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天界の常識 5

お待たせしました。今回はもう一話投稿しました。

「天界と言うのは、基本的に魔界と同じなのだ。つまり、神に支配されている」

「神・・・。『アルブス』・・?」

「そうだ。『アルブス』様は、分体のほとんどをこの天界に置いている。基本的に一つの分体で行動されるが、必要とあれば幾つもの分体を同時に扱ったりもする。あの方の考えを広めるには充分過ぎる数を、な」

「・・・何で?」

「さあ、それは分からない。だが、『アルブス』様は他種族をよくは思っていないらしい。魔族は比較的高い評価を得ているが、人間は・・・言うまでもないだろう」

「だね」


 その例ならさっき見た。

 と言うか、今まさに身にみている。

 どういうことかと言うと・・・、この公園、近くの島からもたくさん人がやってくる人気の場所の一つであるらしいのだ。

 だからたくさんの天族が此処ここを訪れる。

 だから目立ちにくい木立に囲まれたこの東屋あずまやにも、それなりに天族が顔を見せる。

 だからこそ、たくさんの天族の冷たい視線がざくざく私に刺さる。

 視線で穴が空きそうなんだが。見てすぐ身をひるがえすのが鬱陶うっとうしいんだが。聞こえそうで聞こえないひそひそ声が地味にうるさいんだが。

 だがしかし、それを声に出すわけにはいかない。これ以上悪い立場にはなりたくないから。

 我慢・・!我慢だ私!


「その・・、すまない」

「ううん、ユイジィンのせいじゃないよ」


 例え、此処でちょっと休憩しようって言いだしたのが君だったとしても、ね。

 私の思考が漏れていたのか、ユイジィンは再び「すまない」と謝罪してきた。

 いや、怒ってはいないよ、本当に。

 ただわずらわしいと思っているだけだ。


「とにかく、神である『アルブス』様が人間をさげすんでいるのだ。だから余計に我々天族も、人間をあなどってしまう」

「・・・そっか」


 天族にとって、神である『アルブス』は絶対の存在のようだ。

 まあ、そうだろう。神とはそういうものだ。というか、そういう存在だから神と呼ばれるのだろうし。神の一人である『ルーテウス』が敬われていたことからも分かる。

 となると、彼らの嫌悪をどうにかするには、天界を根本から変えねばならないだろう。それは面倒だ。そもそも私たちの目的には直接は関係ないことだし、このことに深く関わるのは無意味だ。

 とにかく、多少の不快感は我慢するしかない。そういう結論に達し、そのようにユイジィンに伝えた。何度目かの謝罪を繰り返す彼に、「仕方ない」と返す。それ以外に言えることがなかったのだ。


「でも、これからどうしようか」

「・・・タクトは、『アルブス』様にもう一度頼むつもりらしい」

「・・・・」


 それは予想通りだ。目的を考えるに、今出来ることは『アルブス』のご機嫌伺きげんうかがいしかない。とは言え肝心の私がやる気になっていない。

 どうやらそれはユイジィンにも伝わってしまっているらしい。心配そうな顔をされた。


「・・・・どうすべきか、分からないのか?」

「・・うん」

「なら・・、悩むべきだな。悩むだけ悩めば、いずれ答えは見えてくる。・・・昔、『アルブス』様に頂いた言葉だ」

「『アルブス』に?」


 失礼だが、私の知る『アルブス』はそんなこと言いそうになかった。現に、私の迷いを見抜いても何も言わなかったし。ただ単に私が人間だったからかもしれないが、そんなのんびりしたことを言いそうな姿を想像できなかった。


「将来に迷っていた時に、な。あの言葉がなかったら、多分俺は、『楽園パラディス』の警護隊には入っていなかった」


 懐かしそうに目を細めるユイジィン。その穏やかな横顔は、その言葉に救われたと物語っていた。

 ますます私の中の『アルブス』とギャップを感じてしまう。


「誤解してしまうのは、仕方のないことだろう」


 顔に大きく「せぬ」と出していたら、ユイジィンが苦笑をしつつそう言った。次いで真剣な顔をする。


「先程のあの方は、余裕を欠いているように見えた。何かあったのかもしれない」

「何かって?」

「・・・・分からない。だが、あの方にとって君は、厄介な存在なようだ。私の知る『アルブス』様なら、例え嫌いな人間相手でも、さすがにあれ程礼を失した態度は取られないはずだ」


 つまり普通の人以上に嫌われているということですか。

 うーん、また会うのが嫌になっていきたな。元から会いたい相手でもなかったのに。



 それから数時間ほどは、苦手意識が高まる私に気遣ったユイジィンによる、天界講座を聞いた。

 マイナスな印象から始まった天界だが、良い所も当然たくさんある。実体験した内容が強烈に残っているので、まだ見ぬ天界の良い所は微かにしか伝わらなかったが。

 きっと追々分かる日が来るって信じて、今日の散歩は終わりとなった。





 3日後。私とタクトはご近所さんを歩いていた。

 何故かって?やることがないからだよ。

 タクトのやる気と反比例して、『アルブス』の忙しさは輪を掛けて酷くなっていったのだ。今もユイジィンが面会を頼みに行っているが、恐らく約束を取り付けられたとしてもかなり先の話になるだろう。

 天界の都会、と言うか大きな島の都市でも今は慌ただしい気配に支配されているらしい。休暇という名目で帰っていきたユイジィンでさえ、何かと呼び付けられている。

 何があったのか気にはなる。が、部外者に知れることはほとんどない。


 よって私たちは暇を持て余していた。

 いや、私は暇だとか言っている場合ではないのだが。一向に動かない状況に、安堵している自分がいる。それは自覚している。

 でもそれから先に思考は進まない。いまだにぐるぐる同じことばかり考えている。

 もういっそ無理矢理帰してくれたら良いのに。そう思ったのは一度や二度ではない。それを拒絶したのは自分だと言うのに、都合の良いことばかり望んでしまう。


 考えろ、考えろ・・、と念じていたらどんどん気分は沈んでいく。それを見かねて、タクトが気分転換に連れ出してくれたのだ。

 散歩は良い。突き刺さる迷惑そうな視線さえ無視すれば。

 わざとらしい陰口とか視線とかを気にしなけらば、快適な環境だった。



 天界は貨幣かへいが存在しない。それは初日のユイジィンとの散歩で聞いたが、実際に理解したのは少し時間が経ってからだった。

 基本的に私たちの食料や生活必需品は、ユイジィンが揃えてくれる。その彼が、隣家の住人から無償で食材を分けて貰っているのを目撃したのだ。

 それからこっそり外を観察してみて気付いた。確かに天族たちは誰も物を売り買いしていなかった。隣の家から貰う。外の島から作物を持ってきて配る。貰ってきた物を、また他の天族に分け与える。そういったことが普通に行われている。


 物は買って手に入れるのだという常識が身に付いている私からすると、驚きどころの話ではなかった。調味料などちょっとした物の貸し借りはともかく、食材その物や小物、果ては家具まで分け合っている姿は衝撃的だった。

 資本主義社会を否定するつもりはない。が、自分の損得を考えてばかりの社会より、この天界の方が純粋に見える。

 どちらが良いと言うわけではないが、天族が人間を醜いと感じるのは、当たり前と言えば当たり前のことなのかもしれない。生きる世界が違うと言えば良いのか。


 とにかくそれなりに衝撃的な天界を、もっと知りたいと思ったのは、どうやら私だけではないようだ。

 タクトやクラーク、ギアまで何かと理由を付けては外に出たがるのだ。唯一ユキだけは大人しく家の中で過ごしている。

 ユキの場合は興味がないだけだが。室内が好き、ではなく、特にやりたいこともないので部屋の中に居るってだけらしい。

 それはそれとして、今日散歩に出たのも、私の気分転換、兼、周辺の探索・・もとい面白いこと捜しが主だったりする。


「天族って、姿もそうだけど、声が綺麗だよな」

「そうだね。特に朝夕の歌が格別だよね」

「ああそうだな。しかし、鐘の代わりに歌を歌うって誰の発想だろうな」


 天界には、日が昇る時間と沈む時間の2度、歌を歌う習慣がある。人間の世界で言う時間を知らせる鐘の音と一緒なのだが、驚きなことに、それ専用の歌い手が居るのだ。

 歌い手は、比較的人口の多い島には必ず居て、時間になったら歌を歌う。それだけなのだが、魔法で拡張されたその歌声は島全体に行き届き、聴く者の心に染み渡るのだ。


 朝聴くと一日の始まりを実感し、夕方に聴くと今日一日頑張ったって気分になるのだ。

 充実感、と言えば分かるだろうか。そういう実感を得られる歌声なのだ。

 実際には何もしていない私ですらそう感じるのだから、真面目に働く天族の皆さま方はさぞや心満たされていることだろう。

 思わず一緒に歌ってしまう人も大勢居た。道行く人が歌に合わせて鼻歌を歌うのも見たし、少し離れた隣家からも奥さんの素敵な歌声が聞こえてくるのだ。


 美形で美声。『アルブス』は天族を愛し過ぎていると思う。魔族もそうだったが、「神様は美形好き」って認識が出来つつある。

 いや逆か?人間を作った神が手を抜いたのか?

 どちらでも良いが、ちょっと不公平だと感じたのは此処だけの話だ。



 ユイジィンから聞いた話では感じられなかった本当の天族の姿。それは確かに悪いものではなかった。

 言ってしまえば、人間と同じだった。文化や常識、過ごした時間は違えど、根元は同じだ。良い所も悪い所もあって、面白かったり怖かったり、驚きや納得が感じられる。

 何も変わらない。だからこそ、人間だからという理由で仲良く出来ないのは、ちょっともったいないような気がした。


 仲良くなれば何か変わるとか、そういう話ではなく、ごく個人的な気分の問題だ。たっとぶ国民性を持つ私としては、せめて当たりさわりない付き合いぐらいはしたいのだ。

 欲を言えば仲良く世間話くらいは出来た方が良いとは思うが。

 そういうわけで、私と同じ気持ちを持つタクトと一緒に、散歩がてらご近所付き合いをしてみようと行動を起こしてみた。



 結果報告。

 逃げなくても良いんでない?

 と言うかさ、挨拶しただけで顔を歪ませるの止めようよ。あからさまに「早く此処を去りたいです」って態度しないでよ。

 君たちの態度で私たちのライフは限りなくゼロよ!


かたくなだな・・・」

「そうだね、頑なだね・・・」


 とぼとぼ歩く私たちは、すっかり意気消沈していた。そんな私たちに追い打ちを掛けるように、奥様方のひそひそ話が聞こえてくる。


「・・・ほら、あれ」

「ああ・・、オーディルさんの家の」

「あの人も大変よね。あんなの押し付けられて」

「本当よね。早く出て行かないかしら」


 精一杯声を小さくして聴かせてくれてありがとう。とっても心にぐさぐさ刺さったよ。

 て言うかさ、同種のユイジィンのことを悪く言わないのは良いけどさ、だからって私たちが悪いみたいに言わなくても良いじゃないか。

 私たちユイジィンの友達だよ?私たちを悪く言うってことは、その私たちを友人にしているユイジィンも悪く言っているのと同じなんだからね・・!

 とか心の中で反論しても伝わりませんよねー。分かってます、そんなことぐらい。でも声に出して言うわけにはいかない。

 今以上に悪い印象を与えるのは絶対駄目なのだ。


「はあ・・・、どうしようか」

「どうしようね・・」


 お互い溜息を吐く。とりあえず此処を離れるか。

 完全に邪魔者扱いなので居辛いのだ。

 目線で頷きあって、足早に去る。逃げたみたいで格好悪いが、今更それぐらいどうってことはないだろう。実際逃げてるわけだし。


 また出そうになる溜息を呑みこんで、顔を上げる。

 ユイジィンの家がある島はそれなりに広い。まだまだ広がる住宅地に眩暈めまいがする。

 さっきのような精神攻撃を受けたら・・・と考えると、もう心は折れそうだ。


「そ、そろそろ帰ろうか」

「・・・そうだな、帰るか」


 疲れた様子を見せるタクトも、意義はないらしい。きっと私たちの今の心境は一緒だ。

 早く家に帰りたい。

 そうと決まれば、ときびすを返す。しかしタクトが何かに気付いたように、視線を一点に向けた。

 どうしたのか、と私もそちらに目を向ける。


 一人の天族がゆっくりとこちらに歩いて来る。

 肩口で切り揃えられた金髪が、歩調に合わせてゆるやかに揺れる。その髪にふち取られた表情は、とても穏やかだった。微笑みすら浮かべている。

 何より信じがたいことに、その笑みは確実に私たちに向けられているのだ。

 さっとタクトを見ると、彼も私を見下ろした。彼も信じられないのだろう。ぽかんとした顔をしていた。


「こんにちは」

「!こ、こんにちは・・!」


 初めての天族からの挨拶。

 その美しい笑顔には、嫌悪は微塵みじんも浮かんでいない。


「あの、あちらの家にいらした地界の方で間違いありませんか?」

「え、ええ」

「良かった。捜していたのです」


 にっこり笑う彼女は、クラリスと名乗った。予想外の展開にろくに対応できない私たちに、優しい笑みを向けてくるクラリス。

 信じられない。どういうことだ?

 唖然あぜんとする私たちに、クラリスは内緒話をするように身を寄せた。


「・・噂で聞いたのですが、貴方方は『アルブス』様に何か御用事があるとか」

「ええ、そうですが・・・」

「でしたら、『ピェーチ果実セーミャ』を持って言ったら良いですよ」

「『ピェーチ』・・?何ですかそれ?」

「神々はお食事など摂られません。ですが、全く何もお召しにならないわけでもないのです。私たちで言うところの嗜好品として召し上がるのですが、『ピェーチ果実セーミャ』は『アルブス』様が特に好んで召し上がるのです。『アルブス』様とお会いになるのなら、持って行って損はありませんわ」

「そ、そうなんですか」

「ええ。私の家で栽培していますの。宜しければお持ちになって」


 何処からか取り出した赤い果実を、ぐいぐいとタクトに押し付ける。思わず受け取ったら、クラリスはさっと身を離した。そして、もう話は終わったとばかりに「では」と言って軽く礼をして去ろうとする。


「あ、ちょっと・・!」

「何ですか?」

「えっと、いや・・・、貴重な話、ありがとうございました。あと、これも」

「良いのですよ。では失礼します」


 タクトが頭を下げるのを見て、私も慌ててお辞儀をする。クラリスは、私たちが頭を上げるのを待たずに言葉を返し、今度こそ歩き出してしまった。

 せっかちな人だ。来た時はゆっくりだったのに、今はもうかなり小さくなった背中しか見えない。

 止まらずにさっさと行ってしまったクラリスから、タクトに視線を移す。しばらくクラリスの後ろ姿を眺めて、タクトが溜息を吐いた。


「何だったんだろうな、あの人」

「さあ?でも『アルブス』の好物が分かって良かったよね」

「・・まあ、そうだな。面会が叶ったら渡してみるか。・・・・あんまり効果があるとは思えないけど」

「あの態度じゃね・・・」


 しかし渡すだけはタダだ。何と言っても天界には貨幣が無いのだから。

 それに、天族の中にも話が出来る人が居るって分かったのは、かなり良い収穫だった。いきなりのことで碌な話は出来なかったが、また話すことが出来ると良いな。

 少し上向いた気分で、クラリスが消えた方向を見た。




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