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チャンス到来 7


 轟音ごうおんと共に吹き飛ぶ屋根。離れた位置に居る私たちの所までその破片が飛んできた。


「おーすげー!!」


 目を輝かせるギアを尻目に、更に轟音が屋敷から聞こえる。裏門付近に居た警備が慌てた様子で中へと入っていく。

 数名残していくとか、そういったことが思い付かなかったのか、見える範囲の全員が戻ってしまったようだ。

 呆然と屋敷を見ていたら、今度は大勢の人間の叫び声が聞こえてきた。これは建物の向こう側、つまり表から聞こえてきていた。


「な、何が起こっているんだ・・・?」

「分からない。だが・・・、好機だ」


 愛用の双剣に手を添えて、ユイジィンが言う。

 好機。言われて気付く。問題その一 多すぎる警備、が居なくなったのだ。侵入するにはこれを逃す手はない。

 でも、罠があるかもしれないって話だったのでは・・・。そう思ったのは私だけではない。「好機だ」とか言っておきながら、ユイジィンも動いていなかった。

 動いたのは、ギアとクラークだった。


 ギアが動いたのは、なんとなく理解できる。このよく分からない事態に興奮しているようだから。でもクラークも動くとは思わなかった。

 割と豪快ごうかいなことをしでかすこともあるが、基本的に危険が迫らない限り自ら動くことのない奴だったから。

 不思議に思って、彼が目指す場所に目を移した。クラークは裏門へと向かっている。そこには、見覚えのある人間が2人居た。


「あ、あそこ!」


 言って、隣に立っていたタクトを引っ張る。

 私が何を見つけたのかすぐに伝わったようだ。タクトが身構えた。次いでユイジィンも気付いた。私とタクトの前に立つ。

 そうして、クラークを先頭にゆっくりと2人に近付いて行く。

 向こうは何もするつもりがないのか、警戒しまくっている私たちを眺めるだけだった。



 十分な距離を保ったままクラークが立ち止まる。その少し後ろにユイジィン、更に後ろに私とタクトが居る。ギアはしばらくふらふらと屋敷を眺めたまま歩いていたが、やがてクラークの横に並んだ。

 全員揃ったのを確認した眼鏡の青年が口を開く。が、放たれた言葉は爆音にき消されてしまった。


 建物を挟んだ向かい側では、甲高い剣戟けんげきの音が聞こえていた。屋敷からは煙が立ち上っている。どうやら襲撃されているらしい。

 そのことにようやく思い至った。多分、と言うか絶対、ジンがやってきたのだろう。他国の人間のくせにこんな大事にして良いのだろうか。

 ちょっと心配になったが、私たちには直接関係ないから別に良いか、と思い直した。

 そんなことより目の前の彼である。再び邪魔されないうちに、と言うように彼は口を開いていた。


「遅かったな。こっちは見ての通り既に始まってしまっている。早くしろ」


 それだけ言って踵を返す。隣に立っていた少年もくるりと向きを変える。

 って何だそれは!説明もなしに何をしろって?

 訳が分かっていない私たちに何の配慮もせずに、上部が崩壊している屋敷に戻っていく。振り返りはしなかったが、付いて来いと言われているような気がする。

 ・・・こんな壊れかかった屋敷に入って大丈夫なのか?と言うか、彼らを信用して良いのか?そもそも私たちに一体何を期待しているのか、それも分からないのに付いて行って良いのか?

 どう考えても怪しい上に、どう見ても危険な屋敷の様子を見て、二の足を踏まなかったのはギアだけだった。


「付いて来いってさ」

「待て!勝手に動くな!」


 ユイジィンの制止を無視して、裏口っぽい出入り口に近付いていくギア。

 彼一人行かせてはマズイ。最悪、この事態が更に悪い方向へ転がりかねない。急いで後を追ったユイジィンの背中から、そんな考えが聞こえた気がした。

 まあ、私もそれには同意するよ。それに、虎穴こけつに入らずんば虎子こじを得ずって言葉もある。訳分わけわからないなら、分かるために動くべきだ。


 さして間も開かず、私たち3人も彼らを追って中へと入った。

 入ってすぐの場所は、小さな部屋だった。そこかしこに箱が置いてあり、ふたの開いたそれらには果物や野菜が入っていた。

 食糧庫かな?と思ったが、しかしそれにしては無造作に置かれている。


「勝手口かな。此処ここで出入り業者からの品を検品してたみたいだ」

「そのようだな。あいつは・・・ちっ、大人しく待っていれば良いものを・・」


 勝手口でしたか。タクトの言葉を聞いてから改めて見てみる。検品中・・、確かにそんな感じだ。思えば、保管しているなら箱の蓋は閉めてあるのが普通だ。

 うっかり見当違いなことを言わなくて良かった。

 密かに胸をで下ろして、ギアを捜すユイジィンを追う。ギアはもう廊下へ出てしまっているようだ。


 急いで追わないと見失うかもしれない。

 外から見た屋敷は随分と大きかった。一人で歩いたら、間違いなく迷子になりそうなほどに。

 こんな広い屋敷内であんな自由な人を捜すのは遠慮したい。苦労するのが目に見えているからね。嫌な予感をひしひし感じながら廊下へ出る。

 前を行くユイジィンの前にちらちらと紅い服が見えた時は、素直に嬉しかった。

 良かった。これで彼を捜して屋敷内をうろつく、なんて苦労をすることはなくなった。



 ほっとした私の後ろからタクトもやってきて、小さく「見つかったのか。良かった」と言った。そうだね、居なくなってなくて良かったよね、本当に。

 うんうんと頷いて、2人と合流する。

 と、ギアが左手に少年を持っているのが見えた。

 持っている。うん、これは「持っている」が正しい感じだ。服の背中の部分を鷲掴わしづかみにして、持ち上げているのだから。

 ぶらぶらと少年の手足が揺れている。こんな扱いをされているのに何故暴れていないんだろう?と思ったら、少年は目を閉じてぐったりしている。

 気絶しているようだ。


「お前、こんな子供に何をした?」

「軽く殴っただけだって。そしたら倒れて動かなくなった」

「・・・どんな力で殴ったんだ・・。・・・まあ良い。生きてはいるようだしな。それで、あの男は?」

「そこ」


 ユイジィンの問いに簡潔に答え、体をずらして床を指差す。

 廊下にだらりと寝そべる眼鏡の青年が居た。

 気絶しているのは明らかだった。そしてその原因も自ずと分かった。

 皆無言でギアを見ていた。当の本人は、手にした少年を見て「これ、どうしよう」とか軽い調子で言っている。


「少し目を離しただけでこれか・・・」


 全員を代表してユイジィンがそう呟いた。言われた彼は、自分のことだとは思っていないようだったけど。しかし言いたくなる気持ちは分かる。

 言わないだけで、私もタクトも、もしかしたらクラークも、同じようなことを思っていたことだろう。


 貴重な情報源を確保したのは褒めたいところだ。が、早急に情報が欲しいのに気絶させないでほしかった。

 彼らが起きるまで、またしても情報無しで動かなくてはいけなくなったではないか。

 このタイミングで決定的な何かが起こったらどうしてくれるんだ。


 とか言いたかったけど、言ったところできっとギアには通じないだろう。それが分かっているから、皆言いたいことを呑みこんで無言のうちに流した。


「・・・クラーク、頼む」

「・・・・」


 溜息とともにそう言うタクト。応えてクラークが床に伸びている青年の上半身を起こした。

 何をするつもりなのか分からなかったが、とりあえず見守る。ユイジィンも彼らに任せるつもりのようだ。ただ、廊下をうろうろするギアから目を離さないようにしている。

 青年の背後に回ったクラークが、ぐっと押す。まるでツボ押しのようなその動作の後、青年が目を開いた。


「う・・・」

「!何をした?」

「・・・・」


 驚くユイジィンに無言の視線を返して、クラークは立ち上がった。そして今度は、ギアから受け取った少年を同じように覚醒させる。

 ああ、そういえばそんな技を持っていたな、クラークは。見たのは一回だけだけど、確かにそうやって気絶した人間アヤメを起こしていた。

 すっかり忘れていた。

 自分の記憶力に呆れたが、そんな頻繁ひんぱんにお目にかかるようなものでもないだろうと弁解しておく。気絶してる人に会う機会なんてそんなに多くないのが現実だ。と言うか、こっちの世界に来るまで無かったし。

 うん、忘れても仕方ない。



 目覚めた青年は、頭を押さえてぼんやりしている。気絶するくらい強く殴られたのだ。頭が上手く働いていないのだろう。

 それでも、思ったよりも早く彼は我に返った。

 少年の方はまだのようだったが、私たちに囲まれた状況を理解したらしい。大人しくしている。


「さて、まずは謝罪しよう。この者が失礼をした。申し訳ない。だが、こちらは今の状況を理解できていない。詳しい説明がなければ、何もしようがないのだが?」

「・・・・そんな悠長なことを言っている時間はない。だが、そうだな・・・。必要なことは歩きながら話そう。とにかく付いてきてくれ」

「・・分かった」


 そうして私たちは、彼に付いて廊下を進みだした。

 早足で、後に付いて来る者のことを少しも考えていない様子だったが、誰も文句は言わなかった。


「俺は志渡しどう。普段はこのけいと組んでいる。先に言っておくが、俺たちは組織に与してはいるが本意ではない。それ以外に選択肢がなかったから、そうしているだけだ」


 シドウとケイ。それはタクトから聞いた話に出てきた者たちだ。ネイビス側の召喚されたモノ。しかし彼の言葉が本当なら、彼らは嫌々ネイビスに従っていたことになる。

 それなら向こうの罠ではない、と考えても良いだろう。信用できるだけの情報も何もないから判断できないが。

 ユイジィンもそう思っているのだろう。警戒心を隠そうともしていない。


「では何故我々と接触してきた?選択肢がないのだろう?」

「なかった、だ。今は違う。聞こえるだろう?この組織は攻撃を受けている。しかも並みの相手ではない。恐らく負ける。俺は、共倒れなどごめんだ。だから離脱する」

「・・・なるほど。そのために我々を利用すると、そういうわけか」

「そちらにとっても利益はあるだろう?お互い様だ」


 刺々しいユイジィンの言葉に、淡々と答えるシドウ。その様子からでは、真実を言っているのかどうか分からない。

 判断できないまま私たちは階段に出た。上へと続く階段を、上るのかと思ったらそのまま素通りする。上階に用は無いのか、この階段を使う気がないのか、理由は不明だが今は彼に付き従うしかない。


ゆうは知っているな」


 唐突に名前を出されて、一瞬誰のことか分からなかった。しかしユイジィンはすぐに分かったらしい。短く肯定の返事をする。


「慶と優、俺の3人は、今回限りで組織を抜けることにした。が、優はお前らと接触したせいで軟禁された。それを助け出すのに力を貸してほしい」

「場所は何処だ?」

「地下だ」


 言って足を止めるシドウ。近くの扉を開ける。その中は部屋ではなかった。暗い中に下へと続く階段があった。

 どうやらその下にユウが居るらしい。シドウは一度私たちを見て、その階段を降り始めた。ケイも当然のように続く。

 その後を隙のない身のこなしでユイジィンが行く。流れで、次に近かった私が降りようと足を動かす。が、タクトに止められた。


「サエは此処で待ってて」

「え、でも・・」

「下で何があるか分からない。地下じゃ逃げ場もあまりないだろうし、危ないから」


 言われたことは理解できる。が、納得は出来なかった。そもそも私一人残して行くとしたら、それはそれで危険だろう。

 そう反論しようとしたが、後ろからクラークが出てきて出来なかった。

 クラークは私どころかタクトも押しのけて、階段を降り始めた。


「クラーク、待ってくれ。お前は残ってサエを・・」

「・・・・」


 振り返ったクラークが、無言でタクトを見る。

 言葉のない会話が為され、タクトは溜息とともに諦めた。クラークが暗闇に沈んで見えなくなる。

 一体どのような会話をしたのか、それは定かではない。が、私は安心していた。とりあえず一人でお留守番は回避された。

 一緒でないことはちょっと不本意だが、タクトの言い分が分かるだけにこれ以上食い下がるわけにはいかなかった。


「お前ら行かないのか?」

「ああ・・・。ギアはどうするんだ?」

「んー・・、行かない」

「珍しいな。クラークは行ったのに、残るなんて」


 確かに珍しい。別に、クラークと何処でも一緒ってわけではないが、こういう戦えそうな時はほとんどべったりだったのに。

 心境の変化でもあったのだろうか?それとも、彼もようやく空気を読むって行為が出来るようになったのか。

 何にしても、良い傾向だろう。


「だって外の方が一杯居るし。ちょっと行ってくる」

「いや待て!!」


 駆け出そうとするギアを、体を張って止めたタクト。

 全然良い傾向じゃない。すぐ戦ってくれる大勢の雑魚と、なかなか戦ってくれない強敵クラーク。その天秤が前者に傾いただけだったようだ。

 活き活きとするギアを止める損な役割だ。

 別の意味で疲れそうな予感に、早くも溜息が出そうになった。


 と、大きな破裂音が轟く。外で聞いたより大きなその音に、思わず耳を押さえる。ぐらぐらと足元が揺れているような気がする。

 いや、気のせいじゃない。壁に掛けられた絵画が床に落ちた。

 重い物が落ちる音がするが、目に見える範囲に変化はない。音的には近いのに・・、と思った時、ギアが目の前のタクトを突き飛ばした。

 思いっきり廊下を飛んでいくタクト。が、その行く末を見ていることは出来なかった。

 タクトを突き飛ばした反動で私のそばまで退がってきたギアが、振り向き様に私を抱え上げる。所謂いわゆる俵担たわらかつぎで私を持ち上げた彼は、凄い勢いで走りだした。


 進行方向とは逆に向いている私の目の前に、天井が降ってくる。

 がらがらっ!!と凄い音を立てて落ちてくるそれは、さっきまで居た廊下を埋め尽くしていく。

 走るギアの後を追うように、どんどん天井が崩れる。このままでは押し潰される!そんな勢いで。恐ろしいとか感じる暇もなく、ただ塞がっていく廊下を見ていることしか出来なかった。



 ギアが立ち止まったのは、しばらくしてからだった。角を曲がったせいで、天井の落ちた廊下を見ることは出来ない。

 まあ落ちている瞬間は見ているのだから、どうなっているのか簡単に想像できたけど。

 落ち着いて周りを確認する。廊下は今までと特に変わりないが、壁のあちこちにひびが入っている。此処もいつか崩れそうで、とても恐ろしい。


 かたわらにはギア。さすがに真剣な表情で天井辺りを見つめている。また壊れてきたら・・・と考えているのかもしれない。今暴走されると困るので、声は掛けないでおこう。

 タクトは大丈夫だろうか。ギアが思いっきり突き飛ばしていたから、結構吹っ飛んだだろう。瓦礫がれきに呑まれていないと良いが。

 地下へ行ったユイジィンとクラークも心配だ。出入り口があそこしかないのなら、彼らは閉じ込められたことになる。助けたいが、私に瓦礫の撤去てっきょは無理だ。重機じゅうきの類が欲しい。ショベルカーとかそういうのが。

 元の世界の便利な道具が頭に浮かぶが、この世界にあるわけない。夢想している場合じゃないので、もっと現実的なことを考えよう。



 深呼吸して、冷静さを呼び起こす。

 そこで気付いた。外の喧騒が小さくなっていることに。一階部分が此処まで酷いことになっているのだ、外から見てもそれなりに崩れているのだろう。

 争いを続けている場合ではない、と判断したのかもしれない。それなら、ジンに会いに行ってみようか。重機はなくとも瓦礫を撤去する方法はあるかもしれない。

 人の手で、という話なら尚のこと人手がある彼に頼るべきだ。うん、そうしよう。


 地下のことは彼らの手を借りるとして、後はタクトだ。

 無事だと信じて捜しに行くか、先にジンに会いに行くべきか。

 少し悩んで、地下に行った2人に心の中で謝った。

 言っちゃ悪いが、クラークやユイジィンよりタクトの方が明らかにひ弱な感じがするのだ。見た目とかでなく、人間の限界とか考えると彼の方が窮地に立たされてそうな気がする。

 それにタクトは今一人だ。助け合える相手が居ない彼の方が、心配になってしまうのだ。


「タクトを捜しに行こう・・!」

「ん?ああ、良いぜ」


 決心が口から出てしまった。それに答えが返ってきたことに驚いたが、ギアは嘘は吐かない。

 付いて来てくれることが心強かった。例え制御不能な戦闘馬鹿であっても、居ないよりはマシだ。と言うかこの状況ではむしろ、居て欲しい人ナンバー1かもしれないくらいだ。

 妙な頼もしさを感じながら、タクトを最後に見た屋敷の反対側を目指して廊下を進む。




シドウのセリフで人名が漢字なのは、彼の中ではそういう風に認識されているからです。

サエも漢字は分かっていますが、タクトたちは分かっていません。なのでシドウたち以外のセリフや地の文ではカタカナ表記にしています。

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