表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/89

チャンス到来 3


 私の聞き間違いだと思いたい。でも彼はどうやら本気のようだ。

 全くぶれない槍先が、それを証明しているようだった。静かに発せられるのは、殺気。クラークに挑むような、苛烈かれつな感じではない。しかし勘違いだと言えない程度には、はっきりとした殺す意志を感じる。


 何故、どうして。

 同じ意味の言葉をいくつも頭に浮かべる。当然それに答えが出るわけもなく、彼は淡々と槍を振るった。

 目をつぶる暇もなかった。私の目で追えるほどの、でも避けることは出来ない程度の速度で刃が迫る。恐怖は、不思議となかった。ただ驚いた。

 「何で」って言葉が、際限なく浮かぶだけだ。



 斬られた。死んだ。そう思ったのは、甲高い金属がぶつかる音がしてからだった。そんなことを思えたくらいだから、斬られなかったし、死んでもいない。だけど、腰が抜けた。

 へたり込んだ私が瞬きするほんの一瞬で、眼前に黒い壁が出来た。

 いや、分かっている。これは壁じゃない。クラークだ。


「サエ!」


 私の肩を揺するのは、タクトだ。

 もう一度瞬きをしてみる。どっと冷や汗が出た。今更恐怖が湧く。死ぬところだった。しかも、ギアに、殺されるところだったのだ。

 顔を上げれば、槍を構えたギアと黒い剣を携えたクラークが、対峙たいじしているのが見える。

 一見するといつも通りだけど、2人の間の空気は限りなく険しい。

 刺々しい、なんてものじゃない。2人とも本気だ。

 怖かった。とにかく怖かった。ギアの殺気は、今尚いまなお、私に向いている。眼前のクラークを無視するなんて、かつてあっただろうか。


 気付けば、傍らのタクトにしがみついていた。

 周りを見る余裕はない。目の前の2人と、隣のタクト。それだけが、今の私に感知できる存在だった。


「ギア、どういうことだ?何でサエを殺そうとする」


 感情を抑えた声音で、タクトが訊く。私の傍を離れないが、油断なく身構えているのが分かる。

 タクトも、何故ギアがこんなことをするのか知らないのだ。

 突然の展開に戸惑っているだろうに、タクトは何よりず私を護ることを優先してくれた。そのことに気付いて、胸が熱くなる。泣きたくなるほど嬉しかった。ちょっとだけ視界がにじんだのは、内緒だ。


「何でって・・、命令だから。まおーへいかの」


 だるそうな口調で答えるギア。どうやら彼自身は乗り気ではないらしい。言動の端々に、「不本意だ」という意志が見え隠れしている。

 それが分かってほっとした。少なくともギアが、私を殺したいと思っているわけではないのだ。それが分かっただけでも、気持ちが楽になった。

 私の中で、ギアは立派な仲間になっていた。だから、本気で攻撃された時は驚いたし、ショックを受けた。でも彼も彼なりに、私の存在を認めてくれていたのかもしれない。

 ほっとするような場面でもないけど、ちょっとだけ心に余裕が戻ってきた。



 混乱から立ち直り、周りの状況を見る。ギアは私を標的にしたままだけど、クラークとタクトが揃っているのだ。安心して余所見できる。

 逃げ出した人々は、もう見えなくなっていた。誰一人として残っていない。

 姿を現した老人の前には、『プルプラ』が立ち塞がっている。何か話しているようだ。離れているから、その内容までは分からない。しかし少なくとも、一触即発な雰囲気は見られない。

 どうやら普通に話し合いをしているらしい。それがどのように決着するかは分からないけれど、とりあえず今は『プルプラ』に任せておこう。


 さっと周りを見渡す。他には・・・誰も居ない?

 おかしい。そう思った。少し考えて、理由に思い至った。ジンとユイジィンが見当たらないのだ。それに、ネイビスとフードの女性も居ないようだ。

 何処どこへ行ったのか、それがちょっと気になった。

 とは言っても、今はこの状況をどうにかする方が先だ。目線を戻す。ギアとクラークは、対峙したまま動いていなかった。

 明らかにやる気のないギアが、手持無沙汰に槍を揺らしている。


「ギア、やる気がないなら、退いてくれないか?」

「んー・・・、でもそいつ殺さないと、俺が怒られるからなぁ」


 タクトの説得に、やる気なさげに答える。襲う気配がなくて気が緩んでいたが、彼は武装を解いてはいない。最低限の警戒は必要だ、そう考え直す。彼なら私が瞬きする一瞬で、攻撃に転ずることも出来るだろうから。

 張りつめた空気に、息をすることすら気を使う。もちろん口を開くことも出来そうにない。

 心情としては、「やる気ないなら諦めて欲しい」って言いたいのだがそんなこと言える雰囲気じゃない。しかしそう思っているのは、きっと私だけじゃないはずだ。

 誰か何か言わないかと期待するが、誰も何も言ってくれない。自ら口を開く気にもなれず、緊迫感だけが漂っていた。


「お前ら何やってるんだ!」


 緊迫する空気を破壊する怒鳴り声が響いた。

 驚き過ぎて体が飛び上がる。隣のタクトも、びくりと体を揺らした。そうだよね、不意打ちは困るよね。しかも背後からとか・・・、私たちの心臓を止めようと思っているのかと思っちゃうよね。

 私たちほどではないが、ギアとクラークも驚いたのだろう。こちらを、より正確に言うなら私たちの背後を見ている。

 どきどきする胸を抑えて、私も振り返る。そこには、肩で息をしているジンが居た。


 余程慌てているのだろう。私たちに流れる険悪な空気を物ともせずに、近付いて来た。

 私の腕を掴んで引っ張り上げる。乱暴な仕草に、思わず顔をしかめてしまった。


「おい、ジン・・!」

「ネイビスが逃げた。お仲間が必死に追ってるって言うのに、お前らは一体何をやってるんだよ!」


 咎めるタクトに、逆に怒鳴り返して私を無理矢理立たせる。

 先程の恐怖を上回る驚きで、私の体は正常に戻ったようだ。一応きちんと立つことが出来た。が、思考までは復活していない。

 言葉を発せない私たちに構うことなく、ジンは入口の方へ歩き出す。途中に居る『プルプラ』たちのことも無視して、入口の扉を開け放つ。

 外に居た誰かに、何事か指示している。そこで思い出す。


 私たちはネイビスの、『救世の使者』の実態を探るために此処ここに来たのだ。更に、私たちの他にもジンの仲間があちこちに潜伏し、動向を探っていた。その彼らだろう、外に居たのは。

 過去に行ったりギアに襲われたりで、目的を見失っていた。

 同じく、ギアの行動に気を取られていたタクトが我に返る。


「俺たちも行くぞ。奴が雲隠れする前に捕まえる」


 確かに今を逃せば、機会はなくなるだろう。ジンの、有無も言わせぬ口調も分からないでもない。

 勢いに押されて、とっさに頷く。が、それどころではない状況を思い出し、ギアを見る。

 彼は興味なさそうに欠伸あくびしていた。槍こそ手にしていたが、完全に別方向を見ている。クラークはまだギアを警戒するように横目で見ていたが、それすら眼中にないようだった。


 ジンは、微妙な空気をかもし出す私たちに、多分気付いていたと思う。が、それを黙殺して「こっちだ!」と強引に話を進めきびすを返した。その足は、教会の奥へと続く通路へ向いている。

 困った。傍らのタクトを見上げる。彼も困ったように、眉尻を下げていた。

 そして同時にクラークを見る。私たちの助けを求める視線にさらされ、クラークはギアへ目を映す。釣られて視線を移動させる。

 私たち3人に見つめられ、ギアが溜息ためいきを吐いた。


「あのさー、言われたことやらないと俺が怒られるんだけど?」

「・・・・」

「反省文とか、俺書くの嫌いなんだけど・・・」

「・・・・」

「・・・・・・あー!しょうがねぇなぁ」


 無言で見続ける私たちに、とうとうギアは根を上げた。自分の頭を乱暴に掻き、手にしていた槍をくるりと回す。それが一回転したその時には、槍は姿を消していた。

 どうやって消したのか、とかどうでも良い疑問が頭に浮かぶ。まあ、きっと魔法だろう。でなければ手品だ。と結論付ける間、ギアがブツブツと言い訳めいたことを言っていた。

 耳を澄ますと、「『アーテル』相手に目的達成はかなり難しいし」とか「やる気でねぇし」とか「そもそも魔界に仇為あだなすとか意味分かんねぇし」とか聞こえる。

 それはやがて、魔王なり案内役の彼なりにする言い訳に変わり、最終的に「ま、今回はいっか!」という確実に怒られる一言で片付けられた。


 命を狙われた立場だが、それで良いのかと言いたくなった。言いたくなっただけで、実際に言ったりはしなかったが。

 本人は「問題解決!」と言わんばかりのすっきりした笑顔を浮かべていたので、良いことにしておこう。

 

「良いのかな・・?」

「良いんじゃない?本人がそう言ってるんだし」


 タクトも同じように心配になったのだろう。小声で私に言った。私も小声で返し、改めてギアを見る。

 うん、とりあえず脅威は去ったと見て良いだろう。

 ぶらぶらと、散歩するような足取りでジンの後を追い始めるギア。彼に関する心配はもう無さそうだった。

 では後は・・、と『プルプラ』たちの方を見る。



 居ない。

 あの執念深い老人も、対峙していたはずの『プルプラ』も。見渡すまでもなく、その空間から2人は居なくなっていた。

 まさかあれは勘違いとか?いや、それはない。

 有り得ない可能性を即座に打ち消し、じっくりと彼女らが居た辺りを眺める。

 何処に行ったのかとか、そういうことが分かるかと思ってのことだった。でも何も見当たらない。

 腑に落ちない展開である。彼女らは一体何処へ?

 何か見ていないかと、タクトを見る。が、彼も私と同じように、狐につままれたような顔を私に向けていた。


「・・何処に言ったんだろ?」

「さあ・・・」


 今度は私から訊いたが、タクトからの答えは困惑だけだった。

 たっぷり数十秒、呆然と立ち尽くす私たちの前にクラークが立った。まさかクラークは彼女らの行方を知っているのか?

 そう思ったが、違った。

 彼が指差したのは、ジンが行った方向。先の見えない暗い通路の手前で、ギアが待っていた。


「此処に居たってしょうがない。行こう」


 軽く頭を振って、タクトがそう言った。

 私はもう一度『プルプラ』の居た辺りを見てから、向き直る。後ろ髪を引かれる思いだが、考えても仕方ない。とりあえず一番最初の目的、『救世術』の使用阻止を果たす。



 不透明な部分にふたをしたままで良いのか。それは分からない。

 分からないことを分からないままにしていて良いのか。その答えも出ない。

 疲れの溜まった体が、動きたくないと訴える。

 それでも私は、せめて気持ちだけでも前へ進みたいと願いタクトの隣に並んだ。

 そうして私たちは、連れ立って歩き出した。




補足・解説)

ギアは一応魔王の命令を聞きますが、盲信的に従ったりはしません。

基本的に自分の意思で、自分の行動を決めることが普通だと思っています。

なので今回の命令はかなり気分が乗らず、しかし従わなければいけない、という状況に不満を抱いてます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ