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日常は遥か遠く 2



***********



 一人で歩く道。紅葉の葉が、ひらひらと落ちてきている。

 薄紅うすべにの唇から、憂鬱ゆううつの混じる溜息ためいきが時折こぼれる。

 うれいに満ちたその顔は、アヤメだった。と言っても、私の知るアヤメとはどこか違っていた。

 服装が地味だからか、それとも表情が弱々しいからか。分からない。

 ただ、彼女が思っていることは分かる気がする。


此処ここには、居たくない・・・』


 アヤメの声が、聞こえた気がした。



***********



 布団が敷きっ放しの和室に、一人の男が座っている。

 周りはゴミが散乱さんらんし、久しく掃除をしていないようだ。

 怒り、そして何か仄暗ほのぐらい感情にとらわれた目をしているその男は、ジンだった。

 手にした物を、握りつぶそうとでもしているようだ。手が白くなるほどの力を加えている。


何故なぜ、こんなことになった・・・』


 ジンが、そう呟いたように聞こえた。



***********



 これは、一体何だろうか・・・。

 頭がぼんやりする・・・。



 見覚えのある部屋。私は机に向かっている。

 気分は暗い。当たり前だ。

 私はこの先の将来について、未来について、考えなければならないからだ。


『ああ・・、何でこんなことしなくりゃいけないんだろう・・・』


 呟く言葉は、多分私の心の声だ。



***********



「・・・!?」


 気が付いたら、私はよく知っている道に立っていた。

 もう一週間も前になるが、私はこの道を歩いていた。そして、異世界へと召喚しょうかんされた。此処は・・、元の世界?服装もあの時と同じだ。かばんまで持っている。

 と言うことは・・・・。


 走り出す。見慣れた道を通って、家へと帰るために。しかし、体が思うように動かない。水の中を走っているようだ。

 それでも、気持ちは前へ前へと進んでいく。

 そうして足掻あがくことしばし、私は家に着いた。

 家に上がって自室まで一直線に行く。部屋は、あの日と何も変わらなかった。


 机の上に広げられた書きかけの履歴書も、ベッドの上に投げ出された漫画も、何も変わらない。

 懐かしくて、ほっとする。

 帰って来たのだ。

 鞄やコートを脱ぎ捨てて、ベッドに座る。帰って来た。それは嬉しいことのはずだ。そのはずなのに、何かが足りないような気もする。



 それに、さっきの光景は何だったのだろうか。私は、何をしていたのだろうか。

 頭がぼうっとする・・・。

 ふと、何かが頭によみがえった、ような気がした。いや、気のせいだろう。もうその片鱗へんりんすら見当たらないのだから。


 考えがまとまらない・・・。

 机の上にある履歴書に目がいく。あの時、私が考えていたのは・・・。



 将来のこと。未来のこと。今ではない、今から先にあること。

 私はそれを考えるのが苦手だった。理由は、簡単なことだ。


 私は変わりたくなかった。今の私が好きだから。だから、就職する、「変わる」ことを強要するモノが、嫌いだった。

 変わりたくない。今が最高なのに、何で変わらなきゃいけないんだ。そう思ってた。

 でも・・・。


「・・・よく、分からないや・・・」


 ベッドに横になったら、急に眠りたくなってしまった。目を閉じたら、すぐに眠れた。




***********



「どうしてなんだろうな。レイルも理由が分からないって」

「・・・・」


 声?ああ、これは知ってる人の声だ。


「やっぱり、俺のせいかな・・?」

「・・・・」


 久しぶりに聞く、一人芝居ひとりしばいだ。


「うーん、そうだよな。あそこも空振からぶりだったし・・・。いや、今度こそきっとなんとかなるよな!」

「・・・・」


 そう、私はこの2人に会いたかったんだ。元の世界に帰るより先に。あんな終わりでは納得できない。

 ・・・・・・。

 えっ・・・。


 起きた。

 いや、「飛び起きた」が正しい。驚くタクトと目が合った。


「!?サエ、起きたんだ!」

「えっと・・、あれ?」


 きょろきょろと見渡す。そこは、多分宿屋の一室だと思われる。絶対、自分の部屋ではないことだけは断言だんげんできる。

 そして、室内には私とタクトとクラークだけが居た。

 穏やかに笑うタクト。無表情でこちらを見るクラーク。

 変わらない。何だかすごくほっとした。


「ていうか、何があったの?此処は?」

「その前に、体は?何ともない?」


 体?いや、別に何ともないけど・・・。一応さっと体を見下ろしたが、やっぱり変わったところはない。

 その様子を見て、安心したように笑うタクト。どういうことなのか。


「ああ、そうだな。説明しないと分からないよな。て言っても、何から説明すれば良いのか・・・。とにかく、レイルが魔法を使った後から教えるよ」


 そうして、私は事の顛末てんまつを教えてもらった。



 あのレイルの魔法。あれは、たい召喚されたモノ用の魔法だそうだ。具体的には、その場に居る召喚されたモノ、つまりあの時で言えば、アヤメとジン、そして私を元の世界にかえす、という効果が表れるらしい。


 しかし、結果から言って、それに成功したのはアヤメに対してだけらしい。つまり私とジンに対しては、失敗した、ということだ。

 「まだ実用段階までは行っていない、試作段階の魔法だから、そういうこともある」。

 そうレイルは言っていたらしい。負けしみのようだが、一人とは言え、アヤメに効いたことを考えるなら、凄いと言うべきなのだろう。

 しかし、何故失敗したのだろうか。


「うーん、はっきりとは分からないけど、あの魔法は召喚術の逆展開を利用してるらしいから、そもそも召喚術の失敗でやってきたサエには効かなかった・・・のかも?」


 とは、タクトの言葉だ。まあ、私に対してはそれで良いかもしれないが、ならばジンはどうしてなのだろうか。


「それは・・・、何でだろう?」


 分からないらしい。というか、むしろ効いてしまったアヤメの方に、問題があったのかもしれない。

 なんともあやふやだが、魔法に関してはタクトやレイルの言葉を信じるしかない。まだまだ研究はしていくらしいから、そのうち分かる可能性も捨てきれない。


 とにかくそれはそれ、置いておいて、続きを聞いた。



 あの黒い塊をあやつっていた魔法使いは、アヤメが消えたことで不利をさとって逃げたそうだ。レイルが追い掛けたけど、結局見失ったらしい。

 クラークの剣で斬り付けられた傷は、決して浅くないはずだったのに、よく逃げられたな。素直に感心してしまう。


 そして、男が逃げたことにより、レイルの目的は達成された。

 レイルは戦争の原因を調べることで、男たちの存在に気が付いたらしい。尻尾、とまでは言わないが、その足跡くらいは見つけられたのだ。

 指揮をっていたであろう人物は逃したが、彼らが残した証拠品、戦争を起こそうと両国に働きかけた不正の数々を手にできたようだ。それらを王に提示し、事態は無事、戦争回避の方向に向かったらしい。

 と言っても、まだまだやることは目白押めじろおしらしいが。

 直接武器を合わせたわけではないが、一時は敵対関係になってしまったのだ。それらの落とし所が難しいらしい。


「でも、レイルなら大丈夫だと思うよ。頭の回転は速いし、優秀な魔法使いだしね。何て言っても、成功こそしてないけど、逆展開の召喚術を、召喚主でもないのに使えたんだから。魔術の発展に大いに貢献こうけんしたんだ。むしろ賞与を与えられるべき働きだよ」


 タクトが、自分のことみたいに自慢してくれたよ。まあ、友達だし兄弟弟子でしだから、当然か。


「ねえ、ジンはどうしたの?」

「ジン?ああ、クラークが言っていた奴か。俺は直接は見てないけど、逃げたらしいよ」


 「なっ」と、後ろのクラークに確認を取る。クラークは、無言で頷き返した。その眉間みけんには、珍しくしわが寄っている。

 そうだよね。戦った相手だし、逃がす気なんてなかっただろうし・・・。って、そうだよ!何で忘れてたんだろう。


「クラーク、傷は?ジンに斬られてたよね!?」

「・・・・」

「斬られてた?クラークが?」


 今聞いた、という顔をするタクト。あれ?まさか私の気のせいだった?

 いや、そんなはずはない。あの時見た赤色は、決して勘違いではない。確かに私は見たのだ。


「・・・・違う」

「えっ?」


 小さく吐かれた息とともに、静かな声が届く。

 タクトの声じゃない。でも、回数は少ないが聞いたことのある声だ。あの時にも、聞いた。


「斬られては、いない。掴んだだけだ」

つかんだって・・、剣を?無茶するなぁ・・・」


 タクトがあきれたように言った。でも私からすれば、「呆れ」じゃ済まない。

 剣を掴んだって・・・。そんなこと可能なのか?そりゃ、それなら血のことは説明つくかもだけど、普通振られた剣を握るなんてしないだろう。

 恐ろしいことを平気でする奴だ。

 いやいや、というかクラークが話してる。って言うか、傷を負ったことには違いないし。

 ああ、聞きたいことが山ほどあるよ!とりあえず、可及的かきゅうてき速やかに確認するべきなのは、傷のことだろう。


「だ、大丈夫、なの?」

「ああ」


 大丈夫らしいです。

 ・・・・いや、絶対大丈夫じゃないだろ。血、出てたし。うん、大丈夫じゃない。


「・・・大丈夫だ」

「うん、クラークなら問題ないと思うぜ」


 疑わしげな眼差まなざしに、居心地悪そうに身動きするクラーク。さらにタクトが、フォローになってるようでなってないことを言う。


「そんなことより、驚かないんだな」

「?何のこと?」

「クラークが話してること」

「・・・いや、驚いてるし、混乱してるよ」

「そっか?なんか落ち着いてるから、俺が知らない間に、話すようになったのかと思ったんだけど」


 そんなことはないよ。

 会話らしい会話は、今初めてしたよ。・・・どういう心境の変化かは知らないけど。

 まあ、私は元から表情に出にくいから、分からないのかもしれない。


「でもこれで、俺以外の友達ができたってことだな」


 「良かったな」と言って、クラークに笑い掛ける。でもね、タクト、それは言い方によっては失礼な発言だよ?悪気がないのは見て分かるけど。


「えっと・・・、で、何処どこまで話したっけ?」

「ジンが逃げたってところまで。というか、ジンは気絶しなかったの?」


 だとしたら、不公平だ。私は倒れたっていうのに。

 しかしどうやら、そうらしい。私の問いに、タクトが頷いたのだ。


 気絶したのは私だけだった。と言うことは、あのよく分からない光景を見たのは、私だけだったのだろうか。

 あれは、一体何だったのだろうか?もう細部さいぶまでは思い出せないが、様子の違うアヤメやジンを見たのは、気のせいだった・・・?



 少し考えてみるが、分かるわけがない。考えても無駄なことは考えない。それが、この世界に来て一番学んだことだったかもしれない。


「クラーク、ジンはどうして逃げたんだ?」

なぐった」

「・・ああ、お前素手すででも相当強いからな。勝てないと思って退いたのか」


 よくそんな一言で分かるな。私には意味不明だったよ。

 言葉があっても分かり辛いって、どうなのよ。コミュニケーション下手にも程があるんじゃないのか?

 と、今度は私が呆れてしまった。


「でも、クラークが逃すくらいだから、そのジンって奴も手練てだれなんだろうな」

「・・・・」


 ふうん・・、そうなのか。頷きこそしなかったが、クラークも自分の戦闘能力には自身があったのだろう。ちょっとくやしそうな感じが新鮮だ。

 気絶していなかったら、舌打ちとか聞けたんだろうか。そう考えると、そんをした気分になった。



 ん、そうだ。気絶したで思い至ったが、私は一体どれくらい気を失っていたんだろうか?

 宿に居るのだし、それなりに時間は経ってそうだ。一日、いや、ひょっとしたら二日くらい寝ていたのかな。


「私って、どれくらい寝てたの?」

「あー・・・、七日、かな」

「8」

「ああ、そっか。書庫にこもってたから日にち感覚がずれてた。八日間だって」


 最後のは私に向けてだった。

 あー、そっかそっか、八日間かぁ。そっかー、寝坊ねぼうにも程があるよね。


「・・・・・・嘘、だよね?」

「ううん、本当だよ。だから、ちょっと心配だった」

「ちょっとだけなんだ。いや、本当に本当なの?」

「うん。・・心配だったけど、クラークが「大丈夫」って言ったから。一応、今日目覚めなかったら強制的に起こそうかと思ってたけど・・・」


 タクトは困ったような顔をしながらも、クラークに確認をする。クラークも頷いている。

 本当の本当、らしい。自分の中では、「ちょっと長く寝てたかな~」くらいの感覚だったから、信じるのが難しいが。


「・・・参考までに訊くけど、強制的にってどうやって?」

「・・・・・。うん、ちょっと無理に・・・えいって感じで起こそうかなって」


 明言めいげんを避けるところが恐ろしい。本人には言えないような手を取る気だったのだろう。

 どう誤魔化ごまかそうか、と目線が泳いでいる。詳しく聞くのは止めた方が良さそうだ。

 所謂いわゆる、「やぶを突いてへびが出る」的な話になりそうだ。


「まあ、とにかく、無事に目が覚めて良かった。体調は本当に大丈夫なんだよね?」

「うん、大丈夫」


 あえて挙げるなら、寝過ぎて思考が鈍くなっているくらいだ。

 クラークが何を根拠こんきょに、「大丈夫」などと太鼓判たいこばんを押したのかは知らないが、今は確かに大丈夫そうだ。


 そして、段々分かってきた。

 レイルの魔法でアヤメは強制送還そうかんされ、ジンは逃亡。私たちは、宿で一週間と一日逗留とうりゅう、とそういうことだろう。


「いや、違うよ」

「は?」


 確認したらそんな答えが返ってきた。

 違うって、どういうこと?


「サエが気絶してから、俺たちは急いであの国を出たんだ。事後処理のごたごたにじょうじてね。うっかりレイルに捕まったら、すぐに国から出してもらえなさそうだったから」


 つまり、夜逃げしたわけか。

 馬車があるのだから、私が気絶していても問題ないし、レイルは地位ある人だから事後処理を放って追い掛けるわけにはいかない。そこを狙ったわけか。

 悪いことをしているわけじゃないんだから、そんなに急がなくても良かったんじゃないだろうか。そう思わなくもなかったが、足止めされるのも厄介だ。

 結局のところ、夜逃げという判断は妥当だったのだろう。


「で、予定通り、魔法研究の進んでいる国に行ったんだ。でも思ったよりも良い結果は得られなかった。一日書庫に籠って資料を調べたり、研究者たちと議論したりしたけど、サエを元に戻す方法は見つからなかったんだ」


 「ごめん」と頭を下げるタクト。でも私からしたら、そこまで頑張ってくれたことが嬉しかった。

 私の方こそ「ありがとう」と言うべきだろう。


「ううん、調べてくれてありがとう。じゃあ、此処はその国の宿ってことだね」

「いや、それも違う。此処は、更にその先の国だ」

「・・うん?」


 どういうことだ?魔法を調べているんじゃなかったのか?

 いや、よく考えてみれば、見つからなかったという結果は出てるから、移動していてもおかしくはないのか。

 じゃあ、今は何を目的に移動しているんだ?


「目的、目的か・・。目的は変わらないよ。君を元の世界に戻る方法を探す。でも、このまま魔法の研究をしているところを転々としても、それが見つかる可能性は低い」

「そうなの?」

「ああ。俺たち魔法使いは、自分の興味のある術じゃなきゃ研究しないから、召喚術の研究をしている人を見つけないといけないんだ。それ自体が難しいし、でなくても召喚術は賛否両論さんぴりょうろんあるからね。人間から得られることは少ないって結論を出したんだ」


 ?つまり・・・、どういうことだろう?

 言っている意味は分かるが、何を言いたいのか分からない。どんなに難しかろうが、探すしか道はないように思うが・・・。


「それでクラークと相談して、一つやってみようって話になったんだ」

「やってみる?」

「そう・・・。それで、魔界へ行こうと思うんだ」


 ・・・・・・魔界?

 今更いまさらと言えば今更だけど、更にファンタジー一直線な単語が出てきたんですけど・・・。






 読んで頂きありがとうございます。


 これで一段落(?)です。


 今回は二本立てでしたが、来週もいつも通り投稿予定です。




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