思わぬ再会 1
街に入るのは久しぶりだ。最近は移動ばかりで碌に街中を見ていなかった。
私たちが居るのは、大国に名を連ねるそれなりに発展した都市だ。まあ、発展しているとは言っても、この世界の文化レベルは私の居た世界と比べると大きく劣る。
上から目線で語るつもりはさらさらないが、事実である。
なんと言っても、移動手段が徒歩か、馬か、馬車しかないのだから。ああ、あと何処かの国では飛空船なるものがあるらしい。飛べるところが限局されているからほとんど使えないそうだ。
私が乗ることはないだろう・・・とか言うとフラグが立ちそうだ。高い場所はまだちょっと遠慮したい。
『楽園』を出てから数週間。『救世術』の噂を頼りにあちこち動き回っていたので、疲れてしまった。しかしそんな苦労も終わりそうだ。
この街に『救世術』を広めている奴が居るらしいのだ。と言うことで、街を探索しているのである。
手分けして捜した方が効率は良いのだろう。でも私たちには一人に出来ない人(私)とか、一人にすると問題を起こしそうな人(ギア)とかが居る。必然的に私たちは固まって行動するしかないのだ。
更に私たちに新たな仲間が増えていた。人間社会に不慣れな彼の世話もしてあげなければならない。
その「彼」は、今も緊張を全身に漲らせて歩いていた。おかげで周りの人々が大げさなくらい私たちを避けて行く。結構大きな通りなんだけど、私たちの周りだけ誰もいない。
・・歩きやすくて良いんだけど、情報収集は出来ないよ、これじゃ。
「ユイジィン、そんな怖い顔してちゃ誰からも話を聞けないよ。ほら、笑って笑って」
「お、可笑しくもないのに笑えるか!」
苦笑を浮かべたタクトの顔を見て、ユイジィンが苦々しい顔をした。
ユイジィンは剣こそ装備しているが、鎧も着けていないし、一般的な服を着ている。背中に生えていた翼も今はない。見目の良い容姿も手伝って、貴族の青年に見える。
とっても人が寄ってきそうな感じなのに、その表情と雰囲気で台無しである。
緊張を通り越して殺気が放たれているのだ。
「無理してついてこなくても良かったんじゃないのか?」
「・・・君たちだけで本当に事を収められるのか疑問だ。それに」
「それに?」
「『黄』様のご命令は絶対だ。私はあの方の言に従う」
そう、『楽園』を警護するのが仕事のユイジィンが、何故私たちに付いて来たのかと言うと、それは単に『黄』のせいである。
数週間前の出来事が頭に甦る。
***********
「それでは、俺たちは早速地界へ行きます」
タクトがそう言って早々に立ち上がる。クラークも同じく立ち、外を見ていたギアもこちらに顔を戻した。
捜すところから始めなければならないのだ。さっさと行った方が良いに決まっている。そう思って私も立ちあがった。
「うん、早い方が良いからね。地界へ直接出られる『扉』を使い給えよ。ユイジィン」
「はい」
「案内を頼むよ。あと、彼らの手伝いもね」
「はい。・・・はい?」
さらっと言われたから私も反応が遅れてしまった。
「彼らの手伝い」って・・、それはユイジィンも連れて行けってことですか?
警護隊の隊長なのに、実に気安く貸し出そうとしてるね、この神様。
「交渉の一環とは言え、頼んだのはワタシたちの方だ。こちらからも人員を割くのは当然だと思うが、違うかな?」
「い、いえ・・。ですがそれならば、私以外の者でも良いはず。私が同行させる者を選びますので、少々時間を・・・」
「キミが行き給えよ。その方が速い」
「しかし・・・」
「・・・命令だ、と言った方が良いのかな、ユイジィン?」
食い下がるユイジィンを「命令」の一言で黙らせる。神様にそう言われてしまっては、ユイジィンも頷くしかない。
そして私たちも、断ることは出来ない。
がっくりと肩を落とすユイジィンに掛ける言葉がなかった。
一人笑顔な神様が「これでしばらく怠けられるな」と呟く。今のは、聞かなかったことにしよう。そうしよう。
そんなこんなで、ユイジィンが私たちと来ることになった。そこで、改めてお互い自己紹介をする。
まあ、名前を言って「これからよろしく」的な一言を添えただけなのだが。
暫定的とは言え、これから仲間なのだからもっといろいろ話しても良かったのだろうと思う。でも彼は本当に真面目な性格をしていた。
不本意なことだったのに、今はどうやって捜しだすかを考えているようだ。タクトに地界の様子などを訊いている。
「不思議だね」
「へ?」
ぼんやりと彼らを眺めていた私に『黄』が話しかける。
いや、すぐそばで呟いた、と言った方が正しい。
本当にすぐそばで言うから声を掛けられたと勘違いしてしまった。彼女の目はタクトとユイジィンを見ていた。
ふいにその目が私に向かう。
にこりと笑った彼女がまた口を開いた。
「不思議だとは思わないかい?」
「・・・・」
「何が?」と訊きたかったが、彼女はすぐに目を逸らしてしまった。
彼女の視線の先には、まだ何か話しているタクトとユイジィンが居る。
不思議って・・・、何が?
彼女の言っていることが分からない。分からないなりに2人の様子を見てみる。・・・うーん、不思議な所は何処もないけどな。
「キミたち人間ってヤツは、本当に不思議だね」
こちらを見ずに話す『黄』。
相槌を打とうにも、何と返したら良いのか悩んでしまう。しかし彼女は私の返事なんて待たなかった。
ただ話しているだけ。そんな風に続きを口にした。
「さっきまで他人で、更に言えば敵同士だったのに、仲間だと言った瞬間からもう身内として接している。何でなんだろうね?何処かに境界線でもあるのかな?」
「境界線?」
「「他人」と「身内」の境界線。・・・・まあ、そんなことを言ったらユイジィンもそうなのだけれどね。ふむ、人間に留まらず生き物の不思議ということかな・・?」
「ふむふむ」と頷いているが、私はやっぱりどう返事をしたら良いのか見つけられなかった。
『黄』は相変わらず私の返事を期待しない。まだ頷いている。
何かを言った方が良いような気がするのだが、どうしても適切な言葉を思いつけなかった。なんとなく、羨ましそうな目をした『黄』に何か声を掛けるべきだと思ったのだけれど。
そうしている間に、目的の『扉』に着いてしまった。
ツタの絡まったそれはちょっと古風で、神秘的ですらあった。少なくとも今までの『扉』とは似てなかった。トイレっぽくない。でもその『扉』に掛ったプレートが全てを台無しにしていた。
「トイレではありません」。
プレートには、そう書かれていた。
いや、どう見てもトイレじゃないよ!何故そこでトイレを否定しているんだ。言われずとも間違いは起こしようがないよ。
それとも『楽園』のトイレのドアはこんな感じなのか?
どんなトイレだ、それは。
「面白いだろう?あえてこのようにしてみたんだ」
神様のどや顔が見れたよ。レアだね!
あ、ユイジィンが溜息を吐いてる。多分、彼女のこういった行動に日々振り回されているんだろう。実情を知らない私にすら察せられてしまう辺り、可哀想でならなかった。
**********
ユイジィンが共に来ることになったあの時を思い出すだけで、同情心が湧いてしまう。
あの時は答えられなかったが、今なら何か言えるような気がする。生き物を不思議と言った『黄』に。
あの時の私たちは、決して仲良くはなっていなかった。ただ必要だからお互いすり寄っていただけ。
半ば義務のような関係。そこから始まって、少しずつ距離が縮まる。それが人間関係というものだろう。
だから、不思議に思うことは何もなかったのだ。表面上身内であるかのように接しているだけだったのだから。だから羨むことはないのだと、きっと時間があれば『黄』とも仲良くなれると、言えるような気がする。
実際今私たちは、それなりにお互いを知っているし、旅を始めた当初よりは仲良くなっているだろう。
しかしユイジィンは真面目すぎるのがたまに傷だ。知れば知るほどそう思う。
今だって、問題の『救世術』を使う集団を見つける、という使命に燃える余り緊張しきっている。
その上、慣れない環境のせいで、今にも発狂とかするんじゃないだろうか。そんな雰囲気がある。
タクトと2人、いろいろ話しかけて気を逸らそうとしているのだが、そのたびに「今はそれどころじゃない」とか「私には使命があるのだ」とか、言うのである。
少しくらい気を抜いたって罰は当たらないと思うよ、ユイジィン。
「腹減った。メシにしようぜ!」
「駄目だ。まだ何の情報も得ていないのだぞ。昼食にも早い。我慢しろ」
「えーー」
ギアとユイジィンのいつもの会話。道中同じような会話を一体何回繰り返したことだろうか。
すぐに文句を言うギアもギアだが、ユイジィンも四角四面過ぎるだろう。水と油ってこのことを言うのかな。まあ、すぐ喧嘩に発展しなくなっただけマシだが。
旅し始めた時は、ギアが文句を言うたびに武器を持ち出す騒ぎになっていた。
そう言えば、ギアも雰囲気が変わった気がする。
前は隙さえあればクラークに戦いを挑んでいたけど、最近はそうでもない。武器を持ち出すこと自体減ったと思う。
出会い、関わっていくことで、いろいろと変わることはあるんだということだろうか。だとしたら、私も何か変わっているのだろうか?
自分では何か変わったとか分からないけど。
考え事をしていると周囲の様子が目に入らなくなるものである。いきなり誰かに肩を掴まれて、驚いた。
見るとクラークが私の肩を掴んでいる。立ち止まったのは、私とクラークだけ。
他の3人が私たちを追い越したところで振り返った。
「どうかしたのか?」
「さあ?」
首を傾げるタクトに、首を傾げ返す。私の方が訊きたい。
肩を掴んだままのクラークを振り仰ぐ。当のクラークは、私の方を見ようともしていない。その視線を辿って、彼が見ているものを見る。
どうやらクラークは、すこし先にある酒場を見ているようだ。
こんな時間からお酒でも飲みたいのだろうか?
いや、クラークは食べ物とか飲み物に拘りはない。酒を飲みたいとか言ったことないし。そもそも彼はほとんど口を開かない。望み自体口にすることは少ない。
じゃあ、どうしたのだろうか?
肩を掴まれているから、先に進めない。仕方ないからもう一度酒場に目を向けた。
特に何の変哲もない店だと思う。
酒場の開店時間はもっと遅くだから、今は客なんていないはずだ。事実、店の中に人影は見えない。店員くらいは居るかもしれないが、まさかその店員に何かあるのだろうか?
そこで思い出した。
カーディナル姐さんも酒場に滞在していたことを。
ひょっとして、カーディナル姐さんが居るのだろうか?しかし、この街とかつて彼女と出会った所とは、かなり離れている。国も幾つも跨いでいるし、こんな場所に居るとは考えづらい。
自分で自分の考えを否定した時、肩に掛る手に力が加わる。痛くはないが、重さが増したように感じる。
思わず後ろを振り返ろうとして、目を見張る。クラークが何を見つけたのか、私も知ったから。
その人物は、ゆっくりと酒場から出てきた。飲んでいたわけではないのだろう。遠目だが見覚えのある風体の男がこちらへ歩いて来る。
顔を上げた男と目が合った。彼の目が驚きで大きくなる。
「何でお前らが此処に・・・?」
「・・・・」
思わずと言ったように呟いた男は、ジンだった。
久しぶりのジンです。




