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魔都、そして魔王 1


 魔界の街。そこは、何だか不思議な膜におおわれていた。

 透明で、でも七色に光っている。そんな矛盾むじゅんが存在している光景は、筆舌ひつぜつできないほどだ。綺麗きれいだけど、あれは一体何だろうか?


「これは、何だ?」


 口をポカンと開けたタクトが、前を行くレオンハルトに問い掛けた。

 ナイスだよ、タクト。私も同じことを訊きたかった。


「街を護るための結界ですよ。魔界では全ての街、村にこの結界が施されています」

「こんな大規模な魔法を全てに?・・・すごいな」

「我々からすれば、地界の方が凄いですよ。魔物はもちろん、野生の動物などの被害もあるはずなのに、結界の一つも張らないのですから」


 あくまでさわやかな笑顔のまま、とても失礼なことを言ってくる。それに対して、タクトは苦笑いを返すだけで、否定はしなかった。

 まあ、実際問題、魔界と比べたら地界の防衛システムなんてレベル低いのだろう。

 地界の防衛システムなんて詳しく知らないけど。



 不思議な膜の正体は分かった。原理は知らないが、外敵のみはじく仕様になっているらしい。

 結界を通り抜けて街の中に入る。

 ・・・見た目が膜っぽいのに、何の抵抗もなく入れてちょっとだけ驚いたのは、秘密だ。さわれそうなのに、触れないのだ。

 そんなことより、街だ。


 遠くに見えていた時から気付いてはいたけれど、この街、やたらと高い建物が多い。

 地界の街は高くても3階までの建物ばかりだった。唯一の例外は『有限会社 魔界』だ。あの会社は普通にビルだったのだ。

 そんなビルが、此処ここにはたくさん建っている。

 いや、たくさんと言うほどではないか。ほどほど、の方が正しいと思う。都会のように乱立しているわけではないようだから。田舎いなかの駅前っぽい。

 ・・・別に田舎を差別しているわけではない。ちょうど良い例えが見つからなかっただけだ。


 6階建てくらいのビルがちらほら、そして普通の店舗てんぽがあちこち、大通りを外れたところには民家がたくさん。そんな感じだ。

 魔界は、地界よりも近代的らしい。と言っても、車のようなものは見当たらないけど。


「此処は、『魔都まと』と呼ばれています。正式な街の名ではないのですが、普段はこちらの通称で呼ばれることが多いです」

「そうなのか?」

「はい。魔界に街は数在かずあれど、『魔都』と呼んで良いのはこの街だけなのです」

「この街だけって・・・何で?」

「この街が魔王城の膝元ひざもとに位置するからです」


 出たよ。魔界と言えばって絶対出ると思ってた。魔王って、あの魔王ですよね。

 いやいや、魔王の意味は一つしかないとは思うけど。

 うん、さすがだ。魔界、魔王、そして勇者は、ファンタジーの王道だね。テンション上がるわ。


「・・・魔王、かぁ。怖い人?」

「いいえ。理性的かつ、穏やかな性格の方ですよ」


 タクトのある意味失礼な疑問にも、レオンハルトは笑顔で答えていた。

 ふむ、魔王は優しい人なのか。それは良かった。と安心はしたが、ぶっちゃけ私たちには関係ない。

 此処に来たのは、あくまで召喚術のより詳しい情報を得るためなのだ。魔王なんて、目的に全く触れていないし。会えるなら会ってみたいとは思うけど。


「それにしても・・・、魔界にはたくさんの種族が居るって聞いてはいたけど、本当だったんだな」


 街並みを見回しながら、タクトがそう言った。

 それにつられて私も首を巡らしてみた。



 タクトの言う通り、道を行く人々は様々な種族が入り混じっていた。

 人間と見た目が変わらない者も多いが、それと同じくらい見た目が違う者もいる。

 例えば今私を追い越した男。頭から耳が生えていた。多分・・・、犬の耳だと思うけど、ひょっとしたら狼男とかなのかもしれない。他にも、猫耳、うさぎ耳、ライオンの尻尾のようなもの等々、体の一部が動物な人がいる。

 所謂いわゆる獣人じゅうじんという者だろう。中には、蝙蝠こうもりの羽が生えている者もいる。


 剣の看板が掲げられた店先には、私の腰ぐらいしか身長がないおっさん(ドワーフ?)と耳がとんがったやたら美しい青年(エルフっぽい)が話している。

 かと思ったら、見た目トカゲなのに大きさがとらくらいある何かが、魔族(だと思う)と一緒にビルから出てきて、談笑しながら私とすれ違ったりした。


「サエ、あれ見て!」

「何・・・、っ!!」


 危うく悲鳴を上げるところだった。あまりの可愛さに。

 タクトが指したのは、何の変哲もない店だった。食料を扱っているらしく、店から出てくる人々は紙袋に人参にんじんやらジャガイモやら、なんかよく分からない物やらを入れていた。その中に、猫の獣人が居る。小さな猫の獣人(二足歩行)が、両手一杯に荷物を抱えている姿。身悶みもだえするほど可愛い。


 よく見ると、完全にけものの姿で、でも服とか着てる人はそれなりに居た。そしてそういう人たちが買い物している姿は・・・・、可愛すぎる。

 「ワンダーランドへようこそ!」とか言ってほしい。



 私、異世界に来たんだなぁ・・・。

 随分ずいぶん前から分かってたことだけど、今改めて実感してしまった。・・・実感するべきところがちょっとズレているような気もするけど。


「お疲れでしょう?この宿で一休みしましょう」


 物珍しくてきょろきょろする私とタクトを、さり気なく宿屋へと誘導ゆうどうする。

 多分、こういう人間を何人も相手にして来たんだろう。レオンハルトの気遣いはプロだった。


 スマートにチェックインして、ようやく一休みできた。

 びっくりすること、興味を引くことばかりだったので自覚していなかったが、どうやら私の体は疲れていたらしい。

 椅子に座ったら、「もう立ちたくない」と思ってしまうほどに。


「私は少々報告することがございますので、席をはずしてもよろしいですか?」

「あ、はい。俺たちもちょっと休憩したいので、良いですよ」

「ありがとうございます。戻りましたら、今後の予定について御相談うけたまわります」


 そう言い置いて、レオンハルトは部屋を出て行った。

 しばらく、誰も口を開かなかった。のんびりした空気が漂う。

 あ、そう言えば、珍しいものに目を奪われていて気にしていなかったが、クラークには訊きたいことが結構あったんだっけ。

 あのギアとか言う人のこととか、変な呼び名(?)とか、そういったことを。


 思い立ったが吉日。何から訊こうかと考え始めた私は、クラークがこっちを見ていることに気付いた。

 少しは話してくれるようになったとは言え、まだまだ言葉足らずで無口なので、何が言いたいのかこっちがさっしなくてはいけない。

 さて、一体何が言いたいのか。


「・・・・」

「・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 分かるかい!

 分からないよ、分かるわけがないよ。

 何が楽しくて無言で見つめ合ってなくちゃいけないんだよ。全くもう。


「何?何か用?」

「・・・・・いや」


 そんだけ見といて、何もないわけないと思うのだけど?でも言わないと決めたら、言わない人なのはすでに理解している。

 助けてタクト。


「うーん、本人の口からが一番だと思うんだけど・・・。俺が言っても良いのか?」


 どうやらクラークの言いたいことが分かっているらしいタクトが、了承を求める。そんなの気にしなくて良いんだよ。私が知りたいと言っているんだから。

 とまあ、私の希望を察したわけでもないのだろうが、クラークは頷いてくれた。それを受けて、タクトが代弁してくれる。


「クラークは魔族なんだよ。今まで言ってなかっただろ?良い機会だから言っておこうって思ったみたいだな」


 「上手く言えなかったみたいだけど」と苦笑するタクト。

 さて、何処どこからツッコミを入れるべきか。

 えっと、「良い機会って何だよ!」とかが良いかな?いや、「さらっと言うなよ!」の方が良いかな。いやいや、そんなことよりもっと大切なことがあると思うんだが。

 うん、そうだね、とりあえず落ち着こう。

 意識してゆっくり呼吸する。そうしたら、自然に訊きたいことが胸中に浮かんだ。


「・・・そうなんだ」

「あれ、驚かなかった?」

「何で黙ってたの、とは思った・・かな」


 そう、黙っていた理由は一体何だったのだろうか。

 クラークが魔族だとかそんなこと、多分そんなに気にしない。と言うか、言われてみれば納得のいくことも幾つかあるし。


 人間離れした身体能力とか、その最たるものだろう。知ってみれば当たり前だ。人間じゃないんだもん。

 そして、ギアとの関係もなんとなく見えた。魔族同士なら、面識があっても何の疑問もない。どんな関係なのかまでは分からないけど。

 レオンハルトと初めて会ったとき驚いていたのも、ひょっとしたら何処かで知られていたからなのかもしれないし。


「黙っていたのは、習慣だったからだよ。人間は、人間以外の種族に冷たい所があるから。『有限会社 魔界』があるとは言っても、まだまだ地界での魔族の認識は低い。余計な争いの種になる可能性もあるんだ。だから普段クラークは人間のフリをしている」

「見た目一緒じゃん」

「そうだけどね。分かる奴には分かるって言うか・・・。体の構造自体違うから、身体能力とか気をつけてないとコップとか、軽く握っただけで割っちゃうし」


 それは確かに手加減しないといけないね。それに、力ある者を怖がるっているのは分かる気がする。

 例えクラークにその気はなくても、状況次第じゃ問答無用で悪にされてしまうかも。

 魔族に対して偏見の強い所もあるだろうし、隠す理由も分からないでもない。


 それに失礼な話だが、私の中ではクラークは何を言われても傷付かないイメージだったのだ。意外と言うか、当たり前なことに頭が行っていなかった。絶対に傷付かない人なんていないだろう。

 言われない差別を避けるためなら、仕方ないことだ。


「そっか。・・・私には言っても良かったの?」

「サエは大丈夫だろ。決して長い付き合いとは言えないけど、君がそんなことするなんて思わないよ」


 信頼されている。そう言われてしまった。

 どうしよう・・・。れる。

 顔、赤くなっていないだろうか。なんか、恥ずかしいよ。



 どう反応して良いのか分からず、まごまごしたら、部屋の扉がノックされた。

 レオンハルトが帰ってきたのだろうか。とも思ったが、彼が出て行ってからまだそんなに時間は経っていない。帰ってくるには早すぎるだろう。


 思わず顔を見合わせたタクトも同じ考えらしい。ちょっと首を傾げつつも、入室を許可しようと顔を扉へ向けた。

 と、クラークが動いた。しかもいつになく慌ただしい動きだった。

 そのクラークが、乱暴に扉を開けた。


「サラサ・・!」

「久しぶりね、クラーク。でも、扉はもうちょっと丁寧ていねいに開けるものよ」


 クラークがしたしげに、本当に親しげに呼んだのは、とっても綺麗な女の人だった。これも珍しいことに、驚いていることが丸分かりなクラークの横を通って中に入ってくる。


 黒くて長い髪。理知的な黒いひとみ。浅黒い肌。そして、出るとこ出て引っ込むところは引っ込んだ、スタイル抜群な体。

 カーディナルねえさんやアヤメとは違う、たおやかな美しさを持つ女性だ。

 そんな美女が私たちに向かって、微笑ほほえんだ。


「こんにちは。はじめまして、私はサラサ・ヴィッセル・クラウンよ。本名はもっと長いのだけれど、地界の人は慣れていないと思うから、止めておくわね」


 動作の一つ一つが綺麗で、高い教養を受けているのがよく分かった。でも全然気取ってないし、とても自然な動作だった。

 思わず見惚みとれてしまうほど優雅ゆうがだ。


貴方あなたたちの名前、訊いても良いかしら?」

「あ、はいっ。俺は、あ、僕はタクトです。こっちはサエです」


 顔が真っ赤だよ、タクトさん。

 なんか、女としていろいろ複雑だ。

 どう見てもかなわないのは分かってる。あらゆるところで負けているのがむしろ当たり前、と受け入れてしまえるのもそれはそれでどうかと思うが。

 じゃあ、何処で勝てるんだって訊かれたら、答えられないのも事実だけど。


 でも、タクトはともかくクラークまであたふた、と言うかあせっているのは意外だった。

 クラークは動じることなんてないと勝手に思っていた。



 ・・・・はっ!!まさか、サラサさんはクラークの・・・恋人?

 いきなりの恋愛色だが、一番しっくりくる答えな気がする。いや、どちらかと言うと元・恋人って感じだ。

 久しぶりに故郷に戻ってきたら、元カノが訪ねてきた。

 これは焦るな。そんな修羅場しゅらばに居合わせることになった私たちも、同じく焦ってしまうよ。


 此処は2人っきりにするべきだろうか。そう思ってタクトに目配せをしようとしたが、こっち見てないし。

 目がハート、いや、さすがにそこまでではないが、明らかにサラサさん以外目に入っていない様子だ。

 むう・・、それはそれで腹が立つかも。何でだかは分からないけど。

 主導権を他人に握られているのも、何だか落ち着かない原因なのかも。別にサラサさんが悪いってわけではないのだけれど。


「サラサ、用件は?」

「あら、久しぶりの挨拶あいさつもしない子とは、話すことなんて何もないわ」

「・・・・久しぶり」

「ええ、本当にね。心配してたのよ?貴方ったら連絡一つしてくれないんだもの」


 ちょっとむくれた感じが可愛いです。じゃなくて、やっぱりこの2人は付き合っているのか?別れたにしては会話がおかしい気がするし。

 遠距離恋愛だろうか。

 どのみち部外者はった方が良いと思うけど。タクトは相変わらずだしなぁ。


 しかし、クラークとサラサさん。2人並ぶと、とてもお似合いだ。美男美女カップルとはまさにこのこと。

 女性に良いようにあしらわれるクラーク、という面白いものも見れたし、これはこれで良いような気がしてきた。

 よし、やっぱりタクトを引きずってでも出るべきだろう。

 そう決心した矢先に、サラサさんが私を見た。ちょっと含みのある笑みを見せて、クラークに向き直った。

 ・・・今のは何だったんだろう?


「用件だけど、ただ貴方の顔を見に来ただけよ。元気そうで安心したわ」

「・・・・子供扱いするな」

「ふふ。じゃあ、私はもう行くわね。・・・クラークと、これからも仲良くしてあげてね」


 ねる、という高等テクニックを披露ひろうしたクラークに笑顔を、最後に私たちに声を掛けて、サラサさんは部屋を出て行った。

 帰ったはずなのに、まだサラサさんの気配が残っているような錯覚がする。

 さり気ない存在感が残っているのだ。


「待たせたな!!」

「!!」


 ばーんっ!!と、扉が大きな音を立てて開いた。入ってきたのは、サラサさんとは別な意味で存在感がある彼だった。




 自己紹介 ~魔界編~ も同時投稿してあります。


 とりあえず魔界編で出てきたの主要登場人物の紹介がありますので、良かったら見てみてください。


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