過去と可能性 5
遅れました。すみません。
ちょうど良い切れ目がなくて、ちょっと長くなってします。ご了承ください。
気まずい。空気が重い。
さっきの会話で、一気に『紫』との間に溝が出来てしまった。それがそのまま気まずさに繋がり、居心地の悪さが半端ない。
此処にタクトやユイジィンが居れば、何とかしてくれるだろう。しかし此処に居るのは、空気の読めないギアと気まずさの原因である『紫』だけである。
何か目的のあるらしいギアがずんずん進んでくれる。おかげで、歩くことに集中しているフリで、気まずさを誤魔化すことができている・・と思う。
少し前を行く『紫』を窺う。思考が筒抜けとは言え、考えないわけにはいかない。この考えも伝わっているのだろうが、彼女に変化は見られない。
先程のことが夢のようである。そんな表現を使いたくなるほどに。でも夢なんかじゃない。
現実に起こったことを、「夢だ」と断じられるような状況ではなかった。
いや、夢だった方が良かった。自分の欠点を自覚するのは嫌なのだ。自分で考えて行動するだけでも苦痛なのに。流される人生万歳って言っていたい。
考えれば考えるほど、思考は暗い方へ暗い方へといってしまう。
いやいや、考えるべきはこんなことじゃない。
では何を考えれば良いか?それは・・・、とりあえずこの空気を何とかすることだろう。それ以外のことは後で良い。
無理矢理思考を切り替えて、今度はじっくり『紫』を観察する。警戒するに越したことはないにしても、彼女が居ないと正直心細い。
一人より二人。孤独より怖いものはそれほど多くはない。少なくとも私はそう思う。しかしどうしようか。
堂々巡りな思考に辟易しながらも、考えることは止めない。諦めたらそこで終わりだからね。昔読んだ漫画でも、そんなようなことを言っていた気がするし。
と、『紫』がゆっくり私に近付いてきた。読めない笑みのまま、私を見ている。自然身構えてしまう私を見ても、その表情は変わらない。
「ねぇ」
「・・・何?」
「そんなに警戒しなくても、私は何もしないよ」
信用できない。
とっさにそう、頭の中で答える。こっちの方が早いのだ。
ちゃんと伝わったらしい。苦笑交じりの笑顔をちょっと傾けた。理由を知りたいのだろうか?そんなの、さっきから散々考えていたことじゃないか。
「でも、今さらでしょ?それに、私は嘘は吐かない。そこは信用してほしいな」
いちいちその通りだ。が、だとすると私は一体何を警戒しているのだろうか?ちょっと考えて、思い至る。つまり私は、彼女の得体の知れなさが怖いのだと。
一人だと思うのとは違う恐怖だ。例えるなら、夜の暗闇のような、目に見えないことで湧く恐怖。それを感じているのだ。
不安と言い換えても良い。それが私に警戒させるのだ。
「ふうん・・、そういうのは、ちょっと分からないな。でも・・・・、そうだ!じゃあ、こうしよう!」
ぽんと手を叩いて、満面の笑みを私に向ける。
可愛いな・・・、いや、見惚れてなんかいないよ。見たままの感想を言っただけだ。
しかし、彼女の提案は何だか嫌な予感しか抱かせないのだが、気のせいだろうか?
「私は、あなたの邪魔をしません。むしろ協力します。・・ほら、これで良いでしょ?」
「・・何が?」
「私は嘘吐かないって信じてくれているんでしょ?じゃあ、こうやって約束したら、安心出来るんじゃないかなって」
どうだろう。でも、嘘を吐かないことを前提にしたなら、この約束はかなり良いと思う。
彼女の目的は分からないままだが、「邪魔しない・協力する」っていうのは、私の安全を図る上ではちょうど良い。
良すぎる条件に裏を感じてしまうが、彼女が嘘を吐かないことを信じたいとも思う。疑わなくて済むならそれが一番だ。
少しの間、悩んで見せたが私の答えは決まっていた。
まあ、このまま微妙な空気の中に居るのは限界だったのだ。喜んで約束しよう。
私が彼女を信じる代わりに、彼女は私に協力する。私にとって得ばかりだが、この際不都合も自分勝手も目を瞑ろう。
これが原因で自分が酷い目に遭っても、それは自分のせい。それを肝に銘じて、改めて口に出して約束をする。
「・・これからも、よろしくね」
「うん」
そこに居たのは、いつもの彼女だった。得体の知れなさに対する恐怖を押しのけ、彼女の横に並ぶ。
仲直りは出来たのだから、早速彼女に何か訊いてみようか。しかし、何を訊こうかな。
て、そうだ。協力してくれるのなら、今すぐ元の時間に帰ることも出来るのだろうし、更に言うなら元の世界にでさえ戻れるのではないだろうか?
原因・元凶の神様なのだ。それぐらいしてくれても罰は当たらないはずだ。
「うーん、それは出来ないかなぁ」
「何で?!」
「だって私、協力するとは言ったけど、助けてあげるなんて言ってないもん」
それは詭弁だ。と言うか屁理屈だ。
戻るために協力するのも、直接戻してくれるのも、結果は同じだろうに。
「とにかく出来ないものは出来ないの!・・・そんなことより、彼、何処に行くつもりなのかな?」
強引に話を変えてきたな。でもギアの目的なちょっと気になる。
一旦会話を止めて、周りに目を向ける。
『紫』と話している間もずんずん森の奥へと進んでいたのだ。出てきた屋敷は、もう木々に埋もれて見えなくなっていた。
見渡す限り樹しか見えなくて、現在位置なんてとっくに分からなくなっている。元々の道すら知らないのだから仕方ないのだけれど。
しかしギアはちゃんと分かっているのか、迷うことなく前へと歩いている。その紅い頭を見失わないようについて行っているのが現状だ。
隣の『紫』は、鼻歌を歌いそうな上機嫌な顔をしている。と、前を歩いていたギアが突然走り出した。何事かと焦って私も早足に追う。
樹の根に躓きそうになりながら追った先に、見上げるほどの大木が現れた。
「うわぁ・・」
思わず声が漏れた。幹から枝先へと見上げていく。限界まで仰いでも先が見えない。何でさっきまで見えなかったのかと思ったが、そう言えば空を仰いではいなかった。途中で見上げていれば、枝葉の間からでも見えただろう。それぐらい大きかった。
その大きな樹の根元。そこにギアがしゃがみ込んでいた。何かごそごそやっている。何をやっているのだろうか?近寄って手元を覗きこんでみる。
ギアは地面に手を突っ込んでいた。いや、地面ではない。張り出した根と地面との間に手を差し込んでいたのだ。
しばらく何かを捜すように動かした後、手を引っこ抜く。
出てきた手には、簡素な長剣が握られていた。
「よし、次だ!」
説明の一つもなく、ギアは再び森の中へ戻っていく。
一体何なのだ。と言うか、何故剣?彼の武器は槍なはずだが・・・。それに、わざわざこんな所に隠しておく理由も分からない。
ギアの真っ赤な槍を思い出す。・・・あの槍を使うには身長が足りない、とか?今のギアは、私より背が低い。考えられないことではないか。
いやいや、それにしたってあの剣も、彼の身の丈には合っていないような気もする。身の丈に合った剣が何なのかは分からないが。
しかし彼が持っていたのは、結構長い刀身をしていた。さすがにあれは長すぎるのではないか?
「そんなことないよ。ちょうど良いとは言い難いけど、長すぎるっていうこともない」
「そうなんだ?」
「そうなんだよ」と言われれば、知識のない私は頷くしかない。そうなのか。あれで良いのか。
うーむ・・、剣ってよく分からないな。
いや、武器と名のつく物全般、分からないのだけどね。そんなの触れる機会がなかったのだし。そもそも私に戦闘を期待されても困るし。
「そんなことより、ギアって『赤』が気に入りそうな子だね」
脱線しかけた思考が戻ってくる。が、さっきの話とは違うので、反応が若干遅れる。
『赤』って確か・・、ギアの呼び名?だよね。でも、文的にそれはおかしい。と言うことは、神様の方の『赤』か。
ええい、紛らわしい。
「・・『赤』、さんが?」
「そう、『赤』が」
ちょっと懐かしそうな顔だった。やっぱり神様同士、親交があったのだろう。
ふむ、『赤』か・・・。
・・・・イメージしてみたら、ギアと同じく全身真っ赤の男が出来た。これはキツイ。ギアと並べると更に。目に優しくないセットになった。
いやこれ、本当に目に痛そうだ。せめて神様の方をもっと小さく、いや幼くして・・・ギアも今ぐらいにしたらちょっとは変わるだろう。
・・・・いやいやいや、どっちみちほとんど紅いから変わらない。むしろちょろちょろ動きそうな分、こっちの方が目が疲れそうだ。
想像の中ですら思い通りにいかん男だな、ギアは。
頭の中で、紅い槍を振り回す幼ギアが走り回る。
「彼の武器って槍なんだね」
「え?ああ、うん。そうだけど」
「槍は『赤』が好きだからね」
「ふうん?」
何だ?さっきからやたらと『赤』のことを言っているような・・・。懐かしんでた影響かな?それとも深く突っ込んでこい、と催促しているのだろうか。
いやまさか・・・。そう思いながら隣の彼女を見る。
彼女の顔が期待に輝いている。紫色の瞳が、きらきらと効果音を発しそうなほど瞬く。声無き声が「早く訊いて!」と言っているようだ。
なんだろう。急激に、訊く気が失せてきた。訊いたら長々と話をされそうな気がするぞ。しかし、回避する方法が見つからない。
「あー、うー」と意味もなく唸ってみるが、彼女の表情は変わらない。
訊くまで待つつもりなのだろう。つまり逃げられない。
駄目だ。仕方ない。訊いてやろう。そう思って口を開いた私より速く、彼女は話し始めた。
よほど話したかったんだね。だったら、私に話を振らずに勝手に喋ったら良かったのに。そうしたらずっと無視してやったものを。
そうは思いつつも、一応彼女を話を聞いてあげた。
**********
長い。かれこれ30分くらい話していないか?いや、時計があるわけじゃないのだから、体感時間で、だが。
それにしても長い。年寄りの長話ってやつだろうか。
「酷い!年寄りじゃないもん!」
「じゃあ、何歳なの?」
「永遠の十代よ」
「・・・・」
まあ、神と呼ばれているくらいだ。千年くらい生きていてもおかしくない。れっきとした年寄りだろう。
しかし長くて飽きるとはいえ、今まで知らなかった神様の実情が少しだけ分かった。
例えば『黒』。彼は、自身の分体を魔界にのみ設置しているらしい。そもそも分体はどんな形でも良いらしい。そう、私たちが会ったあの魔王(球体)が、『黒』の分体だったらしい。
本人、本神?は、『紫』と同じく人間に近い姿をしているそうだ。それを聞いた時、なんとなく黒髪の男性の姿が頭をよぎった気がする。まあ、気がしただけだが。
でもそう思った時の、『紫』の表情がちょっとだけ気になった。微苦笑というのか、なんとも言えない顔だったのだ。そんな変なことを考えていただろうか、私は。
・・まあ良い。
そして魔界での称号、ギアの『赤』やクラークの『黒』などを付けているのも、その魔王様であり神様でもある『黒』らしい。
理由は・・・これまた長々と説明されたけど、要約するに、目印なのだそうだ。
神様のお気に入り。簡潔に言うならそういうこと。
魔界では、魔王から授かるのだけれど、選ぶのはそれぞれの神様らしい。魔王を通じて与えているだけなのだ。
アディア三界に無数に存在する生命。その中からお気に入りを見つけるのは大変な作業である。だからすぎに見つけられるように、目印を付ける。それが、魔界では称号として表されているにすぎないのだ。
「それで、ギアは『赤』と呼ばれてるんだね」
「まあ、そうね。この時代の彼は、まだみたいだけど」
「分かるの?」
「だって目印、付いてないもん。見れば分かるよ」
ふむふむ、じゃあ彼はこれからいろいろあって、そして『赤』を贈られるようになるのか。何か不思議だな。
私の知らない時間があって、そしてそれが未来に影響を及ぼしている。そのことが、私を不思議な気分にさせているのだろう。
未来を知っているからこそ、余計に不思議だった。
その他にも、神様のお気に入り選定基準とか、それぞれの性格とか、それなりに面白い話は聞けた。
深く考えてみると、もっと聞きたくなってしまう。が、それは要約すれば、の但し書きが付く。
『紫』の話は、すぐにあっちこっちに飛ぶ。方向修正した端から別方向へ飛ぶのだ。しかもどうでもいい話こそ熱弁を振るうので、遮り辛い。かと言って聞き始めると、これが長いのだ。
30分余りの時間がほぼ、そういったどうでもいい話だった。
疲れた。要約するのにも、飛びまくる話に付いていくのも。
私たちがついて来ていないことに気付いたギアが戻ってきた時は、有難いと思ってしまったよ。
「ちゃんとついて来いよな!」
強い口調で言われて、頷く。て、いい加減目的を教えて欲しいんだけどね。
そんな私の願いは叶わず、またギアを追って森の中を進むことになった。
しかし今回はそう長い時間は掛らなかった。
森の中に、少し開けた場所があったのだ。その手前の茂みに、ギアが身を隠す。手振りで私たちにも同じように隠れさせたギアは、用心深く広場を見ている。
何をしているのだろうか。訊いてみたいが、その真剣な様子に気圧されて訊けない。
『紫』は、さっきので喋り疲れたのか、はたまた興味がないのか、口を開く気配さえない。
沈黙が息苦しい。息を詰める必要は多分ないのだけれど、なんとなく息を殺してしまう。
・・・ん、今何か動いたような・・・。
向かって左の茂みが、微かに揺れる。見ているうちに揺れは大きくなっていき、やがて茂みを掻きわけ巨体が姿を現した。
巨体と言うか、もう大き過ぎるほど大きい何か、と言った方が伝わるような気がする。
さすがに先程の大木よりは小さいが。てっぺんは見えているからね。しかし、それでも大きい。見上げる必要があるくらいには。
見たことのない姿だが、全体的なイメージは熊に似ていた。
ごわごわとした、黒い毛が全身を覆っている。そして太い後ろ足で二足歩行している。手は毛むくじゃらで、でも人間のように五指に分かれている。顔はゴリラっぽい。
熊の巨体に、ゴリラの手・顔を合成した感じだ。
むわっと、獣臭い空気が流れてくる。鼻を押さえるが、めちゃくちゃ臭い。
その臭い獣?は、ゆっくりと広場を横切っていく。ちょうど私たちの前を通り過ぎるその瞬間、ギアが飛び出した。その手には、さっき回収した剣を握りしめている。
既に鞘から抜き去ったそれを手に、真っ直ぐ獣に向かっていく。
ギアに気付いた獣が、大きく咆哮した。それにも構わず、ギアは勢いのまま剣を振るった。
そこからは、見ていてはらはらする闘いだった。ギアは、初撃で致命傷を負わせられなかったのだ。傷を負った獣の攻撃が、ギアの体を掠るたびに震えた。
ギアは小柄な体躯を活かして、素早く攻撃と回避を切り替えて闘った。私は、獣が倒れて動かなくなるまで、一歩も動けなかった。
どれくらいの時間が掛ったかは分からない。が、肩で息をするギアが剣を収める音を聞いて、やっと周りを見る余裕が帰ってきた。
「な、何してんの・・」
「倒した証を取ってんだよ」
ギアが、倒れた獣から牙を引き抜いていた。そして、ポケットから出した袋に無造作に放り込む。
それが終わって、ようやくこちらに戻ってきた。
見た限り、大きな怪我はなかったらしい。それは良かった。だが、おかげで私は足ががくがくになってしまった。
樹を支えに立ち上がるが、怖い光景が浮かんで消えない。
「・・いつも、こんなことしてるの?」
「まあな。・・おい、ちゃんと見てたか?」
「何を?」
「俺の闘いを、だ!」
何を言い出すかと思えば・・・。見てたから、こうなっているんだよ。
とは言わずに、ただ頷くだけに留める。それを見て、満足そうな顔をしてギアが歩き出す。来た道を引き返しているようだ。
「何処へ行くのか」と問えば、「帰る」と短く返された。
結局目的が分からないままだったが、此処には居たくない。早く離れたい一心で、ギアの後を追った。
「・・・ああ、そうか。だから・・・・へぇ」
「何?」
『紫』が一人で何か言い始めた。何だか納得している様子を見せている。
気になったから訊いたのに、にこりと笑って「何でもない」と言われてしまった。
そうなると俄然気になるのが、私である。さっきの恐怖を打ち消す意味でも、雑談したい。出来れば、呆れるほどどうでもいい話が。
「気になるんだ。でも、あなたの知っている未来に繋がるから、あなたはもう結果を知っているはずだよ」
「?どういうこと?」
「『赤』の好みは、己で未来を切り開く力を持つ者なんだ」
「??」
また変に話が飛んだ。が、どういう風に飛んだら、そうなるのだろうか。
えっと、この『赤』は神様の方だろう。その神様は、未来を切り開く人が好き?てことだろうか。
だから何だ、と言ってしまいたい。
「だから、彼は『赤』の称号を得る。近い未来にきっとね」
「・・・・?何でそうなるの?」
「未来を切り開くには、どうしても力が必要なんだよ。まあ、一口に『力』と言っても、種類は様々だろうけど。彼が選んだのは、『戦闘能力』。最もポピュラーで、最も示しやすい『力』。そして、示すからには目撃者が必要」
説明する、というより、ただ事実を語る彼女は、前を行くギアの隣にするりと歩み寄った。
軽やかで滑らかな動きだった。止める間もない。止める理由もないのだけれど。
何をしたいのか、何を言いたいのか、まだ私には分からなかったから。
「ね、頑張ってね」
「は?何が・・」
「あと一回。あと一回で、君は彼と同等になれる」
「!本当か!?」
「私は、嘘は言わないよ」
ギアが物凄く嬉しそうに笑う。『紫』も楽しそうに笑う。私だけが取り残されていた。
一体何だと言うのか。いや、今までの話から判断できる可能性はある。
話が飛んだんじゃないなら、彼女が言っていた『赤』の好みとやらが関係あるのだろうか。
・・こう考えるのは突飛だろうか。
『赤』は、未来を切り開く力を持つ人が好き。『力』は種類があって、その一つは『戦闘能力』。選んだのは、ギア。
つまり『赤』は、未来を切り開く戦闘能力を持つギアを気に入る。そういうことなのではないか?
そうだとすると、ギアが『赤』と呼ばれるまで後一回、こういう戦闘をすれば良いと『紫』は言ったことになる。
だとしたら・・・、それは未来を教えたことになるではないか。
私には不確定なことはするなと言ったくせに、言った本人がしてどうする。
これで未来は変わってしまったのだろうか。
急に心配になってきた。
「そんな心配なら、早く帰ったら良いのよ」
「!簡単に言わないでよ」
心配の元を作ったのは何処の誰だ。睨んでも仕方ないのは分かっているが、睨まずには居られない。
ギアが上機嫌に、剣を元あった場所に戻している。そんな彼に聞こえないように、小声で会話する。
「どうするの?あんなこと言って」
「大丈夫よ。私が何を言おうと、彼はまた闘って、そしてそれが『赤』の目に留まる。変わる余地のないことよ。問題ないわ」
本当だろうか?まあ、確かにそういうことを言われたから手を抜く、とかギアはしなさそうだ。とは言え、やっぱり不安ではある。
変わらないことを確認出来れば良いのだけれど。
と、そこまで考えて気付く。私は彼が『赤』となった詳しい経緯を知らない。変わっているか、いないかなんて分からないのだ。
自らの気付きにショックを受けた私の隣で、『紫』がくすくす笑った。
「不安を解消する方法はあるわよ」
「あるの!?」
「ええ。早く帰ればいいのよ。そうすれば、変わっているのか、いないのか分かるわ。細かいところが分からないなら、大まかに合っていれば良しってことにしておけばいいのよ」
良いのだろうか、それで。
でも、確かにそれ以外に確かめる方法がない。なんと言っても、私の知るギアは『赤』の称号を既に持った、あのギアだけなのだから。
・・・・うん、細かいことは気にしない方針で行こう。その方が私の精神安定上良い。
ギアより自分を優先だ。それでこそ私。とか思っておこう。どうしようもないのも事実だし。
「じゃあ、行きましょう」
「今から?」
「早い方が良いと思うけど?これ以上彼と居て、それこそ取り返しのつかないことをしてしまうってことも・・ないわけじゃないでしょう?」
「よし行こう」
即答である。
ギアが家路に着くのを確認して、こっそり距離を開ける。
今度こそ元の時間へ帰らなければ。集中して、行きたい時間を思い浮かべる。タクトやクラークの顔をしっかりと脳裏に描いて、集中。
じわじわと、体の奥から力が溢れてくる。
「彼らの出会いも見てみたいわよねー?」
力の解放と同時に、そんな声が聞こえてきたのは気のせいだろうか。
ギアは『紫』に何を言われても、結局『赤』に気に入られます。そして称号を得るのと同時に、槍を贈られました。
最後『紫』は飽きてきています。サエを急かしていたのは、ギアのためではなく飽きてきたから、が正解だったりします。




