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事の終わり 2

 問題は一つ。敵の親玉を前に、こちらの戦力がたった一人であること。そして足手纏あしでまといが一人居ること。どちらがどちらかなんて、言うまでもないだろう。

 此処ここは逃げた方が良い。そんな結論に達するのに時間はいらなかった。

 が、それを実行するのは難しい。ギアは特に興奮しているわけでもなく、いつも通りだから撤退てったいもしてくれるかもしれない。しかし目の前の彼らはどうだろうか。

 逃げる私たちを素直に見逃してくれるとは思わない。逃げるにしても戦うにしても、私がとっても邪魔になるのだ。


「ふむ、こんな所にまでやってくるとはな」


 ネイビスが口火を切った。座っていた領主は立ち上がり、彼の後ろへと移動している。向こうは向こうで警戒しているようだ。

 部屋の空気が緊張で張りつめる。私も無駄にファイティングポーズを取る。戦うためではなく、この緊張感に負けないために。

 とは言え本当に戦闘は出来ないから、こっそりギアを盾代わりにしている。ギア自身は、重苦しい空気も私の心情もお構いなしだ。槍も出さずにぼんやりしている。


「・・・まあ良い。お前たちに関わってる場合ではないのでな。さっさと消えてもらおう」


 私たちの返事なんて最初から期待していないのだろう。何も言っていないのに、言いたいことを言ってこちらに手を向ける。

 ネイビスは魔法使い。それはタクトから聞いている。つまり魔法攻撃が来る、ということだ。

 ギアと言う名の盾に効くとは思わないけど、思わず身を固くしてしまった。矢面に立っているギアは相変わらずだらりと手を下げたまま動かない。


「『フェアダスト』!!」

「うをっ?」


 ネイビスの魔法が発動する。同時に視界が真っ白になった。光ではない。真っ白な煙、いや、ちりが視界を埋め尽くしたのだ。

 息を吸うと口の中がざらざらした。手で口を覆って、残った手で無意識に辺りを探る。そうする自分の手すらぼやけて見える。

 塵が目に入りそうになり、慌てて目を閉じる。手だけで周りを把握することは不可能だ。と言うか、目の前に居たはずのギアを捕まえることすら出来ていない。


 彼はまだ私の前に居るのだろうか?私は手しか動かしていないから、場所自体は移動していない。なら、ギアは何処どこかに移動したのかもしれない。

 しかしもしそうなら、見つけることは困難だ。目も開けられなければ声も出しづらい、こんな状況では。

 ギアを捜すのは一先ひとまず後回しにして、此処から離れることに集中するべきか。浮かんだ案をもう一度考えて、採用する。

 何はなくとも視界の確保を優先するべきだ。と言うかそうじゃなきゃ、私は今まで以上に何も出来ない。



 薄目を開けてみる。魔法で出来た塵だからか、全く収まっていない。扉は開けたままにしているはずなのに、室内の塵は空中に留まったままだ。

 出入り口は私の真後ろだ。180度振り返り、片手を前に突き出した姿勢でそろそろ歩く。時々薄目で周りを見るが、やっぱり何も見えない。どうやら、この辺りの廊下も魔法の効果範囲に入っているらしい。


 ふと、ネイビスが何かしてくる様子がないことに気付いた。少し考えて、理由に思い至った。どうやら向こうは逃げることを選択したようだ。こちらの視界を奪って逃亡したのだ。

 入口は私たちが塞いでいたから、きっと何処かに抜け道があって、そこから逃げた。ちょっと考えればすぐ思いつくはずのことだった。

 いや、相手の行動を予測する、なんて高度な芸当私には備わっていない。だから逃げられちゃったのも仕方ない。

 自分でも見苦しいと思う言い訳をしたところで、廊下の壁に手が触れた。完全に部屋から脱したらしい。が、薄目で見た視界はまだ白い。



 どうしよう。この魔法の効果範囲って何処まで?とりあえず壁伝いに此処から離れるべき?と言うか、ギアは何処に行った?

 思い付く限り疑問を出してみる。と、横から強い風が吹いた。

 結構勢いがある。ぐっと足に力を込め、堪える。


「サエ!」


 一体何が・・・と混乱しかかった私の耳に、タクトの声が届く。思わず目を開ける。もう視界は白くなかった。

 廊下の向こうからタクトが走ってくる。そばに見知らぬ青年が居ることを除けば、最後に会った時から何も変わらない。

 肩の力が抜ける。ついでに足の力も抜けそうになったが、そこはなんとか踏ん張った。


「大丈夫か?一体何があった?」

「ネイビスを見つけて・・・、あっ、ギアは・・」


 状況を説明しようとして、ギアの存在を思い出す。さっき出てきた部屋を見る。部屋の中はまだ白かった。タクトの魔法(だと思う)は、廊下の塵しか吹き飛ばしてくれなかったらしい。

 と、白い中からゆらゆらと人影らしきものが見えた。

 待っていると、それはみるみる濃さを増していき、最後に紅く色付いた。ギアだ。


 白い霧のような中から飛び出してきたギアは、「ぷはー!!」と息を吐いた。どうやら彼は息を止めていたらしい。

 いや、分からないでもないよ。でも口を手で押さえれば事足りたのに、息を止めるなんて苦しい方法を取るなんて・・・。

 そんな場合ではないのかもしれないけど、ちょっと呆れてしまった。


「ギア、無事だったか」

「口ん中がざらざらする・・・」

「ネイビスは!?」


 なんとも微妙な顔をするギアに訊いてみる。超人的な彼なら、奴らの後を付けたりとか出来そうだと思ったからだ。しかし私の問いに対して、ギアはきょとんとした顔を見せた。

 興味がなさそうだったから、行き先なんて気にもしてなかったのかも。訊いておいてなんだが、そんな予想が頭をよぎる。

 が、その予想は外れた。と言うかそんな次元ではなかった。


「ネイビスって、誰だ?」

「そこから!?」

「何聞いてたんだよ、今まで・・・」


 うっかりツッコんでしまったのも、タクトが呆れた顔をしたのも、仕方ないことだろう。だって、いくら興味がないからって、私たちの目的すら把握してなかったんだもん。

 過度な期待はしていないつもりだったけど、それでもダメージは大きかった。

 もう、本当にね、こいつ戦闘以外役立たずだなー、私以上に。とか思ってしまった。きっとタクトも似たようなことを思っているのだろう。

 ギアに説明もしないで、私に向き直った。


「で、サエ、一体何があったんだ?」

「うん、実はね・・・」

「目も痛ぇー」


 目をこすったり喉を気にしたりするギアを放置し、私はタクトに今あった出来事を説明する。とは言っても大したことは起こっていない。

 ネイビスと遭遇。そして逃げられた。たったそれだけだ。

 なので説明を超特急で終わらせて、タクトに部屋の塵を吹き飛ばしてもらった。その際に、黙って私たちを見ていた青年が瞳を輝かせていたけど、状況が状況だから無視だ。


 元通りになった室内には、当然誰も居なかった。ただ、壁に不自然に空いた穴があった。

 覗き込んで見ると、暗い階段が下へと続いているのが見えた。ネイビスたちは此処から逃げたのだ。

 すぐに追い掛ければ、途中で追い付けるかもしれない。私とタクトは無言で顔を見合わせた。考えていることは同じだろう。


「ギア、先に行ってくれないか?」

「んー・・」


 タクトがギアに声を掛ける。が、ギアは何だか歯切れが悪かった。

 隠し階段を覗きこみはしたが、動こうとはしない。

 どうしたのだろうか?そういう疑問を発しようとした時、ギアが真上へすっ飛んだ。

 いや、自分から飛んだわけではない。階段から飛んできた何かに、吹っ飛ばされたのだ。


 『それ』は、天井近くまで打ち上がり、回転しながら綺麗に着地した。

 私と同じくらいの身長で、でも私よりスレンダーな女性だった。男一人天井まで吹き飛ばしておいて、そんなことなかったかのように立ち上がる。

 天井に頭をぶつけた・・・、いや、叩きつけられたギアが落ちてくる。打ち上げられた時と比べると、あまりにも遅いその落下は、途中で横へと方向転換した。

 女性が、ゆっくり足を降ろす。一体いつの間に上げていたのだ?


「ギア!」


 タクトの切羽詰まった声で我に返る。

 そして、今起こったことにそれらしい説明を付けようと頭が動き出す。

 多分こういうことが起こったのだ。

 階段の下からギアを打ち上げた女性が、落ちてきたギアの体を蹴っ飛ばした。目にも止まらぬ速さで。言葉にすると簡単だが、現実にそんなことが出来る人間が居るのだろうか?

 否、彼女が人間である保証はない。魔族か、もしくは天族?でもネイビスの配下にそんなのが居たら、何処からかその情報が入りそうなものだが・・・。


 駄目だ、今私は混乱している。まともに判断できない状態で考えたってしょうがない。

 遅くなったが、ギアの方へ視線を送る。目の前に居るのは敵だと分かっていても、見て居たくなかった。私は逃げたのだ。

 まあ、逃げれたのは視線だけだけどね。



 ギアは立ち上がるところだった。信じられないが、あのギアにとってもそれなりのダメージだったようだ。蹴られたと思われるわき腹を押さえている。

 その手に槍が現れる。と、風が走る。いや、それは女性だ。

 気付いた時には、女性の手にしたナイフとそれを防ぐギアの槍が硬質な音を立てていた。鍔迫つばぜり合いになれば、ギアの方に分がある。それは誰の目から見ても明らかだ。

 だからだろう。女性は無理に押し切らず、また風のように退いた。その後をギアが追う。その顔は好戦的な笑みで一杯だ。

 そのまま2人は高速の戦闘を開始した。それなりに広い室内を縦横無尽に走り回っている・・・ようだ。私の目には、彼らの動きが全然見えていなかった。

 音とか、ぶつかり合った時の僅かな制止時間しか認識できることはなかった。


 とにかく巻き込まれないように、と私とタクト、そして名も知らない青年は部屋の隅に移動した。周りに椅子を引っ張ってきて、小さなバリケードを作る。

 心許ないにも程があるが、ないよりマシだろう。多分。


「ど、どうしようか・・?」

「どうしようって・・、どうしようもないよ。終わるまで、俺たちは動けない。出入り口はあっちだし、隠し階段まで無傷で行けるか微妙だし」

「・・だね」


 ほとんど選択の余地はなかったとは言え、今居る場所は良くなかった。

 部屋の外へと通じる扉からは、ほぼ正反対の位置だし、タクトが言うように、隠し階段へ行くには激戦区となっている個所のすぐそばを通らないといけない。

 頑張れば行けるだろうが、最悪死ぬかもしれないと考えると、二の足を踏んでしまう。


 彼らの戦い手を貸す、という手もあるのだけど、実はそれも難しい。

 私は言わずもがなだけど、タクトも彼らの動きに完全には付いていけていない。そんな状態で下手な手を打てば、ギアの方に攻撃を当ててしまうかもしれない。

 どういう道を模索しても、マイナス要素が大きい気がする。そう思うと余計に動けなくなってしまった。

 タクトと2人、頭を悩ますが、解決策は思い付かない。


「て言うか、あの人一体誰なの?」

「それは・・、分からないけど」

「ザクロ」

「え?」


 なんとなく発した問いに、聞き覚えのない声が加わる。タクトと顔を見合わせ、同時に残り1人に目を向けた。

 青年が、感情の見えない瞳でこちらを見ている。

 この人誰?と言う質問をする機会を逃していたので、未だに正体が分からない。そのこともあって私は半ば彼を無視していた。タクトもあえて声を掛けていなかったので、本気で忘れそうだった。

 喋ったのも今が初めてだ。が、どうやら有益な情報を持っているらしい。現状打破につながる情報なら是非欲しいところだ。正体不明だけど。


「・・ね、この人誰?」

「あー、えっと・・」

征春ゆきはる。あれはザクロ」


 小声でタクトに訊いたのに、ばっちり聞こえていたらしい。特に何の感情も込めず、名前だけ言う。

 うーん、こういう人とは普段離さないからなー。どう接したら良いのか困るな。

 見ればタクトも困った顔をしている。一緒に現れたけど、彼も持て余しているらしい。確かに、対応に困るタイプっぽいからね。

 しかし会話は出来るようだ。ならこちらから積極的に話し掛ければあるいは・・・、と思ったのはタクトも一緒だ。

 私が何か言う前に、タクトが彼に言葉を投げかけた。


「ザクロって、あの人のこと?」

「そう。あの女、最近ずっとイライラしてる」

「・・・ああ、さっき言ってた人のことか。他に、彼女のことで何か知らないか?」

「・・・・」


 タクトは彼と会話したことがあるらしい。いや、当たり前か。何の会話もなしに見ず知らずの人間を連れて歩くわけがない。

 考えるように、あるいは思い出すように沈黙した征春からタクトへと視線を移す。タクトは辛抱強く彼の言葉を待っている。

 顔を上げてギアとザクロの様子を見る。飽きもせずぶつかり合う姿は、まだまだ時間は掛りそうだと言っているようだった。

 隠し階段を見る。此処からじゃ階段そのものは見えない。ネイビスたちは何処へ行っただろうか。もう追い付けないほど先まで行ってしまっただろうか?

 現状は悪い方へと進んでいる。そう感じたのは、間違いではないだろう。



 征春が何か言おうと口を開く。

 その言葉を聞く前に、大きな衝撃に襲われた。





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