魔都、そして魔王 4
気が付けば、私は一人で何もない空間に浮いていた。
真っ白い空間に、たった一人・・・。いや、正面に誰か居る。
少し遠くて分かり辛いが、白い中で、その人だけ黒く浮かび上がっていた。
誰だろうか。
黒と言えば、クラークだ。でも、違う気がする。なんとなくだが、違うと思うのだ。
では誰かと問われても、答えを持ち合わせていない。
分からないなら、近付けば良い。それだけのことを考えるのに、随分と時間が掛った。
いや時間の経過が分からないから、体感的に長かった気がするとしか言えない。
体感時間なんて、実際の時間とズレたりするものだ。特に考え事をしている時は。だから、決して私の頭が鈍っているわけではないと言っておこう。
むしろ、かつてないほど冴え渡っているぐらいだ。・・・・ちょっと誇張したけど、概ねそんな感じだ。
兎にも角にも、あの人に近付かないことには始まらない。
足場もない空間でどうやって進むのか。今度は考える間もなく、方法は見つかった。
行きたい方を見て、頭で思い描くだけだ。実に簡単に、何の抵抗もなく、体が前に進む。と言っても、比較対象が正面の人物しかいないので、本当に前へ進んでいるのかは疑問が残るが。
しかし、目的を達せられるなら、そんなことは些末事だろう。
頭を切り替える頃には、黒い人の所へ辿り着いていた。
その人は、背が高かった。クラークも高かったが、多分それ以上だ。確実に2メートルはいっている。
近付き過ぎると首が痛くなること請け合いである。ので、若干離れた位置で止まる。
そんな私を見もせずに、その人は一点を凝視している。
腰まである長い黒髪が女性を彷彿とさせるが、その横顔は男性のようだ。中性的な顔ではないし・・・うん、多分男の人だ。
男顔の女性だったら申し訳ないが。
まあ、そんなことはどうでも良いか。性別なんて適当である。
じっと見てたのに、全然こっちに気付いている様子が見られない。そんなに面白いものがあるのなら、私も見てみたい。
そう思って、彼の見る先に目を移す。
そこには、映像が浮かんでいた。
此処に来る直前に見えたあれやこれやと同じように、次々と場面が切り替わっている。
テレビのチャンネルが、切り替わり続けているようだ。同じ場所を映すことはなく、一所を長く映していることもない。
目がチカチカする。
場面が切り替わる様をずっと見ていられなくて、視線を外した。
他に誰か居ないのだろうか。この人は何だか変だし。
目に負担が掛るこれを、ほとんど瞬きせずに見続けている。人形みたいで気味が悪い。
「そなたは、やはり『紫』の手駒であったか。・・・相も変わらず、奴の考えていることは理解に苦しむ」
驚いた。ええ、それはもう、盛大に。
飛び上がりはしなかったけど、肩が跳ね上がる程度にはびっくりした。
てっきり映像を見ることに集中していると思っていた彼が、目線はそのままに話し掛けてきたのだ。
しかし言っている意味が分からない。そもそも『紫』とは何のことだろうか?
なんとなくだけど、クラークやギアが、『アーテル』や『ルフス』と呼ばれているのに関係ある気もするが・・・。
「・・・『白』は何をしているのだ。いや、このようなことは、『赤』が事前に伝えるべきことであるか。どちらにしろ、一度会合を開くべきかも知れんな・・・」
ぶつぶつと何か言ってるよ。視線は動いていないけど。そして、口元も最小限しか動いていないけど。その割にはっきり聞こえてくるから不思議だ。
どうやら自分の考えに没頭しているらしい。いきなり話し掛けてきて、そのまま放置とは・・・。私は一体どうしたら良いのだろうか。
無視して良いかな?良いよね?
よし、私は何も聞かなかった。そういうことにしよう。
関わると碌なことにならないフラグが、立っている気がするし。気になることを呟いてはいるけど、絶対に知らなきゃいけないことでもないだろうし、この人のことは極力無視する方向でいこう。
そうと決めたら、早速離れよう。
踵を返す。が、真後ろに人が・・・!
「あら、こんにちは」
「え?あっ、こんにちは・・?」
思わず挨拶を返してしまった。
近過ぎる距離に少しだけ体を逸らす。
後ろに居たのは、これまた背の高い女性だった。まあ、背が高いと言ってもこちらは、女性にしては、であるが。
緩やかな曲線を描くシルエットが、女性らしさを強調している。穏やかな笑顔と、目に優しい緑の髪が優しい人物像を描いている。
結論。悪い人ではないかな。
第一印象で人を判断する私である。
「貴方も、こんにちは『黒』」
「『緑』か。久しいな」
おっとりとした挨拶が、この場に居るもう一人にも向けられる。そこで、ようやく顔を上げた男(『黒』?)は、女性(『緑』?)を真っ直ぐ見た。
ん、プチびっくり。とっても遅ばずながら気付いたことが一つ。ギアと初めて会った時は音しか分からなかった『アーテル』や『ルフス』が、ちゃんと色の名前として聞こえている。
つまりこの人たちは、互いを色の名前で呼び合っているのか。まあ、確かに言われてみればその色がずばりと当て嵌まってはいるが。
クラークたちは、多分通称とか綽名として使っているのだろう。
音の響きが私の知るものではなかったから、全然気が付かなかった。と言うよりも、それが分かった今の状況がおかしいのかもしれない。
音を知らないのに、脳内ではちゃんと変換されている。それはとてもおかしなことのはずだが・・・。
おかしな状況は、私を置いて先へと進んでいく。
「会合を開きたい。通達願えるか」
「無理よ」
「何故?『黄』のことなら心配はいらない。会合を開くことが目的であり、場所は何処でも良いのだから。『楽園』で行えば何の障害もあるまい」
「違うわよ。『紫』と連絡が取れなくて、困っているの。『紫』の力の気配がしたから、此処に来たのだけれど・・・」
ちらりと、困った笑みを私に向ける。
いやいや私も困ってるから。貴方たちの会話に付いていけてないから。
「とにかく、『紫』が見つからないの。だから、会合は出来ないのよ」
「・・・ふむ。そなたが見つけられぬ者を、別の者が見つけることは出来んな」
「そうねぇ。・・・貴方、『紫』の居場所、知らない?」
無言で首を振る。そんな名前、今初めて聞いたから。と言うか、訊く人間を間違えている。
私は、この世界(此処が何処だか知らないが)の住人ではないのだ。知っているわけがない。
色で名前を呼び合う知人も・・・、ギアとかクラークぐらいしか居ない。そもそも、彼らの交友関係を知らない私には力になれそうもない。この場に居ない人物に助けを求めることなんて不可能だし。
何で私に訊くんだよ。いい迷惑だよ。
「そなたも知らぬのか。・・・勝手に干渉しておいて、無責任なことだ」
「あらあら、それは困ったわね。でも、未だに力の残滓があるのは、不自然じゃないかしら?」
「そうだな。だから我は、この者が『紫』の手駒として働いていると思っているのだが・・」
「そんな感じじゃないわねぇ。困ったわ」
困った笑顔はそのままに、「困ったわ」を繰り返す『緑』。『黒』の方は無表情だ。見た目は全然違うのだが、何処かタクトとクラークを彷彿とさせる。ちょっとだけ心が和んだ。
和んだから何だって話だけど。
「我に考えがある」
「あら、何かしら?」
「『紫』がこの者を使って、何かしようとしていることは事実であろう。故にこの者を何処かへやってしまえば良い」
この者とは、私のことかね。
・・・どうやら、そのようだ。私の方を見て言ってるし。
しかし、私に対する説明は微塵もないんですね。
「うーん、そうね・・・。それも良いかもしれないわね」
「ああ。そなた、『白』が何処に居るか知らぬか?」
「『白』なら移動していないわ。天界がお気に入りみたいだから」
「そうか。・・・では、そなたに命ずる。天界へ行き、『白』の力を借りるのだ」
「はあ・・・」
曖昧に頷く以外のことが、私にはできなかった。
話が全然分からなかったんだけど、良いのかな。私の理解力では、とりあえず天界へ行けってことと、どうやら私と『紫』さんは、見えない繋がりがあるらしいってことだけしか分からなかった。『紫』が誰か知らんけど。
そんなんで良いんだろうか。
不安を口にする前に、目の前の2人が急速に遠ざかり、消えて行った。
いや、遠ざかっているのは、私の方だ。
そう気が付いた時には、白い空間からさえも出ていた。視界が真っ暗だ。
驚きのあまり、無意識に手足を動かした。その動かした右手を、誰かが握った。
とっさに握り返した私は、ようやく自分が目を閉じていることを知った。ついでに言うなら、体も寝転がった状態らしい。
慌てて飛び起きる。
「サエ!!」
「・・・タクト?」
私の右手を、タクトの大きな手が包み込んでいる。
何故私の手を、タクトが握っているのか。どくんと鳴る自分の鼓動が急に気になりだした。
いつの間にか床に寝こけているし、一体私に何があったのか。
思い出そうにも、握られた手が何だか気になる。
「サエ?大丈夫?何ともない?」
「う、うん、大丈夫。平気・・・」
立ち上がる動作に加えて、さり気なーく、手を引き抜く。
よし、OK。不自然違う。
タクトも不審そうにしてないし。強いて言うなら、心配そうではあるけれど。
うん、OKだ。
と、視線を転じた先に、不自然全開な光景があった。
「あ、起きたのね。良かった」
サラサさんだ。美しい髪を一つに縛り、肩・胸・腰と両肘・両膝を甲冑で覆い、残りは体にぴったりなボディスーツを纏っている、サラサさんだ。
いや、サラサさんの格好もびっくりだけど、それ以上のものがそこにあるのだ。
戦闘服に身を包んだサラサさんの目前に、正座させられたクラークとギアが・・・。
何?どういうこと?
一体何がどうなって、こんな面白いことになったんだ。
見逃したことを悔やむべきか、見たくなかったと思うべきか、判断に迷うところだ。
そもそも私に何が起こったのか?
『そなたらに、助言をしよう』
疑問の答えは、魔王の御言葉の後になりそうだ。
お待たせしました。
色の名前がカタカナと漢字混じりなのは、仕様です。次回からは漢字で統一します。
次回はギア視点です。サエが居ない間に何があったのか?を書いていく予定です。




