事の終わり 1’ ~ユイジィン~
ユイジィン視点です。
上の方で微かに音がした。この地下は地上の音が伝わりにくいのかもしれない。音の正体が分からず、残った彼らのことが気になった。足元を冷たい空気が駆け下りていく。
外の乱闘の音はとうに聞こえなくなっていた。
降りるごとに消えていく音と光に、本能的な恐怖が湧き上がる。
いいや、何を恐れる必要がある。特に拘束されているわけでもないのだ。いざとなればすぐに地上に戻れる。
我知らず、そんな慰めを胸中に思い浮かべていた。
そんな弱気でどうする。と己を叱咤し、前を行く男を見る。
この男を信用する気は最初からなかった。だが信用できるか否かはこの際あまり関係ない。とにかく、何が起こっても良いように身構えておくこと。それだけを念頭に置いておけば良い。
動かなければ何も得られない。それは此処に来た時から変わっていない。ならば動くまでだ。例えそれが何者かの手のひらの上であっても。最後に目的が果たせれば、それ以外は些事だ。
頭の中で繰り返し考える。割り切ったはずのそれを、何故何度も確認しているのだろうか。そう考えて、そしてすぐに答えが出る。
私は、仲間を危機に晒したくないのだ。特に、何の力もない彼女は。
しかし何故『黄』様は、彼らを頼ろうと思ったのだろうか?ふとそんな疑問が浮かんだ。
彼らの願いを叶えるためか?いいや、逆か。彼らを天界へと行かせないために、あえてこのような試練を課したのか?
今そんなことを考えている場合ではない。そう思うのに、一度考え出すと止まらない。
『黄』様は何を望んでいらっしゃるのだろうか。
少なくない時間を彼らと過ごしたせいで、私は彼らを仲間と認めるまでになった。そのせいか、彼らにとって不都合なことが起こることが気になってしまうのだ。
そう自己分析をする。しかし私は天族であり、『楽園』の、『黄』様の警護をするのが本来の役割だ。もし『黄』様が、彼らを敵とみなし排除しようと考えるなら、私はそれに従わなければならない。
出そうになる溜息を無理に呑みこむ。
私が考えても、彼の神の考えなど分かるはずがない。だから、私は覚悟だけは常に持っていよう。
もしも彼らが敵と断じられても、揺らがないように。
深く息を吸って、考えを切り替える。
今は、此処ですべきことを考えよう。後ろを歩くクラークを振り返る。彼とはあまり話したことがない。が、その剣の腕、更に『黄』様の術に抗えるほどの魔力の高さは頼りになる。
一緒に居て此処まで心強い相手も珍しい。
彼も自身の力量は把握している。だからこそ、彼は常にサエやタクトと一緒に居るのだろう。護るべき人間と共に。
その彼があえて彼らを置いてきたことに、少し疑問を感じる。前の男に聞かせないよう話すことは無理だが、知りたいと思ってしまった。
その欲求のまま、口を開く。
しかし、私の疑問は解消されなかった。
地下室に着いてしまったのだ。長い距離を降りて来たように思うが、振り仰ぐ先は闇に閉ざされて、正確な距離は分からなかった。
階段の終わりに備え付けられた古い扉を、シドウが開けた。
こちらを振り返ることなく、中へと入っていく。彼に追従するように、ケイも入る。
行くしかない。答えの得られなかった疑問に気持ち悪さを感じながらも、足を動かす。
扉の先は、暗い廊下が続いていた。所々に設けられた照明以外に灯りはなく、かなり薄暗い。
慎重に前進する。廊下自体はヒトが2人並んで歩ける程度の広さだった。しかしクラークは私の隣に並ぶことなく、後ろを付いて来る。私も無理に彼と肩を並べようとはせず、廊下の真ん中を歩く。
いざ不測の事態が起こったとき、並んでいると不都合なことも多いだろう。そう考えての行動だった。実際には、不穏な空気はなく、埃臭さが気になる程度だったが。
「見張りは居るのか?」
「見張り?いや、居ない。外から鍵をしてしまえば、出ることは叶わないからな」
軟禁と聞いていたが、実際は監禁だったようだ。見張りが居ないのは、面倒がなくて良いが、こんな不衛生な所に居て精神状態は大丈夫なのだろうか?
心配する立場には居ないが、気にはなった。
仲間であるはずのシドウが何も気にしていないようなので、問題になるほどのダメージは負っていないのだろう。そう判断していると、シドウが立ち止まった。
暗がりに目を凝らせば、灯りの照らせる範囲ギリギリの所に扉があるのが見えた。
どうやらそこにユウが居るらしい。
シドウは、鍵を開ける前に扉をノックし、中のユウに来訪を告げる。
ユウの声は小さく、私にはよく聞こえなかったが、シドウの様子から、深刻な状態ではないことは察せられた。
次いでシドウが鍵を開ける。開かれたそこから、細身の女性が姿を現す。まともに顔を見るのはこれが初めてだが、線の細そうな外見は小動物のようで凶暴な面はないように見えた。
警戒する相手ではないかもしれないが、一応最低限の警戒は残しておく。
「じゃあ、次だ」
「次?」
「ああ。こっちだ」
まだまだ続く廊下を先に立って歩き出す。ケイもユウもそれに続く。
どういうことだ。戻るのではないのか?
不信感が一気に高まる。
付いて来ていないことに気付いたようだ。シドウがこちらを振り返る。無言で促しているが、私は無視した。
信頼など最初から無かったが、今は信頼どころか不審しかない。そんな私の考えを察してか、シドウが改めて私の前に出てきた。
「どうした」
「目的は達したのだろう?ならば何故戻らない」
「半分はな。だがもう半分はまだだ」
「・・どういうことだ?」
凄むつもりはなかったが、声のトーンが下がったのは不機嫌故だった。そのせいで、彼の後ろに居たユウが怯えたような表情を見せた。
しかしそんなことに構ってなど居られない。目の前の男は全く堪えた様子を見せていない。軽く苛立つ心中を意識しつつ、彼の説明を待つ。
「・・・俺たちはネイビスの元から逃げる。だからこそ、逃げ切るために必要な手は全て打つ。その一つが、優の解放。そして、もう一人を引き抜く」
「?」
「ユキ、と呼んでいる仲間がいる。俺たちと同じ、異世界から召喚されたモノだ。あいつは便利だ。連れて行って損はない」
「仲間なら付いて来る、と?」
「いや。あいつは主義主張と言うものがない。生きるために必要なものさえ与えておけば、言う通りに動く。ネイビスはそうやってあいつに言うことを聞かせているんだ。それと同じことを提示すれば、絶対にあいつは俺の言いなりになる」
予定調和だと言うような説明だった。私の疑問など最初から見通されていたのかもしれない。が、この男の物言いは、何か勘に障った。
言いようもない不快感が湧くが、彼らの事情に首を突っ込むつもりはない。
目的は理解した。が、それと戻らないことは関係ない。改めて口火を切ろうとする私を制するように、シドウは再び口を開いた。
「戻らない理由は、単純に効率の問題だ。あいつを足止めしている場所へ向かうなら、戻るより此処を通り抜けた方が近い。ネイビスに先を越される前に確保したい」
事細かに道順を尋ねれば、確かにシドウの言うことが最もであることが分かった。
理解も納得もした。個人的な感情を抜きにすれば、従うことに否とは言えない状況だった。クラークに意見を求めるが、特に何も言わなかった。
最終的に、私は彼らに付いて行くことにした。残してきたメンバーを思うと不安が残るが、彼らの目的を達成できれば、ネイビスの戦力は減るということになる。
それは願ってもないことだ。それに、『救世術』の要であるユウの身柄を奴に渡すわけにはいかない。
不本意ではあったが、合理性を優先した私は正しかったのだろうか?結果は分からないが、とにかく私たちは無駄足を踏むこととなった。
シドウに案内された先、行きとは別の階段で戻った屋敷の一室に、目的の人物は居なかったのだ。
「先を越されたのか?」
「・・・慶」
「今捜してる。・・・・居たっ!けど・・、何でこの人と一緒に居るんだろ?」
「誰だ。ネイビスか?」
「ううん。魔法使いのお兄さんと一緒」
魔法使いの?と言うことは・・・、まさか、タクトか?
明確な名前は言わなかったが、私の中で魔法使いと言われると、彼が真っ先に出てくる。ケイが疑問に思う人物なのだから、ネイビスの仲間ということもないのだろう。
シドウも同じ答えに達したのか、こちらをちらりと見て、ケイに視線を戻した。
「慶、道案内を」
「オッケイ!任せて!」
元気の良い男の子を先頭に、歩き出す。その途中で、天井が崩れた個所を見つけた。屋敷を揺るがす音は止んでいるが、どうやらかなりの打撃を受けたらしい。
原因が不明な分、早く事を終わりにしたい。
そう思ったのは私だけではないようだ。小走りで進む我々は、少年に導かれるまま階段を上った。
ユイジィンは考える男です。
役割上、多少納得出来なくとも行動には移せますが、出来れば明確に目的意識を以て行動したいと思っています。




