えるのが自然だろう。だが、その理由とは何だ?
ギアは魔界に帰ろうとしていただけだ。天界から去るのなら、むしろ『白』からしてみれば願ったりなことではないのか?
そこでふと思い出した。
そう言えば、私は2回も『白』を怒らせたが、一度も天界を出て行けとは言われなかった。
普通嫌な相手が居たら、さっさと帰れって放り出すと思うのだが・・・。
まだ話す余地を残してくれているのか、それとも・・・外へ出せない理由でもあるのか?
ギアは『扉』を使おうとして止められた。もしかして、それが何か不都合に繋がる、とか?
いろいろ推測を重ねてみるが、結局確認しようがないので意味がないことに気付いた。
謹慎が解けたら一度『楽園』に帰ってみようか。同じ神である『黄』に助言を貰う、とか。そうでなくても『扉』が何か関係していたら、行ってみれば分かることもあるかもしれないし。
そう思ってのんびりしていられたのも、ほんの数時間だけだった。
もうすぐ夕方の歌が聞こえる時間帯。その音は空から聞こえた。
歌以外は自然が奏でる音しかしなかった天界の空に、ごうんごうんという重低音が響いたのだ。
驚いたのは私たちだけではない。周辺の家々から、天族たちが顔を覗かせる。空に飛び立ち、より広くを見渡す者も居る。
とにかく全員が空を仰いだ。そこには、巨大な塊が浮いていた。
ぱっと見は、銀色の球体。完全な丸ではなく、前後に長く伸びている。楕円に近いその物体は、所々凹んだり出っ張ったりしている。
こういうの、見たことあるぞ。アニメとかで。
「飛空挺・・・?」
すぐそばでタクトが呟く。
そうだ。飛空挺だ。その言葉がぴたりと当て嵌まる姿だった。となると、あの出っ張っているのは、砲台か何かかな?
冷静に状況分析をしようとして、余計なことを考えてしまった。
今考えるべきは、何故此処に飛空挺が現れたのか、ということだ。
天族は空を飛べる。どころか、天界の生き物の大半は背に翼を持っている。空を飛ぶ手段があるのに、飛空挺なんて代物を持つ必要性が感じられない。
と言うことは、だ。あれは天界のものではないってことだ。ではあれは何なのか、どうして此処にあるのか、そこまで考えて気が付いた。
あの砲台、こっち向いてない?ってことに。
「・・っ!危ない!」
タクトが私を床に押し倒す。同時に轟音と衝撃が辺りに響く。
どーんっ!!ぐらぐら・・!って感じだった。何かが割れる音がした。物が落ちたのだろう。地震のような衝撃に耐えて、目を開く。
同時にタクトも私の体を離した。目で素早く私の無事を確かめて、室内を振り返る。つられて私もそちらへ目線を動かす。
ギアとクラークは・・・無事だ。特に問題もなく立っている。2人とも外を見て身構えているようだ。
クラークはいつもの無表情、ギアは好戦的な笑みを浮かべて、それぞれの得物を手にしていた。
完全に臨戦態勢な2人に触発されたのか、タクトも体を起して、緊張を漲らせている。
攻撃された。そのことにようやく考えが行った私も、急いで立ち上がる。
痛い所はない。大丈夫。それを確認して、部屋の奥に下がる。敵は外だ。窓の近くに居ては危険である。
「何があったんだ!?」
「砲撃だ!人間が攻めてきた!!」
窓の外では、天族たちが口々に叫びながら慌ただしく動き回る声がした。
「人間が、攻めてきた?」
「・・・飛空挺は人間の文化だ。だからそう思ったんだろう」
呟くように出た疑問に答えてくれたのは、タクトだった。彼も窓のそばを離れ、私にほど近い位置まで来ていた。
「でも、地界から直接天界には来られないんじゃなかったの?」
だからこそ、私たちはあんな回り道をしたのではなかったのか。
しかしそれはタクトにも分からなかった。黙って首を振る姿を見て、自分の混乱を知った。落ち着かなければ。
そう思って深呼吸をする。と、タイミング良く居間の扉が開いた。開けたのはユイジィンだ。その後ろには、ユキがぼーっと立っていた。
ユイジィンは焦ったように室内を見渡し、口を開いた。
「君たち、外には出てないな!?」
「あ、ああ。ちょっと前から皆一緒だったけど・・・。それがどうした?」
「飛空挺が浮いているだろう?あれは人間の物だ。だから君たちが招いたんじゃないかという疑いが向いている」
「そんなこと俺たちはしてない」
「分かっている。それに、今はそれを追求している場合でもない」
彼も混乱しているのだろう。やや支離滅裂なことを言いながら、外の方へ目を向けた。
その動きで、私たちも外に意識が向いた。何かが破裂する音が断続的に聞こえてくる。それに、先程の砲撃の音も。
どう考えても、外で戦闘が行われている。
「先に攻撃してきたのは、あちらだ。正当防衛の戦いが始まった。流れ弾が来れば、此処も危ない。避難するぞ」
「手を貸さなくても良いのか?」
「君たちは戦いに関わらない方が良い。今後のためにも」
私たちが現場に居れば、否が応でも疑われる。それに、連携して攻撃しているであろう天族を邪魔することにもなる。
それは理解できる、が、本当に良いのだろうか?
知り合いが居る確率は限りなく低いが、同じ人間である。アウェイで戦って勝てる保証は低いだろう。そして、負けた方はどうなる。
「・・・っ」
思考が止まる。考えるな、と拒否反応が出そうになる。
考えるまでもない。負けたら、それ相応の代償を払うことになる。それだけだ。
具体的なことは考えずに、無理矢理帰結させる。どの道私は戦えないのだ。出来もしないことを考慮しても何にもならない。
他の皆がどう考えているかは分からないが、先に攻撃したのは彼らだ。擁護しようがない。
移動を始めた皆に混じって家を出る。開けた空で、幾つもの爆発が生じる。
振り仰ぐと、真っ白な存在が見えた。『白』だ。神自ら指揮を執っているのか?いや、彼はただ見守っているだけだ。
戦いとは離れた位置に浮いているし、何より誰も彼のそばには居ない。一人で、飛空挺を攻撃する天族たちを見ている。
「急げ」
「あ、うん」
『白』の姿に何か思う間もなく、急かされる。
振り返っていた体を皆の方へ向け、一歩踏み出す。その時、轟音が聞こえた。
「!!サエ!」
私の方へ駆け出す皆と、何かが空を切る音が妙にくっきりと感じられた。
クラリスは大の人間嫌いです。最初から下心で2人に近付きました。




