チャンス到来 1
お待たせしました。
のんびりした空気漂う公園。
その片隅に置かれたベンチに座る私は、かなり怪しく見えているだろう。何と言っても、数分置きにきょろきょろと周りを見渡しては体を縮込ませているのだから。
乱れた息はとうに整っている。気持ちもある程度落ち着いた。それでも『紫』は追い付いてこない。
何度も来た方を確認して、姿が見えなくて落胆し、他の方向から来るのではないかと首を回す。その繰り返しを延々としている。
いい加減、どうにかしなくては。そうは思うのだけど、具体的な案は全く浮かばない。それでも考えなければならない。
大きく深呼吸して、深く考える姿勢をとる。
まずは、何から考えれば良い?
何かを為す時は、何より大きな目標を設定すること。大筋を作り、その後細かく考えていく。そうすれば、余計な考えが出ない。
大きな目標は・・・、やっぱり元の時間に帰ること、になるだろう。
では、そのためにやらなければいけないことは?
それは、自分の能力『干渉』を使うことだ。これは今すぐにも出来る。だが、『紫』が居ない。なんだかんだ言っても、此処まで一緒だったのだ。置いて行くなんて真似したくないのが本音だ。
やっぱり彼女を迎えに行くべきだろうか?
そんな考えが頭に浮かぶ。
いや、私があのよく分からない闘いに介入できる可能性は、皆無だろう。大人しく待つのが正しい。
で、結局私はどうすれば良いんだ?
「・・・良い天気だなー」
思考を放棄して空を見上げる。本当に良い天気だ。こんなのんびりするのは久しぶりな気もする。と、現実逃避してどうにかできる事態じゃないことは、百も承知だ。
というか、だからこそさっきからどうするべきか考えているのだ。投げ出してどうする、私。頑張れ、私!
自分自身を鼓舞し、もう一度考え始める。
今一番の問題は、『紫』が居ないことだ。『紫』が居ないから、元の時間に帰れない。だったら、彼女を呼ぶか、待つか、迎えに行くか・・、のどれかを選ぶ必要がある。
待つことは散々やった。今現在も継続中だ。が、来る気配無し。しかし、迎えに行くことも無理だという結論に達した。
では、呼び出しはどうだろうか?
って、どうやってだ。携帯電話とか通信手段があるなら話は別だが、この世界にそんな物は存在しない。伝言を頼むとかも、状況にそぐわないし。
八方塞がりか・・・。
・・いや待て。今何か思い付きそうだったぞ。
そう、そもそも私はなんでこんな状況に陥ったんだっけ?
答えは明白。あの老人が難癖付けてきたからだ。しかし、彼には彼の言い分があるようだった。
いやいや、彼が登場する前にも『紫』が何か言っていたような・・・。
「・・・・・・・・・・」
そうだ!過去の改編?が何とかかんとか言ってたような気がする。
あの時はゆっくり訊き返すことも出来なかったのだ。詳しいことは分からないが、老人の考えが分かれば現状を変えることも出来るかもしれない。
まあ、それ以外に私に出来ることが無いとも言えるけど。
とにかく考えてみよう。
まず過去っていうのは、今居るこの時間のことだろうか?それともそれ以前の時間のことだろうか。
確証はないが、今居る時間なような気がする。だって彼が現れたのはこの時間だけだから。それに、『紫』も反応が早いとか言ってたし。多分この時間で何かしでかしちゃった、ということなのだろう。
私、なんかしたっけ?
うーん・・、この世界に来てからは、タクトに話しかけて、馬車に轢かれかかって、クラークに助けられたことくらいしかしてないが。
・・・・過去の人物に接触したのがいけなかったのか?
でもだったら、ギアと出会っちゃった時点で出てきてもおかしくない気がするのだけど。
「うーん・・・」
唸ったところで分かるわけもない。
まあいいや。間違ってたらもう一度考えれば良い。とりあえず今は、「この時間で何かやらかした」方面で考えてみよう。
とは言え考えられるのは、タクトとクラークに接触したことぐらいだ。
馬車は・・・関係ないだろう。あれが関係してたとかだったら、私には本当にどうしようもないことだし。
タクトとクラーク。彼らに何かしてしまったとか?でも特別何かした覚えはないのだけど。
うんうん唸っている私は、さぞや変な人に見えているだろう。ちょっと人目が気になって顔を上げると、見知った人物が視界に映った。
思わず立ち上がりかかって、止まる。
それはタクトだった。この公園が街の何処に位置するのか知らないが、広そうなこの街で再びタクトを見かけるとは・・・。驚いてしまったよ。そしてまた不用意に声を掛けるところだった。
違うのだ。『彼』は、私の知っているタクトとは、違う。
頭の中で「違う違う」と繰り返しつつ、『彼』の行動を目で追う。
どうやら特に目的あって歩いているのではないようだ。ぶらぶらと公園内をうろついている。たまに立ち止まって、咲いている花を眺めたり、走り回る子供たちを見守ったりしているだけだ。
暇しているんだろうか?
私の知るタクトと同じような姿で歩いているから、油断するとつい声を掛けたくなってしまう。心細さがそれを助長しているのが、自分でもよく分かるほどだ。
気合を入れて我慢する。『彼』には頼れない。そうは思っていても目は釘付けだったりするが。
そう言えば、タクトは一人のようだ。クラークは一緒じゃないのか。
いつも一緒、なわけはないだろうが、そんなイメージがあるからちょっと変な感じだ。
いや、はっきり違和感と言った方が良いだろうか。なんとかなく、今見えているタクトには寂しさが見て取れるような気がするのだ。
花や子供を見る目が、孤独を映しているような・・・。
「・・っ!」
じっと見つめていたら、タクトがこちらへ顔を向けてきた。
とっさに顔を俯ける。目が合ったからと言って何か不都合があるわけではない。にも関わらず、思わず目を逸らしてしまったのだ。意味なんてない。
「目が合ったら、泣き言を言ってしまいそうだ」なんて思ってない。
たっぷり10秒数えてから顔を上げる。
『彼』は公園に置かれたベンチの一つに腰かけていた。私の座るこの場所から、ちょうど『彼』の横顔が見える。ぼんやりと前を見つめているその顔を暫し眺めた。
やっぱり寂しそうに見える。
一人なんだ。そう思うに充分な孤独感が、『彼』から滲み出ていた。
しかし、だとしたらこの時間のタクトはクラークとまだ出会っていない、ということになる。
同じ街に居ながら、彼らは知り合ってさえいないのか。
そのことがちょっと引っ掛かった。
ちょっと考えが進みそうだ。そう思って、目を閉じる。まずは今までの思考をまとめてみよう。
私はこの時間で、何か過去を変えるような行動をしてしまった。した行動と言えば、タクトとクラークにそれぞれ接触したことぐらいだ。そして、この時間のタクトは、クラークと出会っていない。そのことがちょっと引っ掛かった。
ふと飛躍した発想が現れる。
これが、過去の改編ではないのか?思いつきを吟味するべく、更に思考を深める。
気になるのは、私が『彼ら』に接触した時間と場所だ。
私がタクトに話しかけた場所で、『彼』が去ったすぐ後に今度はクラークと出会ってしまった。これは偶然か、否か。
もし偶然でなかったのなら、もしかしてタクトとクラークは、あの時出会う予定だったのではないだろうか?
それを私が邪魔した。出会うはずだった『彼ら』は知り合うことすらなく、そのことで未来が変わる。だからこその過去の改編であり、あの老人が私を罰しようとする理由なのではないのだろうか。
目を開ける。
物語的展開だと思う。でもそうであったなら、『紫』が言っていた「消える」の意味も分かる。分かってしまう。『彼ら』が出会わないことで、私が召喚されることがなくなってしまうかもしれない。だから彼女は私に「消える」と言ったのだ。
幸い、と言うべきかは分からないが、タクトはクラークと出会わなくても私を召喚してくれるらしい。でなければ私はとっくに消えているはずだから。
しかしやっぱりそれは喜べることではない。私の仮説が正しければ、元の時間に戻ってもクラークとはもう会えないかもしれないのだから。
いやいや、彼が居なければどうにもならなかった事態もあったではないか。と言うことは、『彼ら』はこれから出会う可能性もあるのではないか?
私の仮説が合っている保証もない。間違いである可能性は捨てきれないのだから。
うだうだと考える私の視界が、不意にぼやける。
驚いて、目を擦ろうと上げた手が、透けていた。ぼやけた視界でもはっきりと分かった。その驚きと言ったら、なんと表現したら良いのか・・。しかしその現象はすぐ収まった。
ぼやけた視界が戻る。それに合わせて、手も元通りになっていた。その手で目を擦って、もう一度見る。変わりない、いつもの私の手だ。
遅れて震えが走る。
今のは何だ。一体何が起こったのだ。
得体の知れない恐怖が湧く。思考が空回り始めているのが、分かって必死に平常心を保とうとする。
理屈ではなく本能で分かった。これが「消える」ということだと。
時間を掛けて、詰めていた息を吐く。理由は分からないが、私が「消える」までにはまだ時間があるようだ。
「消える」という確証は全くないが、最悪の可能性を考慮しておくべきだ。遅いかもしれないが、心構えをしておく。
気のせいかもしれない、と考えていては間に合わない。そう思う。勘違いでもいいから何か行動を起こすべきだ。
焦りを抑えつつ何をするべきかを考える。
こうなったら、タクトとクラークの件を早々に片付けるべきだ。事実確認など知ったことか。とにかく疑わしいことは片っ端から正していこう。
顔を上げてタクトを捜す。『彼』は未だベンチから動いていなかった。相変わらず暇を持て余しているようだ。好都合、である。
タクトとクラークを出会わせる。
そう決めて、手順を考える。なるべく自然に出会わせるのが良いだろう。あまり干渉しすぎて新たに改変事項を加えでもしたら、今度こそ私の存在が無くなってしまうかもしれないし。
しかし、タクトは此処に居るから良いとしても、クラークの居場所が知れないのが問題だ。どんな計画にするにしても、2人の居場所が把握できなくては意味がない。
この辺に都合良くいないかな。そう思って公園内を見渡す。
まあ、居るはずもないだろう。そんな偶然有り得な・・・・って居たー!!
向こうの木々に隠れるように、黒い男が通りを歩いているのが見える。一瞬で判断出来た自分に驚いたよ。でも、私の目は正しかった。
木の間から見える姿は、クラークに違いない。
なんて幸運・・・いや、運命なんだ。『彼ら』がこの場を去る前に、計画を立てて実行しなければ。
降って湧いたチャンスに喜ぶ暇もなく、思考をフル回転させる。
一番手っ取り早いのは、事故に見せかけて知り合わせることだろう。2人をさり気なく近付かせ(方法は未定)、どちらかを転ばせるとか背中を押すとか(タクトにしか出来ないだろうけど)をして強引に関係を持たせるのだ。
強引且つ無計画に近く、明らかに自然ではないが、今すぐにでも実行できる。まあ、後のことは野となれ山となれって感じだ。
うん、ちょっと強引すぎるかな。そして失敗した時が絶望的な気がする。
じゃあ、他には・・・。
と考えている間にも、2人は勝手に動き出していた。通りを過ぎ去っていくクラーク。そして、タクトの方も立ち上がり、ゆったりした速度で歩き出していた。
ちょっと待て、お前ら!私のためにちょっと待っててよ!!
と叫んだところで、止まるはずもない。
私も急いで立ち上がり、近い位置に居たタクトの後を追って歩き出す。気持ち的には走りたいが、追い付いてしまっては駄目だ。そう言い聞かせて、狭い路地を『彼』の歩みに合わせて行く。
タクトの歩調は私が記憶しているよりも遅く、余裕で追い付いてしまいそうになる。適度な距離を保つって、難しいな。
そんなことを思いながらも、クラークの方をどうしようかと考える。
タクトとクラークの歩いている方向は同じだった。ここでも幸運は続いているのかもしれない。が、クラークの方は大通りを歩いている。いつ進路を変えても不思議ではない。
いや、何処かの店に入るかもしれない。考え出したらキリがないほどの可能性がある。どうにかして、クラークの行方を知らなくてはならない。
そんなことを考えていたから、タクトが更に狭い路地を曲がったことに気付くのが遅れてしまった。
いや見てはいたんだよ。ただ何も考えずに、その後を追ってしまっただけである。
そして私は鉢合わせた。誰に、なんて言わずもがな、である。
「さっきから後を付いて来てるけど、俺に何か用なのか?」
尾行がタクトにバレた時の言い訳なんて、考えてなかったよ。




