天界の常識 1
ちょっと短めです。
行きも通った『扉』から、私たちは『楽園』へと帰ってきた。
いや、帰ってきた、と言えるのはユイジィンだけなのだけど。私やタクトたちからすれば、此処は通過点でしかないのだから。
なんて捻くれたことを考えながらも、ユイジィンの後に続いて私たちは『黄』の住む東屋へ向かった。
久方ぶりに見る『黄』は、にやにやと笑いながら私たちを出迎えてくれた。
「やあ、もう戻ってきたのか。優秀で結構なことだね」
「ただ今戻りました、『黄』様」
「硬い。硬すぎるよ、ユイジィン。ヒトと暮らしてちょっとは変わるかなって期待していたのに・・・」
「・・・『黄』様、御報告申し上げたいのですが、宜しいですか?」
「硬い。・・・まあ、良いよ。聞いてあげよう。話してごらん」
てな感じで、相変わらず『黄』に弄ばれつつ、ユイジィンが中心になって報告をしてくれた。
私自身に起こったことも、此処までの道中で話していた。それも合わせて報告された。が、『黄』の反応は薄かった。
「ふうん」と言って、にやにやと私を見ただけだったのだ。ちょっと居心地悪い笑みだったけど、それ以上は何も言わなかった。それはそれで、どう思ったのか気になるところだが、話題を移されてしまって追求できなかった。
まあ、こちらから追求できなかったのはともかくとして、向こうから深く突っ込まれなかったのは良かったのかもしれない。
何故なら、過去へと渡ったあの能力が、今の私には使えなくなっていたからだ。
いつからかは分からない。だが、皆に説明した時、証明しようとして出来なかったのだ。どんなに集中しても、あの感覚は甦らなかった。
おかげで、自身の言葉を証明することが出来なかった。言葉だけでは信じてくれない皆だ、とは思っていないが、信じ難い内容なのは確かだ。私自身、証明出来ないのなら信じてもらえないと思ってしまう程度には。
それでも彼らは信じてくれたらしい。こうして『黄』に対して報告しているくらいだから。
そういうのは、ちょっと嬉しいと思う。信頼関係は大事である。
「ふむふむ、それで見知らぬ輩が増えているわけかい」
「はい。彼はユキ。サエと同じく、召喚によりこちらの世界に来たモノです」
「同じ、ねぇ・・。まあ良いよ。面白そうだしね。さて、話はそれで全てかな?・・・うんうん、なら御褒美をあげなくちゃね」
笑う神様は、立ち上がった。
今から天界への『扉』に案内するつもりか?随分と性急だな。
そう思ったのは私だけではない。と言うか、皆そう思ったようだ。タクトはぽかんと口を開けているし、ユイジィンは『黄』を呼び止めようと中腰になっていた。
「あ、そうそう、ユイジィン。キミにも御褒美をあげないとね」
「え?・・いえ、そのようなものは」
「まあまあまあ、遠慮することはないよ。キミには・・・そうだね、休暇をあげよう。いつも仕事仕事で、天界にはずっと帰っていないだろう?良い機会だ。里帰りし給えよ」
「い、いえ、私は」
「里帰り。うん!我ながら良いことを言った。さあ、荷物をまとめ給え。彼らを送るついでキミのことも見送ろうじゃないか!」
ユイジィンの反論を封じるように、さっさと話を進めていく。その顔は確かに、「良いことを思い付いた!」と言わんばかりに輝いている。が、その良いこととは、多分ユイジィンのためではないだろう。
口煩いユイジィンを遠ざけるための方便って感じだ。まあ、休暇というのは間違っていないのだろうけど。
付き合いの短い私でも分かったことだ。ユイジィンに分からないはずがない。驚きから脱した彼は、努めて無表情を保ちながらも、『黄』の前に回り込んで進行を阻止した。
「『黄』様。恐れながら申し上げます。この度のことは、私の仕事の一つ。わざわざ賞与を頂くほどのものでは御座いません。休暇等の話も同じです。私もきちんと休みは取らせて頂いております故、ご心配なさらないでください」
「あー、キミは自分で気付いていないのだね。キミがそのように堅苦しいのはきっと、疲れているからだよ。休もう。いや、キミは今すぐ休むべきだよ。キミたちもそう思うだろう?」
「へっ!?」
「えっ?!」
いきなりこちらに同意を求めてきた。
完全に傍観を決め込んでいたから、間抜けな声しか出なかった。私と同時に誰かも変な声を上げた。慌てて皆の顔を見る。
一番にタクトと目が合ったが、彼も意見を求めていたようだ。私と同じように、軽くテンパっていた。
さっきの声はタクトだ。
いや、考えてみればそれしかない。だけど、今の私にそんなどうでも良いことを考える余裕はない。
とにかく、「駄目だ、頼れない」と瞬時に判断して、視線を移す。タクトはクラークに、私はタクトの向こう側に居たユキに、ヘルプの視線を飛ばす。
こっちを見ろー!!
と叫ばなかった私は偉い。と言うか、彼はちゃんと話に付いてきているのだろうか?ぼんやりとあらぬ方向を見ているが。
役立たずだな、こいつ。とか失礼な感想を胸に、もう一度タクトを見る。
クラークも役立たず説浮上。ギアはこういう時は頼っても無駄である。よって私たちは自分たちで考えて返事をしなくてはいけないわけで・・・。
と言うようなことを、瞬時にした私たちは、同時に『黄』に視線を戻した。
とにかく何か言わなくては、と思ったのだ。しかし私たちの言葉を、ユイジィンは待ってくれなかった。
「私は長く『楽園』を離れてしまいました。職務に復帰する必要があります」
「ないない。大丈夫だよ。キミの部下はとっても優秀だからね。キミが心砕く必要なんて全くないよ」
「私が把握しなければならないことが多く御座います。名ばかりの隊長となる気はありません、と最初に申したはずです」
「そう言えばそうだったね。キミは出会った当初から堅物だった・・・。でも、それとこれとは別だろう?どんな者にも休暇は必要だよ。何でキミは素直に休んでくれないかな」
「それを言うなら、何故そうまでして私を休ませようとしているのか、お教え頂きたいですね」
「それは・・・」
と、さっきまでべらべらと喋っていた『黄』が、急に口籠ってしまった。何か後ろめたい理由でもあるのだろうか?と勘繰ってしまいたくなる沈黙だった。
固唾を飲んで見守る中、東屋の外が騒がしくなってきた。
耳を澄ます。どうやら警護隊の天族たちが何処かから戻ってきたようだ。「もう嫌だ」とか「でも『黄』様が・・」とか「早く帰って来て下さい、隊長」とか、疲れた声が口々に言っているのが聞こえてくる。
それにつれて表情が険しくなっていくユイジィン。笑顔が引き攣る『黄』。
向き合う2人が同時に動いた。
外へ向かおうとするユイジィンとそれを阻止しようと立ち塞がる『黄』。先程とは全く逆の展開である。
「まあまあ、待ち給えよ。まだ話は終わっていないだろう?」
「申し訳ありません。部下たちが帰ってきたようですので、少々席を外しても宜しいでしょうか?」
「キミキミ。訪ねている割に、ワタシの返事を聞こうとしていないじゃないか。いや、ちょっと待ち給え。ちょっと落ち着くべきだよ」
「私は至極落ち着いています」
「いやキミ、なんだか怒っているように・・・いやいや、疲れているように見えるよ。ほらそこに座って少し休みなよ」
必死だ。何だか凄く必死だ。
一体彼らに何をさせていたんだろう、『黄』は。
多分、十中八九、『黄』が何か無茶な注文をしたのだろう。彼らの足音は重々しく、微かに聞こえる声は疲労で掠れていた。
可哀想に。と思った時、件の天族たちが姿を現した。
神様の居る東屋に、容易く踏み込んでいいわけではないのだろう。彼らは東屋から充分離れた場所に整列し、大声で「只今戻りました!」と発した。
が、東屋の主はまだユイジィンと押し問答を繰り返している。
動きのない東屋に、天族たちの視線が集まる。
その彼らの姿は、一言で言うなら「悲惨」であった。着ている服はぼろぼろ、頭の先から爪の先まで泥だらけだし、怪我をしている者も居るようだ。
本当に何をさせたんだ。まるで苦しい戦いに身を投じていたかのような姿だった。
そんな彼らの様子は、ユイジィンをヒートアップさせるのに一役買ったようだ。
「『黄』様」
「な、何かな?」
地を這うような声、というのはとても怖いものですね。
私に向かって放たれたわけでもないのに、思わず背筋が伸びた。『黄』の常に纏っている笑顔が、無理に浮かべたものに変わっている。
「申し訳ありませんが、お聞きしたいことが出来ました。お時間頂いても、宜しいですね」
「こら、そこはせめてちゃんと疑問符を付けて発音すべきだよ」
「宜しい、ですね?」
「うん、まあ、そうだね・・・・うん、仕方ないな」
無駄な抵抗を諦めた『黄』を連れて、ユイジィンは外へと向かった。
彼が姿を見せたことで、部下の人たちから歓声を湧きあがった。「隊長!」と呼ぶ声がそこかしこから上がっている。
次いで、口々に自分たちの窮状を訴える声に変わり、此処からでは聞き取れないほどの量になった。
「これは、時間が掛りそうだな」
「そうだね」
残された私たちは、手持無沙汰な時間を過ごすことになった。
ユイジィンは説教後に、溜まり溜まった報告書に目を通すことになります。
真面目な人ほど貧乏くじを引くのが、『楽園』という所です。




