事の終わり 3
「げほっ、っ!」
衝撃の後は、痛みが来る。何が起こったのか、なんて考えている余裕はない。
ただ痛みが治まるまで体を丸めて堪える。
「・・・エ!サエ!っ、サエ!」
「・・う・・、タクト?」
何とか声を絞り出す。恐る恐る開けた視界にタクトの顔が見えた。頑張ってしっかりと目を見開く。私はタクトに抱えられていた。
彼に支えられながら体を起こす。動くごとに痛みがじんじん来る。一番痛いのは背中だ。恐らく床に強く叩きつけられたからだろう。
痛みに堪えながらタクトに目を向ける。タクトも少し辛そうだった。あの衝撃に襲われたのは、私だけではなかったようだ。
「ケガはない?」
「う、うん・・大丈夫」
打ち身ぐらいだ。もう少しじっとしていれば回復できるだろう。
そう判断して、ようやく周りに目を配る。タクトも見た感じ大きな怪我はしていないようだ。私と同じで、鈍痛は感じているようだけど。
あの青年、征春はタクトの横に座っていた。特に痛そうな顔もしてない。明後日の方向をじっと見ている。微動だにしない。
何かあるのかな?と私もそちらに目を向ける。
部屋が大変なことになっていた。床や天井には無数のへこみが出来ている。廊下側の壁は半壊、隠し階段は崩れて埋まってしまっていた。
室内の調度品は見るも無残に壊され、原形を留めていない。私たちがバリケード代わりにしていた椅子も同類に。
そんな廃墟然とした部屋の中央に、女性が組み敷かれていた。確か・・・ザクロ、だったっけ?征春が口にした名前は。
ザクロを押さえつけているのは、ユイジィンだった。
何でユイジィンが此処に?地下に閉じ込められていたはずでは?
そばにはクラークとギアも居る。
あれ?何が起こってどうなっているんだ?
長いこと気を失っていたのだろうか。状況に付いていけない。おろおろと視線を彷徨わせる私にタクトが気付いた。
「どうした?」
「いや、一体何が起こったのかなって・・」
「ああそれは・・、何から話したら良いのかな。・・・俺も詳しくは分からないけど」
とタクトが説明を始めた。が、続きは聞けなかった。扉のあった場所(扉自体は半分にへし折れていた)から新たに人が這入って来たのだ。
見たことのない人だ。抜き身の剣を持ち、緊張に顔を強張らせている。さっと室内を見て、ほっとしたように息を吐いた。
次に見せた表情は、穏やかになっていた。
また状況が変わったのか。投げやり気味の思考が洩れそうになる。さすがに表に出すわけにはいかないだろう、と顔の筋肉を引き締めて堪える。
でなければきっと、うんざり顔を見せていたに違いない。まあ、見せたところで何か不都合があるわけではないのだけど。変なところで見栄を張ってしまった。
努めて何でもない顔を見せる私と違い、タクトは明らかに困惑していた。
「えっと、あなたは・・?」
「はっ、私はアレンと申します。ジン様からこちらの手助けをするよう命じられて来ました」
「そうなのか。見ての通り、こちらは終わったよ。そっちは?」
「はい、こちらも無事済みました。領主とネイビスという者は拘束し、表の闘いも収まりました」
タクトの問いにはきはきと答えるアレンさんは、手にしていた剣を鞘に納めてユイジィン達に歩み寄った。剣の代わりに取りだした縄で、手際良くザクロを縛り上げる。
安堵の息がタクトから洩れる。が、私はまだ状況が分かっていなかった。話を聞くに、逃げ出した領主とネイビスはジンが捕えたらしい。どうやったのかは分からないけど。
そして、さっきまでギアと互角に戦っていたザクロは、縄でぐるぐる巻きになっている。
安心して良い状況なのは間違いない。そう理解して初めて、緊張が解けた。
背中の痛みはまだ続いているが、我慢できないこともない。タクトの手を借りて立ち上がる。
手の空いたユイジィンがこちらへやってきた。安心した気持ちのまま笑みを向けると、珍しく彼も笑みを返してくれた。
「では私はこの者を連れていきます。皆さんも出来るだけ早く出てきて下さい。いつ倒壊するか分かりませんので」
「ああ」
縛ったザクロを連れてアレンさんは出て行った。私たちはお互い顔を見合わせ、誰からともなく歩き出した。
「で、何がどうなって今に至ったの?」
「え?ああ、詳しい話は省くけど・・、まずギアとザクロの勝負は結構簡単に決着したんだ。ユキが手を貸したんだ。で、すぐにクラークたちが来た。お互いの情報を交換したり、隙を見て逃げようとしたザクロをユイジィンが捕えたりして、その後はサエが目覚めた、って感じかな」
本当に簡単に、あったことを並べただけの説明だったけど、なんとなく分かった。
でもあの衝撃については何も触れてくれなかった。予想ではザクロの攻撃ではないかと思うが、定かではない。まあ後で詳しく訊けば良いか。
そんなことよりネイビスである。逃げた彼らを捕えられたのはもちろん良いことだけど、どうやったのかってことがちょっと気になった。
彼らの逃亡ルートを知らないからなんとも言えないが、結構難しいことなんじゃないか?隠し通路を通っていただろう人間を捕えるのは。
ジンに訊いても答えてくれなさそうだけど、すっごく気になる。
屋敷の中をあれこれ歩いて外へ出る間、私はそんなことを考えていた。こんな暢気なことを考えていられることに安心するのだ。
全部終わったって思える。実際は事後処理とか残っているから、まだ終わっていないんだけどね。もう疲れたから考えたくないのだ。
座ったら立ち上がれなくなりそうなほどの疲労を感じている。ミッションクリアで、先のことを考える必要が出てきたけど、それも後回しで良いや。
起きていることが辛くなるくらい我慢したのち、私たちは宿へと引き返したのだった。
ひと眠りした今日。
何時ぞやの酒場に私たちは集まっていた。私たちとは、タクト、クラーク、ギア、ユイジィン、私の5人とユキ(征春がそう呼んでくれと言ってきたのだ)とジンである。
此処に集まったのは理由がある。ジンが、私たちに昨日の顛末を説明するために派遣されてきたのだ。もちろん派遣したのは皇帝陛下である。
協力関係にあった私たちに対しての礼儀である、とか言われたらしい。疲労が見え隠れするジンが教えてくれた。
彼の盛大な溜息を聞き流し、素直にあの少女に感謝を述べたい。私たちの目的としても、個人的な好奇心のためにも、事の顛末は詳しく知りたいと思っていたのだ。
昨日から一睡もしてなさそうなジンが、面倒くさそうに説明を始めた。とは言え彼はまだまだ忙しい身らしいので、かなり要約されていた。
ジンたちは、独自に得た情報を元に屋敷の周辺を包囲、襲撃。表に集った警備を蹴散らし、逃げ出した領主とネイビスを捕えた。
それが彼らのしたことだった。問題はそんな重大な情報をどうやって手に入れたか、である。
「あいつらだよ。お前らと一緒に居た、ケイとシドウ。情報収集って点では、最高の能力を持ってるからな」
ケイとシドウ。特にシドウの方は、もう大分前からネイビスに見切りを付けていたらしい。さり気なく組織の情報を流し、それに反応した者を吟味し、最も使えると判断した者に更に情報を流す。そうして使われたのが、私たちであり、ジンたちでもあった。
彼らの目的はただ一つ、自分たちの身の安全だ。情報を手土産に他組織に移る。それが今回の彼らの行動原理だった。
そしてその目的を叶えたのがジンたちだった。それで、領主邸の逃亡用通路なんて超極秘情報をジンたちは得られたのだ。
「正直良い気がしない話だ」。そうジンは言っていたが、優秀な部下が出来たことに変わりはない。満更でもなさそうな顔をしていた。
彼らはそのままジンの、正確には皇帝陛下の下で働くことになる。彼女は既にジンと言う異世界人を有している。身分云々の問題も片付けやすいだろうし、身を寄せるには良い場所だと私でも思った。
それにどうやら、皇帝陛下は積極的に異世界人を、召喚されたモノを手中にしようとしているようだ。かつて私のところにジンが来たのも、元を正せば皇帝陛下の命があったからだ。
もし私が国家に仕えていたら、この状況はむしろ危険だと考えるべきところだろう。そんな立場に居なくて良かった。
「じゃあ、ケイとシドウはジンと一緒に行くのか。他の人は?」
「ユウとザクロは、お前が紹介した魔法使いの所へ送る。術が成功しようと失敗しようと、後は向こうに任せるつもりだ。あと・・」
「彼は、ユキは俺たちと来るって」
「そうか」
タクトの紹介ってことは、もしかしてレイルのことだろうか。そう言えば、彼は召喚されたモノを強制送還できる術を知っていたっけ。
レイルの研究結果だからタクトも詳しくその術については知らないって言っていた。だからレイルを紹介することしか出来ないのだ。
タクトのことだから、レイルの了承くらい取っているだろう。だけど、面倒くさいことを押し付けられて、レイルは怒ったりしないだろうか。
ちょっとだけ少年の苦労を慮ってみた。まあ思うだけで、特に何かしたりはしないんだけど。
「今回は、お前らにも協力してもらった、という立場だから何もしないが・・、能力を持つモノを野放しにするのは正直不満だ。だから、そいつの管理は徹底しておいてくれ」
「管理って・・」
「制御しといてくれってことだ。シドウが言うには、ネイビスもそいつの扱いには手を焼いていたそうだからな」
真剣な顔でそんなことを言われると、不安が湧いてしまう。
昨夜から彼はタクトにべったりだ。が、それ以外で何か問題を起こしたりはしていない。基本的にぼんやりしているだけだし、ギアの方がよっぽど何かしそうな雰囲気を醸し出しているくらいだ。
タクトの後に付いて歩くぐらいで、他は何もしていないように思う。そんな彼を制御しておいてくれと言われても・・、一体どう制御しろと?
ユイジィンやタクトも同じように思ったのだろう。ユキを見て不思議そうな顔をしていた。
しかしユキとの付き合いは、シドウの方が長い。もしかしたら、これから何か問題を起こすかもしれない。頭の片隅くらいには留めておいた方が良いかもしれない。
「ネイビスたちは、どうするんだ?」
「この国の上層部にも『救世術』を問題視している奴が居る。そいつに引き渡す。ついでに裏取引もするだろうが・・、それは俺の管轄じゃないんでね。まあ、こっちでどうにかするからお前らは気にするな」
「・・そうか」
私たちとしては『救世術』さえ無くなれば何の問題もないので、口出しする者は誰も居なかった。ジンの方は、多少は何か言われると思っていたようだ。
拍子抜け、といった顔を見せていた。が、何も言われないに越したことはない。すぐにその話は終わりになった。
「お前ら、これからどうするんだ?」
今回のこと、周囲の状況などいろいろ情報を交換した後、ふとジンがそう訊いてきた。
どうする、なんて決まっている。魔界を出てから結構時間が経ってしまったが、ようやく本来の目的達成のために動ける。
天界へ行くのだ。しかしそれをそのままジンに言うわけにはいかない。
何故なら天界は、他の世界への道を全て閉鎖している状態だからだ。私たちは例外なのだし、人間の国家に、通れる道があることを教えるのはよろしくない。
攻め入られるとか、人間が攻めてくるとか、そういったことが起こらないとも限らないのだ。
ユイジィンに釘を刺されるまでもなく、理解している。面倒事に発展しそうな種は蒔くべきでないってことぐらい。
「本来の目的のために動くよ。サエを、元の世界に還すんだ」
「あー、そうか。普通の方法で来たわけじゃないから、還り方も普通じゃ駄目なのか」
具体的な行き先は言わず、目的だけ口にするタクト。前に私のことを聞いていたジンは、納得したように頷いた。特にその話を掘り下げるつもりはないらしい。有難いことだ。
「そうか。じゃあ、これでお別れだな」
話の終わったジンはゆっくりと席を立ち、別れの挨拶を口にした。寂しいとかは思わなかった。彼と再会してから多くのことが起こったけど、基本彼とは距離をおいたままだったからかもしれない。
自然と、こちらからの挨拶も簡素になってしまった。
ジンは気にした風もなく、軽く手を上げて店を出て行った。今度は「またな」とも言わなかった。もう会う気はない、ということなのかもしれない。
次いで私たちも立ち上がる。すぐに街を出るわけではないが、買い物とかしなくてはならない。
元の世界へ。そのことが重く胸に圧し掛かっている気がする。答えが出ぬまま、私は前へ進むための準備を整えに店を出るのだった。
ギアとザクロの戦いなど、サエが見ていないことは描写控えめとなっています。戦闘に関しては、ギア+ユキのコンビが強すぎてさらっと勝ってしまったので、割愛しました。




