旅の途中で ~ギアの場合~
8話終わりから9話前までの間の出来事です。
ギアの場合と言いながら、サエ視点です。
旅。旅は良いよね。昔から私は、お出かけって言葉に心躍らせていた。遠足の日を、指折り数えて過ごす子供。それが私だった。
まあ、さすがに旅生活に慣れてくると、いちいち日数を数えたりはしなくなったが。
そんなわけで、『楽園』から出発して何日か過ぎた今日。私たちは早めに今晩の宿を決めた。理由は特にない。あえて言うなら、次の街までどう考えたって一泊する必要があるからだ。
必要な物を買い足す必要もあったし。
いや、私はタクトにくっついてお店回っただけなんだけどね。必要な物は、タクトが分かってるから大丈夫。
今は宿の一室で食後のまったりタイム・・・・のはずだった。ユイジィンがいきなりどっかに行っちゃうまでは。
「なぁ、闘ろうぜ!」
始まりはギアのいつもの一言だった。しかし、ギアって本当に闘いたがるよね。このセリフをクラークに向かって言いまくっている。一時間に一回は言っているんじゃないだろうか。
いや、さすがにそれは言いすぎだろうが。
それでもかなりの頻度で口にしているのは、間違いない。
言われているクラークがその勝負を受けることは、ごくごく稀だけど。
まあ、それはいつもの日常と化していた。それなのに、今日だけは違った。
怒ったみたいな仏頂面のユイジィンが出て行くのを、ぽかんと見送った。はっと気が付いたのは、私が先だった。
一体どうした、何があった。困った私がきょろきょろ皆を見渡す頃、タクトが慌てて立ち上がった。
「お、俺、捜してくるよ・・!」
返事も聞かずに飛び出す。
ユイジィンは人間の世界に慣れていない。それは周知の事実だった。そんな彼を一人にするのは心配だったのだ。
タクトの心情は理解できる。私も同じ心配に行き着いたからだ。
だけど、それだけじゃない。私たちの旅は酷く上手くいっていなかった。
いや、旅路自体は順調だと思う。目的の街までの行程を問題なく進んでいたから。
上手くいっていないのは、人間関係の方だ。私たちは、なんというか・・、同じ目的の元にある仲間であるのだが、それっぽくなかった。
よそよそしい・・・いや、はっきりと言うならぎすぎすしていた。
私とタクトとクラークはまだ良い。今までずっと旅してきたのだから、お互い勝手が分かっている。でも、ギアとユイジィンは違った。
特にユイジィン。
彼は、目に見えて苛立っていた。本人が必死に押さえているようだったので、今までは何も言わなかった。が、何かにつけて眉を寄せたり、イライラと肩を揺らす様子をはらはらしながら見ていたのだ。
・・・ギアが何かした時は特に。
余計な口出しをすると怒りそうだった。
だから今まで見て見ぬふりをしてきたのだけど、それは間違っていたのだろうか。
それに、ギアもちょっと様子がおかしいのだ。
ぱっと見はそう変化は見られないのだが、ふとした時にむすりとした顔をしていることがあるのだ。
更にクラークが言うには、ギアの決闘申し込みの頻度が多すぎるらしい。
クラークは口数が少なすぎるから、詳細を訊き出すのには苦労した。が、なんとか理由を訊き出すことが出来た・・・・タクトが。
その話によると、ギアは元々戦闘大好きではあったらしい。それでも、毎日闘いたがることはなかったらしい。
強い相手と闘う。それが目的なので、逆に言えばそれが満たされればしばらくは大人しくなるらしいのだ。
ギアは『楽園』でユイジィンや『黄』と闘った。充分その欲は満たされたはずだった。それなのに、それまで以上に闘いたがっている。それがおかしいのだ。
仲間内の不和が、目に見えてきている。それはきっと、私たちの関係が限界を迎えているということだ。
どうにかしないと・・・。そう思って、立ち上がる。
タクトに遅れながらも、私も宿を出る。
が、左右を見て止まってしまった。勢いで出て来たは良いけど、彼らはどちらへ行ったのだろう?右を見て、左を見て・・・確認のためにもう一度右左を見る。何度見ても居ない。
見失った・・!
意味はないが懲りずに左右を見渡す私はきっと、とっても混乱していたのだろう。焦るあまりに適当に足を動かす。
と、肩を掴まれ無理矢理止められた。振り仰ぐと、クラークが見下ろしていた。その後ろには興味なさ気なギアが見える。
「・・・・一人で行くな」
「あ、うん」
ぼそりと零された言葉に、曖昧に頷く。
レアなクラークの言葉でちょっとだけ平静になる。
とにかく2人を捜さなきゃ!そう思った私は、今度こそはと一歩踏み出る。その後ろをクラークが付いてきているのが分かる。
なんだか心強くて、早足になりながらずんずん歩く。
さて、何処に行ったのだろうか。
心当たりがあるわけなく、とにかく私は歩き回った。午前中に行ったお店を覗いたり、道行く人に訊いてみたり、私にしては頑張ったと思う。
がしかし、それは空振りに終わった。タクトはともかく、ユイジィンはとんでもなく目立つ。事実一緒に訪れた店の人は、彼の風貌を事細かく覚えていた。そして、彼がこの辺りには来なかったことも保証してくれた。
いや、来なかったことを保証されても・・・。
いやいや、こっちには来なかったなら、きっとあっちに行ったのだ。
諦めず反対方向へも行ってみる。
結果は良くなかったが。どころか、なんだか嫌な所に入ってしまった気がする。
もしかしたらこっちかも、と大通りから外れたのがいけなかった。一目で碌でもないであろうと分かる男たちが、あっちこっちに居る。加えて浮浪者の方々も居る。
所謂スラム街に踏み込んでしまったのだろう。
どうしよう。引き返そうか。それともこのまま此処を突っ切ってしまおうか。
クラークも居るし、何故かギアも付いてきていたので、絡まれたところで大丈夫だろうけど。
迷ったのが更にいけなかった。
暇を持て余していたギアが、クラークの前に回り込む。
「な、闘ろうぜ!」
「・・・・」
珍しくクラークが大きな溜息を吐いた。
どうやらさしものクラークも、いい加減うんざりしてきたのだろう。無視してわざと視線を外す。しかしそれであのギアが引き下がるわけがない。
「なぁなぁ」としつこく誘い続けている。
ふむ、言われてみれば、何だかちょっと様子がおかしいような気がする。何処か余裕がないような、焦りのようなものを感じる。
「な、良いだろ?」
「・・・・嫌だ」
とうとうクラークから一言をもぎ取った。内容は拒否ではあったけど。
途端に不満気な顔になるギア。だけど、一度決めたことを翻すクラークではない。そのことが分かっているのか、ギアはようやく諦めたようだ。
むっすりとした顔のまま、ふらりと歩いて行ってしまう。呼び止める隙もなかった。
捜す対象が増えるのはごめんだ。急いで赤い背中を追い掛ける。
大丈夫。今回はちゃんと見えているし、何と言ってもド派手な赤色なのだ。見失うことはない。
「・・・・とか思っているから見失うんだよ!」
「・・・・」
人気のない路地に、私の腹立ち紛れの声が響く。
思ったよりも大声が出てしまった。慌てて口を閉じて、周りを窺う。
誰かが出てくる様子はない。どうやら怒られはしないようだ。変な人も出て来ないみたいだし、良かった良かった。
いや、全然良くないんだけどね。
さあ、またしても困った事態になったぞ。
見失ったとは言え、多分この辺りに居るはず・・・多分、きっと。
そう信じて、私はクラークを連れて裏路地を歩く。
あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。
ようやく私は目的の人物を見つけた。
遠くからでもよく見える、真っ赤なあの人はギアに違いない。どうやら何事もなかったらしい。
見つかった安堵から、駆け足で近付く。が、近付く内に嫌でも目に映るものがあり、少しずつ速度が落ちていく。
嫌だなー。行きたくないなー。でも行かなきゃ駄目だよねー・・。
とぼとぼと歩くほどになってしまったけど、なんとか立ち止まらずに彼のそばまで行けた。
問題のものは彼の足もとに転がっている。
が、無視した。
「おー、なんだ?俺になんか用か?」
さっきとは打って変わって爽やかな笑みを浮かべるギア。すっきりした顔が眩しい。
まあ、すっきりした理由に思い至った私の顔は、引き攣った笑みしか出ていないだろうけど。
とにかく目的の人物その1(その3?)を見つけたのだから、長いは無用だ。
そう、彼の足もとで倒れ伏している男たちのことなんか私知らない。時々唸っているし、きっと死んでない。だから大丈夫。
無言でぐいぐい手を引く私に、軽く首を傾げながらも大人しくついてくる。
彼のストレス解消に付き合わされた人々を置いて、私たちは大通りに戻った。
いや、私はよく知らないんだけどね、そんな人たちのことなんか。うん、多分スラム仲間が助けてくれるよ。きっとね。
流れる冷や汗を拭って、無理矢理落ち着く。
その後は、ギアの「腹減った」発言のせいで再び食事を摂ることとなった。
さっき昼食食べたばっかりじゃん。そうは思ったけど、ギアは普通に食事している。もう、どうでもいいよ。
食事中、彼は上機嫌で先程のことを語ったりした。
誰かを追う、殺気だった男たち。彼らを相手に大立ち回りをしたらしいが、そんなこと私には関係ない。
と言うか、きっと君以外誰も関係ない話だと思うよ、とは言わないでおいた。
折角機嫌が良くなったのだから、下手なことは言わないでおこう。
そんな諦めを抱いた私は、しばらくして帰ってきた2人を見て、ちょっと理不尽に感じた。
タクトとユイジィンは、明らかに仲良くなっていたのだ。そして、ギアは機嫌が良くなった。
知らず知らずの内とは言え、崩壊の危機を乗り越えられたのは嬉しい。嬉しいが・・・、私は特に何もなく、疲れただけだったことが残念で仕方なかった。
ギアは『黄』に負けたことを密かに気にしています。なのでちょっとしつこい。でもしばらくして元に戻ります。
忘れっぽいので。




