思わぬ再会 3
結論から言うと、私たちとジンは同じ目的で動いていた。と言っても、なるべく穏便に済ませようとしている私たちとは違って、ジンは乱暴な手も辞さない覚悟らしい。どうやら彼の主人がどんな手段を使っても良いと許可を出したようだ。
ジンの主が誰か知らないが、随分と切羽詰まっているのだろう。
「我々も悠長にしている場合ではないのだがな」
言ったのはユイジィンである。私の思考を読んだのかと思ったけど、そうではない。
私たちはまだ酒場の中に居た。この酒場に入ってから、既にかなりの時間が経っている。
話も終わったのに何故まだ居るのかと言うと、ジンが仲間に呼ばれて席を外してしまったのだ。何か耳打ちされた後、慌ただしく出て行った。私たちに「此処で待っていろ」と言い置いて。
だからこうして待っているのだけど、ユイジィンが目に見えてイライラしてきている。それでも出て行かないのは、まだジンから得るべき情報があるからだ。
私たちは5人なのだ。別に一人出て行ったところで問題はないのだが、そうするつもりはないらしい。
ユイジィンの真面目さがよく分かる。
ジンとの話で、いろいろと分かってきたことがある。
まず『救世術』を使う集団のこと。彼らは自らを『救世の使者』と称し、貧しい村や町を巡って『救世術』を広めているそうだ。
その活動は、今のところこの国の、それもこの街に近い地域でしか行われていないらしい。しかし、それも徐々に活動範囲が広がりつつある。
具体的な術の内容は掴めていないらしいが、その術を使うことで、貧富の差を埋めてしまうことは分かっている。そしてそのせいでこの辺りは、今まで貧しい生活を強いられてきた人々による暴動が起こり得る段階にまで発展する可能性がある、という話だ。
そして、ジンやジンの主が懸念していることが、その暴動であるらしい。
ジンが仕えているのはこの国の人ではないらしいが、明日の我が身、という考えのようだ。
暴動が起こり得る可能性が、自国に侵入する前に潰してしまおうということらしい。乱暴この上ないが、それはそれで焦る理由がある、ということだろう。
暴動というのも、比喩ではなく本当に起こりそうな気配があると言うことだから、私たちものんびりはしていられない。
が、ジンが帰ってくるのを待たなくてはいけない。
「待っていろ」と言われたわけだし、何よりもう一つ訊きたいことがあるからだ。それは、近いうちに行われるという『救世術』の伝授である。
こんな大きな街で行われたことはないので、ただのデマであることも考えられる。が、ジンはこの噂から、参加資格を得るところまで漕ぎ着けたらしい。
噂でしか『救世術』を知らない私たちも、実際に接触できるこの機会に便乗したい。そう思っているのだ。ただその方法を教わる前にジンが行ってしまった。
というわけで、私たちは従順に彼の帰りを待っているわけである。
待っている間は、ひたすらに暇だ。
タクトやユイジィン、時にはギアとまで話をして紛らわしてきたが、もういい加減限界だ。
暇すぎる。元々旅生活で、今回も最悪、戦闘を覚悟した旅だったので、余計な荷物は何もない。当然暇を潰せるようなものもない。
ギアだけは店の酒を飲んで酷く御満悦のようだが、その他の皆は私と同じく暇を持て余していた。
ユイジィンがイライラするのも分かると言うものだ。外はもう暗くなり始めているし。一体いつまで待たせるつもりなのだろうか。
「腹減ったなー」
「我慢しろ・・・とは言えないな」
いつもとちょっと違う掛け合い。暇を感じているのは私だけではない証拠だ。
ギアではないけど、私もお腹が空いてきた。さすがにご飯抜きはキツイ。だから昼は交代で昼食を摂ってきたのだが、夜もそうするしかないかな。
いや、今思えば此処は酒場だから、簡単な食事ぐらいなら出るんじゃないか?と言うかもうすぐ店を開ける時間なんじゃ・・・?
居座っている立場から訊くのは勇気がいるが、迷惑を掛けるわけにもいかない。一体どうしたもんか。まだジンが帰ってこないなら、場所を移した方が良い気がする。
そう思って店の奥を見たら、ちょうどよく従業員がやってきた。エプロンドレスが良く似合う可愛い女性だ。
もしかしなくても「出て行って下さい」的なことを言いに来たのかも。しかし良く見ると彼女は両手に、料理が盛り付けられた皿を持っていた。
「お待たせいたしました」
そう言って皿をテーブルに置く。一礼して奥へと行き、再び戻って来た時にはまた料理を手にしていた。
そんな感じで、何度も奥とテーブルを往復して料理を運んでくる。
これは私たちにってことで良いのだろうか。
いや、違うとか言われたら、そっちの方が困るのだが。
「これは?」
「ジン様より命じられました。もうすぐ戻るので、こちらを食して待つように・・、とのことです」
それだけ言って、彼女は奥へ行ってしまった。しばらく待ったが、戻ってはこなかった。
それなりに大きなテーブルに、所狭しと置かれた料理。それらを前に、私たちはちょっと呆然としてしまった。
食べて良いと言われても・・・私たちはそんなにお金持ってないですけど・・。とか思った貧乏性な自分が悲しい。いやきっとこれが普通だ。そう言い聞かせて、無理矢理思考を進める。
ジンの奢りと考えて良いのだろうか、これは。
酒場の料理の相場など知らないが、これだけの量だ。結構するんじゃないだろうか。
良いのかな?というか、ジンって実は金持ちっていうか、偉い人なのかな?さっきの店員さんも「ジン様」って様付けで呼んでいたし。じゃあ、別に食べちゃっても大丈夫か・・・。
と、考え込む私の正面、ジンが座っていた椅子にギアが腰を下ろした。
「おー、うまそーだな!」
キラキラと目を輝かせて、フォークを手に持った。そして一番近くの皿を手に取ると、一心不乱に食べ始める。それはもう、凄い食べっぷりで。
悩む素振りすらなかったんだけど・・・。
見てると余計にお腹が空いてくる食べっぷりだな。隣のタクトを見ると目が合った。
短くない付き合いでアイコンタクトくらいは出来るようになった私たち。お互いちょっと恥ずかしそうに笑って、近くの料理に手を付け始める。
うん、美味しい。
それを合図に、ユイジィンも食事を摂り始めた。
食べながら、唯一食卓についていないクラークのことを考える。
クラークは一緒に食事することの方が少ない。野営の時は、片づけの都合で一緒に食べるが、街では一人で食べたがる。
理由はよく知らないが、何か拘りがあるらしい。
一人で食事って・・寂しくないのかな。そう思って最初のうちは誘っていたのだが、今はクラークの意思を尊重することにしている。
決して誘うのが面倒になったとかではない。
ギアは、クラークとは逆だったりする。一緒に行動する相手がいるなら、極力一緒に食事をしたがる。と言うか、食事の席に誰かいないと食べる気になれないらしい。
そういう考えも不思議だ。居ないなら仕方ない、一人で食べるか・・とはならないそうだ。いざとなったら見知らぬ人を巻き込んでまで一緒に食べていると聞いた時は、驚いてしまった。
意外にギアは寂しがり屋なのかもしれない。・・・普段の様子からは全然考えられないが。
ユイジィンとタクトは普通だ。連れが居るなら誘って一緒に食べるし、居なかったら一人で食べる。至って普通の感覚なようで何よりだ。
これで2人まで特殊だったら、私は誰に合わせてあげるべきか悩むところだった。
いや、本気ではないよ、もちろん。ただの冗談である。
食事をしながらどうでもいいことを考える。私の癖である。傍から見るとぼんやり食べているので、何度かタクトに心配されてしまった。
別に体調悪いとかじゃないから。暇つぶしに話していたことを思い出してただけだから。
あれやこれやと取り留めのない考えを浮かべる。
テーブルの上の食事はどんどんなくなっていく。主にギアが食べまくっているせいだが、タクトも意外とよく食べる。
男性の食べる量って凄いよね。私の食べた量が雀の涙に見えてくる。
いや、それは言いすぎだけど、やっぱりよく食べてると思うよ。
あっという間に食事終了。さて、お皿を片付けないと。
空になった皿を重ねて立ち上がる。
「あ、俺も行くよ」
「?あの娘が回収するのではないのか?」
まあ、普通そうだけど、ぶっちゃけ今私たちは暇なのだ。仕事があるならやった方が良い。
暇つぶしができるだけ有難い、と思ってしまうほど暇なのだから。
というようなことを言ったら、ユイジィンも付いて来ることになった。お皿は山ほどあるから手は多い方が良いんだけどね。やっぱりユイジィンも暇つぶしに苦心していたらしい。
よいしょと皿を持ち上げようとした視界の端に、何かが映った。顔を上げて見ると、奥から誰かがやってきていた。
さてはさっきのお姉さんだな。そう思ったが、すぐに違うことに気付いた。
長い金髪ウェーブを靡かせて、威風堂々と歩いてきているのは、小さな女の子だった。
従業員には見えないし、ましてや客ではないだろう。この酒場の娘、とか?それにしては格好が小奇麗過ぎる気もするけど。
薄暗い廊下から灯りの灯った店内へ入ってくる少女。その顔を見て私は口を大きく開けてしまった。
知り合いとかではない。ただ、あまりに美しくてびっくりしてしまったのだ。
光を受けて輝く金髪。不可思議な魅力を持った碧い瞳。シミ一つない白い頬。
綺麗な人形が歩いているようだ。しかし、それは違う。その証拠に、彼女の全身からは、生きる力が湧き上がっている。それに、どこか高貴な雰囲気を醸し出していた。
こんな何処にでもある酒場に不釣り合いすぎる少女だった。間違いなくこの店の人ではない。
「ふむ、そなた等か、ジンが見つけた協力者とやらは」
ジンの名前を出したということは、彼の仲間か。それにしてもこの金髪美少女、上から目線が非常によく似合っているな。
命令しなれていると言うか、常日頃からこんな態度なのだろう。
ひょっとしなくても、身分の高い人だ。断言出来てしまうほど分かりやすい雰囲気を持っていた。
「えっと・・、君は?」
「妾か?妾は・・・」
「おい、勝手に行くなといつも言っているだろう」
声を掛けにくい雰囲気を持つ少女に、タクトが恐る恐る質問を投げかける。問われた少女は胸を張った。何故そんな得意げなのかは謎である。
とにかく名乗りを上げようとした少女のセリフは、後ろから来たジンによって遮られた。
不機嫌そうな顔をした少女が振り返る。
「煩いぞ。妾に命令するな」
「命令じゃない。進言だ。勝手に行くな。何かあったらどうする」
「何を言っておる。お主の見つけた者共であろう?危険でないことなどお見通しよ」
ふふん、と鼻を鳴らす少女。ジンが苦り切った顔をしているのが面白い。
しかし2人の会話を聞くに、この少女はジンより立場が上らしい。こんなに幼いのに。ひょっとしなくても、レイルより年下ではないだろうか。
主の娘とかで逆らえない・・、とか有りそうだ。子守りもしなきゃいけないなんて大変だね。
「ふん、お主と話していては何も先に進まんわ。暫し黙っておれ」
「・・・分かったよ」
「それで良い。さて・・、妾の名だったな。心して聴くが良い。妾は、ラグナ・アイリッシュ・ハイルバード。大いなる国の皇帝である!」
・・・・・はい?
よく聞こえなかったので、もう一度お願いします。そう言いたい。
いや、聞こえてたよ。ちゃんと聞こえていましたよ?信じられなかっただけで。
いやいや、だってそうでしょ。皇帝って、皇帝って王様のことでしょ?王様って国で一番偉い人だよ?こんな所に居るわけないじゃん。有り得ないよ。
と言うかこんな少女が皇帝って・・・、嘘にしてももっとマシな嘘吐けよって話だし。
うんうん、嘘だよ、嘘嘘。
私が必死に否定していたら、ユイジィンがタクトの袖を引くのが見えた。そして、小さな声で質問する。
「・・・おい、「こうてい」とは何のことだ?」
驚きだよ。皇帝を知らない人が居たなんて・・・。
ああそうか、ユイジィンは天族だから分からないのか。どうやら天界に「皇帝」は居ないらしい。それどころか「王」自体居ないらしい。タクトが「王様のことだよ」って教えてもきょとんとしていたから。
「皇帝」も「王」も居ないで、どうやって統治されているんだろうか。総理大臣が居るとか?
天界の謎が増えてしまった。
地界には総理大臣とかないのかな。タクトが説明できなくて困っている。
仕方ないから、後ろから失礼して「国で一番偉い人だよ」って教えた。それでも納得しきれていないあたり、後で質問攻めにされそうな気がする。
疑問を解決しなければやっていけない。それがユイジィンである。本当にくそ真面目だから。
こそこそ、目の前で内緒話をしていたのに、自称皇帝様は余裕の表情だった。
私たちの話の切れ間を正確に見抜いて、次の言葉を告げてくる。こういうところは子供っぽくない。やり手な印象を受けた。
「では、これからそなた等は妾の配下とする。指示は追って伝えよう。以上、解散!」
はい?!
更に驚く私の目に、自信満々な少女と天を仰ぐジンの姿が映っていた。
読んでいただきありがとうございます。
新キャラ登場です。が、自己紹介更新はもう少し後になります。お待ちください。




