『楽園』と神様 3
「私の名はユイジィン。この地の守護を任されている。君たちは何者だ?何故この地へ来た?」
銀髪天族が開口一番そんなことを言った。いきなり攻撃してくるわけではないようだ。
いや、いきなり攻撃してほしかったわけではないのだけどね。
友好的な態度が有難い。別に笑顔ではないけど。堅い表情はそのままだったりするけど。
「俺たちは、旅をしている者で、えっと・・、俺はタクトと言います。此処には訳があって来たんです」
「訳、とは?」
「俺たちは天界へ行くつもりなんです。此処を通って行くしか道はないと聞いたので」
「!天界に・・・?・・・そうか」
おお、どうやら納得してくれたようだ。紳士的な人で助かった。そう思って胸を撫で下ろした私の予想は、間違っていた。
「そうか」と言った天族は、おもむろに腰の剣を引き抜いたのだ。そして・・。
「では、やはり倒すしかないようだな」
とか言ったのですよ。
何言ってんの、この人。全然紳士じゃないし。全然友好的でもないし。
いや、全部私が勝手に思っただけなんだけどね。でも、唐突すぎるよ。一体何が気に障ったんだろうか。
なんて、原因を考えている暇はない。ユイジィンと名乗った彼は、一番近くに居たギアに向かって、その2本の剣を振るったのだ。
「おっと・・!」
槍を回転させて剣を弾くギア。そのままユイジィンに向かうかと思ったが、予想に反してその場を動かなかった。
てっきり嬉々として戦うと思ったのだが、どうも様子がおかしい。
「ギア、どうかしたのか?」
「・・・・なんか、お腹痛い・・・」
言ってしゃがみ込んでしまった。
ユイジィンも、攻撃を躊躇っている。私たちもポカンとしてしまった。
お腹痛いって・・・、こんな場面で体調崩すとか、もう笑うしかない。
「・・・ひょっとして、これを食べたのか?」
我に返ったユイジィンが近くの樹を指差す。見るとその樹にも、さっき私たちが食べた木の実が生っていた。
タクトと私が同時に頷いたのを見て、ユイジィンが呆れたような溜息を吐いた。
なんだ?もしかして、このリンゴもどきのせいでギアは腹痛を起こしたのか?でも、同じ実を食べた私とタクトはなんともないぞ?
隣のタクトを見るが、やっぱりぴんぴんしている。タクトも私を見る。お互いなんともないのを確認して、ユイジィンに目を戻した。
再び溜息を吐いたが、説明はしてくれるらしい。
「これは少し特殊な果実だ。特定の種族にのみ作用する効果がある。逆に、それ以外の種族には毒にも薬にもならない。だが、魔族だけは別だ。体に合わないのか、嘔吐や腹痛などの症状が出る」
「おぉぉ・・・、痛ぇー・・!」
最早蹲って毬状にになったギアが呻く。
ああ、私人間で良かった。本当に痛そうだもん。
「これは面白いな!」
「えっ!?」
ギアの隣に、黄色い髪のお姉さんが立っていた。さっきまでは確かに誰も居なかったのに。瞬きすらした覚えがないんだけど。
しかし確かに存在している。驚きの声を上げたってことは、タクトにも見えている。と言うことは、私の目がおかしくなったわけではない。
誰だ、この人は。いや、何者だ?そう思ったけど、問いを発する前に彼女はギアの横に座り込んだ。
背中を撫でてあげている。心底楽しそうな顔をしていなければ、優しい人だと勘違いしそうだ。
「ふむふむ、お腹が痛いのか。それはそれは・・、面白そうだな!出来ることならワタシも腹痛とやらを体験してみたいものだ!」
おかしい人がいる。言わずとも分かるだろって言いたくなるほど、いろいろな所がおかしい人が居るよ。輝く笑顔が場違いすぎる。
「『黄』様!」
ユイジィンが地面に片膝をついて、臣下の礼を取る。
え、このおかしい人って偉い人なの?どう見てもそんな風には思えないけど。
でも、やっぱり偉い人のようだ。今まで空の上で待機していた天族の皆さんも、一人残らず降りてきて同じく跪いたからだ。
十数人の男たちが一様に頭を下げている。どっかの国の王様にするみたいに。そんな彼らをちらりと見て、彼女は笑った。
「キミたちはつまらないね。ああ、つまらない。つまらないから、何処かへ行ってくれ給え」
「し、しかし、我らはその侵入者たちを・・・」
「そうだった、そうだった。ユイジィン、キミはとってもつまらない男だったね。忘れていたよ。・・・仕方ない。もう少し見て居たかったんだがなぁ・・」
ユイジィンが何か言うのを無視して、彼女がギアの背中をポンポンと叩いた。
さっきから浮かべていた笑みが、少し残念そうに変わっている。常に笑顔って言うのも、常に無表情と同じくらい読みにくいものなんだと知ったよ。「得体が知れない」って言葉が頭に浮かんだ。
「う~、痛・・・くない?」
背中を叩かれたギアがむくりと起き上がる。そして、ぴょんっと立ち上がった。さっきまで腹痛で倒れていたのが嘘みたいだ。
本人も驚いている。適当に体を動かして調子を確かめ始めた。
「お・・?おお?・・・おー!治ったー!!」
「あっはっは!キミは面白いなぁ!」
両手を突き上げ喜ぶギア。その横で彼女が笑っている。
治って良かったね、とか言ってあげた方が良いかな?でも正直なところ、あの変な人には近寄りたくないんだよね。
変だし、得体が知れないし。触らぬ神に祟りなしって言葉は結構大事だと思うよ、私は。
「お前、ありがとうな!」
「うん?ああ、どういたしましてだ!」
ギアには怖いものってないんだろうか。
いや、お礼は言わなきゃだよね。うん、お礼大切。例え、変人相手でも。
いやいや、変人は言いすぎか。まだどういう人なのか分からないし。楽しそうに笑う今は、普通に見える。
「じゃ、頑張り給え!」
「・・・ん?」
「だから、彼らと闘うのだろう?だから、頑張り給えって言ったのさ」
何言ってんですかね、この人。
いや、確かにさっきまでそういう雰囲気でしたよ。でも今は違う・・・よね?
ギアの向こうに居るユイジィンを見る。
やばい。いつの間に立ったんだよ。そしていつの間に剣を構えてたんだよ!
とってもやる気満々なユイジィンに気付いたギア。まあ、その後は想像通りです。
ギアの槍とユイジィンの剣がぶつかり合う。鉄と鉄が打ち合わさって、甲高い音が鳴る。さして広くもない空間で、立ち位置が目まぐるしく変わっている。
詳しく実況できたら良かったのかもしれないが、早すぎる上に、こっちはこっちで攻撃を受けていてそれどころではなかった。
役立たずはタクトの背中に隠れるよ。
ギアのことはユイジィンに任せることにしたのか、残りの天族がまとめてこっちに向かってきていた。
卑怯だ。こっちは、タクトとクラークの2人だけなのに。私?私は役立たずだからね。数にも入らない。
でも仲間だし、と言うことで、近くに落ちてた樹の枝を構えてみた。
あれだよ。何もしないよりはマシ。いや、何もしなくて後で後悔しても遅いってやつだ。
「サエ、危ないよ。退ってて!」
「・・・はい」
戦力外通知を受けて大人しく退る。
ちょっと遠くで皆の戦いっぷりを見る。それで気付いたんだけど、皆強すぎじゃない?
ギアは一対一だからまだ分かる。単純にユイジィンより強いってだけなんだって。でもタクトとクラークは、約十人を相手にしているにも関わらず一歩も退いていない。どころか押している。
戦いのスタイルとしては、クラークが主として戦い、それに零れたのをタクトが魔法で倒しているようだ。
しかしタクトは長々呪文を詠唱しているのに、よく攻撃されないな。こういうのはよく「奥の奴から倒せ!」的な展開になると思うんだけど。と言うか、私だったらそうする。
ゲームでもそうしていた。魔法使う奴って面倒くさいんだよね。
防御力は低いくせに、地味に状態異常とか掛けてくるから、始末が悪い。回復役が遅かったり、あまり移動できなかったりするから、その間に逃げられるし。ある程度攻撃を食らう覚悟で、一番動ける奴を突っ込ませて倒してたなぁ。
まあ、追っかけ回したおかげで、宝箱を全部手に入れられたってこともあったけど。
とにかく、戦闘する上で大事なのは、如何に自分たちに有利に事を進めるか、ということだと思う。
ちょっと考えれば分かりそうなものなのに、どうしたのだろうか。そう思ってよく観察してみると、彼らもそれは重々承知していたらしい。
クラークの横を通り抜けようと、あの手この手を使っていたのだ。しかし、クラークがそう簡単に抜かせてはくれない。
クラークのところでもたもたしていたら、タクトの魔法が完成してしまい、攻撃される。
そんなことを繰り返して、ようやくクラークを先に倒すべきだという結論に達したらしい。
既に3,4人ばかり戦闘不能になってるけど、大丈夫なのだろうか。数に余裕はあるけれど、素人が見ても力量差が如実なんですけど。
なんてうっかり敵側を心配してしまった。だってこっちは誰も劣勢になってないから、心配するところが何もないのだ。
つまり暇な私の戯れだったりする。
「つまらないなぁ」
「そうだね・・・・・あれ?」
同意を返して気が付いた。戦況を見守る私の隣に、『黄』様がいらっしゃったよ。
この人は結局、偉い人なんだよね?よく知らないけど。
しかし相手はそんなこと全然気にしていないようだ。つまらないと言う割には楽しそうに笑って、私を見ている。
「キミは闘わないのかな?」
「え、はあ・・・」
戦えないのでって言うのがちょっと恥ずかしい。ので、頷くだけでお願いします。
やっぱり気にしていないのか、特に何も言われなかった。
何でそんなこと訊いたんだ。
「じゃあ何で此処に居るんだい?」
「えっ、えっと・・・?」
何を訊かれているのか分からない。「此処」が今立ってる「此処」のことなら、安全で、それでいて皆の位置がよく見えるからだし、この『楽園』のことを言っているのなら、単純に通過点としてだ。
そういうことを訊いているのだろうか?
「違うよ。全然違う。立ち位置の話さ」
「立ち位置?」
「そう。キミは彼らの仲間だろう?何故闘わない?仲間なら、共に在るべきだ」
「それは・・・」
戦力外通知をされたからだよ。
戦う気は、あった。あったはず。
「ふうん。・・・それは、どうなんだろうね。つまらないのか、面白いのか・・。まだ分からないな」
「はあ・・」
どうなんだろうって、そんなこと知るか。と言うか、つまらないとか面白いとかで分類できることなのだろうか、それは。
と、彼女が首を傾げた。笑顔で。
無邪気な笑みを浮かべた顔が、私を見ている。
「キミは還りたいと思っているかい?」
「・・・・」
「思っているなら、還してあげよう。だってワタシは、『神様』だからね」
今更気付いたことがあるのだけれど・・・、彼女の名前『黄』も色の名前だよね。タクト曰く7人の神様は色を持っているらしいし、そう考えると彼女の言っていることはあながち嘘ではないのかとも思う。
いや、まるっと嘘である可能性も否定できないけど。と言うか、神様がこんなさらっと人前に出て良いのだろうか?
「この地は『聖域』だよ?良いに決まっている。つまらないことを言わないでくれよ。そんなことより・・・」
いや、言ってません。心の中で思っただけです。
いやいや、ちょっと待て。それって私の心の中が読まれているってこと?それは普通じゃない。やっぱり神様なのかな。
どうでも良いことが次々浮かんでくるが、自称神様の笑顔からは目が逸らせない。次に言うことも聞き流してはいけない、と思っている。
見えざる力でも働いているみたいだ。
「質問に答えてくれるかな。・・・キミは還りたいかい?」
嘘や誤魔化しは許さない。そういう瞳をしていた。




