天界の常識 2
大変お待たせしました!
私たちが天界へ行けるようになったのは、翌日のことだった。
あれからユイジィンの怒りをどう鎮めたのか、それは分からない。が、彼らの話は深夜に及んだ。私たちは一足先に休ませてもらえたが、ユイジィンのお説教はかなりキツかったようだ。
翌日顔を合わせてた『黄』の笑顔は、疲れ切っていた。
「はあ、全く・・・本当に、帰ってくるのが早すぎるよ。次はもっと長く空けていてくれないかな・・・」
「・・・『黄』様?」
「冗談だよ。・・さて、待たせて悪かったね。天界に行く『扉』のところへ行こう」
怖い笑顔のユイジィンを従えて、『黄』が行く。
ゆっくり休むことも出来たし、気持ちの準備は万端だった。
「さて、これが天界への『扉』なのだけど・・・、ユイジィン、昨夜の話は覚えているだろうね?」
「・・もちろんです」
疲れたように溜息を吐くユイジィン。
「昨夜の話って何だ?」と首を傾げて見せるが、無視された。なんとなく、私たちに関係ありそうだと思ったのだが、彼は話したくなさそうだった。
皆はどう思ったのかと振り返る。と、見送りに来た警護隊の方々の姿が目に留まった。
何故彼らは皆涙目になっているのだ?
うーん・・、突っ込まない方が良いのだろうか、これは。
少し悩んで、見なかったことにした。
イケメンのお兄さん方が一様に涙を堪えている。そんな状況に好んで関わりたいとは思わない。若干暑苦しい展開になりそうな雰囲気もあるし。
うん、私は何も見なかった。
「さあ、さっさと行き給え。楽しい楽しい天界へ、ね」
いつまでも動かない私たちを促すように『黄』が急かしてくる。しかしこの笑顔、嫌な感じである。
含むところがありますと言っているような笑みなのだ。警戒するな、と言う方が無理だ。
ユイジィンが苦い顔をしているのも気になる。
気になる・・のだが、きっと訊いてもはぐらかされるだろうな。後ろに居る皆も、顔は見えないが同じ気持ちなのだろう。明らかに何かあると分かっているのに、誰も何も言わなかった。
にやにやと笑う『黄』から、『扉』へ目を移す。
つるっとした白い板に、金色の取っ手が付いている。そしてその上部に男と女をデフォルメしたような絵が描かれている。
それはどう見てもトイ・・・いや、もう突っ込まないよ、私は。例え、金色の取っ手を握り開けようとしているユイジィンが、今まさに用を足そうとしているように見えているとしても。
というかユイジィン、まさかわざわざ開けてくれるのか。私たちのために。何と言うか、親切な人だな。
でもユイジィンってそんな性格だったっけ?
心の中で首を捻りつつ、開けてくれるなら任せようと思い彼の後ろで待つ。
ユイジィンが振り返る。
「開けるぞ」
「う、うん」
「・・・覚悟しておけ」
止めてよ、嫌な予感を感じさせる物言いは。
そんな文句を口にする暇もなく、『扉』が大きく開け放たれた。
爽やかな風が頬を撫でた。既に慣れつつあった『楽園』とは違う空気だ。
思わず体が前へ傾く。新しい世界へのちょっとした好奇心がそうさせたのだ。が、私の進行を邪魔するように、ユイジィンが動いた。
銀色の鎧を纏った背中が、向こう側の世界へ渡っていく。
「ん?」
「ああ、言い忘れていた。ユイジィンに、天界を案内するように命じておいた。何か困ったことがあったら彼を頼り給え」
傍らに立つ『黄』がにっこりと笑った。
だがしかし、私の記憶が正しければ昨日ユイジィンはそのことを突っぱねていたはずだが・・?一体どうやって言いくるめたのか。
先程の苦々しい顔を思い浮かべる。きっとゴリ押しされたんだろうな・・・。可哀想なユイジィン。でも私達からすると、「グッジョブ『黄』!」って言いたくなった。
やっぱり土地勘のある人は必要でしょう。特に天界の情報は無いに等しいわけだし。
背後で小さく聞こえる「ああ、隊長・・・」とか「また地獄の日々が始まるのか・・」とか絶望に満ちた声は、私の耳には届かなかったことにしてほしい。
・・・・・ええ、本当に、ごめんなさい。
とても居心地が悪くなったところで、意識を『扉』へ向ける。
天界。どんな世界なのだろうか?
ドキドキしながら、足を踏み出した。
「・・・おお・・・!」
『扉』の向こうは別世界だった。
いや、別世界なのは分かっていたことなんだけどね。
いやいや違う。そういうことではなくて、目に見えているものからして違うのだ。
青い空、白い雲、足下は踏み固められた土。それは良い。問題はそれ以外だ。
浮いている。島が。
じっくり、まじまじと見つめてみる。
島、というか土地?・・いや、やっぱり島か。上部が平坦な大きな岩の塊、とも言えるが。岩と呼ぶには大き過ぎるものもある。
とにかくそれらが浮いている。それも一つや二つじゃない。大小合わせると、数え切れないほど無数に浮いているのだ。
そんな光景に、私は釘付けになっていた。後ろから皆が来ているのだろうが、それを知覚することすら出来なかった。
どれだけそうしていただろうか。
放心状態は、突如聞こえた声によって解かれた。
「ようこそ、御客人」
低く落ち着いた声だった。
我に返り、皆が見つめる先に目を向ける。
そこには背の高い、翼の生えた若い男が立っていた。
真っ白だが艶やかに光る髪。閉じているのかと思うほど細い目に、辛うじて弧を描いていると分かる唇。肌は白く、遠目からでも分かるほど滑らか感じだった。一見すると穏やかそうな、その実感情が読めない表情を浮かべている。
一瞬してから、翼があるということは天族なのだろう、と当たり前な感想を抱いた。
「『白』様!」
さっと跪くユイジィン。
うん?『白』?・・・てことは、この人、まさか神様?!
というか目的の人物がいきなり出てくるとは、驚きだ。
ユイジィンの様子から、彼が神であることは明白だ。が、頭で分かっていても、どう対応したら良いのかというところまでは至らなかった。
結果私は、ぽかんと口を開け放ったまま立ち尽くすことになった。
まあ、他の皆も得に何かしたわけではないので、目立ちはしなかっただろう。
「楽にして良いのですよ、ユイジィン」
「はっ」
ユイジィンを立たせる『白』。所作の一つ一つが洗練されている。彼が動くとそれだけで目が惹きつけられてしまう。
神『白』は、全体的に白かった。
白い髪に、白い服装。装飾品は鮮やかだったが、数が少ない。アクセント以上の意味合いは持っていないようだ。なので、ぱっと見ると白い塊に見えるのだ。
別に名前の通りに白で統一しているわけではないだろう。でもとても分かりやすくて良いと思う。何より、本人によく似合っている。
糸目がユイジィンに向けられる。軽く頷き、しかし特に何も言わず再びこちらを見る。
因みに、糸目なのに何処を見ているのか分かるのは、ただ顔の向きとか動きとかで類推しているだけだったりする。
まあ、それはともかく、彼が私たちを見ているのは確かだろう。声を掛けてきたぐらいだし。
と言うことで、とりあえず挨拶。
「あ、こんにちは・・」
「貴方方の用件は分かっています。此方へどうぞ」
タクトの挨拶には答えず、『白』は先導を始めた。私たちの言葉なんて端から聞く気がない、と言われているように感じてしまった。
と言うか、ユイジィンに対した時と雰囲気が違う気がするのだが?
結構露骨な態度に、腹立ちよりも戸惑いが先に立った。どうしたら良いのか分からず、思わずユイジィンを見る。しかしユイジィンは全くこちらを見なかった。
相談することも出来ず、私たちは大人しく『白』の後に続いて歩き出した。
『扉』のあった此処も、どうやら浮いている島の一つらしい。そのことに気付いたのは歩き出してすぐだった。
『白』の向かう先に、地面が続いていないことが見て取れたのだ。と言うか彼の向かう先には何もないのだが、ひょっとして空を飛んで移動する、とか言わないよね?
嫌な予感が胸に湧く。そしてそれは現実のものとなった。
『白』が背中の翼を大きく広げる。ふわりと浮かんだ彼は、振り向きもせずに飛んでいく。
優美、優雅。そんな言葉がぴたりと当てはまるような姿だったが、私たちにもそれを期待しているのですか、神様?それは無茶と言うものです。人間は地を這う生き物なのですよ、神様!
と心の中は大荒れ模様の私。戸惑うタクト。何考えてるかわからん3人。地面の端に佇むそんな私たちに救いの手を差し伸べたのは、ユイジィンだった。
まあ、ユイジィン以外に頼れる者が居るかって話である。
「少し待っていろ」
そう言って、彼も空へと羽ばたく。
不安な気持ちを抱えること数分、私は興奮の真っただ中に居た。
「おお、おお、おおおお!」
「・・・な、何だ?どうした」
「こ、これは、あれですよね!天馬って言うか、ペガサスって言うか、空飛ぶ馬的な!」
「あ、ああ・・、そうだな」
「おおー!!」
ユイジィンが持ち帰ったのは、馬車だった。まあ、人数居るし妥当な乗り物だろう。馬の代わりが翼の生えた天馬なだけだ。
だけどそれが、なんだかよく分からない感動を私に与えていた。
元々動物は好きな方だが、天馬の美しさに我を忘れてしまっていた。
一頻り感動してはっとした時には全て遅かった。
引き攣った顔を隠そうともしないユイジィン。体が後ろに傾いているタクト。珍しく驚き顔のクラーク。煩そうに耳を押さえたギア。そして珍しいものを見るような目を向けてくるユキ。
・・・・・・・今までなかった皆の表情を引き出した私の実力、見たか!とか思ってみたり・・・。
・・・うん、興奮しすぎた。反省しておこう。皆の反応が地味に心にダメージを与えたから。
でもあれですよ。誰でも興奮することってあると思うのですよ。私にとってそれが今だったってだけで。だから私は悪くない。
ええ、うん、言い訳も苦しいわー。
これは即行忘れるべき事柄だ。と言うことで忘れた。
「じゃあ、これで『白』を追い掛けるんだね」
「あ?ああ、そうだな・・」
まだ若干引き攣った顔のまま、ユイジィンが答える。
どうしたんだろうね、彼は。まあ、良いですけど。私は忘れたし。
動けない野郎どもにはそれ以上構わず、一足早く馬車に乗り込む。私たちが使っていた馬車とは違い、これは完全に客を乗せる目的で作られていた。
私たちのは荷馬車だったからなー。それに比べたら、これはかなりレベルアップしている。
ふかふかのクッション。向かい合った席の間は充分な空間が取られている。左右の窓も大きく、どうやら開閉可能らしい。更にその窓に掛けるカーテンも上品で、かつ可愛らしさがある。
クリーム色の車内は綺麗で、座って良いのか一瞬迷ってしまうほどだった。
後から来る皆のために、一番奥を選んで座ってみる。もふっと体が沈む。ヤバイ。気持ち良い。
柔らかい感触を楽しんでいたら、皆が乗り込んできた。
彼らも脳内消去を完了したようだ。普通の顔して乗り込んできたからね。そう、それで良いんだよ。あれはなかったことにすべきことだからね。
「あれ、クラークとギアは?」
「前。中は狭いから入りたくないって」
「ふーん」
多分そう言ったのはギアだろう。体を動かすのが好きな人は、狭い所嫌いっていうのは分からないでもない。
クラークも肉体労働が基本だからな。広めの空間ではあるが、確かに馬車の中は狭い。動きにくさを回避したいなら御者台に行くしかないのだろう。
てかあの人たちは天馬の操縦が出来るのか?とか思ったが、あまり心配にはならなかった。結構重要なことだったが「きっと大丈夫だろう」と楽天的に考えて、窓の外に目を向ける。
ちょうどユイジィンが飛び立とうとしていた。風に銀の髪が舞って、とっても美しかった。
その彼が地を離れた時、馬車も動きだした。
天馬が空を飛ぶのは理解できるが、付属の馬車までふわりと浮くのはどういう原理なのだろうか?そんな疑問が湧くほど抵抗なく馬車は浮かび上がった。
眼下の地面が遠ざかる。どうやら彼らは天馬の扱いも上手いらしい。そのことにほっとして、ユイジィンの行く方向を見た。
まあ見たからと行って何処に行くのかは分からないんだけどね。気分の問題だ。それに、天界の植物はちょっと変わっていて面白い。
過ぎて行く風景を楽しむ。
正面に座ったタクトも、同じく窓の外に夢中のようだ。2人して「あれは何だ、これは何だ」とはしゃいでしまった。
天界面白い。そう思っていたのだ、この時の私は。
天界のファンタジーっぷりは、サエの感性を刺激しまくっています。なのでややサエはキャラ崩壊気味に・・。むしろ素が出た、とも言いますが。
タクト達も多少は興奮しています。ただサエよりは冷静なだけ。




