次なる舞台へ 1
落ち着いた所で、さっきの話を聞いた。さっきと言うのは、私が倒れてから目覚めるまでのことだ。それを要約すると・・・、ギアが暴走してクラークと戦ったり、サラサさんに怒られたりしてたらしいよ!ということだ。
何かいろいろ大事なところを飛ばしている気がするけど、気にしない。究極的に、それは彼らの問題であり、私は関係ないからだ。
そんなことより、魔王様の助言である。
いや、助言というか最早答えに近い。何の答えかって言うと、私が帰る方法について、である。何故魔王がそんなこと知っているのかは分からないが、きっとなんかいろいろやって知ったのだろう。
話を聞くに、私が倒れたのはその影響なんだとか。なんか隠している、と言うか重要なことを言っていないような気がするが、そういうことらしい。
しかし私自身は、倒れたこともよく思い出せない状態だ。いろいろ見たような気もするのに、全然思い出せない。うーん、誰かと会ってたような気もするけど・・・。
まあ、思い出せないものはしょうがない。とにかく帰る方法だ。これが分かれば後は簡単・・・でもなかった。
帰るための魔法とか教えてくれれば良いのに、私たちは更に移動して、天界に行かなきゃいけないらしい。そこに居る・・・えっと、『白』?さんに会わなければいけない、とかいう話だ。
なんて面倒くさいんだ。
あなた魔王なんだから、ぱっと帰してくれても良いんじゃない?てか、せめて天界にワープとか出来ないの?
『では、天界に・・・』
あ、願いが通じた!?
天界へワープだね、これは!
と思ったけど、現実はそう上手くいかない、ということを学んだだけだったよ。
『天界に向けて出発するが良い』
自分たちで行けってね。甘い考えは通らないっていう良い見本だね。
内心がっかりしている私と違って、タクトとクラークはいつも通りだ。
いや、この急な展開に戸惑ってはいるらしい。・・・見て分かるのはタクトだけだけど。でも、私も少なからず驚いてはいる。
いやいや、驚いていると言うより、付いていけていないが正しいか。
天界に行くのは分かったが、肝心な説明がないのだ。
「何故天界なのか?」とか「『白』に会ってどうするのか?」とか「そもそも『白』って誰だ」とか、そういう説明が一切ない。
急展開にも程がある。私の鈍い頭でも分かるように、懇切丁寧に教えて欲しい。
そうは思っても、口には出せないのが私である。結果、消化不良な気持ち悪さを抱えながら、謁見の間を辞することになった。
『ギア、そなたは少し残れ』
サラサさんに絞られて、心なしかげっそりしているギアが立ち止まる。
魔王はギアだけに用事があるらしい。ギアを置いて、私たちはそのまま廊下へと出た。
そして今に至る、である。
「まあとにかく、天界だね」
「ああ、そうだな。・・でも、天界って『扉』あるのか?」
体が沈んでしまうほどふかふかなソファに座って、私とタクトは紅茶とクッキーを食していた。
此処は客室。そして今居るのは、私とタクトとクラークだけ。
レオンハルトは、所用で席を空けている。サラサさんは、服を着替えに行った。手持無沙汰な私たちは、ちょっとだらけていた。
いや別にだらしなく座っているわけではないよ。気分的に緩んでいたってだけ。
ちょっと疲れたのだ。休憩中なんだし、少しくらい構わないだろう。そんな言い訳を胸の内でして、カップに口を付ける。
ローズの香りが鼻をくすぐる。レオンハルトが淹れてくれたのだが、彼は実は執事なのではないだろうか、と思ってしまった。とってもスマートに淹れていくれたし、何より美味しい。案内人をしているのがもったいない腕だと思う。
まあ、おかげで貴族な気分を味わえたよ。
「よし、行くぜ!!」
デジャヴ。
元気よく扉を開けて飛び込んできたのは、ギアだった。宿で会った時みたいに、妙に興奮している。さっきまで萎れてたのに、何故今こんなに元気一杯なんだ。離れていた数十分で一体何があったと言うのだろうか。
テンションが高過ぎて付いていけない。しかし、こちらのそんな様子を気にするわけもなく、彼は真っ直ぐクラークの元に向かった。
そう言えばこの2人、ついさっき殺し合いを演じていたのではなかったか?聞いたばかりの話が頭をよぎるが、止める間などなかった。
「『黒』!」
「・・・・」
一瞬の緊張。隣のタクトも、ごくりと喉を鳴らして見守っている。
短い沈黙の後、ギアが満面の笑顔を見せた。
「俺、一緒に言っていいって!これからよろしくな!」
握手を求める手を、呆然と見つめてしまった。
はあ?一緒に行くって・・・、何処へ?思考停止しかかった頭に、そんな疑問が浮かぶが、すぐに答えは導き出された。
一緒に来るのか、天界まで。
驚きのあまり反応できない私たちを、これまた気にもせず、ギアはクラークに手を差し出し続けている。
クラークはその手を一瞥して、無視することに決めたらしい。壁に背を預けて、目を閉じてしまった。
「?なあ、よろしくの握手」
と言って、無理矢理握手しようとする。が、それを許すクラークではない。
部屋の隅で、無言の攻防が始まった。
「・・・で、どうやって天界に行くんだろうね」
「そうだなぁ・・。普通なら、『扉』を使うんだろうけど、天界に繋がる『扉』ってあるのか?」
ギアの相手はクラークに任せて、私たちは元の会話に戻った。ギアの相手をしていたら、今以上に疲れそうだったのだ。
休憩してるのに疲れるなんて、それは嫌だった。
しばらくクラーク相手に奮闘していたギアだったが、結局握手は出来なかったらしい。諦めて、私たちの前に座った。
私たちの前に。つまり紅茶とクッキーが置かれたテーブルの上に、胡坐をかいて座ったのだった。
・・・・常識が備わっているとは、よもや思っていなかったが、ここまで型破りだとは思っていなかった。
「よう!俺はギアだ。これからよろしく!」
笑顔だ。とんでもなく笑顔で、右手を差し出している。どう見ても、気のいいお兄さんである。テーブルに座っていること以外は。そして戦っている時の様子を知らなければ。
しかし、どれだけ型破りであっても、彼に悪気はないのだろう。ただ空気が読めないだけなのだ。あるいは常識を学んでいないだけなのだ。
いや、常識ぐらいは学んでおこうよ、と思わなくもないけれど。
とにかく悪気はない。そして、私は波風立てるのが嫌いである。
世の中平穏が一番なのだと、最近はよく思うようになったぐらいだ。しかしこの手を握ってしまったら、仲間になることを了承することになる。それは良いのだろうか?
判断できずに、隣のタクトに助けを求める。タクトは、壁際のクラークに助けを求めた。クラークは無視した。なので、タクトの視線は私に戻ってきた。
「どうする?」とその目は言っている。それを訊きたいのは私の方なのだが・・・。ちらりと確認すれば、ギアは体勢を変えていた。胡坐を止めて、足を崩している。手こそそのままだが、テーブルから出た足をぷらぷら揺すっている。早くも飽きてきたらしい。
「このまま無視しちゃえ」と、悪い私が言っている。「可哀想だから、握手ぐらいしてあげようよ」と良い子な私が言っている。
悩んだ末、差し出されたままの手を握り返した。私は基本的に、良い子ちゃん的ポジションが好きだ。
握手なんて滅多にしないから、ちょっと気恥ずかしい。堅い手が、握り返してきた。
「おお、よろしく。えっと・・・」
「あ、サエです。国枝沙恵」
「おう!サエね、サエサエ・・・・」
ぶつぶつ口の中で言っている。どうやら私の名前を連呼しているらしい。名前を覚えるのが苦手なのだろう。そんな感じがする。
クラークのことも名前では呼んでいないし、見た目・雰囲気ともにそれを醸し出している。
失礼な感想だが、とても分かりやすい人だと思う。取り繕わないところは、好感が持てる。まあ、扱い辛そうな面も多々あるようだけど。そこはまあ、誰かがどうにかするだろう。
他人任せな私である。
「あんたも、よろしく!」
「え、ああ・・・、俺はタクトだ。よろしく」
タクトの手を握って、ようやくテーブルから降りる。体を伸ばして、手にした槍をくるりと回した。
・・ん?槍?
「さあ『黒』、よろしくついでに一勝負しようぜ!」
やっぱりか。
何処からともなく出した紅い槍を、クラークへと向ける。が、クラークは握手に続いてこれも無視した。
無反応なクラークに懲りた様子もなく、ギアは更に「勝負しようぜ~」と言い募っている。
既に慣れつつあるその光景に、苦笑が零れる。隣を見ると、タクトも似たり寄ったりな感想を持ったのが分かった。
枯れた老夫婦みたいに、お茶を片手に微笑ましくも騒々しい様子を眺めてしまっている。
なんか、穏やかだなぁ・・・。
「・・・これはどういう状況なのかしら?」
見ると、開きっ放しの扉から、綺麗なお姉さんが顔を覗かせいた。サラサさんだ。
着替えたサラサさんは、黒いドレス姿だった。華美ではないが、要所要所にレースが使われていて、優雅なサラサさんにぴったりなドレスだった。
相変わらず御美しい。そう思ってクラークを見る。初めてサラサさんが来た時は、珍しい姿をたくさん見せてくれたが、今はそうでもない。
落ち着いているように見える。いや、ちょっと居心地悪そう・・かも?彫像のように動かない普段と違って、小さく動いている。壁から背を離し、ちゃんと立ったようだ。
サラサさんとクラークの関係。それを聞いた時は、他にもいろいろ考えることがあって流してしまったが、今こうして目の前にすると、上下関係がよく分かる。
どうやらクラークは、お姉さんには頭が上がらないらしい。思えばサラサさんが居る時のクラークは、何処か緊張しているようだった。
サラサさんは厳しい人には見えないけど、小さい時にはいろいろ言われたのかもしれない。姉弟の関係では、姉であるサラサさんの方が強いのだろう。
さて、他の2人はどうしているのか。タクトはサラサさんに見惚れてたしな。
そう思って視線を転じてみる。
まずはタクト。
タクトは、意外に普通だった。いやまだちょっと見惚れてるって言うか、そわそわしているけど、初めて会ったときほど赤くもないし、挙動不審にもなっていない。
慣れたのか、それとも、クラークのお姉さんだって知ったからだろうか。まあ、どっちでも良いけど。
そして、ギア。ギアを見て、思わず目を見張ってしまった。まじまじ見つめてみるが、ギア本人はそれすら気付いていないようだ。
真っ赤なのだ。ギアの顔が。赤い服装と相まって、もう完全に「赤い人」である。いや、そんな面白くないダジャレはどうでも良い。
しかし見事な赤である。そわそわ、そわそわ動きっぱなしだし。これはどんな鈍い人でも気付いてしまうだろう。
ギアはサラサさんのことが好きなのだ。
丸分かりだ。分かりやすすぎる。もう少し隠す努力をしようよ、と余計なことを思ってしまうぐらいだ。
「ギア、まだお説教が必要なのかしら?」
ギアが持ったままの槍を見て、サラサさんが言う。顔は笑っているが、眼が笑っていない。サラサさんも怒らせたら怖いタイプなのか。
言われたギアは、今気付いたと言わんばかりの態度で慌てて槍をしまう。・・・・何処にしまったのかよく見えなかった。一瞬で消えてしまったのだ。
「サラサ、何しに来たんだ?」
「弟がまた旅に出てしまうのだもの。見送りに来るのは当然でしょう?」
わざとらしい話題転換にも、さらりと答えてクラークを見る。
どうやらサラサさんは、ギアの相手をするつもりはないらしい。見てて可哀想になるほど、ギアが肩を落としている。
可哀想だが、声は掛けない。サラサさんが私の前までやってきたからだ。
「サエ、せっかく会えたのに、もう行かなきゃいけないのね」
「ええっと、そうですね。今すぐじゃないですけど、今日中には旅立つと思います」
「そう・・、残念だわ」
本当に残念そうだ。でも何でこんなに残念そうなんだ?私と彼女の接点なんて、クラークぐらいしかないけど。
そしてその程度で仲良くなれるほど会話していないし。
私の何が、そんなにこの人を残念がらせているのだろうか?
密かに首を傾げるが、その理由は思い浮かばなかった。
「お待たせしました。おや、サラサ嬢。弟君に御用ですか?」
「・・ええ、そうね。お別れの挨拶を、と思ってね。それと・・・」
私に一瞬目を向けて、レオンハルトに向き直る。
「それと・・・」の後が無性に気になる。何を言おうとしたのだろう?
弟であるクラークなら分かるかな。そう思って見てみる。無表情だが、やはり何処か落ち着きがない様子。これは、心当たりがあるってことかな?だったら、後で訊いてみよう。
「レオンハルト様は、どういった御用件かしら」
「彼らを『扉』まで案内するよう仰せつかりました。支障がなければ、直ぐに御案内致しますが、如何致しますか?」
最後の問いは私たちに対してだ。
タクトを見た。タクトはクラークを見て、クラークは私を見た。一周したところで、ふと思い出してギアを見る。
ギアはもう復活していた。そして何故か私を見ていた。だから目が合ってしまったわけだ。意味なく見たのだが、そんなことは関係ないらしい。
にやりと笑ったギアが大声で言う。
「もちろん、今すぐ行くぜ!!」
新たな仲間は、私たちと比べて、決断力が段違いのようだ。
意気揚々なギアを先頭に、私たちは客室を後にした。




