戦争と立ち往生 3
行きより急いで戻ったので、街には昼前には着いた。宿を取って、タクトは早速レイルに連絡をした。そして昼過ぎに、私たちのところへやって来たレイルは、
「僕は忙しいんだけど、って、何回言えば分かってもらえるのかな?」
開口一番そんなことを言い、苛ついたように足を鳴らした。しかし私は、そんなことよりレイルの服装に注目してしまった。
昨日のラフな格好と違い、今日は紺色のブレザー(どう見ても中学生)の上に、床まで届きそうな長さの黒いコート(幼い印象を更に強くしている)を羽織っている。しかも、全体的に飾り気がなく、武骨な感じである。
全体的に暗い色合いの服装に、白金の髪が映えていて、綺麗ではある。きっちりしたイメージが漂っていて、普通であれば格好良いのだろう。
だがしかし、見た目の幼さがその格好良さを打ち消している。似合ってない、と言ってもいい。あえて感想を付けるなら、可愛い、だろうか。襟や袖口、裾の余った感じが、子供好きには堪らないだろうな、と思った。
「何?さっきからじろじろ見てるけど、僕に何か言いたいことでもあるの?」
「えっ?ううん・・・」
「可愛いです」とは、さすがに言えなかった。でも、不機嫌な顔をしているところを見ると、もしかしたら、何を言いたいのか分かってしまったのかもしれない。過去にきっと、同じようなことを何度も言われてるだろうし。
そんなことを考えながら、昨日のように全員が視界に入るように座る。
クラーク以外の全員が座り、話ができる状態になる。
「君たち、朝一で国を出るんじゃなかったの?」
「それが、レイルに書いてもらった許可証を見せても、出られなかったんだ」
「はあ?そんなわけないよ。王立魔術師の、しかもその中でも、そこら辺の将校よりずっと権利がある、この僕の、だよ?有り得ないね」
椅子の上でふんぞり返るレイル。薄い胸を張って、偉そうに腕なんか組んでいる。
関係ないが、無駄に可愛らしいな、こいつ。
生意気な、でも可愛らしい子供。それがレイルなのだろう、と思ってしまう仕草だった。と、そんな、どうでもいいことを考えている場合ではない。
「王命が出てたんだよ。国外に魔法使いを出すなっていう内容の」
「・・・何だって?」
タクトの言葉に、急に真剣な顔になる。そして、逸らしていた体を戻して、何事か考えだした。
態度の変化に戸惑って、思わずタクトの方を見るが、彼も「分からない」という顔をしていた。
期待薄だが、一応立ったままのクラークも見てみる。が、こちらは目を閉じて何の反応も示していなかった。こんなときに、瞑想でもしているのだろうか。
レイルに目を戻す。まだ考えているようだ。表情が、どんどん険しくなっていっているのが気になる。
何か、私では考えつかないようなことが、起こっているのだろうか。
「・・どうかしたのか?」
「・・・・・別に。とにかく、王命が出ているなら、仕方ないね。国を出るのは諦めなよ」
あっさりとそう言って、席を立つ。そして、椅子の背に掛けていたコートを手に取った。
もう帰るのだろうか。と思っている間に、扉へと向かっていく。
慌てて席を立ったタクトが、その背に「レイル!」と呼びかける。声に呼び止められて、肩越しに振り返る。
「何?」
「もう帰るのか?」
「そうだよ。これ以上君たちの役には、立てないだろうからね。それに・・やることがあったのを思い出したんだ」
「・・・分かった。じゃあ、そこまで送るよ」
「いらないよ。じゃあね」
そそくさと部屋を出て行くレイル。
しばらく、誰も何も言わなかった。
再び椅子に座って、空中を見ていたタクトが、クラークを見る。
クラークも、こちらを見ていた。そのクラークに向かって、タクトは口を開いた。
「なあ、どう思う?」
「・・・・・」
「うーん・・。じゃあ、やっぱりこのままじゃ駄目だな」
「・・・・・」
「ああ、そうだな・・。うん、そうしよう」
私はついていけてないのに、話が勝手に進んでいく。
「思い立ったが吉日」とでも言うように、立ち上がったタクトに、視線を送る。
私は一体に何をすればいいんだ・・?
というか、いい加減分からない会話を止めて欲しい。
いや、もうそれ会話ですらないよね。だって、クラーク、話してないし。タクトが、独り言言ってるだけだもん。
「あ、サエは・・・どうしようか?」
「・・・・・」
「あー、うん、じゃあよろしく」
えっ?ちょっと待って。視線に気付いてくれたのは、とても有難いけど・・・嫌だ。なんか、私にとてつもない試練が降りかかってきそうな、そんな予感がしてるんだけど。
「サエ、俺はこれから魔法使いしか入れない所・・研究所みたいな所なんだけど、そこに言ってくるから。君はクラークと一緒に、街で情報を集めてきてくれよ」
来たよ。嫌な予感的中だよ。
会話もまともに成立しない人と、2人きりにしないでほしい。かと言って、魔法使いでもない私がタクトと一緒に行っても、外で待たされるだけだろう。
選択しようがないが、それなら1人で行った方が楽なんじゃないだろうか。
本気でそんなことを考えている間にも、タクトとクラークの会話(?)は進んでいた。
「そう、俺が一般人にも伝わらないような軍の情報を、できる限り貰ってくるよ」
「・・・・・」
「うん、できれば向こうの動きも分かると良いんだけど」
「・・・・・」
「そうだな。・・あ、サエのこと頼んだぞ。こっちの世界にまだ慣れてないだろうし、1人にはしないように気をつけてくれよ」
「・・・・・」
余計なことを言うな。そいつと2人の方が疲れるって、絶対。
私の心の中の抗議は、当然スルーされて2人は打ち合わせを終わらせた。
「じゃあ、後でまた」
タクトは笑顔で手を振って、出て行ってしまった。
出て行ってしまったんだよ、私を置いて。
「えっと・・・」
「・・・・」
何て声をかけたら良いんだろうか。誰か教えて欲しい。
呼吸するのも気を使う沈黙が数秒流れ、クラークが動き出した。部屋を出て行く。それを見送っていると、扉を開けたまま止まってしまった。
よく見たら、私を見ている。これは・・、「付いて来い」ってことか?
「口で言えよ」とか思ったけど、大人しく続いて部屋を出た。
彼はそのまま宿を出て行くようだ。タクトが言っていたように、情報収集に出るのだろう。
やっとそれに考えが至って、息を吐いた。既に疲れた。あれだ。気疲れという奴だ。
と、もう一つ重大なことに気が付いた。
「こいつ、どうやって情報を得るつもりだ?」
友人であるタクトにすら無言を貫く男なのに、見ず知らずの人に話しかけられるのか?
いや、そんなシャイな理由で喋らないわけじゃないのだろうが、それはそれで「じゃあ、喋るのか?」という疑問が湧いてしまう。
どうするんだろうか・・?
少し先を歩く黒い背中を見つめつつ、ちょっと期待して追いかける。
もしかしたら、普通に話すのかも。そしたら、「私と話すときも普通に話して」って言いやすくなるだろう。
これは良いかもしれないぞ。タクトに「一緒に行け」と言われた時は絶望したけど、今はむしろ希望の光が射している。
気分が良くなり、足取りも軽やかだ。
余裕が出てきた。そこで、ようやく周りにも目を向けられるようになった。
私たちが歩いているのは、メインストリート、つまり大通りだ。
タクト曰く、そんなに大きな街ではないらしいが、さすがに大通りは行き交う人が多い。まあ、夏祭りとかの人混みとは比べ物にならないが。
夏祭りの人混みなんて、最悪だ。何が悲しくて、人がぎゅう詰めの中を歩かなくてはならないのか。
とか思っても、毎年一度は、そんな人混みの中に身を投じてしまう。
ただしそれは夏ではなく、冬だ。というか、お正月だ。初売り狙いの方々と一緒に、デパート内を歩く。
まあ、その時注意すべきは人混みより、駐車場の空きがないことだが。
そう考えて周囲を見回すと、あら不思議。全然人混みって感じがしなくなるのです。
・・・馬鹿か、私は。何を考えているのか、自分でも分からない。
頭を整理して、もう一度、周りを見てみる。
この世界の街並みは、やっぱり西洋風である。レンガや石で作ったであろう壁が並んでいる。なんだか良い雰囲気だ。
上を見上げて、屋根の形を確認する。何かの本で、雪の降る地域の家は、屋根が尖がっていると書いてあったのを思い出したのだ。
とりあえず、三角なのと平らなのが混じっているから、雪はそんなに降らないんだろう。
視線を落として、道を歩く人々に目を向ける。
服装は、男も女もシンプルなものが多い。見ていると、時代を間違えているような錯覚を覚える。
何故なのかは、ちょっと考えればすぐに分かった。
デザインだ。シンプルかつ古いこのデザインが、映画とかで見た昔のヨーロッパを彷彿とさせるのだ。
つまり、総じて一昔前のヨーロッパな風景、ということだ。
異国な雰囲気にわくわくしてしまう。
きょろきょろと、あれこれ見ていたら、クラークがこちらを振り向いた。
ひょっとして、気に障ったのだろうか。
しかし、すぐに前に向き直り、一軒の店に近寄って行く。どうやら、あそこに寄るって合図だったらしい。
うん、分かりにくい。
先に扉を開けて待っていたクラークに、軽く会釈をして店に入る。
むわっとお酒の匂いがした。どうやら、酒場らしい。
「いらっしゃいませ~」
やる気のない声が私たちを迎える。見ると、酒とグラスが並んだ棚を背に、気だるそうな顔をした男がトランプ片手にこちらを見ていた。その正面のカウンターには、途中まで組まれたトランプタワーが立っている。
店内には、その男(多分、従業員)以外誰もいない。
「早く、閉めてもらえます?崩れるんで」
接客業を何だと思っているんだろうか。扉を閉めたクラークが正面までやってきても、タワーを作る手を止めようとしない。
無言でカウンター席に座るクラークに倣って、私も隣に座ろうとする。が、椅子が高い。日本人の短い脚にはキツい高さだ。
「あ~、ご注文は?」
座ろうと悪戦苦闘している私を無視して、男が訊く。目を上げると、彼はタワーの一番上を作るために全神経を集中しているようだ。
これで注文を言っても、出せないだろうと思うのだが。
隣で、クラークが動いた。とうとう、彼が話す時が来たのだ。やっと座れた私は、クラークの口元を凝視する。
しかし、彼は少しも口を開かず、懐に手を入れた。
何をするつもりなんだろうか。
と、すぐに懐から手を抜いた。その手には、一枚のカードがあった。それを目の前のカウンターに置く。
表を向けて置かれたカードには、おどけたピエロの絵が書いてあった。
って、トランプかーい!
とかツッコんでしまった私は、おかしいのだろうか。何故なら、そのジョーカーのカードを見た男が、眠そうな目を大きく見開いたからだ。「これは・・!」みたいな顔をして。
「少々お待ちください」
そう言って、男が奥へと消える。
私は、もう一度、カードを見てみた。どう見てもただのトランプにしか見えない。それとも、これが暗号というものなのだろうか。
秘密結社とか、情報屋への合図・・・。そうか、情報屋!
物語によくあるあれだ。何だか、ミステリアスな男とかが出てきそうな予感がする。
「おうおう、誰かと思ったら、お前か」
さっきの男に変わって出てきたのは、予想外の人物だった。
粗野、というか、男らしい喋り方だが、れっきとした女性だ。しかし、目のやり場に困る格好をしている。
大きな胸を覆う布は、深紅。下はホットパンツ。水着みたいで、胸と腰以外、素肌が丸見えだ。寒くないんだろうか。
「ん?こっちのは見ない顔だな。お前の女か?」
「・・・・」
「あはは、分かってるって。挨拶みたいなもんだ。気にすんな」
「・・・・」
「ふん、しかし、相変わらずだな。・・いや、お前が変わるなんて、そうそうないか。で?今日はどうしたよ?タクトは?」
「・・・・」
「ほう・・、そういえば、そんな命令も出てたな・・」
最近の私は、放置率が高くないだろうか。そして、2人の知り合いは、どうして私をどちらかの女にしたがるんだ。
お約束と言えばお約束なんだろうが、もう少し個性を出してほしい。私は絶対に、この2人とは恋人同士にならないから。
「おっと、そうだ。はじめましての人が居るんだ。先に自己紹介しておくよ。私はカーディナルっていうんだ。あんたは?」
「国枝沙恵です」
「・・聞きなれない響きだな」
「あ、タクトは沙恵って呼んでます」
「ふぅん、あっそ。じゃあ、私もサエって呼ぶわ。・・・しかし、タクトは、か」
「あ~、・・えっと」
「ああ、良いって別に、言い訳とかいらないから。こいつ、どうせほとんど聞いてねぇし。こいつがあんたと話したって方が、よっぽどのことだしな」
にやりと笑われてしまった。どうもクラークが喋らないのは、周知のことらしい。残念だ。声が聞けると思ったのに。
・・ん?でも、「話したって方」ってことは、話すこともあるってことか?というか、ほとんど話聞いてないんだ、クラークって。
何だか、この黒い人の謎がどんどん深まっている気がする。
「私は・・まあ、情報屋、みたいなもんだ。正確には違うんだろうけど。とにかく、情報を売ってるのは確かだしな。で、あんたは?」
「えっ?」
「あんたは、何なんだ?あのタクトとクラークが連れてるんだ。それなりな理由なり、能力なり、あるんだろ?」
「え?えーっと・・」
何て答えれば良いんだろ?
いや、「間違って異世界から召喚されちゃったんです」っていうしかないんだけど。
正直に言っていいものなのか、分からない。考えてみたら、タクトもレイルに、はっきり私のことは言ってなかった気がするし・・。
言ったら拙いこと、なのか・・?困った・・・。
答えが欲しくて、視線を隣に送る。が・・・・、こっち見てないし!!
おい、保護者!擁護対象が困ってるんだから、助け船の一つでも出せよ!
焦ってちらちらと隣に視線を送り続けていたら、正面で小さく噴き出す音が聞こえた。
「・・・ま、いっか。どうせ私には関係ないからな」
「・・え・・」
私は何も答えてないのに、良かったのだろうか。
カーディナルを見上げる。と、艶っぽいウインクを受けた。「気にするな」、という意味だろう。格好良いよ、この人!
よし、決めた。今から彼女を「カーディナル姐さん」と呼ぼう。・・心の中で。
「じゃあ、時間も惜しいし、そろそろ本題に入るぜ」
そして私たちは、カーディナル姐さんの話を聞くこととなった。




