日常って実は大切 3
9/7 漢字の読みを直しました。内容は全く変わっていません。
3
舐めてた。旅っていうか、そもそも私は、長時間歩き続けたことがほとんどなかった。それを忘れていた。前の2人に、付いていけてはいるものの、段々と遅れ出している。足も痛くなってきた。
長い距離を歩いたことはあるのだ。中学生の時に。その時は、こんなではなく、友達を引っ張ってあげられるくらい力が有り余っていたのに・・・。歳だ。もう体力は落ちる一方だ。
「そろそろ、休むか?」
歳を取ったことを嘆く私に、振り向いたタクトが声をかけた。出来ればもっと早く言ってほしかった。という不満は表へ出さず、無言で頷く。ここで強がりが言えるほど体力も気力も残っていなかった。
私は、よほど倒れそうな顔でもしていたのだろう。タクトがやたら真剣な顔で、私のためのスペースを作ってくれた。地面に敷いた毛布の上に、私を慎重に座らせる。
「よし、じゃあちょっと休むか」
「・・・・」
無駄に明るいタクトに、反応を返す者はいない。私は疲れているし、クラークは存在を忘れてしまいそうなほど無口だからだ。
鈍い痛みが断続的に蝕む足を伸ばして、大きく息を吐く。
ああ、何だかもう一歩も歩けそうにない。だらしなく伸びた足の先に、火が焚かれる。どうやら、休憩ついでに少し遅い昼食を摂るようだ。
手慣れた様子で、昼食を準備するタクトから目を離し、少し離れたところに座るクラークを見る。いや、別に見たくて見たわけではない。目をずらしたら視界に入ってきただけだ。
それにしても、本当に黒い。ここまで黒い人は、初めて見た。いや、肌のことではない。クラークの肌は、黒人よりは淡いのだ。淡い、という表現があっているかどうかは分からないが、少なくとも、テレビで見る黒人の方々よりは黒くない。
そう、肌の色ではなく、全体的に見て、だ。身に付けているものもそうだが、取りだす品々全てが黒い。今手に持っているお茶の入ったカップも、黒い。そして、何より、雰囲気が・・・黒いのだ。
雰囲気が暗い人なら、私も何人か知っている。気落ちしている人とか、心の弱い人とか、いじめられっ子とか、とにかくそういう人は居るものだ。だが、クラークのは、それとは違う。
黒いのだ。「暗い」ではなく「黒い」。微妙な差かもしれないが、確かな違いだ。
「クラークがどうかしたのか?」
気がつくと、食い入るように見つめてしまっていた。タクトが不思議そうな顔をして、こっちを見ている。
「ううん、何でもないです」
「そう?あ、そうだ。俺たちに敬語はいらないよ。慣れてないし、必要ないから」
明るく笑うタクトに、曖昧に笑みを返す。日本人特有の癖だ。そんなことを知らないタクトは、嬉しそうに笑みを深めた。何とも幸せそうな人である。
タクトが作った具材たっぷりスープを食べつつ、今度は正面に座るタクトに目を向けてみる。
人間観察という名の暇つぶしをしようと思ったのだ。
タクトは、色で言うならオレンジだろうか。太陽色。そんな感じだ。無駄に明るいところがそっくりだ。でも、必要以上に熱血ではないから、言うなれば春の太陽だ。暖かい・・・気がする笑顔がそれっぽい。
しかし、この男、やたらとそそっかしい。さっきも、塩と砂糖を間違えて入れそうになった。何処のドジっ子だ、とツッコミたくてしょうがなかったくらいだ。
クラークも、タクトの性質を知っているからか、フォローに余念がない。塩と砂糖の違いも、クラークが指摘した。・・・肩を叩いて指差しただけだが。それで分かるタクトもなかなか凄いと思った。
そして、例え間違ったとしても、笑顔で乗り切ってしまうところがある。指摘されて落ち込みもしないのは、日常茶飯事だからか?謝って、正しくやり直して・・およそ落ち込むということをしない。
私だったら、かなりの勢いで気分が沈む。それこそ「暗く」なるのだが、タクトは常に明るい。若干うざいくらいに。
明るい人間というのは、なかなかに得であると思う。というより、何でもプラス思考の人は、と言った方が良いだろうか。とにかく、何かあっても落ち込まない、というのは羨ましいと思ってしまう。落ち込んでいては、運気も逃げるというもの。そう考えると、タクトは強運の持ち主なのだろうか。
いや、召喚に失敗しているあたり、運はそんなにないのかもしれない。
タクトとクラーク。この2人を見てみると、全く共通項が見当たらないくらいタイプが違う。まだ真逆な方が繋がりがあると言えるけど、2人は真逆ですらない。どういった経緯で、一緒に旅することになったのだろうか。直接訊けるほど親密になったら、訊いてみても良いかもしれない。
「よし、行こう」
充分休んだ私たちは、再び歩き出した。
でも、足の痛みが取れない。見たわけではないが、多分靴ずれを起こしている。踵がジンジンしているのだ。他の2人は前を歩いている。多分気付いていない。言う必要もない。まだ、歩ける。
私は、昔から我慢する癖があった。いや、我慢ではない。限界まで酷使している、が正しい。
自分の出来ることは、自分でやりたい。と言えば格好良いが、そうではない。
単純に他人に頼るのが苦手なのだ。頼るのが下手、なのである。
何処から何処までが自分に出来て、出来ないのはどの部分か。それを理解していれば、出来ないところは勝手に他人がやってくれる。私は、自分の出来ない事には、全く手を出さないからだ。
少しも出さない。歯牙にもかけない。まるで、視界に入っていないかのように振る舞う。だから、周りの者はそれに手を出さざるを得ないのだ。
今までそうやってきた。そして、それは自分から他人に働きかける力を放棄してきたことに、他ならない。
結果、私は頼ることに対して抵抗を持ち、学ばなかったが故に、下手のまま此処まで生きてくることとなった。
とか何とか言ってみたが、結局のところ、ただの強がりであり、甘えだ。
気付いてほしい。言わなくても、察してほしい。甘えさせてほしい。
そんな浅ましい気持ちの表れ。
だから、私は、弱音を吐きたくないのだ。浅ましいその気持ちに、負けたくなくて、強がる。出来ると信じる。それで手酷い目に合っても、それは自己責任。
だから、私は、表面上は無事であることを示さなくてはならない。
痛そうな顔をしてはいけない。足を引きずってはいけない。傍から見て、足を庇っているように見えてはいけない。
それだけを考えて、俯くと分かってしまうかと思って、顔をあげて・・・クラークと目が合った。
彼らは時々振り返って、私がちゃんと付いてこれているか確認している。だが、それは専らタクトの役割だった。クラークは、時折、ちらりと見るだけだ。こんな風にはっきりと振り返って、まじまじと見たりはしない。
と、クラークの目線が下へ下がる。それを追うように、私の視線も降りていく。彼は、私の足を見ていた。自分の目から見ても、規則正しく歩き続ける足。これまでの人生で培った強がりが、最大級に発揮されている足を、見ていた。
「・・・っ!」
何が悔しいかって言ったら、全神経を集中していた強がりが、見透かされたことだ。
必死で隠していた弱みを知られて、恥ずかしいったらない。顔が一気に赤くなったと思う。顔が上げられない。
「どうした、クラーク?」
「・・・・いや・・」
「?」
前の2人の会話が聞こえた。クラークは何も言わなかった。いや、いつもと違って一言だけ言ったが。言っただけだ。タクトが振り返ってこっちを見たが、私は全身の力を使って、何でもない顔をして見返した。
すぐにタクトは前へ向き直った。首を微かに傾げていたが、すぐに戻した。特に何もなかったと判断したらしい。懐から出した地図を、クラークと確認し出した。
クラークも何も言わない。地図を見はしたようだが、沈黙したままだ。タクトが一人で言って、一人で納得している。相変わらず、である。
それから、夕焼けが空を染め、今日泊まる街に着くまで彼は何も言わなかった。ただ、こちらを見る回数が増えただけだった。
「今日は、此処に泊ろう」
例の如く、タクトが一人芝居で決めた今日の宿は、申し訳程度に添えられた馬小屋を持つ、小さな二階建ての宿だった。
中に入ってみると、どうやら一階部分は酒場になっているらしい。まだ宵の口なのに、既に何人かはお酒を飲んでいるようだ。
一階の酒場を横切って、狭い階段を上ると宿泊用の部屋が並ぶ廊下に出た。階段から一番遠い部屋の前まで来た。
「サエ、君はこの部屋を使って。俺たちは、隣の部屋を使うから」
鍵を手渡され、示された部屋に入る。部屋は狭くて、ベッドも一つしかなかった。いや、別にベッドを二つ使用するつもりはないのだけれど。ベッドに浅く腰かけ、靴を脱ぐ。それだけで、大分痛い。
やっと片足脱いだら、踵部分が凄いことになっていた。
血が酸化して、赤黒く染まっていた。これは痛いわけだ。もう片方も脱いでみた。同じように血が出て、固まっている。
そこからは、大変だった。まず靴下だが、血が固まって脱ぎにくかった。更に、痛い思いをして脱いだら、大きく穴があいている上に血だらけで、もう捨てるしかない状態だった。両方とも使えない。
次に足だが、かなり痛い。部屋にあった水差しの水で血を拭ったが、触れば痛いし、水が沁みるし、使ったハンカチも使い物にならなくなった。
私が格闘していたら、誰かが扉をノックした。拙い。今見られるのは、非常に拙い。何とか追い返そうと考える私の努力を無視して、勝手に扉が開く。
開けたのは、クラークだった。既に外は暗く、彼の雰囲気も相まって、背筋がひやりとした。と、彼の手に不似合いなものが握られているのに気付いた。
黒い彼に不似合いな、白い包帯とタオル。それらを持って、彼は私に近寄って来た。
「・・・・・」
私の足を掴み、湿らせたタオルで拭き、ちょっと沁みる傷薬を塗って、包帯を丁寧に巻いてくれた。そして、その全てを無言で終わらせた彼は、血の付いた靴、靴下、ハンカチ、タオルを持って部屋を出て行った。
残された私は、後悔に打ちひしがれていた。
お礼ぐらいは言えたんじゃないか。いくら相手が無言だったからって、私も無言でどうする。
しかし、靴まで回収するとはどういうことか。私に歩くな、とでも言いたいのか?私はタクトではないので無言の意味するところなど、理解できない。
彼が置いていった包帯と傷薬を見やる。後は自分で何とかしろ、ということなのだろう。ベッドへ体を投げ出す。
疲れた。何が疲れたって?体と心だよ。
慣れない旅路と、慣れないコミュニケーション。
タクトの明るさもクラークの行動も、慣れてない私には負担が大きい。
小さな窓から見える空に、綺麗な星が瞬いていた。
此処が、私の知る世界で、私の知っている人たちと一緒だったなら、もう少しまともな対応が出来ていたんだろうか。
胸に湧いた小さな疑問に答えが出る前に、私は眠りについた。




