過去と可能性 2
微笑む彼女が口を開く。私は真剣な表情で、そこから紡がれる言葉を受け止める準備をした。
「『干渉』。それがあなたの能力の名前」
「『干渉』・・?それって一体・・・」
「そのままよ。対象が何であれ、どんなものであれ、干渉出来る能力。今の状況に当てはめるなら、あなたは『時間』に『干渉』した、ということね」
時間に干渉?
彼女の言ったことを全て認めるのであるなら、それはその通りなのだろう。しかしそれは、人間の持つべき能力ではない。
ファンタジーの世界なら有り得るのかもしれないけど、それが自分の中にあるっていうのは信じ難い。
信じられないのではなく、信じるのが難しい。
「時間だけじゃないわ。その気になれば、生き物にだって、私たち『神』にだって、空間そのものにだって干渉できる。それはそういう能力なのよ」
「もちろん使う上で制限はあるけどね」と笑う『紫』に、同じように笑みは返せなかった。
考えることを拒否する頭を、無理に働かせる。これを受け入れられないと、この先の話すら聞けなくなってしまう。
ゆっくり時間を使って、間違えのないように答えを出す。
つまり私は、ある意味神様以上の力を持っているということなのか・・・?
「そうね。とは言っても、限度はある。今回の時間に対する『干渉』もかなり無理をしているわ。あなたが倒れたのは、能力を使った反動だもの」
ふむ、なるほど。彼女の言葉を鵜呑みにするなら、筋は通る。しかし能力って体力とか使うんだ。初めて知ったよ。
単純なことに、納得してみればするすると考えが進むようになった。
よくよく考えてみれば、私は当事者の割に、そういった能力を使った時のことなどを知らないままだった。訊ける相手も居なかったのだから、それは当然であったのかもしれない。でも、ちょっとは知る努力をするべきだった。
いやきっと今からでも遅くない。自分のことなのだ。少しでも知っておくべきだろう。
まあ今その情報を得られるのは、目の前の彼女だけだけど。そして信用できるか否かはまだ判断できないって問題もある。
相談できる相手が居ないのは辛いな。タクトかクラークかユイジィン、なんならギアでも良いから一緒に居て欲しかった。
急に一人だという実感が湧いて、ちょっと怖くなった。
自分のことは自分が決める。それでも味方が一人も居ないのは、不安材料にしかならない。
そう言えば、あの時一緒に居た皆は何処に行ったのだろうか?私と一緒で、この過去の世界に来ているのだろうか?
「あー、そうそう、彼らは居ないよ。元の時間に置いてきぼり。そもそも、『干渉』したのは時間であって人物じゃないからね。彼らは来れないよ」
読心術は神様の必須能力なんだろうか。
わざわざ口に出さなくても良いのは楽だけど、心の中が筒抜けなのは嫌だな。今後一切、心は読まない方向でお願いします。
そんな願いを込めて見つめてみた。が、伝わるはずのその願いには、曖昧な笑みを返すだけで何も言わない。
これからも読む気満々か。
不満が顔に出ていたのか、困った笑みを浮かべた『紫』が口を開いた。
「そんなことよりさ、どうするの?もし元の時間に帰りたいなら、早くしないとだけど」
「早くって・・どうして?」
「どうしてって、元に戻れなくなっちゃうからだけど?」
「何故分からないか、分からない」という口調で小首を傾げる『紫』。
でもそれはこっちのセリフである。
もっとはっきり言ってくれなければ全然伝わらないよ。
イライラとしながらも、机の上のコップを手に取る。中に入っているのはただの水だけど、気持ちを落ち着けるにはちょうど良いだろう。
ごくりと飲んで、彼女の言葉を待つ。読心術はやっぱり便利だ。
「・・・・うーん、そっか、「あれ」も覚えてないのか・・・」
「あれ?」
「夢の・・、ああ、いいや。そんなことどうでも良いもんね」
「??」
「どうでも良いんだよ。だって忘れてしまうようなことなんだから。そんなことより、何で早くしなきゃってことだよね?」
どうでも良い、と連発されると逆に気になる。が、どうやら彼女はそのことを詳しく話すつもりはないらしい。
さっきから一向に晴れないもどかしさを感じつつ、彼女の話を聞くことにした。
とにかく先に進むには、情報を得なければ。
「簡単な話だよ。あなたが時間に干渉できたのは、『聖果実』を食べたせいなの。正確には、『聖果実』の子孫だけどね」
「・・・何それ」
「『聖果実』のこと?『神様』の食べ物、ってことになってるものだよ。別に私たちは食事とかしないから、実際には違うんだけど」
アンブロシアという名には聞き覚えがある。ゲームでも万能の回復アイテムとして出てきた気がする。
しかしそんな大層な物を口にした記憶なんてないんだけど・・・。
・・・・いや、待てよ?そう言えば、得体の知れない食べ物を食べたことが一度だけある。しかもそれは神様の一人が住んでいる『楽園』にあった。もしかしなくても、それ?
「そうそう、それそれ。本来人間が食べたって何にもならないものなんだけどね。でもあなたは私が与えた能力があったから。あれは『神』もしくは精霊の力を、一時的に高めるために作られたものなんだよ」
随分とあっさり言われたけど、そんな大層なものを普通に食べてしまったよ、私たち。
いや、タクトは普通の人間だから大丈夫だろうけど。というか、あれを食べたのはかなり前のはず・・・。よく効果が持続したな。
そんなことを思っていたら、『紫』が何か呟いた。「私が・・・」と言ったのは分かったが、それ以外は聞こえない。
とても嫌な予感がしたから追求しないでおこう。
「・・まあ、滅多に使わないものだけどね。ちなみに魔族は『黒』がいろいろと手ほどきして出来た種族だから、変な風に作用して体調が悪くなっちゃうらしいよ」
パッと顔を上げた『紫』が笑顔でそう言った。
あー、だからギアは腹痛を起こして倒れたわけですか。とりあえず、そういうことは早く言えよ。それか看板とか立て掛けといてよ。『これは神の食べ物です。手を触れないように!』とか『危険!魔族は食べないように!』とか。
勝手に食べちゃったのは、私たちだけどね。それでも自分の責任とは思いたくない。「無知は言い訳にはならない」と言われたらそれまでのことなのだが。
きっと神様側にも責任はあると思う。
「どうでも良いでしょ、そんなこと」
「いやどうでも良くはないんじゃ・・・」
「良・い・の!それに、時間がないって言ってるでしょ。どうするの、これから?」
何かさっきから「どうでも良い」でいろいろと流されている気がする。
いや、きっと気のせいだ。それに彼女の言葉を信じるなら、今はそんなことを考えている場合ではない。
思考を切り替える。
元の時間には、当然帰りたい。
でも、そうするにはどうしたら良いのか?
真っ先に思いつくのは、自分の能力を使う、である。まあ当然の話である。来れたと言うことは、同じことをすれば戻れる、と考えて良いはずだ。
しかしそれをするには、一つ大きな問題がある。
私が、自分の能力をコントロールすることが出来ない、ということだ。
まずは、それをどうにかする方法を考えるべきだ。とは言え、私の中にその答えはない。そこで、期待を込めて目の前の彼女を見る。使えるものは何でも使え。先人は良いことを言うよね、本当に。
「どんどん私の扱いが酷くなっていってる気がする」
「気のせいだよ」
「・・・ま、良いか。じゃあ、元の時間に戻るってことで良いのね?」
唇を尖らせて不満を表したが、私が笑顔で続きを促すとそう訊いてきた。
ほとんど考えもせずに、頷きを返す。それを見て、『紫』は立ち上がった。
「では、行きましょう」
場所を移動して、再び『聖ブリシパリティ教会』へと戻ってきた。
礼拝堂の中は、相変わらず誰も居ない。普通誰か一人くらい居るものだと思うのだけれど、不思議と誰も居ないのだ。入ってこようとすらしない。
部屋の外ではそれなりにすれ違ったりする人が居たから、余計に不思議だった。
なんとなく彼女、『紫』が何かしているのだろうと思う。それぐらい不自然なのだ。
まあ、今のこの状況においては、その方が都合が良い。文句どころか、感謝するべきところだろう。
部屋の奥に立つ像を見上げる彼女に目を向ける。
こうやって見ると、彼女は神秘的な雰囲気を発しているようだ。神々しい。神様なのだから、当たり前と言えば当たり前なのだけど。
こうして元の場所に戻ってきたのには、理由がある。道すがら説明されたその理由は、言われてみれば妙に納得できるものだった。
曰く「来た時と同じ状況の方が戻りやすい」である。
そうだろうなぁ。よくある話である。物語の中では、という注釈は付くけれど。
「さて、戻ってきたよ」
「そうだね」
「ということで、どうぞ!」
うん?
促すように手を出されたけど、何をしろと?
理解できなくて立ち尽くす私に、『紫』が首を傾げる。首を傾げてるのは私も一緒だ。
広い空間で首を傾げあう2人。何やってるんだ。
「何やってるの?」
「そっちこそ」
「だって、あなたが能力を使わないと、帰れないし」
「・・・・どうやって?」
私の心を読んでたんじゃないのか。
自分で能力使えないって、ちょっと前に思ったばっかりだったのに。
確かに心を読まれるのはちょっと・・・、って思ってたよ。それでもそこは読んでも良い所じゃないかな?というか、読んでおけよ。
自分で自分の能力をコントロールできない恥ずかしさを誤魔化すため、必死で責任転嫁をする。
果たして何処まで読んだのか、彼女はにっこり笑って言った。
「ごめん、そうだよね。じゃあ、使い方を教えるから。・・と言っても、特に難しいことは何もないんだけどね」
そうして教えられた方法は、確かに難しさなんて欠片も感じられなかった。
だって集中して、行きたい時間を思い浮かべる。たったそれだけだったのだから。
もっと良い方法はないものかと思ったけど、結局その方法を試してみることにした。能力を使うのは自分だ。難しい方法より、単純な方が楽だ。
あの時のことを思い出しながら、自分の中で力が弾ける感覚を探る。
多分、あれが開始の合図だったのだろう。つまりあの感覚を感じられれば成功、ということだ。
ぐっと意識を集中させる。
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・・・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
全っ然、感じないんですけど!?
あれからどれくらい時間が経ったか。ステンドグラスから洩れる光が、赤みを帯びている。室内も暗さが増している。
いつの間に着けたのか、壁の燭台に火が灯されていた。
ゆったりと長椅子に腰かけてこちらを見ている『紫』と目が合った。
「・・・・・えっと・・・」
恥ずかしいやら、切ないやらで、言葉が出てこない。
とりあえず助けて欲しい。それが一番の願いだった。が、私の気持ちはまたしても聞き届けられなかった。
ただ「頑張れ!」と綺麗な笑顔で言われただけだった。
殺意が湧いたのは、言うまでもない。
精神的疲労がプラスされて、かつてないほどの勢いで怒りが溢れる。
誰のせいだと思っている。そもそも、元々の原因はお前だろう。頭に一気に血が上り、文句の言葉が喉元まで出かかった。
その瞬間、待ちに待った時が来た。
私がそれを意識する前に、視界が真っ白になった。
説明の回。遅々として話が進まないのは、率先して先に進めたがる人が居ないからです。
サエは基本的に受け身の人間。
『紫』はなるべく状況を引きのばそうとしています。意地悪でなく、面白いからという理由で。
なので主導権は『紫』が握っています。




