過去と可能性 3
目を開く。今度は気絶しなかったらしい。
しかし望んだ所には出られなかった。どう見ても違う。
「・・・・何で・・・」
其処は、22年の時を過ごした馴染みある風景の中。
私は車道のど真ん中に立っていた。此処は、あそこだ。図書館に続く道。私がタクトに召喚される直前まで歩いていた道だ。
何故、どうして。そんな疑問がぐるぐる回る。
と、誰も居なかった視界に、紫色が現れた。唐突で、しかもこの世界では有り得ない色の髪であったのに、ほっとしてしまった。
本来なら元の世界に戻れたことを喜ぶべきなのだが、心の何処かで「これは違う」と感じていたからだろう。
「正解だね。良かった。これで元に戻れた、とか言い出したらどうしようかと思った」
笑う彼女から目を逸らして、辺りを窺う。
ちょっと見れば分かる。此処は元の世界じゃない。だって、誰も居ないのだ。外を出歩く人が居ないとか、そんなんじゃない。
誰も居ない。誰も、存在していない。此処に居る生き物は、私たちだけだ。
そう確信できるほど、此処は生命を感じさせないのだ。
自分でも不思議だ。普通、道に誰も居なくても、周囲の家の中に誰か居るとか思うはず。なのに、全然そう思えない。
絶対居ないとさえ言い切れる。
とても不思議な感覚だった。しかしどうやらそれは正しいらしい。
『紫』が笑って教えてくれた。
「此処も世界の過去だよ」
「此処が?でも此処は・・・」
「あなたの世界にそっくり。それはそうだよ。此処はあなたの世界だから」
「?・・・よく分からないんだけど」
「此処は、あの時・・、あなたがこの世界に来た瞬間に垣間見えた、あなたが居た世界を具現化した所。だからあなたの世界であり、そしてこちらの世界の記憶でもある」
まだ分からない。
なんとなく分かるような、そうでないような。
私が完全に理解していないのは分かっているのだろうけれど、彼女は話を先に進めてしまった。
先に、どうして此処に出てしまったのかを。
「あなた、時間を移動する直前に「元々の原因」について考えたわね。どうやらそのせいで、原因となった出来事が起こった時間に来てしまったようよ。時間としてはさっきより近付いたけど、これはこれで問題ありだわ」
「・・・・」
「しっかりしてよ。早く移動しないと、マズイわ」
「・・・何で?」
「この時間のあなたと鉢合わせたら、どうなるか分からないから」
言われてやっと頭が動き出す。
同じ時間に同じ人物が同時に存在するわけがない。此処が本当に私が来た時と同じ時間なら、それが起こる可能性がある。タイムパラドックスが起こる。そういうことか。
タイムパラドックスが起こってしまったら、どうなるのだろうか?
よく聞くのは、存在の消滅。未来が変わる可能性もある。私からしたら過去だが。そこが変わったら、当然今の私の立ち位置も変わるはずだ。どう変わるか分からないところが恐ろしい。
尚も急かしてくる『紫』に促されるまま、私は意識を集中させる。
でも気になることが一つ。此処は私の世界じゃない。じゃあ、私は私に出会うはずがない。では私は何故急がなければならないのだろうか?
答えはすぐに分かった。と同時に光が湧く。
「彼女」がこちらを見る前に、私たちは再び時を超えていた。
次に目に入ったのは、最早見慣れた広い大地と遮るもののない大空だ。
元の世界・・、よく考えると間違った表現ではあるが・・、とにかく、タクトたちと出会った世界に戻って来れたらしい。
しかし私はすぐには頭を切り替えられなかった。
あの時最後に見たのは、『紫』だった。
今目の前に居る彼女と同一の姿をしていた。間違いなく、「彼女」は『紫』だった。そして、「彼女」はとある人を抱えていた。
て、まあ、とある人なんて他人行儀なのはいけないか。何と言っても私自身のことなのだから。
「あー・・、見ちゃった?」
「見た」
「だから早くって言ったのに・・・。あーあ」
どういうことだ。
私はタクトに召喚された。だから彼女と接触する時間などなかったはずなのだ。
それなのに、過去に私は彼女と居た。あの時の「私」に意識はなかったようだが、それはつまり「彼女」が何かしたということなのだろうか?
詳しい説明を求む!
じーっと見つめていると、根負けしたのか、それとも最初から隠すつもりはなかったのか、真意の読めない笑みを浮かべつつ彼女は説明を始めた。
余計な単語を交えたり、話を逸らそうとするのを止め、一気に聞く。
「つまりー、こういうことだよ。
まずタクト君が召喚術を使う。私がそれに『干渉』する。何処かに繋がるはずだった術が中途半端で止まる。その隙に適当に目に着いた人間、つまりあなたを一先ずこっちの力が及ぶ空間に引っ張り込む。『干渉』及び順応力を付与して、中途半端だった術に引っかける。繋がりを持てた術が本来の働き、召喚を行い、あなたはこちらの世界に無事現れた」
本当に一気に説明してくれたよ。一気過ぎて、思考が追い付くのに時間が掛る。せめて紙に書いて説明してほしかった。それでも、実際にあったであろう細部の出来事を省いてあるだけ良心的だったけど。
どうにか理解が出来た・・、と思う。
あまりにも普通のことのように言われたが、これってやっぱり、『紫』が全面的に悪いんじゃないだろうか。
と言うかとりあえず、タクトに謝れって言いたくなった。完全にとばっちりじゃないか。
罪悪感を感じているであろう彼に、心の底から謝ってほしい。
まあ、そう言ったところでこの神様が素直に謝るとは思えないのだが。
いやいや、謝りはするだろう。でもそこに謝罪の念は多分ない。今当事者を前にして笑うだけなのだから、高い確率で口だけの謝罪になると予想できる。
溜息が洩れる。
ツッコミどころも満載な話だ。しかし話を聞いて思ったのだが、何故そんな面倒くさいことをしてまで私をこちらの世界へ連れてきたのだ?
目的の部分には一切触れない話し方だったが、はたして彼女に明確な理由などあるのだろうか。
とても疑わしいと言わざる負えない。愉快犯だったら、とりあえず一発蹴ろう。
そう心に決める。
「怖いよ、酷いよ。私が何したって言うの?」
「してるでしょ、いろいろと」
「したかもしれないけど、それも私の役割の一つだし」
「役割?」
それが目的か?訊こうとした私の目の前に手のひらが突き出される。
訊くなと言うことか。だが、断る。
更に口を開こうとしたが、止める。手を突き出す彼女の表情が真剣だったからだ。その目は私ではなく周囲に向いている。
遅れて私も気付く。さっきの空間と違って、此処は何だか気配に溢れている。
立っている場所は荒野で、視界を遮るものは何もない。にも関わらず、何かが動く気配がそこかしこからしている。
気味が悪い。それに、怖い。
無意識に『紫』との距離を詰める。いざとなったら、頼りになるのは彼女だけだ。全ての元凶であり、少なからず怒りの対象としているけれど、それとこれとは話は別だ。別ってことにした。
「都合が良い女なんだね、わたしは」
「・・・で、これは何?」
「味方ではないようだよ。それより、此処も過去。それもかなりの大昔。だから逃げたいならさっさとした方が良いんじゃないかな?」
もう嫌だ。が、姿の見えない何かが迫っているのが感じられる。
敵意、みたいのが満ちていて、考えている時間がないことを自覚した。
更なる問い詰めは、安全な場所に着いてから。そう決めて、目を閉じる。こうした方が上手くいくような気がするのだ。
何度目かの集中を始める。
頬に感じる風が強まったのを感じた。そこで、どうやら私は成功したようだ。
「もう一回、急いだ方が良いよ」
「え、うわっ!?」
目を開けるより早く、腕を引っ張られて地面に転がる。
頭の上を何かが飛んでいった。
地面に倒れた衝撃に耐えて、目を開ける。近過ぎる距離に、紫色が見えた。彼女の髪だ。私と彼女は折り重なるように倒れていた。
急いで退く。が、すぐに頭を押さえつけれて地面に伏せる姿勢を取らされる。
「い、一体何?」
「攻撃されてる。ううん、戦場に出ちゃったみたい」
言われて、恐る恐る視線を上げる。
頭上で音を立てて矢が飛んでいく。どうやらさっきのも、これだったらしい。腕を引かれていなければ、当たっていた。
悪寒が背筋を這う。急いで周りを確認する。
隙間の空いた木立が見える。その向こうで、矢が空を切り裂いているのが見える。
矢は一方向ではなく、あっちこっちから飛んでいた。その向かう方向は対立していて、さっきから飛んできているのは、どうやら的を外したものであるようだ。
私たちを狙っているわけではない。そこを確認して、左右を見る。
どうやら此処は木立の中のようだ。地面に伏しているおかげで、私たちの存在はバレてはいないようだ。
見つかったらヤバイ。根拠もないが、あながち妄想でもないだろう。その証拠に、『紫』の顔に笑みが戻ってくる気配がない。
予断を許さない状況なのだろう。
どうするべきか、訊こうとして気が付いた。
さっき言われたじゃないか。「早く移動しろ」と。
地面に伏したまま、目を閉じる。もうそろそろ慣れてきた。と言うか、コツを掴んできた。何とか行けそうだ。
内心でほっとする。が、安心している暇があったら移動するべきだった。
私たちが潜む木立に、誰かが駆け込んできたのだ。鎧を着た大きな男だった。
「・・っ!!?」
驚いたのはどちらも同じだった。違う点と言えば、驚いた後の行動だろうか。
私は驚き、固まっていた。しかし向こうは、一瞬の驚きの後手にしていた剣を構えていた。構え、振り下ろすまでに、そんなに時間は掛らない。
が、男は振りかぶったままだった。
いや、ゆっくりと倒れる。
ポカンとした私の目には、倒れた男の後ろに居たもう一人の男が映っていた。
その手にした剣が赤く染まっていることで、ようやく思考が少し動いた。が、それはほんの少しで、本調子とは程遠い。その証拠に、私は未だに地面に伏したままだった。
立ち上がるまでいかなくても、せめて起き上がっておいた方が良かったはずなのだ。現に隣の『紫』は起き上がっている。
「・・・女、しかも何の武装もしていない、か。何者だ?」
静かな声が逆に怖い。
とっさに起き上がると、彼が私に目を向けてきた。向こうとしては、動いた方を見ただけなのだろうが、こっちはそれだけでもう恐怖マックス状態である。
思考停止中の私の前に、『紫』が出る。
「私は『紫』。そちらは?」
「『紫』?まさか、そんなはずは・・・」
「嘘じゃないわよ。でも、多分あなたが思っているような意味ではないでしょうね」
そんな刺激するようなこと言って大丈夫なのだろうか?
と言うか、神様って言うのは皆こうなのかな。こんな風に、もったいぶった話し方されるとキレる人も居るんじゃないかな?
それは困る。今の状況でそれは自殺行為だよ。例え神様であっても。
「・・・・俺はレオンハルトだ。此処で何をしていた」
レオンハルト?
その名前で、とある案内人を思い出す。が、どう見ても目の前の人物と結びつかない。確かに髪とか瞳の色は同じだけど。・・・声も似ているような気もするけれど、でも別人だろう。
何よりあの素敵な笑顔が見当たらない。そもそも乱暴をする人には見えないかった。きっとこの人は同じ名前の別人だろう。
動揺しつつも余計なことを言わない私は、偉かったと思う。
私を無視して、彼女が適当に受け答えする。
「何も。放っておけばさっさと消えるわ」
「信じられんな」
「じゃあ、信じなければ良いわ」
男の眉間に皺が寄る。
怒ってる。これはきっと怒っているよ。止めるべきだろうか?そう思っても、実行する暇はなかった。
地面についた手を握られる。握ったのは、もちろん『紫』だ。
「だって、どうでも良いことだもの」
ぐらりと思考が傾く。急激に引っ張られたからだ。
木立を突き破って、矢が行き交う戦場へ突っ込んでいく。
後ろで「待て!」と言う声が聞こえるが、それどころではない。四方から矢が降り注いでくる。
此処で私の能力が発動したのは、きっと奇跡だと思う。
矢が飛ぶリアルな音だけを残して、私たちはその場を後にした。
慌ただしく移動している2人ですが、『紫』の方は実は余裕たっぷりです。サエのことは護りますが、元の時間に戻る手助けは全くしません。
サエの頑張りに全ては掛っている。そんな状態です。




