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『楽園』と神様 2


 状況を理解しよう!のコーナー。落っこちた私を、タクトがかばってくれたらしいゾ。結果タクトの上に私、というお約束な体勢に・・・。

 落ち着け私。落ち着くんだ。頭がお馬鹿になってるぞ。キャラが軽く崩壊している。

 まずここはさり気なく立ち上がるべきだ!

 念じる心とは裏腹に体は不器用だった。ぎくしゃくぎくしゃく、とりあえずタクトから離れようと悪戦苦闘あくせんくとう

 しかし悪いことは重なるもの。焦るとろくな事にはなりません。


 池の底は滑りやすい石がたくさんだった。

 うん、滑っても仕方ないよね。そのせいで再びタクトの胸にダイブ、と言うか突っ伏することになったのも・・・仕方ないことだ。そう思っておこう。

 タクトって意外と体がっしりしてる・・・いや、なんでもない!


「お、落ち着け、サエ。深呼吸深呼吸・・!」


 さてはタクトも焦っているな。顔があわばばばって感じだもん。

 他人が焦っていると逆に冷静になる。それが人間の神秘。

 なんとか落ち着いた私は、今度こそタクトから離れることに成功。そのまま立ち上がる。


「だ、大丈夫か?」


 まだ水の中に座っているタクトが声を掛けてくれる。が、今はそっち見たくないです。

 恥ずかしい気持ちは、すぐには消えてくれないらしい。

 誰も居ない森に向かって、こくこく頷く。頬の熱が下がらない。


「大丈夫・・・だよ」

「そっか・・・」


 そこでようやくタクトも立ち上がった。微妙な沈黙が嫌だ。居心地悪いにもほどがあるよ。

 あ、お礼言わなきゃ。庇ってくれたのは確かだし。何処どこの少女漫画だよって格好になっちゃったけど。痛い思いをしなかったのは、タクトのおかげ。だからお礼だ。なるべく自然に、言おう。


「あ、ありがとう・・?」


 何故疑問形になった。自分で自分が分からない。でも一応お礼は言えたし、これで良いことにしよう。


「え、あー、うん。・・あ、出ようか。乾かさないと・・・」


 落ち着きない仕草でタクトが池から出る。今度はタクトの出した手を私が握る。タクトは足を滑らせたりしなかった。

 良かった。細身とはいえ、男に降ってこられたら私は間違いなく潰れる。思ったよりも筋肉付いてるみたいだし・・・うん、なんでもない!


 よみがえった感触を、頭の中で放り投げる。私は何も知りません。

 お互い目を合わせないまま、服をしぼる。


「あー、お前らこんなとこに居たのかよ」

「ギア」


 緑の中で非常に目立つ赤い人がやってきた。どうやら姿の見えなくなった私たちを捜してくれていたらしい。少し離れたところにクラークもいる。

 心配してくれたのだろう。多分。ギアとクラークは何処か、心配という言葉とは結びつけにくいが。


「何でお前られてんの?」

「あー・・、ちょっとな」

「?・・・ま、いっか。早く行こうぜ」


 言葉をにごすタクトに構わず、ギアがきびすを返す。細かいところは気にしないタイプなのだろう。イメージ通りだ。

 歩き出すギアを追って私たちも動く。

 うう、靴の中がにちゃにちゃする。水気を吸った靴下が気持ち悪い。いっそ裸足はだしになってやろうかな。そう思ったけど、足元は木の根や枝が無造作にある。怪我しそうだから止めておくべきだろう。



 気持ち悪さにうんざりしながら歩くことしばし。服も大分乾いてきた頃、先頭を歩くギアが唐突に止まった。

 どうしたのだろうか。そう思いつつも、私たちも足を止めた。

 ギアは辺りの様子をうかがっているらしい。見ると、クラークも周囲を気にしているようだ。最後にタクトを見ると、こちらも辺りを警戒しているような表情をしている。


 何かあるのか。3人の様子からさとるが、私に出来ることは特に何もない。とりあえず何があっても邪魔にならないようにしよう。皆に合わせて警戒をしてみる。

 と言っても警戒するべきものすら分かっていないのだけど。

 そう思った直後、前方で何か音が聞こえた。がさがさという、草木を分け入る音だ。

 緊張感が一気に高まる。


「・・!」


 再び音が聞こえ、私たちの目の前に何かが飛び出してきた。それは・・・ウサギだった。

 いや、ウサギっぽいものだった。見た目はほとんどウサギなのだが、大きさがおかしかった。中型犬ぐらいでかい。そして背中に羽が生えている。

 なんだこれは・・・。まさか危険な生物なのか?そう思って3人の様子を窺う。

 皆、ウサギ・・かもしれないものには注意を払っていない。危険な生き物ではないらしい。


 ほっと一息つこうとしたが、ちょっと待て。

 もう一度彼らの様子を見る。皆まだ何かを警戒している。これ以外に何か居るのか・・・?

 耳を澄ましてみるが、何も聞こえない。

 いや、そういえば、さっきまで私たちをからかっていた精霊たちの姿が見えない。改めて周囲を見渡しても、やっぱり居ない。精霊なんて居なかった、と言われたら信じてしまいそうなほどに。


 ちゃき、という微かな音が聞こえて、視線を前に戻す。ギアが槍を握っている。本当に、いつ何処から出しているのか不思議な槍だ。

 しかし武器を出したということは、危険があるってことだ。・・・ギアだったら敵意のない相手にも襲い掛かりそうだけど。

 いやいや、それは酷いか。イメージがってことだよ、今のは。それはそれで酷い気もするけど。



 そんなわけで、私が必死に己の平静を保とうとしている間に、ウサギだったらどうしよう的生き物も去り、静寂が辺りを包み込んだ。

 え、本当に何か居るの?皆の勘違いじゃないの?

 そう思った私はきっと悪くない。

 いや、さすがに3人同時に勘違いはしないだろうから、何かは居るのだろうけど。感知できない私にとってはひたすら暇な時間ですよ。


 こんな時になんだが、実は私の周りでは「暇だー」って言ったり思ったりすると何故なぜか忙しくなる時が多々ある。

 私のバイト先では、接客がメインであるから誰も来ないと暇を持て余すようになる。そういう時「暇だね」って話をすると決まって忙しくなる。

 偶然だろうが、結構そういうことは多いのだ。そしてある意味予想通りに、同じことが起こった。

 暇だと思った直後、上から大きな羽ばたきの音がしたのだ。


 見上げてびっくり。羽根の生えた人が降りて来るところだったのだ。

 羽だよ、羽。翼と書いて「はね」でも良いけど、とにかく羽生えた人が降りて来たんだよ。

 驚かない方がどうかしている。私以外の3人は見た目普段通りだったけどね。



 これが天使・・・間違った、天族かな?羽生えてるし。

 物珍しくてじろじろ見てしまう私を許して下さい。

 その天族は、綺麗な金髪を長く伸ばしていた。後ろでゆるしばっているらしく、鬱陶うっとうしいイメージはない。服装は、胸部を覆ったあおよろいと腰に吊るした立派な両手剣を除けば、簡素なものだった。

 白い布で作られた、飾りの一切ないシャツとズボンである。それでも美しく見えるのだから、美形は得だと思う。


 美形過ぎて性別がよく分からないけど、多分男だと思われる彼は、私たちに厳しい目を向けている。

 うん?何もしてないのに敵意を感じるぞ?どういうことだ。ギアが槍とか持ってるからかな?


此処ここは、許可なく立ち入ることを禁じられた聖域です。貴方たちは何者ですか?」

「俺はギア。よろしく!」

「いえ、名前を訊いているのではありません。所属と目的を教えて頂けますか?」

「旅人だから、旅してる」

「・・・・」


 ギア、いつになく会話してないな。

 いや天族の質問に限りなく簡素に答えたら、ギアの言葉もあながち間違ってはいないのだけれどね。間違ってはいないけど、間違ってるよ、いろいろと。

 彼の訊きたいことの半分も答えてないし。

 天族の彼も、早々にギアとの会話を諦めたらしい。ギアを無視して、後ろの私たちに目を向けてきた。目線で問いを繰り返している。

 こういう時答えるのはタクトの役目だ。本人もそう思っていたらしい。誰に言われるまでもなく、タクトが口を開いた。


「俺たちは旅をしている者です。此処にはゆえあって来ました」

「どうやって?」

「魔王陛下に『ゲート』を開いてもらいました」

「魔王陛下に・・・?・・では、此処が『楽園パラディス』であることも御存ごぞんじですね?」


 ん?なんか雰囲気がちょっと変わった・・ような気がする。天族の目が鋭くなっているような気がするんだけど・・。

 気のせいかな?気のせいだよ。気のせいであったら良いな。

 なんて言い聞かせるけど、タクトも小さく首を傾げている。良かった、この雰囲気の変化に戸惑っているのは私だけじゃない。


「・・・?ええ、はい」

「『楽園』は天界に属しています。無断での侵入は罪となります」

「え?いや、ちょっと待って・・」

「よって貴方たちを排除します」


 何でそうなる。

 ツッコミたいけど、そんな余裕はない。

 一番に反応したのは、やっぱりと言うか何と言うか、ギアだった。

 目にも止まらぬ勢いで槍を繰り出していた。普通の人間の私では目で追うことすらできなかったよ。

 しかし、天族は見えていたようだ。ギリギリとは言え、ギアの一撃を避けて上空へと飛び上がる。


 上からの攻撃は卑怯ひきょうだよ。有利な立ち位置に、天族の口元がゆるむのが見えた。次の瞬間にはその笑みも消えたけど。

 空中に浮かぶ天族が、凄い勢いで落ちてきた。あれだ。はえとかとかを叩き落としたみたいな、そんな感じだ。


「相変わらずだなぁ」

「・・・・」


 ギアがクラークに向かってそんなことを言った。

 つまりクラークが天族を叩き落としたってことか?何したんだろう。


「魔法だよ」

「タクト。魔法って・・、クラークが?」

「ああ」


 私の隣に来たタクトが教えてくれた。どうやらクラークの魔法は、タクトが使うものとは違うらしい。考えてみれば当たり前か。種族が違うんだし。

 しかし呪文なしで使えるってずるくない?確かタクトは何か言ってから使ってたような気がするし。そうでなくても、魔法使いは呪文を唱えるものだという想像があるのだ。「これが魔族の魔法です」と言われても、ずるいと言うしかない。


 まあ私の心情はともかく、地面に叩きつけられた天族さんが起き上がるのを待つ彼らではなかった。ギアが再び槍をひらめかせる。

 天族は地面を転がって避ける。それを追い掛けるギア。が、止まった。


「・・・飽きた」

「早っ!てか、そういう問題じゃないし!」


 おっと、ついついツッコんでしまった。

 いやだって、これは仕方ない。もっともなツッコミだと、我ながら思うよ。

 タクトだってクラークだって呆れているみたいだし。


「だってこいつ弱いんだもん」


 「だもん」じゃねぇよ。とか、うっかり汚い言葉が出そうになっちゃった。

 でも、大きな男が言ったって可愛くもなんともないですよ。

 どっかの赤い人のせいで空気が緩んだ時、天族が動いた。

 ふところから出した赤い石を頭上に投げたのだ。


 地面に転がっている状態でそんなことしたって、すぐに落ちてくるだけだ。と言う私の想像は裏切られた。

 彼の投げた石は真っ直ぐ空高く上がっていき、ぜた。大きな爆発ではなく、ささやかな光と音が鳴る。例えて言うなら、コンビニで売ってるしょぼい打ち上げ花火っぽかった。

 いや、昼に打ち上げたから、花火よりも弱い光だった。音はそれなりに大きかったんだけどね。軽くびっくりする程度には。


 ともかくそれを放り投げた彼は、仕事を果たしたかのような満足感を漂わせていた。

 あー、これはあれですね。仲間を呼んだんですね。分かります。

 ここまで露骨にフラグを見せられてはそう思うしかない。しかして、会話をする間もなく上空に十人ほどの天族の集団がやってきた。

 彼らは一様に、転がっている天族と同じ鎧をまとっている。どうやら組織だっているようだ。何の組織かは知らないけど。


 敵意を込めた視線が地上の私たちに降り注ぐ。

 あの、ちょっと止めてください。戦闘に慣れてない私にとっては、それすら凶器になりそうです。

 無意識に後ろに下がった私を、タクトが庇ってくれる。ここは甘えよう。タクトの背中に寄り添って、存在を消す努力をする。

 私は空気、私は空気。だから気にしないでください。そっちの目立つ赤いのを見ててください。



 そうやって念じていたら、彼らの視線が外れた。おお、なんて幸運!

 と思ったら、単純に彼らの後から新たにお仲間が現れたから、一時的に外れただけだった。

 しかも後ろから来た天族は、明らかに他のと違った。


 まず鎧だが、こちらの新しい人のは銀色をしていたのだ。

 いや、鎧と言うほど堅そうではない。でも普通の服でもないようだ。他の天族と同じように、簡素な白服の上に銀色の防御服を着こんでいるようだ。

 形は胸部を覆うタイプの鎧とさして変わらないのだが、遠目で見ても分かるほど素材が違う。一体何を使っているんだろうか?

 なんか天界独特の素材名を上げられそうだ。

 そして、彼の腰には2本の剣がぶら下がっていた。どうも二刀流らしい。


 集まった天族たちは皆、美形ばかりだけど、最後に来た人が一番綺麗だ。

 いや、男相手に綺麗はないかな、とも思ったけど、感想を言うならば「綺麗」が一番に出てきてしまう。

 いろんな意味で整っているのだ。別に中性的ではないし、まして女性的では決してないのだけど、やたらと美しい。うるわしい、と言うべきなのかな。

 反則だ。顔の造りはどう見ても男なのに。



 女だけどいろいろ負けた私は、それでも彼を観察してみる。

 鎧(と言うことにした)と同じ銀色の髪は短い。瞳は青灰色のようだ。すっとした鼻筋の上、眉間みけんにきっちり縦じわが出来ている。

 綺麗な見た目をそこなうから、しかめっ面はほどほどにした方が良いですよ。そんなことを言いたくなるほど見事なしかめっ面を見せてくれてる。


 そんな彼が、仲間を置いて一人降りてくる。

 身を起こした金髪天族に目線で無事を確かめ、私たちに向き直る。

 どうやら、彼のしかめっ面の原因は私たちのようである。まあ、状況を考えれば分からなくもないが。

 いや、しかめっ面したいのはこっちの方だけどね。説明無しにいきなり襲いかかってくるって、どうよ。


 意識していないと敵意を出しそうになる。そんな自分を律して、状況を見守る。

 美麗な天族の唇がゆっくりと開いた。




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