『神々』の対話
地の文は、誰視点でもありません。
走り去るサエを見送りもせず、『紫』は目の前の同僚に力の塊をぶつける。
遊びのようなそれに、律義に同等の力をぶつけて相殺するのは、青いローブを着た老人だ。いや、老人の姿をした『何か』である。『紫』と同じ、『神』の一柱。
対峙した2人は、動かないままだった。
「何故、お主はあの娘を助ける?」
「私の目的のために必要だからよ」
老人の問いに、即座に答える『紫』。しかしそれが却って、老人の不信感を煽ったようだ。訝しげに眉が寄る。
「それだけではあるまい。目的とやらを達成するだけであれば、あの娘である必要性が無いのだからな」
「いいえ、新たに誰か喚び込むとなるといろいろと大変だから。だからあの子はあのまま使う」
揺るぎない口調で答える『紫』は、本当にそう思っているようであった。それを感じ取り、老人は質問の矛先を変える。
「・・そうか。しかし自分には分からない。お主の役割は、理解しているつもりではある。が、それは本当に必要なことであるのか?」
「さあ?それは私にも分からないわ。でも、やった方が良いって思っている。だからやっているんだけどね」
「『黒』あたりは露骨に疑っているようだったが?」
「あー、うん。まあ、しょうがないでしょう。あいつもねー、頭固いから。でも正直に言って、あなたたちの考えなんてどうでもいいって思っているのよ、私は」
「そうであろうな」
何を言っても飄々として真面目に答えない『紫』に、老人は溜息とともに答えるに止めた。一言同意の言葉を発したきり、それ以上何も言わない。
老人の諦めに似た言葉を受けて、『紫』の笑みが深まる。しかしその瞳は、少しも笑っていない。
「ええ。だから・・・、私の邪魔をしないでくれる?」
「お主が己の役割に忠実であるように、自分もまた、己の役割に忠実である」
「・・・・言い方が回りくどいわよ、『青』」
茶化す『紫』に、『青』は飽くまで真面目に答える。
「自分の役割は、過去を見守ること。この世界の記憶を正しく記録すること。・・・過去を変えることは、罪である」
「あの子だって悪気があったわけではないのよ」
「関係ない。あの娘が過去を変えたことは事実。故に罰を受けるべきである」
頑なな態度の『青』に、今度は『紫』が溜息を吐いた。
「頑固爺ね、本当に」
「自分たちに年齢などと言うものは無いはずだが?」
「そういうところがお爺ちゃんっぽいのよ。年齢の問題じゃないわ。って、そんなことどうでもいいわ。ともかく、あなたがあの子を狙う限り、私はあなたを阻止し続けるわ。それに・・・」
一旦言葉を切った『紫』は、再び笑みを浮かべる。今度の笑みは、心の底から楽しそうなものだった。『青』が無言で続きを促す。
「あの子がしたことが、罪であるかどうかはまだ分からないわ」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味よ。『過去』が変わったのか、『現在』が変わったのか、それとも『未来』が変わったのか、この時間軸からでは分からない。だってあなたは過去しか見ていないから」
「・・・・」
黙る『青』に畳みかけるように言葉が続く。
「あの子が行ったことが、あの子が来た『未来』に繋がるのだとしたら・・・。だとしたら、むしろあの子は正しいことをしていることになる。あの子の行動すら、過去に既に盛り込まれているんだもの。当たり前よね」
「それは有り得ない。自分の記録ではあの時、とある魔法使いと魔族が出会うはずだった。出会わなければならなかった。そうでなくては、その後に続く未来に変更が加わってしまう。彼らは出会わず、進行するはずだったものが進まず・・・」
「でもあの子は消えていない。彼らが出会ったから、この世界に存在できたというのに」
『青』の言葉を遮って、『紫』の凛とした声が路地に響いた。
口を噤む『青』に、やはり楽しそうに『紫』は言った。
「あなたの記録は、いつだって正しい。記録された全ては、いつだって正確よ。でもね、それは私が動くまでの話。私があの子をこの世界に入れたことで、過去と未来は綻び始め形を変えた。あなたがこの時間軸に居るのも、それが原因でしょう?変更された記録の確認のために、過去一つ一つを見ていた。だからこんなに早く私たちの存在に気付いた。反応の速さにも、理由があった」
「・・・お主・・」
「分かっていたことでしょう?私は全てを変えるために存在する。だからこその『干渉』で、だからこそのあの子。それは決して『現在』だけの話ではない。『過去』も『未来』も、全てを変える」
「・・・・」
「それが私の存在意義よ。あなたが理解しているはずの、私の役割。・・そうでしょう?」
にこりと笑う『紫』に、悪意は全くない。
「・・・それで起こるはずの事態が起こらなくても、解決するはずだったものが解決しなくても、不幸だった者が不幸のまま、罰されるべき者が罰されぬまま、今まで起こっていたはずの全てが無に帰しても・・・、それでもお主はそれが正しいと言うのか?」
「ええ、そうよ。と言うか、それは私が決めることでも、あなたが決めるものでもないでしょう。正しいか否かは、当事者が決めること。その時代が決めること。時代に生きる、全ての生き物が決めること」
「・・・・認めぬ」
「あなたは過去を見過ぎているのよ。過去を見過ぎてて、人間に肩入れしている。『黒』は魔族を愛しすぎているし、『白』は天界を気に入り過ぎている。・・・言っておくけれど、私からすればあなたたちの方がよっぽど容認できない行いをしているわ」
はっきりと断言する『紫』を、『青』はただ眺めている。
「私の役割は、世界に変化をもたらすこと。それは、変革のない世界の末路が滅びだからよ。変化のない生き物は、消えるしかない。私は、この世界のために変化を与えているにすぎないわ」
「そうだとしても、自分は認めることは出来ない」
「・・・・『黒』は魔族を創った。魔界を統治した。でもその後はどうしていたかしら?作った彼らを愛し、『神』としての本分を忘れ、「王」となった。本来『黒』の役割は・・」
「『現在』を見守ること。故に奴の居る時間軸こそが、世界にとっての『現在』」
突然の言葉にも、『青』は焦らず答える。『紫』の言うことが理解できないのではなく、何を言いたいのかが分からないため、とりあえず聞く姿勢をとっているのである。
「そう。私たちの中で唯一時間を移動できない存在。だから『黒』はこの世界の現在を見守るべきなのに・・、あいつが見てるのは、自分が愛した者ばかり。世界とは、何も魔界だけじゃない。天界も地界も、全てを見るのが仕事なのに」
言っている間に興奮し出したのか、『紫』の言葉が乱れる。心当たりがあるのか、『青』から反論は出なかった。それを良いことに、『紫』は更に言う。
「『白』に至っては、役割を完全に放棄している。世界のバランスを整えるのが役割なのに、天界ばかり気にして!『黄』は『楽園』で怠けてばかりだし、『赤』は未来を見ることより強い生き物を見つけることを優先しているし!」
「『緑』は・・」
「ああ、『緑』はただただ、流れるものを流れるがままにしているわ。一見、常に変化しているようで、その実一番変化がない。そしてあなたは・・・、言わなくても分かっているわよね?」
「・・・・自分は過去を見続ける余り、そこに生きる生き物に、とりわけ人間に特別な感情を抱いていた。それは、認めよう。しかし、だからと言ってお主の行いを全肯定するわけではない」
「良いのよ、それで。あなたに認められようと、認められなかろうと、私がやるべきことは変わらない」
そう言って、真面目な表情を『青』に向けた。
「私はこの世界に、生きとし生ける全ての生き物に、そして私たち『神』に・・・・、変革をもたらしてみせる」
「その手段が、あの娘、ということか」
「さあ、それはどうかしら。手段の一つ、と言った方が正しいかもしれないわね。とにかく、だから私はあの子を護らなければならないの。普段は護衛役がくっついているんだけどねー、今回は仕方ない。私が一肌脱ぎましょう」
「自分たちが闘うのは、感心すべき行いではないな」
「関係ないわ。私は私の目的のために闘う。何度も言わせないで」
見えない力が、塊となって『青』に向かう。
そうして、『神々』の闘いは再び始まった。
2人は神ですが、本体ではないので出来ること、見れることにも限度があります。
神同士の力は、得意分野が違うだけで基本的には全員同等です。なので敵対した場合、相手を無視して行動することが出来ないです。




