『楽園』と神様 1
『楽園』の名に相応しい光景だと思う。
深い緑と清浄な空気。暖かい木漏れ日と時々見える空の青。そこに居るだけで元気になれそうだった。
「ほらサエ、これ」
「?」
「食べてみなよ。美味しいよ」
タクトが樹に生っていた果実を渡してきた。周りにはその実が生った樹ばかりだ。
見た目はオレンジ色のリンゴだけど、味はどうなのだろうか。タクトがそれを食べる。うん、普通に美味しそうだ。
私もちょっと齧ってみる。口の中に広がった味は、甘くて瑞々しかった。桃に近い味だけど、じゃあ桃かと言われると違うような気がする。不思議な果物だ。因みに食感は、見た目通りリンゴである。
「な、美味しいだろ?」
「うん!」
美味しければ何でもいいか。そう思えるほど美味しかった。
私は元々果物全般が好物なのだ。今まで見たことも食べたこともない果物でもチャレンジくらいはする。今回のリンゴもどき(味で言うなら桃もどき?)は当たりだと思う。
タクトと2人でもぐもぐ食べながら歩く。
「美味そうだなぁ・・。俺も食う!!」
先に行っていたギアが私たちを見て、樹から果実を採る。両手に一個ずつ、つまり2個も。そしてその一つに勢いよく齧りついた。
かしゅっ、と良い音がする。
「ん~、美味い!」
本当に美味しそうに食べるなぁ。というか、左右に持った果実を交互に齧るって、何処の漫画のキャラだよ。
いや、似合いすぎるぐらい似合っているから良いんだけどね。
「クラークも食べるか?」
「・・・・」
凄い勢いで食べるギアを余所に、タクトが新しく採った果実をクラークに差し出す。
いつも通り無言のクラーク。あ、小さく首を振った。どうやら要らないらしい。美味しいのに、もったいないことだ。
「サエは?もう1個要る?」
「ううん、もういいよ」
「そっか」
さすがに、この大きさのものを2個も食べられない。幾ら好きでもお腹の容量には逆らえないのだ。
クラークにも私にも断られたタクトは、自分で食べ始めた。
どうでもいいけど、ギアには勧めないんだ。まあ2個同時に食べてるし、また新しい果実に手を伸ばしてるし、勧めるだけ無駄か。
ギアはギアで、こっちの会話に加わる様子がまるでない。聞いているのかもちょっと怪しいぐらいだ。聞いておかなきゃいけない会話でもないけど。
どうにも足並み揃っていない感じである。
いや、仲間になったばっかりなんだから、当たり前と言えば当たり前なんだけどね。でもこの微妙な距離感にむずむずするのだ。
仲良くするのかどうするのか、はっきりしなくて困る。多分タクトも同じように感じているのだろう。時々ギアの方を窺っているから。
微妙だ。微妙過ぎる。
私が思うに、こちらが踏み込んでいないのも問題だが、ギアが全く近寄ろうとしないことも問題ではないだろうか。
まあ、ギア自身はこの距離感を気にしていないようだから、動かないだけなのかもしれないが。
いやここは空気を読んで、お互い距離を縮める努力をするべきではないだろうか。
「あー・・・、肉食いてぇ」
無理か。無理だな。彼にそんなことを期待してはいけない。なんとなくそう思ってしまった。
まあなんとかなるよ、きっと。こういうのは、時間が解決してくれるものだろうし。
うんうん、大丈夫大丈夫。
そんな風に一人頷く私の目の前を、有り得ないものが通り過ぎた。
びっくりして思わず2度見してしまった。
2回見ても、いや、何回見てもそれは存在していて、びっくりした後はどうしたらいいのか分からなくなってしまった。そばに居たタクトに目を向ける。が、タクトもびっくりしていた。
これはどうしたものか・・・。とにかく、よく観察してみよう。
それは半透明な女の人だった。
まさかの幽霊かと思ったが、私に霊感は備わっていないはず。
いや、今まで幽霊なんて一回も見たことないからそう思っているだけなんだけどね。もしかしたら霊感に目覚めたのかも?
いやいや、そんな御都合主義は認めない。認められない。というか、多分これは幽霊じゃない。
きっと彼女は幽霊じゃない。そう思う理由は、実に感覚的な話なのだが、幽霊っぽくないの一言に尽きる。
そもそも緑色の幽霊なんて聞いたことない。しかも服とか装飾品が緑なだけでなく、肌から髪から全てが緑なのである。
ギア以上に一つの色で覆われている。しかも全部同じ緑だ。透明感のあるエメラルドグリーンである。表情はにこやかで、幽霊にありがちな恨み辛みなど微塵も感じさせない。
ではあれは何だ。
ふと、彼女がこちらを見た。にこにことしている。浮いている。
やっぱり幽霊・・?
「精霊だ・・・」
タクトが呆然とした様子で呟いた。どうやら私とは驚きの種類が違ったらしい。
うん?でも、精霊・・・?・・・・精霊!?
二度目のびっくり。
精霊って、こんな幽霊みたいなの?
いやいや幽霊みたい、なんて失礼だったな。こんな半透明じゃ、勘違いしても仕方ないとは思うけど・・。
しかし精霊か・・・。インパクトが去ってしまえば、むしろしっくりくる言葉だなぁ。魔法があって、魔王とか居るなら精霊もいないとおかしいよね。
何で精霊って考えに行かなかったのか、今になってみると不思議だ。幽霊の方が身近だと思っていたのだろうか?
むぅ、謎だ。
謎は謎のまま放置しておいて、精霊である。
タクトもびっくりしているということは、精霊はそこらにホイホイ居るものではないらしい。私もこっちの世界に来てから一度も見たことないし。
見たことないのに精霊と断言できるのも凄いと思う。
「見たことはあるよ。ただ俺が見たことあるのは、もっと小さかったから」
凄いと褒めたのに、謙遜されてしまった。それともこの世界には幽霊という概念がないのだろうか?どうにも私の意図が正確に伝わっていなかった様子。
まあ、そんなことどうでもいいんだけど。
精霊に大きい小さいなんてあるんだね。人間とほぼ同じ姿だから、小さいと言われると幼い姿を思い浮かべてしまうが。
「いや、精霊に年齢なんてないから、小さいっていうのはそのままの意味だよ。この姿のままで、サイズが小さいってこと。大きい方が力があるって言われているんだ」
ふうん、そうなんだ。と言うことは、目の前のこの精霊はかなりの力を持っているってことかな。成人女性と同じ大きさだし。
しかし、にこやかである。笑顔全開で私の前に浮いている。何も言わない、何もしない。
何か用でもあるのかとも思ったけど、そうではないようだ。
「精霊には明確な意思ってものがないんだよ。彼らを創りだした神々の命令に従ってるだけだから」
「神々?」
「そう。この世界には7人の神々が居るんだ」
7人の神々、ね。創造神の名前すら伝わっていない割に、そこは何やら詳しく知られている感じだ。
何か根拠があるんだろうか。
「創造神は、この世界を創った後は一切干渉していないと言われているんだよ。でも7人の神々は違う。時には種族繁栄に力を貸し、時には行きすぎた行為を災害という形で諫めてきたんだ」
「へえ・・」
だから具体的に「7人」とか言えるわけか。人間にも、干渉してきたりしたんだろう。歴史を紐解けば・・、という奴である。
宗教のことは知らないけど、この分だと神様の言葉を伝える神子的な存在もありそうだ。
うん、聞いてみれば有り得そうな話ばかりである。そういうものだと思えば、大概の事は受け入れ可能。それが私の素晴らしき脳みその性能だ。
「神々はそれぞれ色を持っているんだそうだよ。俺も詳しくは知らないけど、確か緑は『ウィリディス』の色だったと思う」
そりゃ『緑』って言ってるからね。
まんまかよ!ってツッコミたい。神様相手には恐れ多くてできないけど。
タクトの説明によると、『緑』はあらゆる意味での『流れ』を司っているらしい。『流れ』と言われると風とか水とかを思い浮かべるが、それも含まれるらしい。
「精霊って属性を持ってるわけじゃないんだね」って言ったら、首を傾げられてしまった。どうやら漫画やゲームで使う属性は、この世界では使わないらしい。
いや、知らないわけじゃないらしい。ただ神様ともなると、万能過ぎて属性が意味を為さないらしい。そしてそんな神々から創りだされた精霊も、やっぱり属性とか関係ないそうだ。
万能精霊。響きは良いけど、それはちょっと最強過ぎではないか?
まあ、本当に精霊は神様の言うことしか聞かないらしいし、悪用なんて出来ないから万能でも構わないのかもしれないが。
『流れ』を司る神様、そしてこの精霊は穏やかであるというのが通説らしい。
うん、優しそうだったよ。
・・・・?誰の話だ。一瞬脳裏に何かよぎった気もするけど・・・、気のせいだ。多分。
「どうやらこの『楽園』には、精霊がたくさん居るらしいな」
見回すと、いつの間にか精霊たちに囲まれていた。
しかも緑色でない精霊もたくさん居る。全員私たちを見て笑っている。嫌な感じの笑いではない。ないが、こう大勢に囲まれた中で笑いかけられても、嬉しくない。
ちょっと気持ち悪いくらいだ。それに、よく見たら同色同士の顔が皆同じなのである。
目の前の緑色の精霊も、他に一杯居る。
夢に見そうだ。
居心地悪いその場を私たちは逃げるように抜ける。と言っても、急ぎ足になったのは私とタクトだけだったが。
クラークは気にならないのか、ペースはいつも通りである。ギアの方は、本気で気にしていないらしい。まだリンゴもどきを食べていた。
だから私たちは前と後ろで別れてしまっていた。それを狙った・・わけではないのだろうが、精霊たちが私とタクトの方へ近寄ってきた。
想像してほしい。色取り取りでそれぞれ同じ顔をした人々が、音もなく迫ってくる様を。
これは夢に出ること確定だな。
遠い目になるのを堪えて、目前の壁(精霊たち)を見据える。すると、そのうちの黄色の精霊が手招きをし始めた。
にっこり笑顔で、まるで「こっちに良いものありますよ」的に手招きしている。
これは誘いに乗って良いのだろうか?
何を警戒しているのかと問われると困るのだが、なんとなく警戒してしまった。精霊に他意はない、と思う。
隣のタクトを見る。彼も手招きを警戒しているようだ。
では無視しても良いかな。そう思ったけど、時既に遅し、だった。
手招きする精霊が居る方以外が、全面黄色の壁で覆われてしまっている。御丁寧に頭上まで、浮かび上がって進路を塞いでいる。
怪しい。限りなく怪しい。しかし行く以外の選択肢がない。
仕方なく、私たちは前に進んだ。
精霊が居るのは、低い灌木の向こうだ。
まずタクトが灌木の切れ目から向こう側へと行く。
「うわっ!?」
消えた!?
いや、ぼちゃりという音がしたことを思うと、なんとなく予想はついた。
足元に気を付けて灌木の向こう側を覗きこむ。
精霊たちが飛び回るそこは、小さな池になっていた。そして、タクトはその池に落っこちていた。
さっき見た時は、灌木の向こうも森が続いているように見えていたが、どうやら幻覚の類だったらしい。足場があると思って前に進んだタクトは、精霊たちの企み通り池に落ちた。
精霊たちの表情は先程と変わらないが、何処かしてやったりな顔に見えてならない。
「タクト、大丈夫?」
「あ、ああ。・・全身良い感じに濡れてるけどな」
立ちあがったタクトは、確かに全身ずぶ濡れになっていた。
ここは暖かいし、すぐ乾くとは思うが、随分な悪戯をするものだ。
精霊に意思がないとか言ったのは何処のどいつだ。・・・まあ、言った本人は目の前にずぶ濡れになっていますが。
とにかくタクトを助けようと手を伸ばす。私の居る所は、少し高いのだ。多分手を貸した方が良いだろう。
タクトもお礼を言って素直に私の手を握る。
よし、引き上げるぞ、と思った矢先の出来事だった。
周りの精霊たちの笑みがやけに気になる。そんな考えに一瞬意識が囚われ、その瞬間を狙ったかのように、足元を小動物が駆け抜けた。
「えっ、わ・・!?」
「サエ?!」
バランスが~!とか思ったのも一瞬。
私もぼちゃりを経験しました。
小動物こんちくしょう!いや、何だかそれすらも精霊たちの仕業なように感じるよ!と言うことは、精霊こんちくしょう!が正しいか。
「サエ、怪我はないか!?」
「う、うん、だいじょう・・・?!」
かつてないほど近くにタクトの顔が・・・!?
あわばばば、私、タクトの上に乗ってる?!
一気に顔に熱が集まった気がするよ!!




