『楽園』と神様 5
お待たせしました。
「ごめんごめん。ちょっと思うところあって、ついやってしまったのさ。でも、面白かっただろ?」
偉大なる神様の言。
軽い。そして、全然面白くなかったですけど?
恐怖全開でしたよ。しばらく夢に見そうなほどには。もっと真剣に謝ってほしい。土下座する勢いで。・・・本気で土下座を要求しているわけではない。心情的には、という奴である。
此処は『黄』が暮らす『楽園』内でも数少ない建造物の中。建物と言うほど囲まれた所がない、大きな東屋みたいな所である。
神様である『黄』が暮らすには貧相な印象が拭えない。
「まあ正確に言うなら、私は『神様』の一部だからね。だから、こんな暮らしでも充分なのさ」
印象について口にしたわけでもないのに、勝手にそんなことを言う。
彼女が言うには、神というのは存在するだけで様々な影響を与えてしまうものらしい。だから彼女たちの本体は、此処ではなく『世界の狭間』のようなところに居るのだと言う。
そして、世界中・・天界・魔界・地界の全てにそれぞれ自分の分体を設置して、それから世界の情報を得ているのだ。
因みに、『世界の狭間』は距離感がなく、しかも無数に存在しているので、神同士でもなかなか出会うと言う機会が少ないらしい。だから神々は分体を通してお互い連絡し合っているそうだ。
おかげで、分体を移動させたがる神とは、連絡が付かなくなることがたびたびあると言う話を聞いた。
神様の話は面白いのだが、そんなことより大事な話をするべきである。そうしてなんとか彼女から謝罪の言葉を聞けたのがついさっきである。
『黄』の暮らす東屋。そこで私・タクト・クラーク・ギアは、『黄』とその後ろに控えているユイジィンと向き合った。
「・・・・」
明るい態度の『黄』と違い、私たちは一様に押し黙っていた。全員クラーク状態である。まあ、仕方ないけど。
私は自由落下のショックとトラウマで、タクトは呆れと怒りで、クラークは・・・いつも通り?で、ギアはぼろ負けしたことを引きずって、それぞれ口を開けない状態だった。
・・あれ?私のことで怒ってくれてるのタクトだけ?・・・・まあ良いですけど。
恐怖はまだあるけど、同時に助けてくれる存在が居ることを嬉しく思ったから。
あの時私を助けてくれた人、あれはクラークだった。
落下していた時も、受け止めるための術を展開してくれていたらしい。しかし再び上昇し始めた私を見て、急いで制止を掛けたのだ。
急ぎで発動させたから、引き下ろす程の力は込められなかったらしい。止めてくれただけで充分だったよ。助かった。切実に助かった。
でも私って、クラークに助けられてばかりな気がする。
いや、クラークだけではなく、タクトにもたくさん助けてもらっている。
この世界に来てからいろいろと迷惑もかけているし、帰るまでには何か彼らのためになるようなことをしたい。恩返し、出来るほど何でも出来るわけではないが、少しでも返したい。
私が帰る方法。『黄』はそれを教えてくれるらしい。
結局彼女の問いには答えていないのに良かったのかと思った。が、神様と言うだけあって、私の考えは筒抜けであったらしい。
答えが分かっていて尚、私自身の口で知りたかったと言われては、黙るしかないが。
まあどうあれ、教えてくれる気にはなってくれたらしい。それで良しとしよう。さっきまでのあれやこれやは・・・何とか水に流して、話を聞く。
「とは言っても、キミたちが天界へ行かなきゃいけないのは変わらないんだけどね」
軽すぎる謝罪の後に、取って付けたように言う。
ちょっと待て、どういうことだ。
「だからさ、キミが還るには、いろいろと手順が必要なのだよ」
これはちゃんと聞いてみないと分からない。そう察して、私たちは姿勢を改める。・・ギアだけはそっぽを向いたままだったが。
真剣な顔になった私たちに、うっすらとした笑みを向けて『黄』が話し始めた。
「そうだな・・・、まずキミは、他の召喚されたモノたちとは違うということ。それを意識しといてくれ給え」
「違うって?」
「キミは他の人間たちとは違うんだよ、根本的にね」
根本的に違うとはどういうことだ?
私とアヤメ、あるいはジンとの違い。そんなものは思いつかないが。
タクトを見るが、そもそも彼はアヤメともジンともそこまでの繋がりはなかった、ということに気付いた。と言うか私も、アヤメとは攫われたりしただけだったし、ジンともそんなに長い時間一緒に居たわけではない。
比べられるほどの情報は持っていないのだ。
「情報なんていらないよ。キミたちだってよく知ってるだろう?キミが「間違って」召喚されたってことは」
「それが・・違い?」
「そう。キミは始まり自体が異常なんだよ。有り得ない。普通の人間が起こせる事象を超えている」
そこまで言うか。でも待てよ。その言い方だと、異常なのは私ではなく喚び出したタクトの方にならないか?
再びタクトの方を見る。タクトも、自分の方がおかしいと言われていることに気付いているようだ。堅い表情をしている。
「違うよ。キミがおかしいわけじゃない。もちろん、サエがおかしいわけでもない。おかしいのは、ワタシたちの方さ」
「?それは・・・?」
「ワタシたち、つまり『神様』がおかしいのさ。正確には、『神の一柱』が、だけどね。いやぁ、だからワタシは二重の意味でキミに謝らなくちゃいけないんだ。ごめんよ。キミがこの世界に来たことは、ワタシたちの責任だ」
さっきとは打って変わって神妙な様子で頭を下げる。そんな顔も出来るのか。初めて笑顔以外の表情を見た。
話の内容よりも先に、そんな感想が浮かんでしまった。謝る時ぐらい常にその顔で居ようよ、とかも思ったが黙っておく。
下げていた頭が元の位置に戻る。表情もそれに合わせて、また笑みの形を作った。
「そういうわけで、ワタシはキミたちに協力しようと思う。良いかな?」
「はあ・・・」
良いも悪いも、協力を願いたいのはこっちの方である。彼女が神様だとするなら、私の問題をあっという間に解決できてしまうだろうし。
願ったり叶ったりな展開だ。
「いやいや、それは無理だね。そんな簡単なことじゃない。さっきも言ったが、キミがこちらの世界に来た原因には『神の一柱』が絡んでいる。それをどうにかしないと、問題解決にはならないのさ」
「・・その、『神の一柱』って何なんですか?」
『黄』は、あっさりした口調で私の想像を否定した。そんな『黄』に、タクトが疑問を投げかける。
『神の一柱』ということは、『黄』の仲間なのだろう。しかし、神様が私の召喚に関与しているなんて・・・、なんか凄く話が大きくなっていないか?
神様なんて居ても居なくても一緒。そう思っていた私からすると、目の前の『黄』ですらただのお姉さんに見えていると言うのに。
いや、ただのお姉さんにしてはいろいろ怪しい所が満載だが。
「キミたちが『神』と崇める存在は、現在7人居る。その内の一人がね、ちょっと変わっていると言うか・・・。ま、その変わり種がサエをこちら引っ張り込んだのだけれどね。引っ張り込んでおいて、しかし放置というのは解せないね」
「何かしらの意図があってサエを喚んだってことですか?」
「どうかな?深い意図なく行動することもあるやつだから。でも、サエにはまだあいつの気配がくっついてる。それを考えると、何かまだするつもりなのかもね」
無責任な発言だな。
いや、『黄』が責任を負うようなことでもないけど。しかし彼女が言うと、真剣な話も軽く聞こえてしまう。さらりと話しているけど、結構大事な話じゃないのか、これ。
笑みの消えない顔を見る。どれだけ見ても、威厳のようなものは感じられなかった。
実はこの話全部冗談、とかだったらどうしよう。そんな考えが頭に浮かんでしまうのも仕方のないことだろう。
「気配、というのは?」
「気配は気配だよ。それ以外の言い方は・・・、思いつかないな。まあそんなことより、」
ずいっと体を乗り出してくる。思わず私も心持体が前のめりになった。
横目で確認すると、タクトも神妙な顔で彼女を注視している。
「キミたちにとって重要なのは、天界に行く方法だよ。もちろんこの『楽園』から天界へと行くことは可能だ。でも、それは容易なことではないのさ」
「危険、なのですか?」
「そうじゃない。キミたちは天界が地界や魔界と比べて、随分と閉鎖的であることは知っているかい?」
知ってる。と言っても、タクトとの話の中で聞いただけだが。それでも鎖国状態にあることは覚えている。だからこそ、私たちは魔界に行ったのだ。
もしかして、この『楽園』に対してもそういった状態なのだろうか。
そんな考えを念頭に置いて話を聞いてみると、どうやらその通りであるらしかった。
天界は『楽園』との交流も最小限に制限しているのだ。しかも、通行できるのは天族に限っているとのこと。つまり私たちは誰も通れないのだ、このままでは。
「まあ、ワタシは腐っても『神』だ。ワタシの保証する者なら、他種族でも天界へ入れるさ」
持つべきものは神様の知り合いだね。どんな世界もコネという手段が存在するようだ。しかしタダでその権威を使わせてくれるわけではない。それも全国、いや、全世界共通のことらしい。
天界への融通を利かせてくれる代わりに、私たちは一つの頼まれ事を引き受けることになった。
「ワタシは役割上、『楽園』を離れるわけにはいかなくてね。頼んだよ」
神様すら困る、厄介事。それは、人間の行いだった。
『黄』の役割「世界にエネルギーを送り込む」ということを邪魔しているらしいのだ。
いや、邪魔というより「必要以上に促進させている」が正しい。
どういうことかと言うと、この世界には目に見えない自然のエネルギーが流れているそうだ。そのエネルギーはこの世界が生きるのに必要なもの。つまり世界にとっての食事に当たるのだが、その莫大なエネルギーに目を付けた人間が居たのだ。
彼らはそのエネルギーを使って生活を豊かにする技術を編み出した。その技術が問題となった。まだ一部の人間が使っているにすぎないのに、そのエネルギー消費量が半端ないのだ。
『黄』が生み出す量のほとんどが、その技術で消費されてしまうらしい。
「おかげでワタシは前にも増して自由がなくなってしまったよ」
作ったような表情で、「ああ、つまらない」と嘆く。まあ、彼女が自由だとその分犠牲も出そうな気がするから、むしろ忙しくしていてほしいぐらいだ。
とにかく『黄』は、今まで以上にエネルギーを生産しなければならなくなった。しかし事はそれで終わらない。
世界が生きるのに必要なエネルギーがただでさえ不足気味なのに、その原因となった技術を使う人間が急速に増えていっているようなのだ。
それは世界にとって良くない。はっきり言って悪いことだった。生きるための食料が足りなくなるのだ。生物に例えるまでもなく、行き着く先が分かってしまう。
「世界が死んでしまうだろうねぇ。まあ、その前にエネルギーバランスが崩れて、世界中の生き物がどうにかなってしまうだろうけど」
「それは困るな」
いやタクトさん、困るとか困らないとか、そんなレベルは超えちゃってるよ。
心の中でツッコんで、条件を反芻する。
エネルギー消費の激しい技術、『救世術』と呼ばれているそれを使う人間たちを見つけ、技術の使用を止めさせる。
但し『黄』を始めとする『楽園』の人々は、具体的な居場所とか何も知らないらしい。曰く、「地界に行けるほど人数が居ないから」。『黄』に至っては、「分体は此処にあるこれしかないから」だそうだ。
アホか。
人数なんてどうにでもできるだろ。事の重要性を考えれば天界から応援だって来ると思うのだが。
それに、神と名乗る割に出来ることが限られ過ぎじゃないか?今こそその超常的な力を発揮する時だろ。分体増やしたりとか、出来そうなものだけどな。
「それができたら苦労しないよ。エネルギーを生み出すのって、想像以上の重労働だから。この分体だって何とかかんとか創り上げたんだよ?それに、天界の連中は全員極度の引きこもりだからね。安全な天界から出てくるなんて、よっぽどじゃないとないさ」
あはは、と笑いながらそんなことを言う。
笑い事じゃない。しかし、反論してもあの笑みが変わることはないだろう。言うだけ無駄な気がする。
仕方ない。元より選択肢はないに等しいのだし、頑張るしかないだろう。
隣のタクトを見上げる。呆れているのだろう。乾いた笑いが顔に張り付いている。
クラークは、変わらず無表情である。
ギアは拗ねたのを通り越して無関心になってしまったようだ。東屋から見える外の景色をぼんやり眺めていた。
このメンバーで、居場所すら分からない者たちを見つけて、更に得体の知れない『救世術』とやらを止めさせる。・・・・出来る気がしないのは、私だけ?
ひっそりと溜息を吐いた。
随分お待たせして申し訳ないです。
待って頂いた方、ありがとうございます。これからも読んでいただけたら幸いです。




