事の終わり 1” ~タクト~
タクト視点です。
「いてて・・・」
気が付いたら床に転がっていた。体があちこち痛くて堪らない。
起き上がろうともがく。かなり時間を掛けて身を起こした俺の目に、酷い状況が映った。
目の前の廊下が瓦礫に埋まっていたのだ。
「っ!サエ・・・?!ギア!」
呼び掛けてみるが、返事はない。姿も見えない。焦って見渡すが、誰もそこには居なかった。
まさか押し潰された!?嫌な予想が頭を占めそうになるが、最後の光景を思い出す。ギアが俺を吹っ飛ばした時のことを。
あれのおかげで、俺は今こうして生きているのだ。それに、揺れる視界の中、紅い彼は何かを担いでいたように見えた。
きっとサエを連れて逃げてくれたのだ。確証はないが、彼ならサエを護ってくれていると信じられた。 次いで、瓦礫の下になった地下への入り口を思い浮かべる。入り口は瓦礫に埋まっているが、クラークとユイジィンは大丈夫だろう。あの2人が揃っていて万が一、なんてことは起こらない。
なら俺が今するべきことは、2人と合流することだ。
混乱が去った頭にその答えが浮かんだ。そうと決まったら、即行動だ。
ギアと一緒とは言え、またサエが狙われるということも有り得るのだから。
屋敷の地図はないが、構造的に最も外側の廊下を歩けば確実に向こう側へ行けるはずだ。サエたちも同じ所に留まりはしないだろうけど、行くだけ行ってみよう。
そう判断して歩き出す。幸い大きな怪我はしていないようだ。動いても少し痛むくらいで、問題はなかった。
案内役のいない屋敷内は、思ったよりもずっと複雑だった。が、窓から見える外を参考に、歩き続ける。所々天井が抜けた所があり、迂回せざる負えない時だけ奥まった場所を行く。
そうして歩くうちに、方向感覚が分からなくなりそうだった。そのたびに立ち止まり、歩いてきた場所を脳裏に浮かべながら現在地を特定していく。その作業は、苦ではないが時間を食った。なんとか向こう側に着いたのはかなり時間が経った後だった。
半ば予想通り、サエたちの姿はなかった。思ったよりも崩壊部分が多くて、手掛かりも見つけられなかった。
どうするか。落ち着いて考えるため、手近な部屋へと入る。気が付けば外で鳴っていた剣戟の音が消えていた。この部屋からは、屋敷の表は見えない。音がしないことに少し気味が悪くなった。
争いは終結したのか、あるいは休戦しているのだろう。そういうことにして、内心の不安を退ける。サエたちを見つけたら、一度外の様子を確認しよう。
優先順位ははっきりしておく方が良い。
「さて・・・」
当てもなくこの広い屋敷を捜しても、合流するのは難しいだろう。なら、追跡の術を使うか。此処を離れて間もないなら、術で簡単に見つかるはずだ。
以前使ったものとは違い、対象が居た地点を正確に追う術を選ぶ。呪文が複雑で、一部屋分くらいの『場』を必要とするので普段はあまり使わない。だが、狭い範囲で捜すにはこちらの方が扱いやすい。
それに以前の術は、使用中無防備になるから今の状況には向かない。
よく考えて、それ以上の考えがないことを確かめる。
それからまず『場』の確保を行う。部屋の中にあるものを全て壁際に寄せ、空いた中央に立つ。
意識を集中させ、礼を唱える。そして、呪文。舌が縺れそうになるほど難解な言い回しだが、上手く言えた。
「『追跡、発動』」
最後の呪文を皮切りに、術が動き始める。後は待つだけだ。
何もない部屋の中に光の軌跡が現れ始める。
この術は、『場』内に対象の動いた跡を映し取っていく、というものだ。故に広い範囲や複雑な道での追跡には向いていない。まあ、この屋敷内なら、よほど動き回らなければ問題ないだろう。
それと、この術は対象の魔力を感知しながら動く。つまり魔力が低い者を追跡することは出来ないのだ。だから俺はギアの魔力を追うことにした。
2人は一緒に行動しているだろうから、これで大丈夫なはずだ。
術が発動している間はやることがない。
ぼんやりと映し出される光の線を眺める。
「・・キレイだな」
「!?」
隣に一人の男が立っていた。こいつ、いつの間に入ってきたんだ?!
ただ術を眺めていただけとは言え、さすがに全く警戒していなかったわけではない。敵地の中だという認識は持っていた。
なのに、俺は彼がいつ部屋に入ってきたのかさえ分からなかった。部屋の入り口は、俺の真正面にあったというのに。
一体どういうことなのか、混乱して次の行動を取り損ねた。その間に、男は無造作に追跡の術へ手を伸ばしていた。
「っ、止めろ!触るな!」
「・・・?なんで?」
思ったより大きな声が出た。が、男は驚いた様子もなく、手を伸ばした格好のまま、顔だけこちらに向けた。
この術は、完成するまで時間が掛る。未完成な状態では脆く、少しの刺激で壊れてしまう。そういうデメリットもあって、俺はあまりこの術を使わないのだが・・。
そんなことを彼に言う気にもなれず、とにかく止めろと目で訴える。が、男は首を傾げて俺を見るだけだ。
どうやらちゃんと口で言わなければならないらしい。
「・・・術が壊れるから、止めろ」
「壊れる・・。これがなくなるのか」
感情の見られない声でそう呟き、手を降ろす。
一応話は通じるらしい。得体の知れない相手ではあるが、話し合いが出来るならまだ良いだろう。
少し安心して、目の前の男を観察する。当の男はまだ術の描く光の線を見ていた。
ぱっと見て目に付くのは、その身長だ。猫背のせいで、目線は俺と同じ高さになってしまっている。が、背筋を伸ばして立てば俺より5センチは高いだろう。クラークほどではないが、ユイジィンくらいはありそうだ。
次いでその顔を見る。覇気の見られない顔。何を考えているのか分からないが、無表情とも違う。あえて言うなら、退屈そうな顔、だろうか。年は俺と大差なさそうだ。
格好はシンプルなシャツとズボン。特に武器を持っているわけでもなさそうだ。ポケットに両手を突っ込んでいるが、何か握りしめているようにも見えない。
敵意は一切ない。その一点だけで、俺は警戒を少し緩めた。
「ねえ、あんた、なにしてるの?」
「何って・・、えっと、君は?こんなところで何してるんだ?」
「おれ?おれは、見てる」
すっと指差したのは、かなり長くなった光の線だ。
訊きたいことはそれじゃないんだけどな・・・。そう思ったが、なんとなくこの独特のテンポはギアを彷彿とさせる。
なら無理に会話を進めようとしても、無駄だろう。彼のペースに合わせなくてはならない。
「君は、何のために此処に?」
「理由なんてない。だれかいるみたいだったから来ただけ」
「そうか。・・・・君、名前は?俺はタクト」
「・・・・・征春。ユキでいい」
「ユキ、君は、えっと・・・」
敵なのか、味方なのか?それが知りたいのだが、直接訊いては駄目だろう。そう思ってしまい、口ごもる。
変な態度の俺のことを、どう思ったのだろうか?ユキは光の線から目を離し、俺を見た。
その瞳にはどんな感情も浮かんでいない。案外、俺の言葉の続きを待っているだけなのかもしれない。それとも、やっぱり怪しいと思ったのか?
思った以上にコミュニケーションを取り難い相手だ。困惑を表に出さないように注意しつつ、続きを言おうと口を開く。
「ネイビスなら、上だ」
「え?」
「おれは退屈している」
「えっと・・?何を・・」
「あの女はイライラしてる」
??何を言い出したんだ?
何と答えて良いのかも分からない俺を前にして、ユキは淡々と続ける。どうも俺の答えなど望んでいないらしい。
「ちびと眼鏡ともう一人も、いない。おれはつまらないんだ」
「・・な、なるほど、君は退屈しているんだね?」
と一応納得したような返事はしたが、実際は全然分かっていなかった。とりあえず彼は退屈しているらしい。それだけは分かったから、繰り返し言ってみた。
単なる思い付き、と言うか相槌に困った果ての言動だったのだが、彼は満更でもなかったらしい。表情は変わらなかったが、ゆったりとした動作で頷きを返してきた。
しかしこの後は、どうしよう?
「あの女」とは誰だ?「ネイビスが上」っていうのは、上の階に居るってことだろうけど・・・。あと「ちびと眼鏡」は・・・ひょっとしてケイとシドウのことか?
少ない情報を総動員して、彼の言葉を理解しようとする。が、彼の方はそんな俺を慮るつもりはないようだ。
「止まった」
「え?・・あ、ああ、術が完成したんだ」
ユキの言葉で、ようやく追跡の術が完成したことを知った。光の線は幾度も曲がり、途中から上に向かって昇り、また横へ真っ直ぐ伸びていた。更に線は上へ横へと動き、時々戻って、最後に小さく曲がって止まっている。
立地通りに線は現れるはずだから、曲がっているのは曲がり角で、上へ向かっているのは階段、横へ真っ直ぐは、そのまま廊下を真っ直ぐ進んだということだろう。位置的に、最上階の東側の一室に居るようだ。
線の長さと曲がった角の数、階段の長さを見る。この通りに進めば、いつかギアの元へ辿り着くはずだ。
ユキはとりあえず放置して、その地図をよく覚える。
・・・よし、覚えた。
物覚えは悪くないし、多分大丈夫だ。そう確信できるまでよく見て、術を消す。と、一緒に見ていたユキが「あっ」と小さく叫んだ。
目を向けると、ぽかんと口を開いた彼と目が合った。
この術が生み出す光に夢中になっていたようだし、何も言わずに消したのは可哀想だったか。
今更ながら、申し訳なくなってしまった。
「・・・ねえ、今のもう一回」
「今のって、術をもう一回やれって?」
「ちがう。ぱっと消えるの、もう一回」
「あー・・・、今はちょっと・・・」
術を消した方に気を取られるなんて、変わったやつだと思う。でも彼に付き合っている場合でもない。適当に言葉を濁して、部屋を出る。
何にも執着しなさそうな顔をしている割に、彼はしつこかった。
追跡の術で出た通りに廊下を歩く俺の後ろを、付いて来る。別に煩く見せて欲しいと言われたわけではない。が、何処か期待の籠った瞳で見られて、居心地が悪い。
「えっと、俺、行くところがあるから・・」
「おれも行く」
がっしり服の袖を掴まれてしまった。引きはがそうと振り回すが、びくともしない。指を開こうとするが、それも成功しなかった。そんなに強く力を込めているようには見えないのに。
当然言葉での説得も出来ず、結局俺は彼に捕まってしまった。
袖を掴まれているだけで、それ以外の制限は受けていないのだが、敵だと思われる人物と2人で行動するのは避けたい。
そんな思いの俺とは違い、ユキは少し満足気な表情を見せ始めていた。
こっそり溜息を吐いて、どうするか考える。が、言い案なんて浮かばない。
仕方ない。彼が満足して離れるまで、連れていくしかない。彼がどんな行動に出ても良いように、最大限の注意をしながら、俺はギアたちの後を追うのだった。
タクトはうだうだ考えますが、意外と思い切りは良い方です。
迷ったり困ったりしても、頑張ればなんとかなると思ってます。




