天界の常識 4
そもそもの話、私はこの世界に来る前から先行きに不安を感じていた。
周りに流されるがまま行っていた就職活動。働く自分をイメージできなくて、どんな会社の説明会も私の心を動かさなくて。でも就職しなくちゃと焦りばかりがあった。
不安は常にそこにあって、未来を考えることが嫌だった。その場限りの気持ちで臨んだ面接。だから落ちたところで真剣に悩みはしなかった。
いや、悩みはした。ただ「何故落ちたのか」ではなく、「何故こんなことをやっているのか」ということについて大いに悩んでいた。
心が伴っていなかった。落ち着いて考える時間が欲しかった。そうすればきっと答えが見つかるって思っていたから。
そんなことはないと、時間があっても見つからないって知ったのは、この異世界でだった。
ユイジィンに連れられてやってきたのは、大きめの一軒家だった。
白い壁に緑の屋根。小奇麗に片付いた庭には、色とりどりの花が咲く花壇があった。全体的に優しい雰囲気の家。誰の家かと思ったら、なんとユイジィンの家だった。
正確には、ユイジィンの別宅だった。
別宅があるとは、実は彼は金持ちだったのかと思ったが、単純に元両親の家なだけだった。彼の両親は他界して久しいらしい。とは言えユイジィン自身は都心に自分の家を持った後のことだったので、結果家が一軒丸々余ってしまったとのことだ。
余ってしまったって表現はどうかと思うが。
ともかく誰も住んでいないとは言え処分する気も起きず、放置していたらしい。一応定期的に管理してくれる心優しい隣人がいたからこその放置だったのだが。
おかげで私たちは宿捜しに奔走せずに済んだ。
ユイジィンには感謝してもし足りない程の恩を受けてしまった形である。まあ、本人はそういうことを気にしているようには見えないが。
そういうわけで、ユイジィン宅の一室を借り受けて、私は再び思考を巡らせていた。
しかしまたしても答えは出ない。イライラが募るだけだ。
気分を変えよう。
そう思いついたのは、どれくらい時間が経った後だろうか。籠りっぱなしじゃ良い考えなんて浮かぶわけがない。それらしい逃げ文句を思い浮かべつつ部屋を出る。
この家は3階建て。そして私はその3階の部屋を貰えた。なので階段を降りて1階へ行く。
1階は共有スペースだ。階段を降りて手前にある扉がリビングに、その向こうがキッチンに繋がっている。が、私の目的は外なのでそれらには触れずに通り過ぎる。
『白』が居なくなってからずっと、思考に耽っていた。そのせいで家の周辺にまで意識が向かなかった。ご近所の様子を見たら、もしかしたら気分が上向くかもしれない。
期待はそれほど高くないが、そんな風に思ってないとやっていられない。
まだ残っている焦りや苛立ちを振り切るように思いっきり玄関扉を開けた。
「!」
「あ!ごめんっ、ユイジィン!」
勢いよく開け過ぎた扉の向こうで、ユイジィンが飛び退った格好で驚いていた。どうやらちょうど外から帰ってきたところらしい。
多分向こうから開けようとしたところ、私が押し開けたせいで空振った揚句に扉で攻撃されそうになったのだろう。一応かわせたようだけど。
不意打ちを受けたユイジィン以上に驚く私に、彼が眉間に皺を作って見せた。
小言だろうか。
いや、この場合怒られるのは仕方ないことだけどね。
「・・・出掛けるのか?」
「え?・・あ、うん。ちょっと散歩に行こうかと思って」
「そうか・・・。少し待て」
難しい顔のまま入ってきて、リビングへと消えた。
一方私は、「待て」と言われたからには待たねばならぬ、と玄関でぼうっと立ってた。私に何か用なのだろうか、とか考えてみるが特に思い当たることはない。
やっぱり小言だろうか?それとも、さっきまで部屋に籠ってたくせに急に外へ行こうとしているからか?
さっきまでの私は、傍から見ても沈んでいたのは分かっただろうから、後者かな。というか考えてみなくても、それ以外ないだろう。小言ならその場でするだろうし。
でも誰かに心配されるのって心苦しくなるから、あまり好きじゃないんだよな。その一方で、心配されるのが嬉しいって言うのもあるけど。複雑な心境だ。
まあ一番は、そんな思い悩まないようにすることなんだけどね。あるいは思い悩んでも、表には出さない、とか。そんな器用な真似は、残念ながら出来なかったが。
なんて勝手に推測して、自分の考えに頷いていたらユイジィンが帰ってきた。
一体何をしていたのか、と思ったらリビングからタクトが顔をのぞかせた。
「いってらっしゃい」と手を振っているところを見ると、ユイジィンに私が出掛けることを聞いたのだろう。
そう言えば、誰にも出掛けることは言っていなかった。ちょっと外を歩くだけのつもりだが、慣れ親しんでしまった人間の街ではなかったな、此処は。
うっかり何か厄介なことに巻き込まれたりしないとは限らない。特に私は。
タクトに手を振り返して、近付いてきたユイジィンに目を向ける。誰にも出掛けることを言ってこなかったことを見抜いた彼に、一応感謝しなくてはならないだろう。
がしかし、私が何か言う前に、彼はそのまま外へ出て行こうとする。
「って、待って。何処行くの?」
「散歩だろう?案内しよう」
案内?いや、別にそんなの望んでいないけど・・・。
とは言わせない雰囲気があって、仕方なく彼の後に続いて家を出た。
これは一人で行かせると不安ってことか?そうなのか?・・・そうだろうな。人間の街でも同じだったのだ。当然と言えば当然か。
ならばやはりお礼は言っておかないとな。と改めて口を開いた私より先に、ユイジィンが声を発した。
「散歩に行くと言っていたが、何処か行きたい場所はあるのか?」
「え、いや、特にないけど・・」
「では適当に周辺を見て回るか。少し先には公園があるが、行くか?」
「えっと、・・うん」
出鼻を挫かれたせいで言い辛くなった。
まあ良いか。後で付き合ってくれたお礼と一緒に言っておこう。そうしよう。
出掛ける前から帰って来た時のことを想像する私。何でそういうところだけ準備が良いのだろうか、私は。
自分の思考回路のおかしさにツッコミを入れながら、ユイジィンに付いて行く。
って、何で家の裏へ行くのだい、ユイジィンさん?
疑問符を浮かべつつも黙って付いて行った先に、ちょっと大きめの小屋があった。それにこの臭いは・・・動物でも飼っているのか?
何の説明もせずにその小屋の扉を開けるユイジィン。私は、何だ何だと彼の後ろから中を覗き見る。
「え、これって・・・」
「私の馬だ。近所の者に世話を頼んでいたのだが、しばらく此処で暮らすことになるからと引き取ってきた」
小屋は馬小屋だった。そしてその中には、一目で私を興奮のるつぼに叩きこんだ天馬が一頭居た。
さすがに2度目だ。我を失うほど興奮はしなかった。しなかったけど、少しはテンションが上がった。
いや、上がったと言うより、シフトチェンジした、と言った方が正しいか。
とにかく私は天馬から目が離せなくなった。
私たちを此処まで連れて来てくれた天馬は、馬車ごと何処かへ帰されたはずなので、この天馬はまた別のものだろう。
とても美しい毛並みである。一切混じりけのない純白が眩しい。
しかもよく見たら、瞳の色が若干青い。光の当たり具合だろうか。天馬が動くたびに、瞳に青色が垣間見える。
うわーうわー、何だこの生き物。
「公園は此処とは違う島にある。人間のお前には必要だろう」
「えっ、それはもしかして・・・この天馬に乗るってこと?!」
「あ、ああ、そうだが・・。嫌か?」
「是非お願いします!」
馬に乗るのは初めてだけどね!
でも天馬に乗って空を飛ぶとか、憧れのシチュエーションじゃないですか!
と浮かれながら、ユイジィンに支えられ、取りつけられた鞍に乗せてもらった。そこではっと気付いた。
空を飛ぶ、だって!!?
命綱もなしに!?
大事なことに気付いた私は、鞍の上で身をよじっていた。本当は降りたかったのだけど、一人じゃ登れなかった私がそんな高度なことを出来るわけがない。
無理無理、乗馬初心者がそんなことしたら落馬するって!落馬して、見えないくらい下の地面まで一気にダイブすることになるって!!
鞍の上で暴れたせいか、天馬が嫌がって体を揺らす。それが余計に恐怖を煽る。
嫌なループを断ち切ったのはユイジィンだった。
「おい、暴れるな。・・っと」
「だ、だって・・って何で乗るの!?」
「?君の乗馬経験は知らないが、天馬は初めてだろう?そんな人間を一人で乗せるわけにはいかない」
「う・・・」
後ろから手が回され、私の前で手綱を握る。そのせいで、私はユイジィンの腕の中にすっぽり収まってしまった。
かつてないほど近い距離に、さっきとは別の理由で暴れたくなった。が、暴れると近くの体にぶつかるのは目に見えている。
ぶつかるぐらいならともかく、暴れたせいで体を固定されでもしたら、恥ずかしさやら何やらで死ねる気がする。
そんなわけで硬直した私など意に介さず、ユイジィンは天馬を動かした。
私に配慮しているのか、ゆっくりとした速度で歩き、ふわりと浮かぶ。浮遊感はほとんどしなかった。地面を走っているのと同じ感覚で、徐々に高度が上がっていく。
恥ずかしさを誤魔化すように視線を転じれば、ユイジィンの家や少し離れた場所に立つ隣家などが視界に入ってくる。
この辺りの家々はどれも可愛い作りをしているなぁ。庭には花々が咲き誇り、明るい雰囲気が胸を暖かくする。
空中にはトラウマがある。が、こういう風景を見るのは好きだ。
そう思っていた私の視界に、初めて隣家の人が姿を見せた。家から出てきたのは、奥さんと思しき女性だった。
手にしたじょうろで庭に水を撒いている。と、ふと顔を上げる。ちょうど、高くもなく低くもない高度に達していた私たちと目が合う。
顔見知りでもないが、お世話になっている家の隣の住民だ。会釈くらいは礼儀としておいた方が良いだろう。
儀礼的とは言え、波風立たない態度は必要だ。少なくとも、私の中の常識は、そうすることが正しいと言っていた。
ぴょこりと頭を動かすと、後ろのユイジィンも同じく会釈をしたのが、伝わる動きで知れた。そして奥さんも笑って会釈を・・・・しなかった。
隣の奥さん(仮)は、一瞬笑顔を浮かべはした。が、ユイジィンの前に座る私と目が合った瞬間、さらっと無表情になったのだ。
そして何もなかったかのように家の中に戻っていく。
「あ、あれー?」と思ってじっと見ていたが、再び出てくる様子はない。
「ねえ、ユイジィン」
「行くぞ」
「え、いや、あの人・・」
「気にするな。と言っても無理か」
ええ、無理です。言葉に出す代わりに、大きく頷く。
後頭部に彼の溜息がぶつかる。ゆっくりと天馬は空を進む。しばらく沈黙が降りた。
私は、ユイジィンが何か言うまで、幾らでも待つつもりだった。ユイジィンがちゃんと説明しようとしているのが分かったからだ。
「・・・そうだな、とりあえず謝らせてくれ。同族が失礼をした。すまない」
「あー、うん。別にそれは良いんだけど・・・、気にはなったかな」
「そうだろうな。・・どう説明すれば良いのか。・・・・・天族の考え方が悪い、と言えば良いのか。いや、そのような考えが当たり前だとしている環境が悪いのか」
「どういうこと?」
「ああ。・・・天族は、いや、天界全体では、人間のような空を飛ぶことのできない種族を劣っている、と考える風潮があるのだ。もちろん空を飛ぶ能力一つでそのように判じているのではない。が、他種族に比べて特に身体的・能力的に劣っている人間は、とかく蔑視の対象になりやすい。・・・それこそ、挨拶をする対象ではないと思うほどに、な」
つまり、「お前みたいな低能と一緒にされたくない」って意味ですか、それは。
えー、そんなこと言われても・・・って感じだな。と言うか、天族って意外に性格悪い人が多いのか?ユイジィンとか、『楽園』の警護隊の人たちは実直って言葉がぴったりだったのに・・・。
とは言え、語れるほど天族のことを知っているわけではないので、あくまでそういう雰囲気だったってだけだけど。
だが少なくともユイジィンは、そういう人ではないと言える。実直、真面目、堅物・・、とにかくそういう言葉でしか言い表せない人なのだ。
人間だからという理由で蔑んだりもしなかった。私が見ている分には。初めての時も、攻撃しては来たけど一応その前に会話はしてくれたし、最低限の礼は忘れていなかったと思うが。
軽く首を傾げる私に気付いたユイジィンが、小さく笑った。多少の自嘲を含んではいたけど。
「私も同じだ。私も最初は、役目柄君たちに合わせていたが内心では・・・蔑んでいた。それに、人間の文化は理解できないものが多かった。理解する以前に、天界との違いばかりに目が向いていたんだ。そして、やはり天界の方が良い、勝っている、と思っていた。だが君たちと一緒に旅をして、ようやく少し視野が広がった。そして気付いた。人間の価値は能力などで測るものではないと。もっと言うなら、全ての生き物は能力だけの存在ではないことを知ったのだ」
「能力、だけじゃない?」
「そうだ。上手く言えないが、人間は心の生き物だと思ったのだ。心一つで強くも弱くも、優しくも厳しくもなる。そして心は全ての生き物が持つものだ。ならば見るべきは、その者の心や在り方だ。能力だけに注目していては、それを見失う」
それは、そうかもしれない。そもそも能力能力と言うけれど、個人が有している力なんて千差万別だ。体力はあるけど知力はない、とか、逆に知力はあるけど体力はない、とか、そんな単純な差もあるし、体力も知力もあるけど財力はないとか、何に重点を置くかで優劣は変わってきてしまう。
が、逆に言うなら種族全体では、天族に劣っているかもしれない。そういう意味では、その考えも当たっているかもしれない。少なくとも間違ってはいない。
まあ、個人に当てはめるのには無理がある、ってのは確かだけどね。
しかし天族は随分と一律的な考え方をしているのだな。
ユイジィンの話を聞いて、そう思った。種族云々で考えるのは、人間にだって通じる考えだ。が、それと同時に、人間は個人についても考える。種族としては気に入らなくても、個人的には好き、とか結構平気で言ってたりするが、天族は違うのだろうか?
「違うな」
答えが知りたくて訊いてみれば、あっさりと否定されてしまった。
「天族は、個より種を尊ぶ。それに、この天界には天族以外知能の高い種がほとんど居ない。全く居ないわけではないが、触れ合う機会が極端に少ない。そのせいで、他種族を解する、と言う行為に慣れていないのだ。必然、全てが同じライン上に存在している環境で育つことになる。その結果、別のライン、別の生き方をする種族のことをどう見て良いか分からなくなった。だから自分たちと比べて物事を判断しようとするんだ。その場合、個人より種族という単位で考えた方が答えが出やすい。種優先で考えるのも、それに拍車を掛けているのだが」
「えーっと、つまり・・・、相手のことを判断するのが苦手ってこと?」
「簡単に言うとそうだな。・・・まあ、そんな考え方が根付いてしまったのにも理由はあるのだがな」
「理由って?」
「・・・・着いたぞ。公園だ」
気付けばそこは、空中庭園のような緑豊かな憩いの場だった。のびのび育つ木々と適度に人の手が入った芝生。遊歩道と点在する東屋。空高く水を噴き出す噴水に、綺麗な花壇。
ちょっと目が奪われるのも仕方のない光景だった。
って、ユイジィン、話逸らしたな。
抗議の視線を受けて、ユイジィンは深々と溜息を吐いた。
ようやくサブタイトルとの結びつきが出てきました。が、問題はまだこれからです。
サエは必死でユイジィンの説明を聞いています。ので、空の上に居てもトラウマは発動しません。




