チャンス到来 5
朝起きたら、もう既に皆集まっていた。いつも寝坊するギアでさえ、欠伸混じりとは言え起きて席に着いているのを見た時は、負けた気分になった。
しかし特別遅れていたわけではないらしい。
皆も朝食が運ばれてくるのを待っていたのだ。空いていたタクトの隣に腰掛けて、ぐるりと皆の顔を見渡す。
表面上はいつも通りの面々に挨拶して、私も彼らの話に参加する。
とは言え、話すことなど特にはない。ネイビスが見つからない今は、何も出来ることがないのだから。ジンはどうしているのか、あれから何の連絡もないらしい。
ユイジィンの雰囲気がピリピリしている。
無理もない。真面目で一生懸命な彼にとって、この状況は望むものではないのだろう。
私もこのままで良いとは思っていない。もちろん他の皆もそうだ。
「やっぱり俺たちも捜しに行くべきだよな」
「それはそうだが、何処に行けば良いものか・・・」
手掛かりと呼べるものは何もない。ジンを見つけて情報提供を求める、ということも考えた。が、素直に情報を漏らすとは思えない。それに、彼が今何処に居るのかさえ私たちは知らなかった。
早くも諦めモードに入りそうになる思考を引き戻す。
皆で頭を捻れば、きっと言い案が出てくるはずだ。3人寄ればなんとやらって言葉もあることだし。
題して、ネイビス捜索支部作戦会議中!だ。
因みに何故支部かと言うと、ジンが率いている方が圧倒的に人数が多くて、本部っぽいからだ。さすがに組織だった動きを私たちがすることは出来ない。
人数もそうだし、足並みもそこまで揃っているわけではないからね。
とまあ、遊び事を考えていたりもしたけど、結局「情報は足で稼ぐ」以外の案は出なかった。
当たり前と言えば当たり前か。
そういうわけで、私たちは街中を情報求めて徘徊することになった。
その際に問題となったのは、組み分けだ。私は基本役立たずなので、誰かと行動を共にする必要があるし、ギアは放置すると余計な騒動を起こしそうだったのだ。
と言うことで、私とユイジィン、タクトとクラークとギアの2手に分かれることになった。
本当は、私はタクトとクラークと一緒が良かった。でもギアが暴走した時止められるのがクラークだけっていうことと、またギアが私を襲うかもしれないということを考えてこういう組み合わせになったのだ。
考えてみれば、ユイジィンと2人だけで行動するのはこれが初めてだ。
緊張する、とかはないけど、ちょっとした戸惑いはある。2人の時の距離感とか、イライラしてる彼の宥め方とか、細かい所に気がいってしまう。
早速歩き出したユイジィンの後を追う。が、元々の歩幅の違いと苛立ちによる早足で、どんどん距離が空いてしまう。
小走りで追い付くと、今度は近付き過ぎるし・・。走ったり歩いたり、足を忙しく動かす。
街の中は、昨日と特に変わりはない。混乱があるわけでもないし、怪しい動きをする人もいない。
潜伏している人間を捜すということで、人通りの少ない路地を選んで進む。と言っても私が一緒なのだ。治安の悪いそうな所は行かない。
朝ののんびりとした空気が漂う住宅街、のようなところを歩く。
窓の縁に置かれた植木鉢を眺めたり、朝から元気な子供を見送ったり、洗濯物を干す主婦に挨拶したり。
散歩中だと勘違いしそうだ。
あとはネイビスの目撃情報を集めるため、人に会うたび声を掛けているだけだ。だが、皆ユイジィンを見て息を飲み、受け答えが疎かになるので意味がない。
分かるよ。ユイジィンは綺麗だもんね。主婦とかがぽーっとしちゃうのは分かるんだ。でもニートっぽい青年とか、仕事に行こうとするおっさんとかまで見惚れるって・・・。
彼の容姿の破壊力を甘く見ていたよ、私。
おかげで、ユイジィンのイライラは溜まる一方だ。これが爆発したら、一番被害にあるのは私に違いない。だからそろそろ有益な情報が欲しい。
しかしそう思って手に入ったら、人生苦労はない。
昼時まで歩きまわっても、成果はゼロ。空腹に負けるまで動いたのは久しぶりだ。
一度タクトたちと情報共有をするため、私たちは宿へ帰ってきた。
「おお、お前たちか。待っておったぞ」
人のいない宿屋に、皇帝陛下が降臨していました。
数日ぶりのラグナ皇帝陛下は、綺麗な金髪を結い上げてモップを片手にこっちを見ていた。
何故モップ?よく見ると奥のテーブルでは、ジンが雑巾を握りしめていた。難しい顔をして何をするつもりなのかと思ったら、おもむろにテーブルを拭き始めた。
掃除をしているようだ。もちろん少女もモップで床をごしごし擦っている。
本当にこの人皇帝陛下なの?と思ってしまった。偽物では・・、いや、皇帝という肩書が嘘だったのでは・・・。
真剣に悩みだした私の前に、皇帝陛下が立つ。そして小声で「話を合わせろ」と言ってきた。
何のことだと首を傾げる前に、宿屋の奥から新たに人が現れた。目を向けると会釈をしてきたその人は、この宿の店主だ。
「おや、おかえりなさい。・・アイリちゃん、ヤマさんお疲れ様。そろそろお客さんが昼食を食べに戻ってくるから、休憩に入って良いよ」
「あ、ああ」
ぎこちなく答えたジンが、手にした雑巾を足元の盥に落とす。水が張っているそれを持って奥へ行く。金髪幼女もそれに続く。
アイリちゃんとヤマさんって・・・、皇帝陛下とジンのことだよね?一体何故そんな風に呼ばれているんだ。
私はユイジィンと顔を合わせた。でも彼が疑問に答えられるわけもなく、とりあえず昼食の注文をするため席に着いた。
店主自らが注文を受け付ける。
タクトたちの分もついでに頼んで、気になることを訊いてみた。
「あの、さっきの2人は・・」
「ああ、あの子たちは今日から短期で入った清掃業者だよ。と言っても本格的な清掃は明日からだけどね。今日は彼らが簡単な掃除をしていくだけらしい」
「へ、へえ・・、そうなんですか」
皇帝陛下が清掃業者に扮している。とんでもない身の隠し方をする子だな、あの子は。
そしてそれに巻き込まれただろうジンには、同情を禁じ得ない。掃除する姿に哀愁を感じてしまったのは、秘密にしておこう。
奥に引っ込んだ店主に代わって、ジンと皇帝陛下が戻ってきた。
そのまま私たちの隣のテーブルに座る。
「・・俺たちもこっちで食事して良いってよ」
「ふうん」
ぶっきらぼうな言葉に、若干の気恥ずかしさが混じっている気がする。が、そこは気付かなかったフリをするのが、優しさだろう。
少女の方は、すごく気分が良さそうなのが面白かった。エプロンドレスがとてもよく似合う皇帝は、彼女くらいなものだろう。
いや、少女で皇帝って身分にある人は少ないだろうから、当たり前なのかもしれないが。
「何しに来た?」
「こいつが、お前らにも情報提供しろって」
「うむ。曲がりなりにも手を組むと決め、共に行動したのだ。情報の一つや二つ、渡すべきであろう?」
単刀直入なユイジィンの問いに、ジンが皇帝陛下を示す。それに少女が答える。
エプロンドレスなんて着ているが、答えた姿は堂々としていた。とてもただの清掃業者には見えない。と言うか、少女の清掃業者なんて想像自体が出来ない。
せいぜいアルバイトか。どの道彼女の雰囲気はそれに合っていなかった。
自分のそんな姿など気にしていないようで、彼女は格好以外は依然と何も変わっていなかった。
ジンが頭を押さえているところを見ると、一応忠告なり進言なりはしたんだろう。それでも変わらなかったのであれば、それはもうどうしようもないことだ。
諦めの混じった溜息が聞こえたのは、きっと気のせいではない。
「情報、か。確かに欲しいところだが、少し待ってくれ。まだタクトたちが来ていない」
「知らん。こっちも急いでいるんだ。こんなことしている暇も、本来はないはずなんだがな」
後半は自分の主に向かって言うジン。だが当の本人は聞いちゃいない。出された庶民の食事に、興味津々なご様子だ。
それを溜息一つでシャットアウトして、ジンが目だけをこちらに向けた。信頼の見られないその瞳に、彼は義務だから此処にいると言うことを理解させられた。
余分なことは言わない方が良いだろう。そう判断して、私はユイジィンに全て任せることにした。
「良いか、一回しか言わない。あと、メモは取るな。誰に見られるか分からん」
「念の入りようだな。何かあるのか」
「・・・俺と同じ人間が何人か向こうに付いている。その一人が、そういった情報を読み取ることに長けているらしい。お前らはまだマークされていないだろうが、用心するに越したことはない」
「俺と同じヤツ」そう言ったジンの目が私を映す。それだけで分かった。彼は私のことも含めて言っている、と。
つまり召喚された人間が、絡んでいるということだ。しかもまた敵側に。
ネイビスは前に渡部菖蒲と共に居た。召喚されたモノ。特殊な能力を持つ彼女は、もうこの世界には居ない。
元の世界に、強制送還されたのだ。本当に戻ったかどうかは分からない。でも、居ないということは事実だ。だから、今話に出てきた誰かは、また違う人間ということになる。
人間の召喚って、そんなに容易いのかと疑ってしまった。が、違うらしい。ジンが説明してくれた。
「奴らは各地を巡って、召喚されたモノを集めているらしい。俺は、勧誘されたことはないがな」
私は誘拐されかけた。そうやって無理矢理にでも集めているのだろう。
何のために?ぱっと浮かんだ疑問に、答えはない。
「そんなこと、ネイビスを捕まえてから訊き出せば良い」の一言で片付けられてしまったからだ。
「ジンは妾の城に居た。そのような怪しいことに関わる機会などないに等しかったであろう」
「ま、そうだな。とにかく、あっちにはまだ、未確認の能力を持つモノが居ると考えた方が良い」
「・・・・」
「で、それを踏まえた上で聞け。・・・ネイビスの隠れ家を見付けた」
「!」
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2人が去るのはあっという間だった。さっと居なくなった後は、何も残っていない。皇帝陛下が食べた料理の皿も、綺麗に片付けられた。
あるのは、情報だけだ。
無言の私たちの元に、タクトたちが帰ってくる。それに合わせて、頼んでいた料理が運ばれてくる。
ギアが嬉々として食べ始める。
私も食べようと食器を掴む。他の面々も、一応手に食器を持ち、目の前の皿に向かう。が、誰もが難しい顔をしている。
私とユイジィンは、先程得た情報のせいだ。召喚されたモノ、ネイビスの居場所。語るべきことは多いのに、重い空気に口を開くのが憚られる。
重い空気を発するのは、主にタクトだ。クラークもいつにも増して無口である。
どうしたのだろうか?
そっとタクトの顔を見るが、何か考えているようにタクトは一点を見つめて動かない。
クラークに目を映すが、彼は表面上何も変わっていない。私が見ているのには気付いているだろうに、こっちを見もしないことだけが気になった。
ギアは・・・、食事中だ。こっちを見るわけもない。と思ったら、ばっちり目が合った。もぐもぐ口を動かしながら、私をじっと見ているのだ。
これはこれで嫌だ。いつもと違う3人に、黙ったままのユイジィン。ギアの食事の音だけが聞こえる。
「・・・何があった?」
空気に堪えかねたのか、ユイジィンがタクトに尋ねる。
問われたタクトは、視線を彷徨わせ、何故か私の方を見る。目が合うと逸らされた。何だ、一体。
思わず眉が寄った。再び私を見たタクトが、眉間の皺に気付き、慌てたように口を開いた。
「えっと、いろいろあって、何から話したら良いのか・・・。と、とりあえず、一番重要なことから教えるよ」
「ああ」
「ネイビスの居場所が分かった。この街の、いや、この辺り一帯を纏める領主、その屋敷に居るらしい」
「!」
それは、私たちがジンから聞いた情報と同じだった。
だが普通にしていたら、その情報は手に入らない。
ジンが言っていたのだ。情報操作が為されている、と。それも並みの腕ではないらしい。それこそ、そういう能力を使っているのだ、と言われたら信じてしまうほど完璧な隠蔽術を使われていたのだ。
ジンたちでさえ、情報を得るためにかなりの労力を要したと言っていた。制限はあるだろうが、国がバックに付いているジンたちでさえ苦労したその情報を、タクトたちはどうやって手に入れたのだろうか。
疑問は顔に出ていたと思う。
何故か顔を歪ませたタクトが、ゆっくりと語り始めた。彼らが、どうやってその情報を得たのか、そして、他にどんなことがあったのか。
皇帝陛下は国に影武者を置いてきているので、比較的身軽に動いています。おかげでジンの苦労が増えていますが、皇帝陛下はそんなこと気にしません。




