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思わぬ再会 5

 皇帝陛下と同じ部屋で就寝。危惧きぐしていたあれやこれやは全く起こる気配なし。

 私は誰に邪魔されることなく、眠っていた。

 そして、夢を見た。




***********



 白くて広い空間。

 いつかどこかで見た場所。

 そこには人影が6つあった。


 1人は、黒くて長い髪を持つ無表情の男。

 1人は、緑の髪を持つ柔らかな笑みを浮かべた女性。

 1人は、蜂蜜はちみつ色の髪を短く切った女性。

 1人は、背に大きな白い翼を生やした男。

 1人は、あちこちに跳ねた赤い短髪を持つ少年。

 1人は、足首まである青いローブを着た年老いた男。


 見たことあるのは3人だけだ。

 彼らは何かを話している。しかし私には聞こえない。

 聞こえないが、眺めることは出来る。


 黒い男が何かを言う。その合間合間あいまあいまに緑の女性が口を開く。黄色の女性は笑うだけで、何も言わない。翼のある男が何か言った。赤毛の少年が続いて話す。老人は目を閉じている。


『あれらは変わらないな』


 ふいに隣から声がした。

 見ると、1人の女の子がそこに居た。


 紫の髪が揺れる。

 私の前に移動した彼女が笑う。


『そろそろ、朝だよ。早くお帰り』


 高校生くらいの女の子が、顔に不釣り合いな大人っぽい笑みを浮かべている。

 動いていないのに、遠ざかる景色。彼女の声だけが耳に響く。


『あそこで、面白いものを食べたんだね。じゃあ大事な日まで、その効果が消えないようにしておくね』


 彼女の言葉は一つも分からない。

 もう何も見えない。


『またね』


 上機嫌なその声が聞こえたところで、私の意識は完全に消えた。



***********



 ギシギシという音で目が覚めた。何の音だ。・・・・・ああ、廊下を歩く音か。

 とってもぼろい宿に泊っていたんだっけ。

 現状把握と同時に目を開ける。綺麗とは言い難い天井を眺めて、気付く。窓のカーテンを閉めるのを忘れていた。朝の光が良い感じに入ってきている。


 まだ頭がぼんやりしている。何か夢を見ていた気がするのだが、内容が思い出せない。あと、何か言われたような気もするのだけど、やっぱり思い出せない。

 いや、紫色の何かがあったのは覚えている。人だったのか何だったのかも思い出せないが・・・。しばらく思い出そうと無駄な努力をする。

 ・・・まあ、良いか。夢なんてそんなものだ。覚えてなくても何の不都合もないだろう。



 起き上がって大きく息を吸う。じょじょ々に頭が働きだしている。

 そう言えば、皇帝陛下はどうしているのだろうか。真横のベッドに目を向ける。

 すさまじい光景だ。驚いてしまった。

 何故なら、枕が床に落ちているし、昨日脱いで枕元に畳まれていた衣服があちこちに移動していたからだ。まるで脱ぎ散らかしてそのままって感じだ。どんなふうに寝たらこうなるんだ。


 そしてベッドの中央に、シーツにくるまった何かが居た。

 いや、多分皇帝陛下だろうけど、何だこの姿は。完全にシーツの中に隠れてしまっている。寝相ねぞうが悪いとか、そんなレベルは超えてしまっている気がする。

 と、シーツの塊がもぞもぞと動いた。

 じっと見つめる。本来なら足元になる位置から頭が生えた。やっぱり皇帝陛下だった、これは。

 眠そうな目がきょろきょろと周りを見ている。いまだに頭しか出ていないが、指摘した方が良いのだろうか。


「・・むに・・・」


 何事か呟いて、引っ込んだ。またもぞもぞして、静かになる。

 耳を澄まして様子をうかがう。

 規則正しい呼吸音。どうやらまた寝たらしい。さっきのは寝惚ねぼけていた、ということか。


 起こすべきか。いや、止めておこう。一瞬で答えを出して目を逸らす。

 面倒なことになりそうだからだ。ということで、彼女のことは無視して着替える。おっと、そう言えば昨日タクトに上着を借りたんだっけ。

 今日は良い天気っぽいし、朝洗って干しておけば夕方には乾くだろう。朝食の前に、さっさと洗ってしまおう。

 宿の洗い場を貸してもらうため、部屋を出る。


「んあ」


 部屋を出て、階段へ・・・と思ったけど、その前にギアと鉢合わせした。で、ギアが変な声を出したのだ。

 よく見てみると、何だかふらふらしている。どうしたのだろうか。


「ギア、おはよう。どうしたの?ふらふらしてるけど・・・っ!?」


 ギアがいきなりこっちに倒れてきた。避ける暇もない。

 頑張って受け止めてみるが、いやこれは無理!

 背の高さもかなり違うし、何より筋肉質な体をしているのだ。とっても重くて支えきれない。いっそ床に放り投げようかと思ったが、完全に下敷きにされる体勢である。

 横にずらすとか、それさえも重労働になりそうだ。


「・・・ねむい・・。でも、腹へった・・。いやでも・・・やっぱり、ねむ・・い・・・」


 私にもたれたままそんなことを言って、更に力を抜いてくる。止めて寝ないで。意識を失った人って重くなるから!

 努力空しくひざが折れ、廊下を軋ませる。もうお尻も床にくっついてしまった。


「ちょっと!ギア、起きて!」

「ん~・・・?・・やわらかい・・・まくら・・・」

「違うから!枕じゃないから!!」


 耳元で怒鳴ってるのに起きないし!てかむしろ、ぎゅっと抱き締めてきたし!!

 ヤバイ・・!男の人に抱き締められたからとか、そんな甘酸っぱい理由じゃない。

 こいつ、鍛え抜かれた男の力で、力一杯抱き締めてきているのだ。背骨が折れるって!廊下だけでなく、私の背骨までもがギシギシ鳴っているのが分かる。


 誰か助けて!マジで死ぬ!!

 苦しくて声も出ないが、なんとか他の人たちに窮状ピンチを伝えるべく念じてみた。誰か都合良くテレパシー能力を持っている奴はいないのか!?

 て、ヤバイ・・・。目の前が暗くなってきた・・・。


「ふあっ!・・はあ、はあ、はぁ・・・」


 意識が落ちる寸前で、私を締め付けていた力が緩んだ。そして、圧迫していたギアの体が消えた。

 乱れた息を整える間に、視界も元に戻った。そこに居たのは、ギアを片手にぶら下げたクラークだった。

 酸欠の脳が状況を理解するまで、クラークも私も動かなかった。

 どうも、私の命を救ってくれたのはクラークのようである。



 これで一体何回目だろうか、彼に助けられるのは。

 返したいと思っても、何もしてあげられることがない。それが悔しい。

 悔しい、なんて今まで感じたこと自体少ないというのに。この世界に来てからは、よくよく自分の未熟さや無力さを突きつけられる。

 出来もしないことを出来るとは言いたくないが、せめて何か返したい。そう思うのも、これで何回目だ。成長の見られない自分。

 いや、今考えるべきことではない。逃げているのは分かっているが、今は本当に、そういう時ではないだろう。今はそう・・、お礼を言うべき時だ。


「あ、ありがとう」

「・・・ああ」


 かすれた声しか出なかったが、ちゃんと聞こえたようだ。軽く頷いて、きびすを返した。

 彼はギアをその手に掴んだまま引きっていく。そっちは階段だが・・、何をするつもりだろうか?

 そうだ、確かギアはお腹も空いているんだったっけ。食堂に連れて行って叩き起こして、朝食をらせる。いや、起こしてから食堂に連れていくのかな?

 どっちにしても、彼の世話はクラークがやってくれるのだろう。優しい、というか面倒見が良いな、意外と。


 なんて思ったのは間違いだった。

 階段の手前まで来たクラークは、躊躇ためらうことなくギアを放り投げた。寝惚けて、いや、二度寝に入っていたギアには受け身すら取れなかっただろう。

 彼はそのまま、凄い音を立てながら階段の下まで転がり落ちていった。

 再び踵を返すクラーク。まだ座り込んでいる私の横を通って、奥の部屋に入ってしまった。



 我に返って階段の下を確認すると、ギアが上下逆さまの状態で倒れていた。ピクリとも動かないので、「まさか打ち所が悪かったんじゃ・・・」と恐ろしくなったが、どうやら気絶しているだけのようだった。

 クラーク、ひょっとしてギアのこと凄い嫌い?というか、起こすとかじゃなくて、ただ単に邪魔だったから捨てたって方が正しいのかも。

 私たち、狭い廊下を占拠せんきょしていたし。それが正しいのなら、捨てられたのが私じゃなくて本当に良かった。

 いや、クラークが私を捨てるわけないって、信じてるけどね!

 いやいや、普段のクラークだったら、もうちょっと穏便な方法を選ぶような気がするぞ。だとしたら今日は、あんまり機嫌が良くないのかも知れない。変なことはしないように注意しよう。



 床に倒れるギアを見なかったことにして、宿の裏手に回る。

 早く上着を洗わないと、朝食を食べるのが遅くなってしまう。

 宿の裏手は、小さな垣根に囲まれている。まあ、小さいとは言っても私の身長よりは高いのだけれどね。ギアやクラークほど高い人だと、頭一つ分出るぐらいの高さなのだ。


 ちなみに私たちの身長は高い順に、ギア→クラーク→ユイジィン→タクト→私、になる。

 基本的に皆、背が高い。一緒に歩いていると、私の頭越しに会話する、というようなことがよく起こるぐらいに。私は会話に参加したがらないからね。全く会話しないわけでもないけれど。

 理由は簡単だ。見上げ過ぎて首が痛くなるから。

 座っている時ならいざ知らず。歩いている時に見上げたり足元確認したりって面倒なんだよね。疲れるし。



 そんなどうでも良いことを考えながら、置いてあったたらいに水を入れ、上着を浸す。さあ洗うぞ。

 いや、しまった。肝心な物がない。洗うために必要な洗剤が。

 いやいや忘れていたわけではないよ。ちょっと後回しにしていただけだ。今取りに行こうと思ってた。


 誰に対してなのか、言い訳めいたことを思い浮かべながら、立ち上がる。

 その時、垣根の方を見たのはただの偶然だった。なんとなく、と言っても良い。

 なんとなく見たその垣根に、さっきはなかった穴が出来ていたのだ。その向こうで、紫色の髪が一瞬見えた。

 思わず追い掛けたのは、何でだったんだろうか。

 とにかく私は『彼女』を追い掛けて、路地へと出ていた。



 左右に広がる道の何処どこにも居ない。

 それでもまだ近くに居るような気がして、足を踏み出す。


「そっちは駄目だ」

「!」


 びっくりして振り返る。今まさに踏み出した方とは逆の道、そこに立っていたのは・・・。


「カーディナル・・さん?」

「おう、久方ぶりだな」


 カーディナル、カーディナルねえさん。男気溢れる、美女である。かつて情報を求めて会いに言った人だ。相変わらず寒そうな格好をしているが、今日はその上にロングコートを羽織っている。

 水着のごとく露出度が高い服にロングコートって・・、一歩間違えればただの変態だ。この格好が似合う人はそうは居ないだろうな。

 変わった格好でも、堂々と着こなすカーディナル姐さん。格好良いです。


 馬鹿げたことを考えていた私に、親しげな笑みを浮かべて近付いてくる。

 しかし、何故此処ここにカーディナル姐さんが?というか、あの時あの日に出会った人に、また再会してしまった。何かの前触れなのだろうか。


「元気してたみたいだな。ああ、私もこの通り元気だ。元気元気のきわみだ」

「はあ・・」


 何だこのテンション。前とは明らかに違うノリである。

 表情もやけに明るい。まさか・・・姐さんの偽物!?

 いや、それはただの冗談だが。とにかく、姐さんの話を聞いてみよう。何の用もなく声を掛けてきたとは思えないし。

 改めてカーディナル姐さんを見上げる。彼女も女性にしては身長があるので、どうしても見上げなくてはならないのだ。


「そしてあんたも元気だ。だから止めときな」

「な、何をですか?」


 明るい表情にミスマッチな程鋭い眼光に、震えてしまう。

 そうだった。この人はこういう人だった。スイッチ一つで、いや、そんな間もなく鋭い表情を見せる人だったことを・・、忘れていた。

 一瞬前の明るさなんて、意味をさないのだ。

 思い出したところで、彼女の言葉を反復する。何を「止めろ」って?


「『あれ』を追い掛けてたんだろ?それを止めなって言っているんだ。今のまま、五体満足で居たいなら」


 五体満足って・・・、あのまま何処かに言っていたら何か危険な目に遭っていた、そういうことですか・・?

 どういうことだ。

 久々に思いっきりわけが分からない。しかし姐さんに説明する意思はないようだ。首を傾げる私の頭に手を置いて、無理矢理宿の方へ向かせる。

 首!そんなことしたら首が折れる!逆らうと確実にそうなるので、大人しく出てきた穴から宿を見る。


「サエ、その人は誰だ?」

「ユイジィン」


 陽光に眩しい白シャツに、茶色のズボン。愛用の剣もいつものように腰にいている。ラフな格好のユイジィンが、厳しい表情でこちらを睨んでいた。

 思うに、カーディナル姐さんがあまりに怪しすぎて、警戒しているのだろう。まずは彼女に害意がないことを伝えないと。


「この人は・・」

「じゃあ、私はもう行くよ」

「え・・?」


 私の言葉にかぶせるように、カーディナル姐さんが言う。掴まれていた頭も解放され、慌てて姐さんを見る。

 姐さんは興味深そうにユイジィンを見ていた。そして、私に視線を移す。

 心底楽しそうな光を宿した瞳とぶつかった。でも、私が何か言う前に身をひるがえしてしまった。


「カーディナル、さん!」

「・・くれぐれも気を付けな。『あれ』が近くをうろついているから」

「ま、待って・・!」


 『あれ』って何?あの紫色の彼女のことだろうか?

 ん、あれ?何で私、ちらりと見ただけなのに、「彼女」って断定しているんだろう?

 むむぅ・・。自分のことなのに、よく分からないって気持ち悪いな。いや、気持ち悪いって言うか、不安って言うか・・・。


 そんなことを考えていたら、カーディナル姐さんを見失った。何で今、そんなこと考えてしまったのだろうか。

 言葉にできないもやもやを抱えながら、私は宿へと・・、厳しい顔のまま待っているユイジィンの元へと戻るのだった。




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