チャンス到来 6
タクトの報告は、思ったよりも長くて重要なことばかりだった。
ほぼずっと話していたタクトは、疲れたように息を吐いて、冷めたスープを啜っている。
私はユイジィンを見た。彼はまだ何かを考えるように、動きを止めていた。
皇帝陛下とジンに聞いた話。それは、タクトの話と似ていた。特に召喚されたモノの特徴と領主邸の様子は。
驚くほどの一致に、一つ思い至った。ひょっとして、皇帝陛下たちとカーディナル姐さんは、同じ情報源から仕入れてきたんじゃないか?ということに。
そこから導き出されるのは・・・・、私たちは、誰かの手の上で踊らされている・・?
何だか怪しい匂いがしてきたぞ。ごくりと喉が鳴る。皆も神妙な顔をしている。
「はあー、食った食った」
空気読めない君が満足感一杯の笑みを見せる。本当に、羨ましいほど自由な人だな。
緊迫した空気が一気に弛緩してしまった。
見ると、タクトも苦笑いを浮かべている。ユイジィンは不快そうに顔を顰めていた。いつも通りの反応に、思わず私も苦い笑いが出てしまった。
「えーっと・・、で、どうする?」
「どうする、とは?」
「これからだよ。ネイビスの居場所は分かった。でも警備が厳重なあの屋敷には、そう簡単に侵入できない」
「ああ、そうだな。・・・その前に、私たちからも報告しておくことがある」
ちらりと私を見るユイジィン。
さっき聞いた、話を伝えるつもりなのだろう。綺麗に一致した情報は、厳重な警備以上に厄介な状況をもたらすかもしれない。
此処は皆で、慎重な行動を模索するべきだ。
ユイジィンが代表して、ジンたちに聞いた話を伝える。その内容に、タクトが驚いた顔を見せた。
「つまり、俺たちの得た情報は罠である可能性があるってことか?」
「あるいは、誰かの思惑が絡んでいるのだろう。とは言え、どのみち私たちに取れる選択はそう多くはない」
これからどうするか。考えてみれば、確かに選択肢は多くない。
大別すれば、領主の屋敷に行くか行かないかの2択だからだ。細かく作戦を立てる必要はあるが、選べる余地はかなり少ない。
まあ、行かない、という選択自体あってないようなものだが。
ネイビスを止める、あるいは、『救世術』を使えるユウを捕える。それが目的である以上、領主の屋敷には遅かれ早かれ訪れる必要がある。
と言うか、ユウは自分で外に出て来ていた。こちらから連絡する術はないが、また外へ出てきたところを捕まえることは出来るのではないだろうか?
私が思い付くようなことを、他の皆が思い付かないはずがない。
思った矢先に、ユイジィンがタクトにそう尋ねていた。が、タクトがユウに聞いたことには、あの時教会に居て顔を見られた可能性のあるユウの行動はかなり制限されているらしい。
今回街へ出てきたのも、半ば強引にしたことだったそうだ。今まで従順だった分、逃げ出したりはしないだろうと思われていたから出来たことだが、次も出来るとは思わないと言われたらしい。
「ネイビスの不興を買うのは得策じゃないって、本人も分かってるみたいだった。だからもう一度街で会うって言うのは、難しいと思う」
とタクトが申し訳なさそうに言った。出会った時に捕まえておけば、と後悔しているのかもしれない。でも何の準備もなしにいきなり拘束することは出来ないだろう。それに、私たちに何も知らせず行動を起こすというのは、タクトの性格から言って有り得ないことだ。
情報を得ることは出来たし、もしユウを捕まえるなら顔見知りになっていた方が事がスムーズに運びやすいと思う。
ユウ自身、もうネイビスの元には居たくないようだし、中から協力を得られたら厳重な警備でも隙を突きやすくなるのではないだろうか。
問題を無視して都合の良い考えを展開してみる。
うん、これだけなら何だか簡単なことに思えてくるな。だがしかし、大きな問題があるのだよ、これには。中との連絡が取れないっていう大きな問題がね。
まあ考えることは、私よりタクトとかユイジィンの方が向いているだろう。
「・・・カーディナル、という者は何か言っていなかったのか?」
「ん?どういうことだ?」
「その者は情報を売り買いしているのだろう?ならば買った情報が真であるか、情報の出所は何処なのか、信頼に足る情報であるか否かという証拠を持っているはずだ。私たちが得た情報については、何も言っていなかったのか?」
「うーん、言ってなかったと思うけどな・・・」
思い出す仕草をするタクト。クラークやギアは何も言わない。言わないってことは、多分タクトの記憶に間違いはないのだろう。
でも、だとしたらどうしたというのか。
ユイジィンの考えが分からなくて、軽く首を捻ってしまった。タクトもまだよく分かっていないのか、不思議そうな顔をしている。
「情報源をある程度絞り込めるかもしれないと、そう思っただけだ。真偽を追求したのなら、その情報の出所を探ったであろうからな」
「ああ、そうか。でもやっぱり何も言ってなかったよ。でも、情報源か・・・。カーディナルなら何か知ってても不思議じゃないな。もう一回会って聞いて来ようか?」
「そうだな・・・」
地盤固めは大切だ。罠でなければ、良い。情報が簡単に漏れてしまうほど、向こうは綻びだらけだってことだから。
罠だったなら、より一層の慎重さが求められる。よくよく考えて動かないと、こっちが捕まる羽目になるだろう。
と言うことで、食事を済ませた私たちは揃ってカーディナル姐さんの居る宿へと移動した。
が、居なかった。タイミングの悪いことに、姐さんは宿を引き払った後だったのだ。
何処へ向かったのかは、全然分からなかった。タクトが言うには、一度姿を消した彼女を捜しだすのは至難の業であるらしい。
そんなに時間があるわけでもない。ネイビスが姿を消す前に決着を付けなければならないのだ。
ではどうするか。一番最初に思い付くのは、ジンたちに協力することだ。
ジンも何処に居るかは分からないが、領主の屋敷を見張っているのは確かなのだから、屋敷周りで彼の仲間でも捜せば会えるよう取り計らってもらえるだろう。
ただ、私たちは彼に厄介者扱いされている。素直に仲間に加えてはくれないだろう。
次に思い付いたのが、傍観だ。ジンが何か事を起こすのは間違いない。言い方は悪いが、その尻馬に乗っかれば私たちの目的も果たしやすくなるはずだ。
だけど、多分これはユイジィンが納得しないだろうな、とも思う。
真面目で真っ直ぐな彼が、他人任せを容認するはずがない。ジンたちと協力することにも、あまり好意的に受け止めてはくれていなかったし。
止むに止まれぬなら傍観していてくれるかもしれないが、現時点では無理だろう。同じく、ジンたちがネイビスを捕えるのを見守るだけ、とかも無理そうだ。
楽して目的を果たせるならそれで良いような気もするけど、ユイジィンを説き伏せるのは難しいと言わざる負えない。
楽で良いんだけどな・・・、という怠惰な自分を抑え込む。
後は・・、自分たちで何とかするしかない、か。
厳重な警備を掻い潜り、屋敷に侵入。ネイビス、またはユウを確保。追手を振り切り逃走。
・・・・出来るか否かと問われたら、やりたくないと言いたい。
ちょっと考えただけで、「無理臭い」と思ってしまうからだ。ユウだけなら、説得でもして連れだせるかもしれないが、元凶であるネイビスを放置しておくと第二第三のユウを召喚しかねない。
確実に『救世術』を使わせなくするには、ネイビスを確保する必要があるのだ。が、多分ネイビスは一番厳重に護られているだろうから、まずその警備をねじ伏せてそれから確保にあたる。
無理、というか無茶だろう。こっちには足手纏い=私が居るんだぞ。
そもそも外の警備と中の警備、更に戦闘能力を有した召喚者たちを、4人で相手取るって・・・無理だよ、どう考えても。
例えクラークやギアがとんでもなく強くても、数の暴力に勝てるとは限らない。危ない橋を渡るのは駄目だ。それが自分でなく仲間であるのなら尚のこと。
広場の一角を使って、作戦会議をしていた私たち。しかし良い案は全然出てこない。
浮かない顔の私たちのそばを、笑いながら駆け抜ける子供たち。長閑な風景に現実逃避したくなった。
活気のある街は、何も起こっていないかのような明るい雰囲気を発している。今日は良い天気だし、のんびりしたくもなるよね。
「はあ・・・」
溜息を吐いた私の斜め向かいで、つられたようにタクトも溜息を吐いていた。
お互い顔を見合わせて力なく笑う。そんな私たちを見て、ユイジィンまで溜息を吐いた。
空気が重苦しい。明るい周囲とは、見えない壁で遮断されているようだ。また溜息を吐いて、顔を上げる。
気分転換をすれば、良い案も浮かぶかもしれない。そう思ってのことだった。
それなりに広い此処には、行き交う人々の他に、駆け回る子供たちや井戸端会議をする奥様方、細々とした物を売る露店商など様々な人がいる。
見ているだけで飽きないそれらを、ぼんやりと眺める。
と、広場を挟んだ向こう側、薄暗い路地の中で何か光ったのが見えた。
何だろう?と目を凝らすが、良くも悪くもない私の視力ではよく見えない。
ガラスの反射だろうか。光源があるようには見えなかったので、窓ガラスにでも光が反射したのかもしれない。
そう結論付けて、目を逸らす。ちょっと視界の端にちらちら光が映るが、気にしなければ良いだけだ。
逸らした先では、小さい子供たちがきゃいきゃい言いながら駆けずり回っている。
鬼ごっこかな。楽しそうなその様子に、自然と笑みが零れる。
よし、気分転換完了!と顔を戻そうとしたら、1人の子供と目が合った。男の子だ。その子は、鬼ごっこに参加していないようで、駆ける子供たちには目もくれず、じっとこちらを見ていた。
広場の片隅に陣取る暗い雰囲気の集団。それが今の私たちである。子供の意識を占領するほど怪しく見えているのだろうか?と考えると、ちょっと恥ずかしくなった。
傍から見れば、何をこの世の終わりのような雰囲気を出しているんだ、と訝しがられても仕方がない様子だからなぁ。
笑顔も見せない子供相手に、なんとなく愛想笑いを向けてみる。特に意味はない。誤魔化しているような、なんとも言えない気分を味わった。
と、私の引き攣った愛想笑いに、その子は満面の笑みを返してくれた。にっこーと効果音が付きそうなほどの笑みだった。
つられて私の笑みも深くなる。
にこにこ笑い合っていたら、子供がおいでおいでをし始めた。一体どうしたのか。またしてもつられて足を踏み出す。
「サエ?どうした?」
「あ、ちょっと・・・、あの子がおいでって言ってるから」
タクトに呼び止められて、足は止まる。男の子は、まだ手招きしている。
振り返ってみれば、タクトとユイジィンが揃って私を見ていた。
当然か。いきなりふらっと歩きだしたら、誰だって不審に思うだろう。隠すことでもないので、あの子の所まで行ってくる、と伝える。
タクトの笑顔とユイジィンの呆れた溜息に見送られて、私は小走りに彼に近寄った。
男の子は私が来るのを笑顔で待っていた。特に変なところはない、普通の男の子だった。
年は、10歳ぐらいだろうか。タクトの友達、レイルよりも幼いようだ。どうしても見下ろす形になってしまうので、彼のすぐ目の前でしゃがむ。
目線の高さを合わせると、男の子は一層嬉しそうに笑った。
可愛いな、癒されるな、と思いながら「何かな?」と用件を訊く。と男の子が、私の耳に顔を寄せてきた。
どうやら内緒話のようだ。こちらからも耳を寄せる。
「今夜9時に、領主邸裏手に来て」
「・・え?」
何だって?と問い返す私を無視して、男の子は駆け出した。無意識に後を追う。が、すぐに駆け回る子供の集団が間に入ってしまい、足は止まってしまう。
目だけが彼を追う。彼は迷わず薄暗い路地に向かっていく。そこは、さっき光が反射していた所だ。そう思った時、路地の中から人が現れた。
眼鏡を掛けた青年だ。私と同い年か、それより下くらいの顔立ちをしている。その彼に向って、男の子はぶつかるかと思うほどの勢いで接近し、間近で止まった。
眼鏡の青年は男の子を一瞥し、次いで私を見た。いや、睨んだ、と言った方が正しいか。とにかく私を視界に収めると、ゆっくり眼鏡の位置を修正し、踵を返した。
男の子がその後に続く。
2人はどうやら知り合いらしい。兄弟かも知れない。とにかく、追わなくては。
彼らが重大な手掛かりであるような気がしてならない。そんな焦りが生まれていた。子供たちの垣根がなくなり、足を動かす。
前へ行こうとした直後、誰かに腕を掴まれた。ぱっと振り返ると、タクトが心配そうな顔で立っていた。
「何処へ行くつもりだ」
タクトの後ろから、仏頂面をしたユイジィンが訊く。
路地へ視線を戻すが、青年も男の子も、もう見えなかった。
改めて2人の方へ向き直る。私が何処にも行く気がないことが分かったのか、タクトも手を離した。でも心配そうな顔はそのままだ。
考えてみる。2人からすればさっきの私は、子供と話していたら急に何処かへ行こうとしたように見えたのだろう。
一人にしてはいけない人物がそんな行動すれば、焦って当然である。
とっさの行動とは言え、心配を掛けてしまった。心の中で反省しつつ、先程男の子に言われたことを2人に説明する。
後からやってきたクラークやギアも交えて、私たちは再び広場の隅で話し合う。
「ふむ、確かに怪しいな。他に仲間も居たのだろう?十中八九、罠だな」
「でも罠だとして、何が目的なんだ?こう言うのはあれだけど、俺達なんか罠に嵌めても良いことなんてないぞ?」
確かに、そうだ。タクトの言う通り、私たちを罠に嵌めるくらいなら、組織力の高いジンたちを嵌めた方がよほど得だろう。
それにクラークやギアを捕まえるには、それなりの人数を揃える必要がある。私やタクトを先に捕えて・・・という手があるにはあるが、そこまでして捕える理由が思い付かない。
あるいは、捕えずに始末することが目的なのかもしれない。そう考えてみるが、やっぱり納得がいかない。
向こうからすると、余程脅威があるように見えているだろうか。だとしても、こんな明らかに罠な誘い方をしても意味がないような気がするが・・・。
そもそも彼らは何処の勢力の者なのか。ネイビス側と考えると、罠っぽすぎて逆におかしいし、ジンからの伝言だとするなら、こんな回りくどいことはしないだろう。
ネイビスとか『救世術』に関係ないなら、領主邸を指定したりはしないだろうし、考えれば考えるほど訳が分からなくなる。
皆であーでもない、こーでもないと相談し合って、結局結論が出ないまま日が暮れ始めてしまった。
「もう、行ってみてから決めれば良いんじゃね?」
議論に飽きたギアが言ったその一言で、ユイジィンが怒り、タクトが宥める。そんなことをやってようやく方針が決まった。
いや、方針が決まったと言うより、皆やけくそになったと言うべきだったか。
ギアの言葉にならって「出たとこ勝負」をすることになったのだ。これをやけくそと言わずして何と言う。
思い返すに、私たちは割と最初から「出たとこ勝負」をしていた気もする。まあ、いつも通りだと思っておこう。
少なくない緊張度合いを、そうやって誤魔化してやってきた領主邸裏手。
裏手とは一体何処から何処までだ。と問いたくなるほど広い範囲をこっそり見張る。
そう、こっそり、だ。
さすがに堂々と裏門前とかには立てない。そんなことすれば、あっという間に警備に見つかり追い払われるか、最悪捕まる。
罠であることは分かり切っているので、時間前から隠れて周囲を警戒する。おかげで緊張は全然解れない。
隠れているから、会話も必要最低限しか出来ない。
罠でも良いから早く何か起これ!
そう念じた瞬間、領主邸の屋根が吹っ飛んだ。
考えるのは2人に任せると言っておきながら、いろいろ考えてしまうサエ。
あれこれ考え過ぎて結局諦めるのが定番になってきています。




