日常は遥か遠く 3
10/26 タクトのセリフを一言増やしただけです。特に大きな変更ではありません。
魔界って、なんか魅力的な響きだよね。主に物語好きには堪らない単語だと私は思う。
「いらっしゃいませ。本日の御用件をお願い致します」
何だか荘厳で、ちょっと暗いイメージがあるんだよね。あ、あと、クラシックとかゴシック調が似合う感じ。それに、魔界と言えばやっぱり、魔族とか魔獣とか魔王とか、そういった人たちが居ると思うんだよ。
「ご予約は御座いますか?・・・はい、畏まりました。只今連絡いたします。少々お待ち下さい」
うん、とりあえず・・・・・こんな会社の受付みたいなやり取りをするとは思わなかったよ。
私たちが並んでいるのは、どっかの会社の受付だ。列を作る私たちの他にも、フロアで待っている人や受付嬢に示された奥へと入って行く人も何人か居る。
それはどう見ても、会社の一風景であり、決して荘厳な感じも暗いイメージもなく、ましてや魔族とか魔王とか一切関係がないように見える。
受付嬢の後ろには、この会社のロゴマークがある。黒い球体の周りを線が一周している。土星・黒バージョン・・・みたいな、そんなマークだった。
そして、そのロゴマークの下に会社名があるのだが・・・、何て言うか、これを真面目に考えて付けたのだろうか?と疑いたくなるセンスだ。
『有限会社 魔界』。それが、この世界と魔界を繋ぐ『扉』を管理している組織の名前だった。
タクトからの説明によると、この世界、今私たちが居る世界と魔界、そして天使が暮らす世界は3つ合わせて、『アディア三界』と言われているらしい。
私たち人間が暮らす世界が『地界』、魔族が暮らす世界が『魔界』、天使が暮らす世界が『天界』。そう分けられている。と言っても、完全に分裂しているわけではなく、同じ世界の表と裏のような関係だそうだ。だからこそ、『三界』と一括りになっているらしい。
どうでもいいが、何故人間が暮らす世界だけは地界なのだろうか。魔族だから魔界、天使だから天界、ではないのだろうか?
「その3つの種族の中じゃ、人間が一番最後に発展しているからね。世界の名前も、魔族に合わせてるから、しょうがないんじゃないかな?」
しょうがない、とか。そういうものなのか?
まあ、別に良いんだけど。
しかし、一部の人間はやはり納得いかないらしく、今も受付嬢に向かって「人間が支配する世界なのだから、『人界』にするべきだ!」とまくし立てている奴が居る。
そういうことは、受付嬢に言ってもしょうがないんじゃないだろうか。それすらも分からないほどのお馬鹿さんは、早々にお帰り願っているようだ。
屈強な警備員たちに引きずられて、男は外へと出されていた。
「ちなみに『アディア』は、最初にこの三界を認知した天使の名前らしいよ」
創造神とかじゃないのか、その場合。認知したって、そんなの捜せばたくさん出てきそうなんだけど・・・。
今は『アディア三界』で固定されているそうだが、そうなるまでは大変だっただろうな。皆好き勝手呼んでそうで。
「確かに、創造神の名前が分かったら良かったんだろうけどな。でも、神様なんて何処に居るのか分からないし、捜しようがないからなぁ」
タクトがのんびりとした口調でそう言ったが、思わず納得してしまった。
そうだよね、神様なんて会おうと思って会えるものじゃないし、神様の名前なんて人間が勝手に名付けただけだろうし。
・・・ん?いや、それはちょっとおかしくないか?
「天使は、神様の使いじゃないの?」
「え、違うだろ?天使は『天使』っていう種族だ。だから本当は『天族』が正しい名前らしい」
「・・・そうなんだ」
天使って、種族なんだ・・・。
いや、この世界ではそうなのだろうけど、私の世界の認識では神の使いなのだ。何だか、変な気分である。
ひょっとして、この世界では生の天使を見ることも、可能ではないだろうか。
訊いてみたら、「会えるかもしれないし、会えないかもしれない」という何とも曖昧な答えが返ってきた。
曰く、天使は天界にこもりっきりなんだそうだ。そして、余所の世界(地界や魔界)に微塵も興味がないらしい。つまり世界単位の引きこもりらしい。
いやいや、引きこもりの定義から考えると正しい表現ではなかった。
正確には鎖国のようなものだろう。余所の世界からの侵入も、不可であるらしいから。
だから天使側が会いたいと思わなければ、会えない、ということなのだ。これは諦めるしかないだろう。
本当に背中から羽根の生えた人が見られると思ったのだが。
まあ、私たちの目的は魔界なので、関係ないと言ってしまえばそれまでの話だ。
元に戻って、『有限会社 魔界』の受付である。
私たちは地界での情報収集を諦め、魔法に関しては格段に先をいっている魔界へと行くことにしたのだ。
魔界へ行くための方法、それは実は幾つかあるらしい。が、最も簡便で最も安全なのが、この『有限会社 魔界』を介して『扉』を通る方法なのだそうだ。
「この組織は、地界側と魔界側の両方から支援されている、公の組織なんだ。安全性で言ったら、一番だろうな」
だからこんなに人が居るのだろう。全員が全員、魔界へ行きたいわけではないようだが、安全を考えるなら、多少時間が掛ってもこの会社を使いたがるのだろう。
って自分で思っておいて何だが、多少時間が掛るって、どれくらいだろうか?
周りの人々を観察してみるが、分からない。
「ねぇ、魔界に行くまでにどれくらい掛るの?」
「ん?すぐだよ。『扉』を潜ればすぐ魔界らしいよ」
そうじゃない。
そういう意味じゃないんだよ、タクト。それ以前の問題なんだよ。
「じゃなくて、この受付に予約?してから魔界に行けるまで、だよ」
「すぐだよ。・・・まあ、普通じゃすぐとはいかないけど、俺たちはコネがあるから」
コネ?
そんなものが、このお人好し魔法使いと社会不適合者並みの無口男にあるのだろうか?
失礼を承知で疑ってしまう。でも、あの謎の姐さん、カーディナルとも知り合いなのだし、なくもない・・・かもしれない。
なんとなく納得しているところで、私たちの順番が回ってきた。ずっと立っていたから、いい加減座りたいが、我慢我慢。
「いらっしゃいませ」
「俺たち、魔界に行きたいんだけど」
「畏まりました。ご予約は御座いますか?」
「ないけど、えっと、・・・・誰だっけ?」
と、タクトがクラークを振り返る。
コネの相手の名前を忘れたのか。うっかりとかのレベルじゃないぞ。
と言うか、普通に失礼だ。
「・・・レオンハルト。フルネームは・・・・面倒だ」
お前も、人の名前を面倒とか言うな。
2人揃って失礼だ。
いや、もしかしたら、そんな失礼も親しいからこそなのかもしれない。
いやいや、親しき仲にも礼儀あり、だと思う。
「そうそう、レオンハルトさん、居る?」
「レオンハルトですね。少々お待ち下さい。・・・・はい、居ります」
「じゃあ、呼んでもらってい良い?」
「畏まりました」
そして私たちは、受付嬢の案内で小さな部屋に通された。
そこは応接室のようで、ふかふかのソファと小さなテーブルが置かれていた。ソファに私とタクトが並んで座る。その後ろの壁にクラークがもたれる。
しばらくすると、お茶とお茶菓子が運ばれてきた。
「なんか・・、ビップ待遇だね」
「うーん、意外と高い地位の人なのかな、レオンハルトって人は」
「?タクトの知り合いじゃないの?」
「いや、知り合いはクラークの方。俺は話に聞いてただけ」
そうなのか。それで合点がいった。話に聞いていただけなら、名前を忘れても仕方ないのかもしれないし、知り合い(どの程度か知らないが)なら面倒の一言で、フルネームを言わないこともあると言えばあるかもしれない。
「知り合いじゃない」
と、後ろでクラークがぼそっと言った。
いや、知り合いじゃないってどういうことだ。
「噂で、聞いたことがあるだけだ。面識もない」
「それって、コネって言わないんじゃ・・・」と言おうとしたら、さっき私たちが入ってきた扉がノックされた。
出る寸前の言葉を呑みこんで、姿勢を正す。
タクトが入室を許可すると、扉が開けられた。
入ってきたのは、燕尾服の男性だった。
にっこりと微笑んだ顔は優しげで、凄く美形とは言わないまでも、好青年と言って良い風貌だった。
その男の視線が、私を見て、タクトを見て、そしてクラークを見たところで止まった。
「あの・・・?」
「ああ、失礼致しました」
一瞬驚いたように見開かれた目は、すぐに笑みの形に戻った。
完璧な笑顔を浮かべ、綺麗な礼をする。
「御呼び頂きありがとうございます。私は、レオンハルト・・・」
レオンハルトって、私が会ってきた中でダントツに長い名前だな。
「レオン」なのか「ハルト」なのか、どっちかにしてやりたい気もする。
なんて思う暇もなく、レオンハルトの言葉は続いた。
「私は、レオンハルト・ヴィゼ・クラス・カミュ・アクセスフォード・ミッドナイト・オーギュスト・イ・ウィスル・メル・ルァイオネル・ファイ・オル・キャリオンです。皆様の魔界での生活をご案内させて頂きます。宜しくお願い致します」
長っ!!
長いとか長くないとか、そんな議論を挟む余地もないくらい長っ!!
覚えられないよ。無理だよ。最初の「レオンハルト」以外全部頭から抜け落ちたよ!
しかも、普通の速さとは言えあの長さを一回も噛まずに、はっきりした発音で言ったよ、この人。完璧すげて怖い。陰で物凄く努力したんじゃないだろうか。
隣を見たら、タクトも唖然としていた。そうだよね。こんな長い名前の人が、そうたくさんいるわけないだろうからね。
長い名前に圧倒されながらも、私たちも名前を名乗る。そして、なるべく早く魔界へ行きたい旨を伝える。
それを聞いてレオンハルトは、爽やかに笑って、「こちらへどうぞ」なんて導く。しかし、とんでもない(名前の)人だ。
前を歩くレオンハルト(それ以外の名前は聞かなかったことにする)をこっそり観察してみる。とは言っても、見えるのは後ろ姿だけだが。
髪は襟足が襟につくぐらいで、色は黒と亜麻色の中間ぐらい。焦げ茶ではないが、何処か落ち着きのある茶色、と言ったところか。
瞳は、確か黒だった。あの一瞬しか見える時がなかったが、多分そうだ。
燕尾服は、皺もほつれもない。もちろん汚れも見当たらない。身綺麗だし、所作も洗練されている。
「完璧」とは、この人のためにあるのではないか、と勘違いしそうなほど隙がなかった。
「皆様、魔界へはどういった御用向きで訪問するのですか?」
「あー、魔法の研究・・・かな」
「タクト様は魔法使いなのですね。魔界は、魔法の発展が著しい世界です。きっと貴方の研究も捗ることと思います」
それは嬉しい情報だが、果たして召喚術の発展も著しいのだろうか、という疑問も当然ある。更に言うなら、それを失敗した場合の対処法なんかも伝わっているのだろうか?
まあ、行ってみなければ分からないことを考えてもしょうがないのだが。
部屋を出た私たちは、レオンハルトに従って『有限会社 魔界』の奥へと入っていく。と、広かった廊下が、とある地点から突然狭くなった。人が1人歩ける程度の幅しかない。
特に説明もなく、レオンハルトはその廊下を行く。仕方ないので、私たちもタクト、私、クラークの順で続く。
狭い通路は思ったよりも短く、すぐに突き当たりに着いたようだ。
いや、「ようだ」と付けたのは私の前に身長の高い男が2人も居たからだ。前が見えないのである。
「この『扉』より先が魔界となっております。では、早速行きましょう」
いや、だから『扉』も見えないんだって。と首を伸ばして、2人の先を見る。
廊下の先、突き当たりには確かに扉があった。しかし、それが魔界へと続く『扉』だとはとても思えない。
だって・・・、トイレと紹介されたら、そう信じてしまいそうなほど貧相な扉だったのだ。とてもそんな凄い『扉』には見えない。
何だかがっかりして、姿勢を元に戻す。再び見えなくなる『扉』。
だがレオンハルトが『扉』を開けたのは分かった。廊下に光が射したのだ。やっぱり、どんなに貧相でも『扉』は『扉』だったようだ。
どうやら自然光らしいその光で、新しい世界への扉が開いたことが理解できた。私は、特に何も考えず足を前に出した。当然、タクトも前へ出るだろうと思ったのだ。
レオンハルトの頭はもう見えない(レオンハルトはタクトより身長が高いのだ)のだから、先へ行けるはずだ。
だが・・・
「ぷぎゃ」
ぶつかった。タクトに。
全くの無防備、且つ、新しい世界への好奇心で勢いよく前に出た私は、タクトの背中に顔をぶつけることに成功した。
・・・・いや、狙ってないけどね、そんなこと。
変な声も出たことだし、良い感じに恥ずかしい。と、ちらりと後ろを見たら、クラークと目が合った。
・・・あのさ、何て言うかさ・・・・・、せめて笑おうよ!くすりと笑ってくれれば、「もう、笑わないでよ」とか照れ隠しができたのに。笑ってないもん、いつも通りだよ。無表情でこっち見るな。余計に恥ずかしいわ!
と言うか、タクトも何故止まっているんだ。さっさと動けよ。
恥ずかしさのあまり理不尽にそう思って、タクトの背中を突く。
しかし、タクトは一切動こうとしない。私が突いたことにも気付いていないみたいだ。
こうなったら、「あれ」しかないな。
「えい」
「!!うわっ!?」
「あれ」とはすなわち、劇的な効果が期待できる行動のことである。
そして私は、タクトのわき腹(肘が当たる部分のやや上)を突いてやったのだ。
効果は抜群。我に返ったタクトは、一度私を不満気に見て、でも何も言わずに『扉』を潜った。
次は私の番だったけど、タクトには後で謝っておこう。
私も『扉』の向こうの景色を見て、立ち止まってしまったから。
魔界・・、に行く前で切ってしまいました。次こそは魔界ですよ。本当に。
「自己紹介~魔界編~」を新たに作りたいと思っています。質問事項も若干変わりますので、サエたち3人も載せます。
が、ネタばれを含むので次か、その次までは投稿しません。
すみません。
次回も新キャラが出る予定です。お楽しみに。
此処まで読んで頂きありがとうございます。




