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ギア的考え 2


 『アーテル』の持つ魔剣が、目の前すれすれを通る。紙一重で避けた勢いを殺さず、手にした槍を繰り出す。大きく体をずらして避けた『黒』に、更に追いすがる。逃がさない。それ以上に、あまり間合いを開けると魔法を使われる恐れがあるのだ。

 あの人間の男が、ではなく、『黒』が。



 俺自身は、魔法は得意でも不得意でもない。魔法を使うより槍を振り回した方が早いからそうしているだけで、使えないわけではない。

 魔族の中では、不得意な奴もいるらしいが。

 そして、『黒』は逆だ。剣の腕は言うまでもないが、魔法も得意としている。得意と言うか、むしろそっちが主だったはずだ。

 魔法で一掃して、取りこぼしたのを剣で斬り捨てる。そういうスタイルだった。ひたすら突っ込んでいく俺との相性は良くて、それで昔はよく一緒に組まされた。おかげで、俺は余計魔法を使わなくなったんだけどな。



 いくら変わったとは言え、戦闘スタイルそのものがそこまで変わっているとは思えない。人間相手なら、剣での応戦で充分だっただろうが。俺相手に近接戦は無謀むぼうだぞ。

 得意不得意で言うなら、それこそ俺の得意分野だからな。超得意だ。

 それでもさすが『黒』。

 俺の攻撃をかわし、いなして反撃をしてくる。魔法を使えないハンデなど、ものともしていない。

 気分が高揚こうようする。これこそ戦いだ。油断すれば斬られる。その緊張感がたまらない。

 口元がゆるんでいるのが、自分でも分かる。でも、それを隠そうとは思わない。もっと楽しみたい。久しぶりの気持ちに、目的を忘れそうだ。



 俺が『黒』に向かっているのは、何も俺の楽しみのためだけじゃない。確認したいことがあったのだ。

 それは、俺にとっては至極しごく大事なことだ。確認と言っても、今のままじゃ一生分からなそうだが。だから、そろそろ仕掛ける。


 槍を振りながら魔力をる。

 魔族の魔法は人間と違って呪文にしばられない。ただ魔力を練って、放出するだけ。基本はそれだけなのだ。複雑な効果を期待するなら、それなりにめが必要になるが、攻撃するだけならそんなに苦労はない。

 俺が魔力を練っているのは、同じ魔族である『黒』にもすぐ分かっただろう。だが、俺たちは今かなり近い位置に居る。こんな近場で魔法を使えば、自分にもダメージが来る。しかも、練って放出するだけとは言え、その魔力を練る作業をしながら武器を振り回すのはさすがに疲れる。

 すきにもつながりかねない無謀な行為だ。本来なら、絶対やらない。魔法使う暇があったら、その分多く斬撃ざんげきを繰り出す。いつもの俺なら、そうする。

 まあ、今は特別な場合という奴だ。



 魔力が練りあがる。出す先は・・・、目の前でいいか。

 何処に撃っても同じだし。ということで、俺と『黒』のちょうど真ん中辺りに小さな光球が現れた。小さいが、それなりの魔力はこもっているそれを槍で思いっきり弾く。

 一瞬の判断で、『黒』は横に逃げようとした。「ようとした」けど、結局止めた。理由は簡単。あいつの後ろには今、人間の男と気を失った女が居るから。

 いきなり戦いだした俺たちからは少し離れているが、充分魔法は届く。『黒』が避ければ、確実に当たるだろう。


 わざとだ。俺は元からあいつらに当てるつもりだった。確実に当たるそれを、『黒』がどうするかを知りたかったのだ。

 で、『黒』はどうしたかだが・・・。


「・・・っ!」

「クラーク!」


 俺の撃った光球は、クラークの手でにぎつぶされた。剣で斬れればよかったんだろうが、さすがにそこまでの間はなかった。

 左手を犠牲ぎせいにしてまでまもりたかったのか。それが、俺の確認したかったことを明確にした。



 ・・・まあ、変わることは罪じゃねぇよな。何よりも護りたいことができることも、悪いことじゃない。

 悪いことなんて何もないんだ。でも・・・・、俺はそれを許せそうにない。


 強者は常に強者であるべきだ。だってそうじゃねぇと、つまらないだろ?明らかな弱点なんて、持つべきじゃない。突かれたら終わるような、そんな存在を持った時点で強者は強者でなくなる。

 強くなきゃ戦う意味がない。



 さっきまで感じていた高揚感が無くなっていく。代わりに、冷たくてつまらない気持ちがきあがっていく。

 回復の早い魔族とは言え、『黒』の怪我はそうすぐには治らない。片手で勝てるほど俺は弱くないし、手加減してやるほどお人好しでもない。

 俺が後ろの奴らを狙ったことに気付いたみたいだ。『黒』は、無駄に攻めずに防御に専念する姿勢を見せた。

 これだ。再会した時も思ったが、そんなの強い奴のすることじゃない。ここはもっと攻めるべきところだろう。庇って怪我して不利になる、なんて・・・・。



 ふつふつと胸に湧き上がったのは、多分怒りだ。その衝動のままに、突っ込む。もう後ろの奴らなんて狙う気はねぇが、『黒』はまだ警戒している。そんな受け身じゃ俺には勝てねぇよ。

 斬ると見せかけて、『黒』の剣を突き上げる。そんなんで手放す程弱ってはいないが、体勢はやや崩れる。手の中で柄を回して、剣を絡め取る。そのままぶん回す。

 かなり強引だったが、片手でしかも体勢の崩れた『黒』は堪え切れず、その手から剣が離れる。

 すかさず追撃して、剣を弾き飛ばす。その行方なんてどうでもいい。もう、終わるから。


「お前には、がっかりだぜ」

「・・・・」


 みっともなく泣き叫ばないだけ、まだマシだけどな。

 いつものように、槍を繰り出す。防ぐ術はない。後ろの奴らの支援も待ってやらない。こいつはここで殺す。

 首を狙った一撃。仕損じる確率は限りなく低い・・・、はずだった。


「!?お前・・!」


 強い力で弾かれて、後退を余儀よぎなくされた。横合いから俺の槍を弾いたのは、見たことのある長剣だった。

 握っているのは、サラサ。普段は文官として城仕えしているが、剣の腕もかなりある女傑じょけつだ。なんと言っても・・・。


「私の弟に、何をしているのかしら?ギア」

「っ・・・!」


 冷たい声が胸をえぐる。見られたくない場面を見られた。

 いつもなら城中どころか魔界中飛び回っているのに、今日は偶然にも城に居たらしい。しかも騒ぎを聞きつけてやってきたようだ。しっかりと戦闘用の装束しょうぞくに身を包んでいる。

 予定外だ。


「サラサ、これは・・・」

「問答無用よ。ここからは私が御相手おあいてするわ」


 言うや否や俺との距離を一気に詰めてくる。早い、が、反応できないほどじゃない。落ち着いて対処すれば、問題ない。問題ない、はずなのに・・・。

 サラサの綺麗きれいな顔が近付いて来る。真剣なその表情に目を奪われる。

 サラサはやっぱり綺麗だ。

 場違いな感想を抱いているが、体は染みついた動作を繰り返す。襲いかかる剣先を弾いて、手の中で柄を回す。遠心力も加わった一撃を放つ。

 サラサはかろうじてそれを剣で受けた。


 いくら強いと言っても、それは女性としてで、俺や『黒』よりは遥かに弱い。本人が一番分かっているだろうに、なんで向かってくるんだよ・・!

 俺は戸惑っている。それは分かっている。今の自分の状態を正確に理解する頭ぐらいは、ちゃんと残っている。



 サラサは強い。でも俺ほどじゃない。だから、負けない。それは分かっている。でも俺が勝つには、サラサを倒さなければいけない。

 話し合いは拒否されたし、この様子では、多分動けなくなるまで向かってくるだろう。ということは、俺はサラサが戦意を失うまで、彼女を滅多打めったうちにしなければいけないわけだ。


「・・・・・」


 無理だ。出来ない。出来るわけがない。

 自分で出した結論を却下する。じゃあ、傷付けないで退ける方法を見つければいい。とも思ったが、いくら考えてもそんな良い方法全然思いつけない。



 右から左から、下から上から。縦横無尽じゅうおうむじんに繰り出される攻撃をいなし続ける。これじゃ『黒』と変わらない。いや、『黒』より悪い。こんなの強者じゃねぇよ。

 自分に対しても怒りが湧くが、サラサを傷付けるって選択は絶対に選びたくない。自分の信念を曲げてでも、それだけは選ばない。

 他人がそれをするのが許せなくても、自分がそれをするのはいいなんて・・・滑稽こっけいだ。苦笑がれる。目の前のサラサは、それが自分に対する侮辱ぶじょくだと捉えたみたいだ。若干顔をしかめる。


 結果的に防戦一方の俺に対して、サラサが片眉かたまゆを上げた。彼女が怒っているときの癖だ。どうやら、俺が本気でないことが更なる怒りに繋がったらしい。

 今まで以上に鋭い攻撃が迫る。それでも、それはさほど脅威ではなかった。軽く避けて、少し距離を取る。


「貴方、何がしたいの?」

「俺は・・・、サラサとは戦わない」

「あら、じゃあ己の非を認めるのね」


 サラサの言葉に首を振る。俺は、俺の信念の元、正しい選択をした。それが「非」であるなどと認めるわけがない。今の『黒』は許し難い。今の俺と同じぐらい。

 でも俺は、俺に恥じることはしていない。・・・サラサと戦うこと以外は。


「そう・・・。じゃあ、戦いは続行ね」


 嫌だ。俺がそう思っても、サラサには伝わらない。どうでもいいことは鋭く察してくれるのに、なんでこういう時ばかり鈍感なんだろうな。

 再び距離を詰めたサラサの一撃を弾く。彼女と戦うことが堪らなく苦痛だった。戦っていて苦痛だなんて思ったのは、初めてだ。

 嫌だ。戦いたくない。



 気付けば俺は、腕を降ろしていた。完全に無防備になった俺に、サラサがいぶかしげな顔を見せた。

 戦いたくないなら、戦わない。彼女を傷つけなければ勝てないなら、俺の負けでいい。彼女だけは、俺の特別だから。

 俺は選んだ。自分の信念と彼女を天秤にかけて。貴重な戦友と信念じゃ、迷わず信念を選んべたんだけどなぁ。


「・・降参こーさん。俺の負けだよ」

「なんで・・。・・・まあいいわ。私の勝ち、それで良いのね?」


 頷く。だって俺がサラサに勝てるわけないから。

 俺が負けを認めたことを確認したサラサは、とっても綺麗な笑顔を見せてくれた。かなり嬉しい。負けたのに嬉しいのも、初めてだ。


「そう。それじゃあ、ちょっとこっちに来なさい」

「?うん」


 素直にそばに寄ったら、座るように言われた。意味が分からない。でもサラサが座れと言うなら、俺は座る。

 サラサが指差す床に腰を下ろす。


「ああ、違うわ。正座よ」

「・・・うん?」


 胡坐あぐらから正座に変える。俺、正座って苦手。足が痛くなるから。でもサラサはその座り方以外認めないって目をしてた。仕方ない。我慢しよう。

 俺が座ると、今度は『黒』が呼ばれた。俺の隣に同じく正座させられる。


 ああ、そういえばこいつを殺しそこねたな。殺すって決めて、なのに実行できなかったのも結構珍しい。今日は意外なことばかり起こる日なのかもしれない。

 のんびりした気持ちで、目の前に立つサラサに目をやる。にっこり笑っていて綺麗だ。綺麗だけど・・・何故だか背筋がぶるっと震えた。嫌な予感がするのは、気のせいだろうか・・・?





読んでいただきありがとうございます。


ギアはその場その場の考えと直感で動くタイプ。前後の行動が矛盾してても、「今」感じていることを優先する人です。




次回は、サエ視点に戻ります。

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