魔都、そして魔王 2
とりあえずツッコミ。
別に待ってない。
扉を破壊せんばかりの勢いで入ってきたのは、ギアだった。
赤い衣服も相変わらず。槍だけは何処にしまっているのか見当たらないが、それ以外は先程別れた時と同じだった。
仕事は終わったのだろうか。
「俺は気付いたんだ!」
「いや、その前に何しに来たのか・・・」
「お前たちと一緒なら、いつだって『黒』と戦えるってことにな!」
タクトの言葉をスルー。自分の発見に興奮しているのか、無駄に大きな声でそんなことを叫んだ。
煩い。そして、何を言っている。
私たちの白い目に気付いているのか、いないのか。ギアはとっても嬉しそうに笑った。
「と言うことで俺も一緒に行くぜ!」
「ちょ、ちょっと待て。一緒に行くって・・・」
「さあ、勝負だ!『黒』!」
「おい、話を・・・」
頑張って会話をしようとするが、そんなタクトの言葉は届いていない様子だ。ひょっとしたら、存在自体見えていないかもしれない。
クラークに向かってファイティングポーズをとる。クラーク自身は、呆れた溜息を洩らすだけで動こうとはしていないが。
明らかに相手にされていないのに、ギアは気付いていないのだろうか。と呆れ半分で見ていたら、ギアがこっちを見た。きらきらとした瞳が私を捉える。
え、これ何?まさか私に喧嘩を売っているわけではないだろうが・・・。そこはかとなく嫌な予感がする。
とっさに、後ろに下がるが無駄だった。さっと近付いてきたギアに腕を掴まれる。
「よし!じゃあ、こいつが人質だ!」
「ちょっと待って・・!」
はい、嫌な予感的中ですよ。私はこの世界に来て、嫌な予感を感知するスキルを身に付けたようだ。・・・感知できるだけで、回避はできないけど。
とにかくギアは、私の言葉をスルーして引っ張ってきた。凄い力だ。踏ん張ることも出来ずに、引かれるがままになっている私を、クラークが捉える。
クラークが無言で威圧しているが、当の本人はどこ吹く風だ。
にやにやとした笑みを返して、見当違いのことを言う。
「お、やっと戦う気になったか?」
「・・・嫌だ」
「ほらほら、此処じゃ狭いから外行こうぜ!」
どこまでも話を聞かないギア。私の腕を掴んだまま部屋の外へと出ようとする。一方クラークも、反対側の腕を掴んでいる。そして動かない。ということで、私は見事に左右から引っ張られることになった。
痛い・・!肩の関節が外れそうだ。
と言うか、何故この男は私を巻き込もうとしているんだ。迷惑だ。止めて欲しい。
私の窮状を見て、タクトが腕を伸ばす。そこへ、開けっ放しの扉から誰か入ってきた。
「すみません、お待たせ致しました。・・・おや?ギアではないですか」
「うげっ・・!」
痛みに涙目になっていた私の視界に、長身の影が現れる。同時にギアが私の腕を離す。
自由になった手で目をこすって、誰が来たのか確認してみる。
いや、誰が来たかは声で分かってはいたんだけど。
「ちょうど良かった。城へ使いを出したのですが、こんなに早く会えるとは」
「な、何だ?俺に何か用か?・・・言っとくが、俺はもう仕事終わったからな!」
「知っていますよ。だからこそ、です」
凍える笑顔(矛盾してる気がするけど)を浮かべたレオンハルトが、ギアを追い詰める。
さっきまでのテンションは何処へ行ったのか、ギアは落ち着きなく体を揺すっている。
本当にレオンハルトのことが苦手らしい。会うたびに怒られているのかもしれない。なんとなく、そんな気がする。
「これを、あとこれもどうぞ」
「何だ、これ・・・」
「紙とペンです」
レオンハルトがギアに大量の紙と、羽ペン、インク壺を手渡す。受け取ったギアは、意味が分からず首を傾げた。
私も意味が分からない。一体に何をさせるつもりなのだろうか。
「何も書いてないじゃねぇか。何に使うんだよ」
「何も書いていなくて当然です。これから貴方が書くのですから」
「・・・・・書くって、何を?」
「・・・・。私は、同じことを何回貴方に言えば良いのでしょうか」
笑顔が消えて、呆れ顔が現れる。深い溜息を吐いて、おもむろにギアの背後に回る。
「あ、おいっ、何だよ!?」
「貴方には幾ら言っても仕方ないことを、私は学習しています。ですので・・・」
ギアをせっつくように押して、机の前に座らせる。机の上に紙を乗せ、ペンとインク壺を用意させる。そうして準備を終えたレオンハルトは、再び笑顔を纏う。
何をするつもりなのか察して、ギアが立ち上がろうとする。それを押さえつけ、紙を指差しこう言った。
「反省文1000枚、書いてください」
「い、嫌だ!」
「書いてください」
「嫌だ・・・!!」
「書きなさい」
「・・・・・・・」
皆が沈黙してしまった。それくらい怖かったのだ。
あれだね、普段敬語で腰の低い人がいきなり命令口調だと、なんだか怖く感じちゃうね。そんなに本気なのかよって。
笑顔は消えていないのに、威圧感だけ増していくなんて・・・。もし私だったら堪えられない。ひたすら謝って許しを乞うだろうな。
ギアは流石に、そんなみっともない真似はしなかった。冷や汗がだらだら出てるけど。更に、震える手でペンを掴んで書き始めたけど。
「さて、では我々も予定を決めましょうか」
爽やかな笑顔なはずなのに、同じく笑顔が返せない私を許してください。
無言でこくこく頷くタクトと、2人並んで腰かける。クラークは動かず、レオンハルトはギアの背後に、監視するように立った。
「確かタクト様は、魔法の研究という目的があったと記憶しておりますが、どのような魔法を研究をされるのですか?」
「えっ、ああ・・・。召喚術の研究がしたいんだ。特に、今までの成功例・失敗例が分かると良いんだけど」
「ふむ、召喚術、ですか・・。でしたら、魔王城に主な資料があったと思います」
魔王の城に?それは、資料を手に入れるためには、城に行かなきゃいけない的な話ですか。
そして美形(予定)の魔王と会うフラグですね。
よし、行こう。
私は、魔王が大好きなのだ。と言うより、魔王のように強くてクールで格好良いキャラが好きなのだ。あと黒髪だと、尚良し。
何故だか理由は分からないが、どうも私は強いキャラクターに憧れる性質があるようなのだ。自覚したのは高校生の頃だった。が、それ以前から、「好きなキャラクター」と訊かれて答えるのは、ゲームだろうとアニメだろうと漫画だろうと、クールで一匹狼タイプのキャラクターを挙げていた。
総じて、自分にはない強さを持つ彼らが、羨ましかったのだ。
今、冷静になって考えてみると、そう思える。当時の私は、ただ好きだからという理由しか持ってはいなかったけど。
それがいけないとは思わないけれど、それ以外の理由を考えるということが、ひょっとしたら大人になるってことなのかもしれない。
いや、大人と言う割には、まだまだ子供っぽい考えが抜けないが。
まあ、そうは言っても私も女だ。美形には弱い。そういう話である。
魔王が美形っていうのも、漫画やゲーム的な考えだから、もしかしたらとんでもなく不細工だったり、印象に残らないくらい普通顔だったりするかもしれないけど。
考え始めると幾らでも出てきそうだ。この辺で止めよう。
そもそも、魔王に会うかどうかも分からないのに、考えるだけ無駄だろう。
「必要な物を私が持ってきても良いのですが・・・」
「あっ、俺、城行かなきゃいけないんだった!」
あまりに静かだったから忘れかけていた。
いきなり顔を上げて叫んだギアが、ペンを放り捨てる。後ろのレオンハルトが止めなければ、そのまま部屋を飛び出していただろう。
「まさか、仕事の報告をしていない・・・なんてことは、ありませんよね?」
「ああ、も、もちろんだ・・!報告はした。でも言うのを忘れてたことがあるんだ」
「何を忘れたんですか?私が代わりに報告しておきますので、貴方は此処で大人しく反省文を書いていてください。・・まだ1枚も進んでいないようですし」
「う・・・、お、俺が行った方が良いと思うんだ!」
反省文から逃れるため、ギアは必死で食いついている。そんなギアの魂胆は見え見えで、レオンハルトは絶対に逃がさないと思うんだけどね。
でもこの状況に、ちょっと慣れてきたのかもしれない。妙にほのぼのした気持ちで、2人を眺めることができた。
タクトやクラークも口を挟む気はないらしく、黙っている。
「それは内容に拠りますね。一体、何を報告するつもりなのですか?」
「俺、『黒』と一緒に行くことにしたんだ。だから、今の役を降りるって言いに行かなきゃいけないだろ」
「・・・・・はあ、貴方が考え無しなのは、今に始まったことではありませんが・・・。これは想定外ですね」
頭痛がするのか、頭を押さえる仕草をする。
さっきの話は本気だったのか。ギアは本気で私たちに付いて来るつもりのようだ。別に良いけど。・・多分被害を負うのはクラークだけだろうし。
と、クラークの方をちらっと見るが、嫌そうな素振りは見れなかった。
良いんだろうか。それとも、レオンハルトが止めると思っているのだろうか。
私には関係ない・・、こともないけど、私としてはどっちでも良いことなのだ。「そっちで勝手に決めてください」と言いたいぐらいである。
タクトは、微妙そうな顔をしている。でも口を開く気配はないから、やっぱりレオンハルトに任せるつもりなのだろう。
ということで私たちは、当事者であるのも関わらず傍観していた。
私がそんな結論を出している間、レオンハルトはレオンハルトで、何か考えていた。
「・・・分かりました。一度、魔王陛下へ話を通しましょう」
「よっしゃ!じゃあ、早速行ってくるぜ!」
「お待ちなさい。・・紙とペンをお忘れですよ?きっちり1000枚書くまでは、片時も離すことを認めません。しっかり持ってください。そして暇があれば、少しずつで良いので書いてください」
「うえ~・・・」
嬉しそうに破顔したと思ったら、憂鬱そうな表情に取って代わった。
のろのろと、机上の紙を掻き集める。そんなギアを監視しつつ、私たちに声を掛ける。
「すみません。お手数ですが、貴方方も共に来て頂けませんか?」
「え、何でだ?」
「ギアを連れて歩くことになるかもしれないのですから、魔王陛下に認めて頂くためにもお会いになる必要があると思います。それに・・・」
ちらりとクラークの方を見て、タクトに視線を戻した。
意味あり気な視線をクラークは無視していたが、何かあるのだろうか。クラークは魔族だし、昔に何かあったのかもしれない。
しかし、タクトはレオンハルトの視線の意味を理解したようだ。神妙な顔で続きを待っている。
「それに、恐らく会うことを望んでいると思いますから」
誰が誰に、と思わなくもない。
文脈的には、魔王がクラークに会いたがっているとも取れるし、逆にクラークが魔王に・・・、という風にも考えられる。
クラークはいつも無表情だし、今だってそうだから、本当に望んでいることが分からない。だから、ないとは言い切れない。
あるとも言えないけれど。
どっちにしたって、今の私には分からないことだ。
とりあえず、魔王には会わなくちゃいけないらしい。それさえ分かっていれば良いだろう。
どうせ、私には関係ないし。
・・・・と、思っていると実は関係してました、とか最近よくあるからな。気をつけておこう。何をどう気をつけるのかは不明だが。
「では、行きましょうか」
この街に来たときのように、レオンハルトを先頭に出発する。だけど、違いが幾つかある。
タクトがちょっと複雑そうにしていたり、死にそうな顔をして紙の束を抱えるギアがいたり、である。
もちろん、変わらないのもある。クラークは相変わらず無表情で、一番後ろを歩いている。
私自身は、多分普通に見えているだろう。でも、何処か気持ちが落ち着かない。
嫌な予感はしないけど、何だか心がざわついてしまうのだ。
理由の分からぬざわつきを抱えた私の目に、街の出入り口が映る。
?街を出てしまうのだろうか?
「魔王城はこの街の北に建っています」
私の疑問を察したわけではないのだろうが、レオンハルトが教えてくれた。
そしてその通り、街を出て進行方向を見たら、あった。
白亜の城、というのを私は初めて見た。
魔界のイメージに伴って、何処かおどろおどろしい外見を想像していたが、そんな雰囲気は少しもない。
綺麗な白い城壁。城の前に広がる、大きな青い湖。城壁の向こうに見える塔も、白くて上品だ。
緑溢れる山を背負っているので、余計にはっきり見える。
近付くにつれて、詳細が見えてくる。
街と同じように七色の結界が張られている。湖の上に浮かんでいるように見えるが、違った。どうやら湖が三日月形をしているらしい。そして、その凹んだ部分に城が建っているようだ。
前は湖、後ろは山。城を建てるのにとても良い立地条件だ。漫画とかの知識だから、いまいち正しいのかどうなのか分からないけれど。
結構遠くに見えていたけど、歩いてみると意外に近かった。どうも、城が大き過ぎて遠近感が麻痺していたらしい。
湖を挟んだ向かい側の城は、本当に大きかったから。
湖はどうやって渡るのかと思ったら、船が来た。それに乗って城まで行く。
なんか優雅なんですけど。ドレスとか着てたら、ますますそれっぽい感じになりそうだ。
ドレスなんて持ってないけどね。
「着きましたよ」
船を降りたら、城門を通る。しかし、門番が見当たらない。そして乗ってきたはずの船も消えた。
魔界マジックに驚く暇もなく、城の中へと入っていく。
廊下も凄い。
キンキンキラキラではないが、なんか凄い。どう凄いのか説明する余地がないほど、全てが凄い。
あえて言うなら・・・、廊下の中央に真っ直ぐ敷かれた布(何て言うのかは知らない)がふかふか過ぎる。足音が聞こえないって、どんだけ良い生地使ってるんだろうか。汚したらいけない気がするが、案内しているレオンハルトがど真ん中を堂々と歩いているので、私たちもそれに従うしかない。
一人だけこの布避けて歩くなんて、小心者の私には出来そうもない。
少し前を歩くタクトを見る。彼も慣れないのだろう。おっかなびっくり足を前に出している。
更に斜め前を歩くギアを見てみる。と、彼が一枚紙を落とした。拾おうと思ったら、また一枚落とした。よく観察してみると、どうやらわざとであるらしい。
一番前を歩くレオンハルトに気付かれないように、一枚ずつ捨てているのだ。
無駄なことをする。
「ギア」
「おっ、おう!?」
「後でちゃんと拾ってくださいね」
「・・おう・・・」
気付かれてたね。御愁傷様です。まあ、例え気付かれてなかったとしても、明らかに枚数が減ってれば後で怒られると思うけどね。
しょぼんと肩を落とした姿に、小さく笑いが零れた。ギアのおかげで、緊張が解れてきたかも。
さて、クラークはどうしてるかな。そう思って振り向こうとしたが、先に目的地に着いてしまった。
「此処が謁見の間です。魔王陛下はこちらにいらっしゃいます」
さあ、ようやく魔王と御対面だ。
解れていた緊張が再び戻ってくる。どきどきしながら、扉が開くのを待った。




