表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
只今、冒険活動中!  作者: 雲雀 あお
番外編 その2
51/89

旅の途中で ~ユイジィンの場合~

8話終わりから9話前の間の出来事です。


ユイジィン視点。


 私の名前は、ユイジィン・オーディル。神である『ルーテウス』様の命により、人間の世界へとやってきた。

 今、何回目かの人間の街を歩いている。しかし、人間というのは本当に変わった生き物だ。どれだけ見てきても、この実感は変わらない。

 天族である私には理解できないことをいくつもしている。



 一番大きい違いは、「金銭きんせん」だ。天界ではもちろん、『楽園パラディス』でもそのような物を使ったことがない。これがなければ何も手に入らないと教えられた時は、驚いたものだ。

 自分たちが作り上げた物を無償で配る者などいない。それが人間の常識であるらしい。天界では考えられないことだ。


 天界では、天族同士は兄弟姉妹であり、格差がない。もちろんそれなりに階層というものは存在するが、それが差別に繋がることはないのだ。

 天界では皆、何かしらの役職を与えられる。それは幼子おさなごとて例外ではない。自分で考えることができるようになった者から、その成長に見合った仕事をするのだ。

 それぞれが、それぞれの仕事をする。似た仕事同士で階層が出来るが、それら全てを合わせることで天族全体の発展に繋がる。それが当たり前であり、報酬や恩恵のために働くわけではない。

 家族のために働く。そのことに、そのような無粋な考えを持ち込むことなど言語道断である。



 しかし人間は、そうではないようだ。初めて人間のいとなみに触れた時は、違和感に首を傾げた。

 違和感を抱えたまま、旅に必要な品々を手に入れる彼らの後をついて歩く。彼らは品物を受け取る代わりに何かを渡す。それを繰り返していた。

 最初はお礼の品であるのかと思った。仕事をするのは当然だが、ほどこしを受けていることには素直に感謝するべきだ。天界でも日ごろの感謝を込めて贈り物をする、ということがよくあった。

 私も、自身は生産職に就いているわけではなかったが、警護の礼に贈られた品々を周りに配ったり、出来る限りで返すようにしていた。


 だが彼らは・・人間は違う。品物を選ぶ彼らは、欲しい物を諦めることがあったのだ。既に他の者に渡される予定でもあるのかとも思ったが、そうではなかった。

 彼らの会話を聞くともなしに聞いていたら、どうやら今まで渡していた物が足りないようだった。

 それが足りないと品物を手に入れられない。

 このことを知り、違和感の正体が分かった。



 街の端、細い道の奥、大通りからは見通せないそれらに、膝を抱えた者たちが居たのだ。施しを得られない、「金銭」のない人々。その存在を色濃く感じる。

 格差のない社会で育ったからだろうか。

 その気配に言いようのない嫌悪感が湧き上がった。同時に、何故そのような者が居るのか理解できなかった。

 他の人間は一体何をしているのか。何故彼らには何も与えない?そして彼らは何故何もしていないのだ?

 私には理解できない常識に、困惑した。それは今現在も続いている。



 他の、小さいが無視できない種族の違いも重なって、最近はまともに眠れていない。不眠不休で外敵を警戒することはあっても、このように生活の基盤自体が不安定なことはなかった。

 正直に言って、少々辛いとさえ思っている。

 加えて、自由に空を飛べないこともそれに拍車を掛けていた。


 人間の中には、天族に対して理解出来ない妄想を抱いている者が居るらしい。

 旅路を共にしている、タクトとサエという人間は幸いそうではない。ないが、天族のことを誤解し、「天の遣い」や「天使」であると思っている者が居るそうだ。

 どういった経緯でそのような、有りもしない妄想が生まれたのか・・・。ともかく、そういった者に私の正体が知られると、いろいろと面倒なことになるらしい。

 おかげで私は翼を出すことすら叶わない。



 不愉快だ。自由に出来ないことが多すぎて、苛立ってしまう。

 『ルーテウス』様の命を一日でも早く遂行して、急ぎ『楽園パラディス』へ帰りたい。

 らしくもない考えが焦燥感しょうそうかんつのらせる。そんな私の心の内と反して、調査はちち々として進まない。更に焦り、苛立いらだつ悪循環が出来ていた。


 それだけに終わらず、共に旅をする彼らとも、私は協調出来ていなかった。原因は明白だ。気に入らない男が居るからだ。

 ただでさえ苛立っている私の神経をわざわざ逆なでしていく。そんな印象を受ける男だ。

 そもそも『楽園パラディス』で戦った時から、あの赤い男のことが気に入らなかったのだ。へらへらと笑って、平気で武器を振りかざす姿が嫌だった。



 私にとって戦いは、護るためである。護るべきものを護る。そのための手段であり、言ってしまえば戦わずして護れるなら、無理に武器を取ったりはしない。

 だからなのかもしれない。あの男の、戦いこそが目的であるかのような態度に、納得がいかないのは。


 その気持ちのまま彼と向き合う。それが駄目なことは理解している。だが、一度そう感じてしまうと、なかなか変えることは出来なかった。

 無視しようと思っても、気になってしまう。そのことで誰かに相談しようとも思ったが、誰に、の部分で行き詰った。相談できる相手など、此処には居ない。



 何もかもかんさわる。それでも我慢しているのは、使命があるゆえだ。そう言い聞かせてやってきた。しかしそれも・・、もう限界だ。


「なぁ、ろうぜ!」


 何度目かも分からないその言葉が引き金になった。黒い男に絡むそいつを横目でにらんで、席を立つ。

 今夜の宿にと取った部屋から出て、当てもなく歩き出す。

 とにかく一緒に居たくなかった。何処どこでも良いから、此処ここ以外の所に居たかった。

 ただそれだけの理由で単独行動を取るなど、今までの私はしなかっただろう。思っていたより私は、忍耐が足りないようだ。

 自嘲じちょうの笑いが口からこぼれる。

 何もかもが腹立たしい。



 一人になりたくて、人気のない路地に入る。人の居ない方居ない方へと足を動かす。

 ほとんど人通りがなくなった通りに、少しだけ安心する。心はいまだささくれ立っているが、この辺りで頭を冷やせば良いだろう。

 また我慢できるだけの余裕を取り戻すまでは、帰れない。落ち着いたら、宿へ帰れば良い。


 そんなことを考えていたからか、周りへの警戒が薄れてしまっていた。

 前から人が来ていることは分かっていた。充分避けたつもりだったのだが、狭い路地だったので肩が軽くぶつかってしまう。


「・・!すまない」

ってぇ!!」


 とっさに謝罪の言葉を口にした私の目の前で、大げさに肩を押さえる男。

 お世辞にも清潔とは言いがたい身なりをしたその男は、ぶつかった肩を押さえて「痛てぇ、痛てぇ」と繰り返していた。

 大げさ・・、いや軟弱と言っても良いかもしれない。何故そんなに痛がっているのか理解できない。また人間特有の何かがあるのだろうか。

 驚きよりも困惑がまさり、その場に立ち尽くす。


「おいおい、兄ちゃん。オレらの仲間に何してくれてんだよ」


 気が付けば人気のなかった路地に、小汚い男たちが集まっていた。全部で12,3人は居るだろうか。

 前後が完全に塞がれていた。

 男たちの中から一人が出てくる。そして、まだ痛がっていた男の様子を見る。


「おーおー、こりゃ骨がイッちまってるなぁ。どうしてくれるんだよ、あんた」


 馬鹿な。と言うところだった。あんな衝撃で骨が折れるわけがない。分かってはいたが、同時に、この者たちの目的が見えてきた。

 明らかに嘘だと分かることを言ってきたのだ。私をだますことが目的ではあるまい。憶測だが、この者たちの身なりから「金銭」を持たない彼らが、私からそれを奪おうとしているのだろう。

 素直に欲しいと言わないのは、人間だからだろうか。もっとも、欲しいと言われても私は「金銭」など持っていないから、渡しようがないのだが。


 しかしそれを知らない男たちは、徐々に包囲を狭めてくる。人間の生活を知り得ない私でも、彼らが暴力的な方法で私から「金銭」を奪おうとしていることは分かった。

 平時であれば、穏便に事を収めようとしただろう。が、間が悪かった。今の私はとても平常であるとは言い難い。


「治療費、払ってくれよ」

「・・・嫌だと言ったら?」

「じゃあ、しょうがねぇ。無理矢理払ってもらうしかねぇな!!」


 男の言葉を合図に、一斉に押し寄せてくる。

 その動きは、見た目よりは統率が取れていた。が、私の敵ではない。剣を使うまでもない。天術によってしまっている愛用の剣を出さずに、拳を構える。

 一番近くに居た、肩を押さえていた男に向き直る。既に肩など何でもないように、下卑げびた表情を浮かべている。まずはこいつからだ。


「ぐえっ!!?」

「!?」


 私が男を殴る前に、路地を塞いでいた男たちから苦悶くもんの声がれる。

 そちらを見ると、次々と男たちが倒れていくところだった。倒れた彼らの向こうから、見知った顔が必死の形相でこちらを見ている。


「ユイジィン!こっちだ!」


 私が何か言う前に、腕を掴まれ走り出す。後ろで「・・っ!追えっ!!」という声が聞こえる。

 先程まであった、好戦的な気持ちがしぼんでいく。掴まれたままだった腕を振り切って、自分の意思で走る。

 ちらりと振り返った彼は、私が追ってきているのを確認して前へ向き直る。

 ばたばたと聞こえる足音を後ろに、私たちは路地から路地へと走る。



 どれくらい走っただろうか。

 それほど長くは走っていないのに、足音が聞こえなくなった。走りながらうかがう。やはり誰も追ってきていない。

 振り切れたことに疑問はあるが、前を行く彼を呼び止める。立ち止まって、お互いさして乱れていない息を整えるふりをする。

 勝手に出てきてしまった手前、気まずい思いが胸に湧く。

 黙っていたら、彼の方から話しかけてきた。


「大丈夫だったか?」

「・・・あの程度の相手、どうということはない」


 少しぶっきらぼうだったかもしれない。が、事実だ。

 彼、タクトが助けてくれなくても、私一人で全員地に沈めることが出来た。それは彼も分かっていただろう。それでも、心配そうな表情は変わらなかった。


「そっか・・・。でも、危ないから気を付けた方が良いぜ」


 その言い方が忘れていた苛立ちを思い出させる。

 この男はいつもこうだ。まるで幼子にするように、あれこれと私の世話をしたがるのだ。私だけではない。彼女やあの男、ギアにも同じように接している。

 分かっているのだ、本当は。タクトは本気で私たちのことを心配しており、それこそが彼の美徳であるのだと。

 しかし、冷静でない心がそれを認めたがらない。それが余計に苛立ちを生み出していると理解していても。


「何故・・、何故私の後を追ってきた?何故そこまで気にするのだ」


 だから、私は思わず疑問を口にしていた。

 問われたタクトは、一瞬驚き、そして笑った。困ったような、苦笑のような、そんな笑みだった。


「うーん、そうだなぁ・・・。上手く言えないけど・・、ほら、俺たちは一緒に旅する仲間だろ?困ってるなら助けるのは当たり前って言うか・・・。いや、仲間じゃなくてもさ、知り合ったなら助けたいって思うし、力になれるならなりたいって思うんだ」


 「ただそれだけ、なんだけどな」と笑う彼に、今度は私が驚いた。

 言っていることは分かる。これが同じ天族同士なら、疑いもなく頷ける話だ。しかし彼は人間だ。今まで決して多くはないが見てきた人間たちから抱いたイメージとは、懸け離れた言葉だった。

 更に、違う種族というだけで、その言葉を素直に受け取れない自分が居たことにも驚いた。


 私は気付かぬ内に、天族と人間との間に明確な線を引いていた。溝とも言えるほど大きな線を。

 その線の向こう側で笑う彼を、私は信じられなかった。

 共感できない。

 次に思ったのは、それだった。天族として当たり前の感覚を、人間相手に抱けなかった。

 唐突に自己嫌悪が胸を支配する。私はいつからこのようになってしまったのだろうか。彼の言葉に嘘はない。それは分かる。それでも・・・手放しで信じきることは、出来そうになかった。


「・・ユイジィン?どうした?どっか痛いのか?」


 顔をしかめた私を見て、タクトは心配そうに眉を寄せた。彼は線の向こう側だ。それでも出来得る限り、こちらに近付こうとしている。

 その様子に、心の奥がむずがゆくなる。罪悪感とほんの少しの暖かさが私に宿る。


 完全に信じきれない私を許してほしい。

 言葉にはしないが、そう心の中で呟いた。そして、同時に思う。


 それでも、私は君たちに向き合いたい。共感できずとも理解は出来る。理解出来れば・・・同じだけの想いを返せるようになるかもしれない。それまで、少しだけ待っていてほしい。


「・・・大丈夫だ、なんともない」

「そう、か・・。なら良いんだ」


 追求されないことに甘える。今はまだ、誤解させずにきちんと言葉に出来る自信がない。だが、いつの日か、彼には伝えたいことがある。

 もやもやとした私の心をほんの少し晴らしてくれた、その礼を。

 一日でも早くそうなれるように、私も努力しようと思う。

 彼と肩を並べて歩いたのは、この日が初めてのことだった。




ユイジィンは、気になることがあると眠れなくなるタイプ。この出来事からちょっとずつタクトに頼るようになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ