チャンス到来 3
私の聞き間違いだと思いたい。でも彼はどうやら本気のようだ。
全くぶれない槍先が、それを証明しているようだった。静かに発せられるのは、殺気。クラークに挑むような、苛烈な感じではない。しかし勘違いだと言えない程度には、はっきりとした殺す意志を感じる。
何故、どうして。
同じ意味の言葉を幾つも頭に浮かべる。当然それに答えが出るわけもなく、彼は淡々と槍を振るった。
目を瞑る暇もなかった。私の目で追えるほどの、でも避けることは出来ない程度の速度で刃が迫る。恐怖は、不思議となかった。ただ驚いた。
「何で」って言葉が、際限なく浮かぶだけだ。
斬られた。死んだ。そう思ったのは、甲高い金属がぶつかる音がしてからだった。そんなことを思えたくらいだから、斬られなかったし、死んでもいない。だけど、腰が抜けた。
へたり込んだ私が瞬きするほんの一瞬で、眼前に黒い壁が出来た。
いや、分かっている。これは壁じゃない。クラークだ。
「サエ!」
私の肩を揺するのは、タクトだ。
もう一度瞬きをしてみる。どっと冷や汗が出た。今更恐怖が湧く。死ぬところだった。しかも、ギアに、殺されるところだったのだ。
顔を上げれば、槍を構えたギアと黒い剣を携えたクラークが、対峙しているのが見える。
一見するといつも通りだけど、2人の間の空気は限りなく険しい。
刺々しい、なんてものじゃない。2人とも本気だ。
怖かった。とにかく怖かった。ギアの殺気は、今尚、私に向いている。眼前のクラークを無視するなんて、かつてあっただろうか。
気付けば、傍らのタクトにしがみついていた。
周りを見る余裕はない。目の前の2人と、隣のタクト。それだけが、今の私に感知できる存在だった。
「ギア、どういうことだ?何でサエを殺そうとする」
感情を抑えた声音で、タクトが訊く。私の傍を離れないが、油断なく身構えているのが分かる。
タクトも、何故ギアがこんなことをするのか知らないのだ。
突然の展開に戸惑っているだろうに、タクトは何より先ず私を護ることを優先してくれた。そのことに気付いて、胸が熱くなる。泣きたくなるほど嬉しかった。ちょっとだけ視界が滲んだのは、内緒だ。
「何でって・・、命令だから。まおーへいかの」
だるそうな口調で答えるギア。どうやら彼自身は乗り気ではないらしい。言動の端々に、「不本意だ」という意志が見え隠れしている。
それが分かってほっとした。少なくともギアが、私を殺したいと思っているわけではないのだ。それが分かっただけでも、気持ちが楽になった。
私の中で、ギアは立派な仲間になっていた。だから、本気で攻撃された時は驚いたし、ショックを受けた。でも彼も彼なりに、私の存在を認めてくれていたのかもしれない。
ほっとするような場面でもないけど、ちょっとだけ心に余裕が戻ってきた。
混乱から立ち直り、周りの状況を見る。ギアは私を標的にしたままだけど、クラークとタクトが揃っているのだ。安心して余所見できる。
逃げ出した人々は、もう見えなくなっていた。誰一人として残っていない。
姿を現した老人の前には、『紫』が立ち塞がっている。何か話しているようだ。離れているから、その内容までは分からない。しかし少なくとも、一触即発な雰囲気は見られない。
どうやら普通に話し合いをしているらしい。それがどのように決着するかは分からないけれど、とりあえず今は『紫』に任せておこう。
さっと周りを見渡す。他には・・・誰も居ない?
おかしい。そう思った。少し考えて、理由に思い至った。ジンとユイジィンが見当たらないのだ。それに、ネイビスとフードの女性も居ないようだ。
何処へ行ったのか、それがちょっと気になった。
とは言っても、今はこの状況をどうにかする方が先だ。目線を戻す。ギアとクラークは、対峙したまま動いていなかった。
明らかにやる気のないギアが、手持無沙汰に槍を揺らしている。
「ギア、やる気がないなら、退いてくれないか?」
「んー・・・、でもそいつ殺さないと、俺が怒られるからなぁ」
タクトの説得に、やる気なさげに答える。襲う気配がなくて気が緩んでいたが、彼は武装を解いてはいない。最低限の警戒は必要だ、そう考え直す。彼なら私が瞬きする一瞬で、攻撃に転ずることも出来るだろうから。
張りつめた空気に、息をすることすら気を使う。もちろん口を開くことも出来そうにない。
心情としては、「やる気ないなら諦めて欲しい」って言いたいのだがそんなこと言える雰囲気じゃない。しかしそう思っているのは、きっと私だけじゃないはずだ。
誰か何か言わないかと期待するが、誰も何も言ってくれない。自ら口を開く気にもなれず、緊迫感だけが漂っていた。
「お前ら何やってるんだ!」
緊迫する空気を破壊する怒鳴り声が響いた。
驚き過ぎて体が飛び上がる。隣のタクトも、びくりと体を揺らした。そうだよね、不意打ちは困るよね。しかも背後からとか・・・、私たちの心臓を止めようと思っているのかと思っちゃうよね。
私たちほどではないが、ギアとクラークも驚いたのだろう。こちらを、より正確に言うなら私たちの背後を見ている。
どきどきする胸を抑えて、私も振り返る。そこには、肩で息をしているジンが居た。
余程慌てているのだろう。私たちに流れる険悪な空気を物ともせずに、近付いて来た。
私の腕を掴んで引っ張り上げる。乱暴な仕草に、思わず顔を顰めてしまった。
「おい、ジン・・!」
「ネイビスが逃げた。お仲間が必死に追ってるって言うのに、お前らは一体何をやってるんだよ!」
咎めるタクトに、逆に怒鳴り返して私を無理矢理立たせる。
先程の恐怖を上回る驚きで、私の体は正常に戻ったようだ。一応きちんと立つことが出来た。が、思考までは復活していない。
言葉を発せない私たちに構うことなく、ジンは入口の方へ歩き出す。途中に居る『紫』たちのことも無視して、入口の扉を開け放つ。
外に居た誰かに、何事か指示している。そこで思い出す。
私たちはネイビスの、『救世の使者』の実態を探るために此処に来たのだ。更に、私たちの他にもジンの仲間があちこちに潜伏し、動向を探っていた。その彼らだろう、外に居たのは。
過去に行ったりギアに襲われたりで、目的を見失っていた。
同じく、ギアの行動に気を取られていたタクトが我に返る。
「俺たちも行くぞ。奴が雲隠れする前に捕まえる」
確かに今を逃せば、機会はなくなるだろう。ジンの、有無も言わせぬ口調も分からないでもない。
勢いに押されて、とっさに頷く。が、それどころではない状況を思い出し、ギアを見る。
彼は興味なさそうに欠伸していた。槍こそ手にしていたが、完全に別方向を見ている。クラークはまだギアを警戒するように横目で見ていたが、それすら眼中にないようだった。
ジンは、微妙な空気を醸し出す私たちに、多分気付いていたと思う。が、それを黙殺して「こっちだ!」と強引に話を進め踵を返した。その足は、教会の奥へと続く通路へ向いている。
困った。傍らのタクトを見上げる。彼も困ったように、眉尻を下げていた。
そして同時にクラークを見る。私たちの助けを求める視線に晒され、クラークはギアへ目を映す。釣られて視線を移動させる。
私たち3人に見つめられ、ギアが溜息を吐いた。
「あのさー、言われたことやらないと俺が怒られるんだけど?」
「・・・・」
「反省文とか、俺書くの嫌いなんだけど・・・」
「・・・・」
「・・・・・・あー!しょうがねぇなぁ」
無言で見続ける私たちに、とうとうギアは根を上げた。自分の頭を乱暴に掻き、手にしていた槍をくるりと回す。それが一回転したその時には、槍は姿を消していた。
どうやって消したのか、とかどうでも良い疑問が頭に浮かぶ。まあ、きっと魔法だろう。でなければ手品だ。と結論付ける間、ギアがブツブツと言い訳めいたことを言っていた。
耳を澄ますと、「『黒』相手に目的達成はかなり難しいし」とか「やる気でねぇし」とか「そもそも魔界に仇為すとか意味分かんねぇし」とか聞こえる。
それはやがて、魔王なり案内役の彼なりにする言い訳に変わり、最終的に「ま、今回はいっか!」という確実に怒られる一言で片付けられた。
命を狙われた立場だが、それで良いのかと言いたくなった。言いたくなっただけで、実際に言ったりはしなかったが。
本人は「問題解決!」と言わんばかりのすっきりした笑顔を浮かべていたので、良いことにしておこう。
「良いのかな・・?」
「良いんじゃない?本人がそう言ってるんだし」
タクトも同じように心配になったのだろう。小声で私に言った。私も小声で返し、改めてギアを見る。
うん、とりあえず脅威は去ったと見て良いだろう。
ぶらぶらと、散歩するような足取りでジンの後を追い始めるギア。彼に関する心配はもう無さそうだった。
では後は・・、と『紫』たちの方を見る。
居ない。
あの執念深い老人も、対峙していたはずの『紫』も。見渡すまでもなく、その空間から2人は居なくなっていた。
まさかあれは勘違いとか?いや、それはない。
有り得ない可能性を即座に打ち消し、じっくりと彼女らが居た辺りを眺める。
何処に行ったのかとか、そういうことが分かるかと思ってのことだった。でも何も見当たらない。
腑に落ちない展開である。彼女らは一体何処へ?
何か見ていないかと、タクトを見る。が、彼も私と同じように、狐に抓まれたような顔を私に向けていた。
「・・何処に言ったんだろ?」
「さあ・・・」
今度は私から訊いたが、タクトからの答えは困惑だけだった。
たっぷり数十秒、呆然と立ち尽くす私たちの前にクラークが立った。まさかクラークは彼女らの行方を知っているのか?
そう思ったが、違った。
彼が指差したのは、ジンが行った方向。先の見えない暗い通路の手前で、ギアが待っていた。
「此処に居たってしょうがない。行こう」
軽く頭を振って、タクトがそう言った。
私はもう一度『紫』の居た辺りを見てから、向き直る。後ろ髪を引かれる思いだが、考えても仕方ない。とりあえず一番最初の目的、『救世術』の使用阻止を果たす。
不透明な部分に蓋をしたままで良いのか。それは分からない。
分からないことを分からないままにしていて良いのか。その答えも出ない。
疲れの溜まった体が、動きたくないと訴える。
それでも私は、せめて気持ちだけでも前へ進みたいと願いタクトの隣に並んだ。
そうして私たちは、連れ立って歩き出した。
補足・解説)
ギアは一応魔王の命令を聞きますが、盲信的に従ったりはしません。
基本的に自分の意思で、自分の行動を決めることが普通だと思っています。
なので今回の命令はかなり気分が乗らず、しかし従わなければいけない、という状況に不満を抱いてます。




