日常って実は大切 2
9/7 漢字の読みを直しただけです。内容は変わってません。
2
閉館の文字が掲げられた図書館に背を向け、歩き出す。何で私は歩いているんだ。せめて自転車で来るとか、あるだろうに。歩き出してすぐに後悔したのに、引き返さないで此処まで歩いてきてしまった。
歩行速度が普通の人より速い私でも、20分かかった。開いた携帯電話の画面では、家を出てから21分経っていることを示している。溜息を吐き出し、携帯電話をしまう。
まあ、いい。予定があるわけではないのだ。・・・履歴書を書く以外は。というか、それは予定ではなく、最早義務のようなものだった。
何故、就きたくもない職に就くために、休日を返上してまで活動しなくてはいけないのか。
やる気がないからか、不満しか出ない。それは子供が、我儘を言って癇癪を起こすのと変わらないことだが、やはり嫌なものは嫌なのだ。
就く気がないから、が一つ。面倒だから、がもう一方にあって、それらに対するメリットは、収入増大だけだ。
あ、あと、社会的立場が手に入るか。
だけど、まあ、それだけだ。自分が重要と思っていないことを、いくら大切だと言われても頷けない。いや、大切であることは、分かっているんだけどね。そのつもりなんだけどね。
何にしても、結局、私がどう思っていようと、就職活動はかなり大事という話になるのだ。
かなり大事。但しやるのは、自分。
それなら別に、やらなくても良いんじゃないか?
やらないと決めるのは、やっぱり自分なんだから。
・・・うん、そうだよ。やりたくないのに、やっても効率悪いだけだし。
よし、決めた!私は、就職活動を止める!まあ、就職は・・やる気が出たらやる方向で。
何だかニート街道まっしぐらな感じだが、幸いアルバイトはちゃんとやっているのだ。フリーターというものになるだけだ。
そう考えると、心が軽くなった気がする。例えそれが、その場限りの誤魔化しでも、良いのだ。
今を生きていけるなら、その先なんて考えない。というより、考えたってしょうがない。先のことなど、その時にならなければ分からないものだ。
乱暴な(乱暴であるとは自覚しているのだ)論理とも言えない思考を展開しつつも、足は止めない。
歩いている間は
「歩くって素晴らしい!」
と思えるから好きだ。その代わりではないが、立ち止まると、途端に後悔することになるが。
ひょっとしたら私は、前世が回遊魚だったのかもしれない。止まるのが嫌い。何かしていないと、落ち着かない。そんな回遊魚な自分を想像する前に、私は意識を失った。
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誰かが、枕元を歩いている。
「ああ、そうだ。・・・・・だから・・・そう言ってるだろ・・!うん?・・わかった・・・・」
誰かの話声もする。誰かはわからないが、五月蠅い。忙しなく、行ったり来たりを繰り返す足音。
足音・・・?
うん、足音だ。フローリングを、堅い靴で歩く音だ。
そんなわけがない。私の部屋は、カーペットが敷いてあるのだ。音はそこまでしない。そもそも、私の家は玄関で靴を脱いで上がる、ごく一般的な日本の家だ。靴で歩きまわる音がする、なんてないはずだ。というか、私はいつ家に帰って、いつ寝たのか。そこの部分を、まるで覚えていない。
よくよく考えてみたら、今寝ているベッドも、私のものとは違うような・・・。
思い切って、目を開けてみたい。だけど、ちょっと怖い。何だか、わけの分からないことに巻き込まれているような気がする。
目を開けなければ、しばらくは安全だろう。その間に、話声に耳を傾ける。
「還す方法も、ちゃんと調べたんだけどな・・・。でも、上手くいかなかったんだ。なあ、原因とか、分かるか?」
「・・・・・」
「だよな。俺もさっぱりだ。・・・どうしようか」
「・・・・・」
「そうだなぁ。もう一度調べてみるか!」
「・・・・・」
「ああ、うん。分かってる。とりあえず、この人が起きるまでは此処に居るって」
一人芝居?危ない人か?・・・いや、違うな。歩きまわってる人と、違う方向から衣擦れの音がする。かなり微かだけど、間違いない。ということは、少なくても2人は居るのか。それにしても、1人は喋ってばかりで、1人は必要なことすら喋っていない気がするんだが・・・。
まだ「起きたか?まだか?」と言い続けているのは、声からして男だ。若い男の声。もう1人は・・・全く分からない。しかし、五月蠅いな、こいつ。コツコツとなる靴音は嫌いじゃないが、こうずっと聞かされているとイライラする。
しょうがない。このまま寝ていても、何も解決しないことは分かった。とっとと、起きよう。
「あっ、目が覚めたんだな!」
さっきから覚めてますが。とかは言わないで、体を起こす。やっぱり私のベッドじゃなかった。というか私の部屋ですらない。半分以上分かっていたこととは言え、それなりに驚いてしまう。なんというか・・、西洋っぽい部屋だったのだ。
ひょっとして、日本ですらない・・?
「えっと、あの、驚いてるとは思うけど、ちょっと良いか?」
私が座るベッドの横に、皺だらけの茶色いコートを着た男が立っていた。声からして、喋り続け、歩き続けた奴らしい。想像していた顔とは違い、可愛い顔立ちをしていた。そいつが、困ったように眉根を寄せながら、何か言おうと口をもぐもぐさせる。
「ええっと、何から言えばいいのか・・・。クラーク」
助けを求めるように、振り返った。彼が顔を向けた方に目をやる。
黒かった。なんかもう、全身黒い。黒い髪で黒い上着に黒いズボン。ご丁寧に靴も黒くてその上、肌も浅黒いし、瞳も黒いようだ。まるで影が実体を持ったみたいに見える。
よくもまあ、ここまで黒で統一したもんだ、と感心してしまった。似合ってはいるのだから、良いのかもしれないが。いや、やっぱり、もう少し何とかならないものか。・・・人のファッションにケチをつけられるほど、おシャレではないけれどね。
「・・・・・」
「う、分かったよ!俺が言うよ。言えばいいんだろ!」
だから、クラークさんとやらは、何も喋ってないって。
部屋の中にはこの2人だけだから、さっきの会話(と言って良いのか?)はこいつらだったのだろう。しかし、よくわからない。この2人は一体何者なんだろうか?そして、此処は何処だ。
「えー、こほん・・。目覚めたら、見知らぬところに居て驚いたと思う。今からどうして君が此処に来てしまったか話すから、ちょっと聞いて欲しい」
まあ、聞く以外の選択肢はないだろう。この場合。
「まずは、俺たちのことから、だな。俺はタクト。あいつは、俺の友人でクラークというんだ。で、俺はな、・・・魔法使いなんだ」
何でちょっと溜めた。驚けばいいのか?反応に困るな。
タクトも、私の反応のなさに戸惑ったようだ。一瞬怯んだ顔をしたが、すぐに気を取り直したように話し始める。
「数日前のことになるが、俺は珍しい召喚術の書を手に入れた。俺は、諸国を旅する予定があって、そこで、旅先での数々の危機に対応するため、召喚獣を召喚しようと考えた。・・・・で、今日準備をして、召喚した、んだけど・・・」
段々(だんだん)歯切れが悪くなっていく説明で、なんとなく予想はついた。恐らくその召喚獣とやらの代わりに、私が召喚されてしまったのだろう。分かりやす過ぎる展開だ。きっと夢だろう。
「その、怒らないでほしんだけど、その召喚術自体は問題なく発動したんだ。でも、俺が思ったような召喚獣は、出てこなかった。代わりに、君が、その・・出てきちゃって・・・。すぐに還そうとしたんだけど、何故か上手くいかなくて・・・、意識もないみたいだったから、とりあえず此処まで運んだんだ。・・・・あ、此処俺たちが泊ってる宿なんだけど・・」
いや、それは分かってるから。もっと別に言うことがあるだろ。「これは夢だよ」って言うとか。いやいや、夢だってことは分かってるんだけどね。起きたら、「夢オチだ!」って叫ぶ羽目になるって分かってるよ。
「その、ごめん!!俺たちの知ってる限りの術を試したんだけど、どれも効かなくて・・・。どうやったら、元に戻せるのか、分からないんだ」
再び「ごめん!!」と頭を下げるタクト。
そんな真剣になって謝らなくても良いのに。だって夢だもん。というか例え夢でなくても、別段困らない気がする。人が居ないわけでもないし、言葉が通じないわけでもない。問題なんて、生まれた世界じゃないだけだ。むしろ、魔法のある世界って憧れだったし、面白おかしく過ごせそうだ。
「あ、でも安心して!絶対に元の世界に還すから!」
とっても良い笑顔をありがとう。でも、そんな安請け合いしても、大丈夫なんだろうか?もし駄目だったら、どう責任を取るつもりだろうか。
とか、意地の悪いことを考えている場合ではない。といっても、私に出来ることなんて特にない。とりあえず無難に頷いておいた。
「よろしくお願いします」
「う、うん!任せて!」
だから安請け合いは、後々酷い目にあうから止めときなって。そう思ったけど、言わなかった。当たり前だけど。ベッドから降りて、改めて2人に目を向ける。
タクトは、意外に身長が高かった。180cmあるんじゃないだろうか?155cmある私の頭がちょうど彼の胸の位置にくる。見上げないと顔が見えない。明るい笑顔が人の良さを醸し出している。茶色のコートは足首近くまであり、下に何を着ているのかは分からなかった。
クラークは、タクトよりもやや高めの身長だ。顔は無表情。一応こっちを見てはいるが、何かを話す様子は全く見られない。整ってはいるけど、冷たい印象を受ける。・・ん、よく見ると、腰に剣を下げている。そして、その鞘も柄も黒い。どこまで黒を押し通すつもりだ。
「そういえば、君の名前、聞いてなかった。何ていうんだ?」
「国枝沙恵です」
「クニエダサエ・・?変な名前だな」
誰だ、それは。苗字と名前を一繋ぎに言われたのは、初めてだ。
「違います。国枝、沙恵。名前は沙恵です」
「ああ、そうなのか。じゃあ、サエ、早速出発しよう」
出発?何の話だ?
私の疑問に答えることなく、彼らは自分の荷物を手に取り、出る準備を進めていく。何だこの不親切な人達は。私が困っているだろ。見て分かれ。そして、説明しろ。
「ん、どうした?」
「出発って、何でですか?」
きょとん、とした顔をしたが、すぐに説明していないことに気付いたようだ。持っていた荷物を一旦床に降ろした。
「ごめん、忘れてた。君を還すためにいろいろしたけど、駄目だったって話したよな?それで、多分俺たちの知識じゃどうにもならないって結論になって、だったら、もっと魔法に先進的な国に移ったほうが良いんじゃないかって考えたんだ。ちょうど今いる国の隣国は、魔法に対して積極的で、魔法的な知識も集まりやすいんだ」
ふむ、それは良い考えだろう。夢であれ何であれ、どうやらすぐに起きるわけでもなく、戻れもしないなら、出来ることをやるしかない。
「これ、君が持ってた荷物。返しておくよ」
「あ、ありがとうございます」
はたしてお礼を言うべき出来事だったのかはさておき、お気に入りの上着と肩掛け鞄を身につける。
今日は運動靴で出かけて良かった。歩いて出かけるときは運動靴を履くのが通例だったのだが、幸いした。旅と言えば、歩きは免れないからな。
こうして私の冒険は、始まりを迎えた。
・・・とか言ってみる。




