戦争と立ち往生 2
ガタゴトと揺れる馬車の中は、昨日と違って賑やかだった。というか、はっきり言って煩い。
許可証を手に入れて、浮かれたタクトがいつもの2割増しで喋っているのだ。今日の御者は、クラーク。つまり私が、話し相手をしなくてはいけないわけだ。
「良かったな。これで、早く資料を集めることができる」
「そうだね」
「そうすれば、サエもきっと元の世界に還れるさ!」
「そうだね」
「それに、あっちの国では、新しい魔法を開発しているらしいんだ。上手くすれば、その研究に協力できるかも・・!」
「そうだね」
私が適当に返事をしていても、気にしていないのか、それとも気付いていないのか、彼の口は止まらない。輝く笑顔が眩しすぎる。
昨日は、クラークとの沈黙が気まずいと思っていたけど、今日は、タクトとの会話が苦痛に感じてしまっている。どっちが良いんだ、私。
いや、こんな極端な選択肢でなく、適度に話して適度に黙る、が良いのだが。この2人には望めないことは、3日目にしてよく理解できた。
話し過ぎる人と、全く話さない人。一体どっちの方が良いのか。
暇だから、考えてみるか。まだまだ何か言ってくるタクトの言葉を、適当に聞き流しつつ、思考に没する。
まずは、利点、というか良いところを考えてみよう。
話し過ぎる人は、場を明るくしてくれる。話し方が上手ければ、多少引っ込み思案な人でも会話に参加できるようになるだろう。他人に対して好感を抱かれやすい、というのもありそうだ。
では、全く話さない人は、どうか。偏見だが、無駄口を叩かない人は、何でもできそうな雰囲気をしている気がする。クールでストイックというか、安定していると思う。
欠点の方はどうだろう。
話し過ぎる人。煩い。ウザい。どうでもいいことを大げさに言う。同じことを繰り返し言ったり、要領を得ない言い方をしたり、独り善がりなところ。
全く話さない人。何考えているか分からない。会話の不成立が不安を生む。伝わっているのかいないのか、いまいち不明瞭。雰囲気によっては、気味が悪いと取られかねない。
そんなところか。
なんというか、全て完璧な人はいないが、極端すぎると言うのもまた、少ないんじゃないだろうか。この2人みたいな人って、そういない気がする。それは、個性なのかもしれないが、正直対応が面倒くさい。
私のように、20年弱しか生きていない、人生経験の少ない人間には合わない気がする。・・・2人とも私と、そう年齢は離れていないようだが。
それにしても、良く喋る人だ。
斜め前に座るタクトは、明るい顔で今後について話している。確かに、自分の今後というのは気になるが、同時に自分ではどうしようもないことを含んでいるのだ。考えても、どうしようもないことは考えない。それが、私だ。
喋り続けるタクトから視線を外し、御者台を見る。クラークは、黙々と馬車を進めている。まるで、私たちの存在など気にかけていないようだ。
実際に気にかけている様子が、見られない。
そういえば、この2人の関係は、結局何なのだろうか。
友人同士。確か、最初の紹介の時、タクトはそう言っていた。しかし、クラークがそう言うようには見えない。
というか、私は彼の声をまともに聞いたことがない。確か、タクトより低くて、淡白な感じだった・・・気がする。
いや、まともに聞いていないので、半分以上は想像だが。
考えれば考えるほど、不思議だ。
それに、タクトにしたって、そうだ。魔法使いは、貴重。そういう話だ。なのに、何処の国にも属していないという。
そんなこと可能なのか?貴重であるのに、何処の国も放置しているのだろうか。
では、それほど優秀ではないのか?しかし、貴重ということは、なるには何らかの試験めいたものや、あるいは「魔力」というものが必要なんじゃないのか?
才能にしろ、素質にしろ、貴重であるなら、欲しがる人なんて幾らでもいるだろう。それらの申し出を蹴ってまで、ぶらり旅をしているのか、この男は?
分からない。
ふとした疑問が、不安を生んだ。
私は、この人たちと一緒に居て大丈夫なのか?信用できる証拠が何もないことに、今更気付いた。
平和ボケした国で生まれて、大した災難に合わずに生きてきたからか、そういった危機観念が抜けていた。
いや、言い訳はよそう。
私は自分で決めて、この人たちに付いて来たのだ。それを、環境のせいにするべきではない。
「どうした、サエ?気分でも悪いのか?」
「あ、ううん・・・」
急に黙ってしまったからか、タクトが心配した顔で私を見ていた。嘘を吐いている顔ではない、と思う。
それに、自分のことは自分しか信じてあげられない、とも言うし、ウジウジ考えることは止めよう。
私は、自分の勘を信じる。
この2人は、きっと私の力になってくれる。
「そうだ、これ。食べてみな。おいしいよ」
自分の荷物を漁って取りだした包みを、私に差し出した。受け取って、開いてみると甘い匂いが鼻をくすぐった。中身は、砂糖をまぶした焼き菓子だった。クッキー、だと思う。形が歪で、売り物っぽくない。
「朝、貰ったんだ。形が悪過ぎて売り物にならないからって、売店のお姉さんが」
「そっか・・。ありがとう。一つ貰うね」
「一つと言わず、全部あげるよ。クラークは甘いの好きじゃないし、俺は腹いっぱいだからさ」
にこにこと笑うタクトに、再びお礼を言って、一つ食べてみる。砂糖の甘さが、口いっぱいに広がって何だか安心できた。
自分で思うより、緊張していたのかもしれない。お菓子を食べて、リラックスできた私はつい思っていたことを口に出してしまった。
「タクトとクラークって、どういう関係なの?」
「ん?俺たち?友人だけど」
「いや、そうじゃなくて、その・・」
ちらりとクラークを見る。彼は変わらず前しか見ていない。そんな私の視線に気づいたタクトが、顔を私の方へ寄せた。
顔の横で手を立てて、内緒話をする姿勢を取ったので、私も耳を彼の口へ寄せた。
「クラークが、友人とか持ちそうにないって言いたいんだろ?」
「・・うん」
「ああ見えて、クラークは友達思いだよ。一度懐に入れた人間には、甘いところがあるっていうか。本当は、この旅は俺一人で行くつもりだったんだ。でも、あいつは絶対一緒に行くって譲らなくて。多分、一人旅は何かと大変だし、危険だから、俺のこと心配してくれたんだと思う」
意外だった。いや、それは失礼な感想だったかもしれない。しかし、やっぱり意外だと思う。
そりゃ、旅に付いて来ているぐらいなんだから、タクトのことを嫌ってはいないのだろうが、そんな強固に付いて来たがったというのは、予想外だ。
「これ、あいつには秘密にしといて。やっぱ、ちょっと恥ずかしいみたいだから」
「う、うん」
恥ずかしがるクラークを想像しようとして、失敗した。どうやっても、そんな姿は思い浮かべられない。・・・ちょっと見てみたい気もするが。
そんなことを考えていたら、前屈みになっていた体を起して、タクトが明るく笑いかけてきた。
「でも、サエのことも気に入ってるみたいだから、いつか言っても良いかもな」
「え・・」
気に入られて・・・いるのか?そんな兆候全く見られませんが。話しかけても無視だし。
しかし、あの無言状態で意思の疎通ができているタクトが言っているのだから、信憑性はあるだろう。一応、そう思う理由とか聞いといた方が良いかな。気になるし。
「そう思う理由は?」
「理由?簡単だ。だって、サエのために馬車まで用意したんだよ?気に入ってなきゃ、そこまでやんないだろ」
そうだろうか?・・・そんな気もする。私だったら、どうでもいい人相手にそこまでしない。でも、一緒に旅をする上で足手纏いになるから、とか言う理由だったら馬車も用意するんじゃないか?
・・しないか。いや、合理主義者ならやりかねない。特にクラークが合理主義だという様子は、見られないけど。不都合を排除しようとした、これは有り得そうな気がするが。
「ないない。不都合だったら、切り捨ててくよ。なあ?」
「・・・・・」
水を向けられても、反応一つ返さない。これでは、気に入られているのかどうなのか、全然分からない。
そもそも、タクトの勘違い、というのもあるんじゃないか?何と言っても、私に対する時とタクトに対する時の反応の無さが一緒なのだから。
いや、タクトに対するときは、ちょっとだけ反応あるか。本当に少しだけど。
「ほらな」
いや、分かんないから。そんな「言った通りだろ」って顔で微笑まれても、頷けない。私には、何の違いも見つけられなかったんだから。
タクトは、どうやって彼の考えを読み取っているんだ?何かサインでも出しているとか、もういっそテレパシーを使っているとか?
謎だ。解ける気がしない。
と、タクトが嬉しそうに私を見ているのに、気付いた。何かおかしかっただろうか?まさか、考えが顔に出ていたとか・・。
「な、何?」
「うん、嬉しいなぁって」
「?」
「だって、サエがこんなに俺と会話したの、初めてだろ?だから、ちょっとは信用されたのかなって思って」
言われてみれば、そうだったかもしれない。信用していなかったわけではないが、普段から余り人に話しかけることがなかったから、気付かなかったが、タクトはタクトなりに私とのことを心配していたらしい。
当たり前か。一緒にいるのに話さないって、そりゃ不安にもなるし、信用されてないって思うか。私だって、主にクラークと居ると不安になるし。
タクトは、いつも無駄に明るいからそういうのを気にしない人だと、勝手に思い込んでいた。
「ごめんなさい」
「何で謝るんだ?」
「信用していなかったわけじゃないんだけど、心配掛けたみたいだから」
「ああ、気にしなくて良いよ。俺は、こうやって話してくれて嬉しかったから」
そう言って、笑った顔は本当に嬉しそうで、つられて私も笑顔になった。何だか、笑ったのは久しぶりな気がする。
この世界に来てからもそうだけど、最近は就職のことばかり考えていて、余裕がなかったから。
嬉しかった。何だかとっても、心が温かくなった。タクトの笑顔こそ魔法なのかも。
和やかになった馬車の中は、ちょっとだけ居心地良くなっていた。
「お、もうすぐ国境だな」
タクトが前方を確認して、声を上げる。私も顔を上げて見てみる。
遠くに、壁があった。昔写真で見た「ベルリンの壁」みたいに、あっちの山からこっちの山まで、見える範囲、壁が続いている。そして、私たちが進む道の先には、大きな門が見えた。開いているが、その手前に馬車や人がたくさん待っているのが見え、どうやら身分確認はしっかり行っているらしいことが分かる。
「そういえば、私、身分証なんてないけど、どうするの?」
「魔法使いはいろいろなところで、免除されることがあるんだ。その一つが、国を越えた移動の時、その魔法使いの責任で、同行者3人まで身分証無しで出入国できる、というのがあるんだ」
タクトは、私を入れて同行者2人しかいないから、条件を満たしているわけか。
というか、もし、私かクラークが問題を起こしたら、それは全てタクトの責任となるのか。何だか、免除というより余計な制約を受けている気がする。
まあ、おかげで私は安心なんだけどね。
門が近くなり、馬車の速度がゆっくりになる。遠くから見たら結構人がいるように見えたけど、思ったよりは多くない。これならすぐに私たちの番が回ってきそうだ。
ゆっくり進む列の最後に並んで、順番を待つ。やがて、私たちの番が来た。
「身分証を」
「はい。あと、これ」
身分証とレイルから受け取った許可証を、門番に渡す。これで、OKなら先に進める。
当然許可が出ると思っていた私は、荷台でくつろいでいた。しかし・・・
「駄目だ。許可できない」
「何でだよ?確かに俺は魔法使いだけど、ほら、ちゃんと許可証は持ってる」
「国王陛下からのご命令だ。今、国内に居る魔法使いを一人も外へ出すな、と」
王命と一介の魔法使いの許可とでは、当然王命の方が優先される。言っていることは間違っていない。でも、レイルは昨日、そんなこと言ってなかった。王命が出てたなら、そう言うはずだ。
混乱している、とも言っていたが、これも混乱の一端なのだろうか?
分からないがどうやら、この門番は私たちを通すつもりはないらしい。職務に忠実で、大変結構なことだと思うけど、頭が固いとも思う。
まあ、私がどう思おうと、結局、私たちは元来た道を帰るしかなかった。
「どうするの?」
「どうしようか。とりあえず、街の戻ってもう一度レイルと話をしよう。もしかしたら、何か知恵を貸してくれるかも」
あの子供が何かしてくれるとは思えないが、戻るしかないのは事実だ。
行きとは打って変わって、静かになったタクトと、元から静かなクラーク。そして、若干気落ちした私を乗せて、馬車は元来た道を進んでいった。




