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日常は遥か遠く 1


 タクトがアヤメのむちにより、地面に倒れしていた頃。私も身の危険を感じていた。



 先に気が付いたのは、ジンだった。まあ、当然と言えば当然だけど。私は周りをこれっぽっちも警戒していなかったから。

 しかし敵対してはいないとは言え、ジンを信用し過ぎな私である。だまそうと思えば、好きなだけ騙せそうな状態だった。


 まあ、それはともかくとして、先に異変に気付いたのはジンだった、という話だ。

 だから当然、私に心の準備をする時間なんてなかった。



 ジンの後を付いて行くだけの私は、ジンが立ち止まったのに合わせて足を止めた。

 場所は、道のど真ん中。店があるわけでもなければ、民家の入り口があるわけでもない。どうしてこんな所で立ち止まる必要があるのか、分からない所だった。


 「どうかしたの?」と問い掛けようとして、ジンの背中に近寄る。しかし、進行方向に現れた黒色のおかげで、その疑問は意味のないものになった。


「・・・クラーク」

「・・・・」


 たった一日のことなのに、随分ずいぶんと久しぶりに会ったような気分になった。そのクラークは、私を一瞥いちべつすると手前てまえのジンに視線を移した。

 言葉は、ない。

 いや、多分何も言わないだろうな、とは思ってたけど。


 しかし、クラークに出会えたということは、彼は私をさがしてくれていたんだろうか。そうだったら、嬉しい。

 ひょっとしなくても、タクトも捜してくれているのかな。此処ここには居ないみたいだけど・・・。


「よう、久しぶりだな」


 ジンが、緊張のにじんだ声を出す。親しげなセリフなのに、全然そんな雰囲気ふんいきにならない。むしろ一触即発いっしょくそくはつな空気が流れている。

 そういえばこの2人、まともに顔を合わせるのはこれが初めてではないだろうか。

 唯一の接触は、ジンが私の部屋に侵入していた時だし。あの一瞬でお互いの顔を覚えたのだろうか?だとしたら、すごいと思う。

 私は人の顔を覚えるのは苦手な方だから、うらやましいとさえ言える。

 いや、この場合は物騒ぶっそうな理由で覚えてそうだから、あんまり羨ましくもないか。

 いやいや、今はそんな場合ではないのだ。


「何と言うか、お前・・・、コミュニケーション取りにくいな」

「・・・・」


 それには激しく同感したい。と言うか、クラークと対面した人全員が感じることだろう。

 当の本人はまったく、本当に全く、気にしていないことだろうけど。


 と、そこで気付いた。クラークの手に、黒い剣が握られていることに。

 すで臨戦態勢りんせんたいせい、ということらしい。

 いや、まだ戦うと決まったわけではない。剣は持っているけど、それを使うかどうかは分からないし。・・・いや、使うに決まっているだろう。そうでなければ、クラークは抜き身の剣を片手にうろつく危険人物ということになってしまう。

 それはさすがに、ないだろう。と言うか、ないに決まっている。もしそうだったら、私は味方を失うことになる。



 馬鹿な考えをしている場合ではない。

 剣を片手に、立ちふさがるクラーク。それはどう見ても事実なのだし、もしジンが下手なことをすれば、容赦ようしゃなく攻撃してくるだろう。

 私としては、それでも良いのだけれど。

 いや、戦闘を望んでいるわけではないが、いい加減タクトとクラークのところに戻りたいと思っているのだ。


「あー、まあ、良いか。お前の目的は分かってるしな。当然、こいつを渡すって選択は、俺にはないぜ」

「・・・・」


 ジンが言い終わるかどうかというタイミングで、クラークが走り出した。そして、あっという間にジンの目の前までやってくる。

 目にも止まらぬスピードで振られる剣。反射的に目を閉じてしまった。

 武器を手にしていないジンが、斬られると思ったのだ。が、その予想は外れた。


 ガキンッ、という金属の音が響く。目を開くと、クラークとジンが鍔迫つばぜり合いをしていた。

 いつの間に、と言うか何処どこにあんな長剣を持っていたのだろうか。シンプルな、やや細い(クラークの剣と比べると、だけど)剣を握るジン。

 お互い、本気で力を込めているのだろう。ジンはうっすら笑っているし、クラークは無表情だが、緊迫きんぱくした空気が重たい。



 ギリギリと刃を押し合っていたのが一転、いきなり2人が飛び退く。と思ったら、カキンカキンと打ち合いが始まった。

 右へ左へ、立ち位置を変えながら、剣を振るう。

 まるでダンスを踊っているようだ。そんな、ある意味よくある表現が浮かぶ。でも、これはダンスという程優雅ではないと思う。

 殺意と敵意が、神経を逆撫さかなでする。見る者を恐怖におちいらせる、『闘い』というやつだ。


 気が付けば、私は壁際まで逃げていた。もう道は戦場と化し、今まで見たこともないほど速い攻防が繰り広げられていた。

 声を掛けられる雰囲気でもない。私は一体どうしたら良いのだろうか・・?



 おろおろとするが、そんなことで闘いが止むわけもない。

 て言うかさ、2人とも血の気が多すぎじゃない?目的であるところの私を放置って・・・。と、段々むかっぱらが立ってきた私は、やっぱり油断していた。


「・・!えっ!?」

「捕まえたぞ!!」


 突然、腕を取られた。慌てて振り返る。

 何処かで見た覚えのある男が、私の腕をつかみ上げていた。更にその男の後ろには、「荒事上等あらごとじょうとう!」といった風体ふうていの者が2人居た。


 この時の私は知らなかったが、この3人の男はアヤメに命じられて私を捜していた者たちだった。

 がっちりと捕まった私。それを見て、クラークとジンの矛先ほこさきが変わる。


「な、何だと・・!?」


 私を拘束する男以外の2人が、声もなく地面に倒れた。

 クラークとジンが瞬殺したのだ。

 いや、言葉通り殺したわけではないらしい。倒れた男たちはうめき声を上げていた。が、完全に意識はないらしい。


 なんなく敵を倒した2人が、こちら(正確には私を捉えている男)に向き直る。

 あれ?この状況って、よくあるよね。ということは、この次の展開は・・・


「ぶ、武器を捨てろ!こいつがどうなっても良いのか!?」


 ですよね。

 手にしたナイフを私の首元へ当てる。私を人質にして安全を図ろう、というわけだ。でも、これって大概たいがい成功しないよね。特に、化け物じみた人たち相手だと。

 と思ったけど2人は、構えた武器を降ろした。

 えっ、まさか捨てるのか?そう思って、ひやりとしたが、そうはならなかった。


「武器を捨てろ、ね。よくあり過ぎて、つまらないな」


 ジンが笑いながらそう言った。なんとなく、が笑っていない気もするが・・・。そしてクラークは、何も言わない。剣も手放す様子が見られない。

 2人からの威圧感が増した気がする。

 「そっちこそ武器を捨てろや、こらぁ」って感じだ。


「は、早くっ、捨てろ!」


 ちょっと、ちょっと。手が震えてるよ、この人。今にもナイフが首に刺さりそうだよ。

 命の危機だよ。2人とも良いから武器を捨てろ!私のために!

 そんな自分本位の心の叫びは、聞こえるはずもない。2人は武器を捨てるようにも見えず、油断なく男を見据みすえている。


「おい!聞こえねぇのか!?武器を・・・?!」


 多分その先は「捨てろ」だろうが、残念ながら続きは聞こえなかった。


うるさい奴だな。ちょっと静かにしてろ」


 そして、残った男も気を失った。

 2人とも、動きが速過はやすぎる。怒鳴どなる男との距離がないかのような動きだった。


 どういうことが起こったのかというと・・・、まず2人が男との距離を縮める。同時に、クラークが剣を持っていない方の手で、男の頭を掴む。一方ジンは、男のナイフを持った手を引きがし、ひねり上げた。そして手刀をもってして、意識を刈り取ったのだ。

 とても鮮やかだった。解放されたのに、動けないほどの鮮やかさである。


「さて・・・、続き、やるか?」

「・・・・」


 さっと私の前に出るクラーク。背中にかばわれた形である。また闘いになるのか。此処はクラークに任せて、私は邪魔にならない場所まで退さがろう。

 出来るだけ邪魔しないように動こうとしたが、2人の方が速かった。しかし、それは戦うためではなかった。


 改めて戦おうと構えた2人が、今度は同時に明後日の方向に目を向ける。

 私も、2人が見ているものを見るために、そちらを見る。が、何も見えない。


「おいおい、何だよこの魔力は・・・。あっちもこっちも、何やってんだか」


 ジンがそんなことを言う。そして、走り出した。驚く私とは違い、クラークも遅れず駆けだす。クラークとジンは、互いに牽制けんせいし合いながら見ていた方へ走っていく。

 ぽかんと見送りかかって、はっとした。置いていかれている。それに気付いて、慌てて追いかけた。



 2人に付いて行く、と言うより、通った後を走ること数分。2人は立ち止まった。

 相変わらずお互いを牽制している。すきあらば斬りかかるつもり満々のようだ。剣も持ったままだ。しかし、私はそんな2人より、その先の光景に目を奪われてしまった。


 道の先は、少し開けているようだった。小さな広場なのだろう。そこに、タクトとレイルが居た。それは別に良い。

 いや、良いこともないけれど、少なくとも悪くはない。その2人が誰とも対峙たいじしていなければ、の話だが。


 タクトとレイル。2人は、こちらに気付いてはいないようだ。と言うより、気付く余裕なんて無さそうだ。

 アヤメの鞭による攻撃が、途切れることなく続いているからだ。タクトが攻撃を防ぎ、レイルが反撃しようとしている・・・、のだろう。

 だが、私が目を奪われたのは、その更に向こうで起こっていることだ。


「まずいんじゃないのか?あいつら」

「・・・・」


 ジンがクラークに剣を向けながら、そう言った。うん、私もヤバイ気がしてる。

 アヤメの向こう、そこには男が一人居た。その男は魔法使いだろう。何故なぜなら、その男の頭上に大きな黒いかたまりが浮かんでいたからだ。それはとても禍々しくて、嫌な予感しかしないものだった。

 そして、それを2人に向けて放つ気なのだろう。というか、そうとしか見えない。


「ど、どうするの?!大丈夫なの!?」

「さあな。逃げられないようだし、大丈夫じゃないかもな」


 あっさりとそう言うジン。興味ない、と態度が言っている。しかし、私たちからすれば、そんなドライにはしていられない。

 クラークに目を向ける。目の前のジンに集中しているのか、クラークはタクトの方をちらとも見ない。焦る私とは裏腹、である。


 クラークからタクトへ目を戻す。目を凝らすと、タクトの表情すら見える。タクトも、焦っているようだ。安全な場所に居る私とは、比べものにはならないくらいの焦りだろうが。

 それと、タクトはちらちらと、レイルの方を確認しているのが見えた。レイルは地面に広げた紙の上にかがみこんで、何かしている。

 何をしているのかまでは分からない。しかし、敵の攻撃に対応しようとしているのだろう。


 ・・・間に合うのだろうか?いや、タクトの表情から察するに、難しいようだ。

 どうすればいいのか?というか、私にできることなんてあるのか?

 焦りが思考を邪魔している。自分にどうにかできる状況とも思えない。どうしよう、どうしよう・・!



 タイムリミットのようだ。随分と離れているのに、男がにやりと笑ったのが見えた。

 その時、ジンが動いた。攻撃を仕掛けてきたのだ。

 最悪のタイミングである。それに対してクラークは、思いもつかなかった行動に出た。


「・・なっ!?」

「えっ!?」


 クラークは、ジンに向かって突っ込んで行っていた。体は。しかし持っていた剣は、その手を離れている。

 真っ直ぐ飛んでいく剣を追って、目が動く。

 黒い剣は凄い速さで飛んでいき、今にも魔法を放とうとする男の腹を切り裂いた。それにより、男の上から塊が消える。どうやら、魔法を失敗したらしい。呪文の邪魔に成功した、ということなのだろう。


 安心・・・したかったが、私の頭は嫌な予感を訴えていた。体が向いている方向、ジンとクラークの2人が居る方へ頭を動かす。

 ジンとクラークは、先程のように鍔迫り合いをしていた。いや、クラークの剣は此処にはない。鍔迫り合いなんて、できるはずがない。

 2人の間に赤い液体が落ちる。


「クラーク・・!!」

「退っていろ」


 今のは、誰の声?いやそんなことより、早くそばに行かなきゃ・・・! 

 駆け寄ろうと頭では考えているのに、体は動かない。そこへ、レイルのりんとした声が届いた。


「『有るべき姿で、在るべき場所へ・・・リターンれ』!!」

「!!?」


 目の前が、真っ白に染まった。

 そして私は、意識を失った。





 今回はもう一つあります。

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