その時タクトは・・・ 3
引き続き、タクト視点です。
楽観視していた。甘かったことは否定しようもない。
俺は、家と家の間を通って大きな道に出た。
人相書きがあるのだし、住民に話を訊けば何か分かる。そう思っていたのだ。しかし、思ったよりも進まない。まず、ほとんどの人が「知らない」と言う。そして俺が明らかに余所者だからか、敬遠する人も少なくなかった。
主だった目撃証言もなく、路地から路地へと移動する。落ち着いて考えれば分かりそうなことだった。情報収集に関しては、カーディナルの方が何倍も上だ。そのカーディナルが苦戦しているのに、俺なんかが何か掴めるわけない。
大人しくクラークでも捜すか。一度合流して、対策を考えた方が良い。俺よりあいつの方が警戒されやすいだろうし、きっと同じような状況に陥っているはずだ。
そう考えて、改めて路地に目を走らせる。クラークは目立たないようでいて、実はよく目立つ。捜そうと思ったら、結構簡単に見つかることが多いのだ。本人が、周囲に溶け込む努力をしないからだろう。あいつの居る所は、常に不穏な空気が流れているものだ。普通なら、近寄る気がなくなる空気が。
「・・!?」
暗がりになった細い路地を覗いた時だった。今一番遭いたくない人物を見つけて、慌てて身を引いた。そして、近くの別の路地に駆け込む。
ぞろぞろと、数人の歩く音が近づいて来る。見つからないように気を付けて、そちらを窺った。先程覗いた路地から3人の男と、1人の女が出てくるところだった。
「随分と慎重に動いているみたいね」
俺の隠れる路地のすぐ近くで、立ち止まりそう言った女は、アヤメだった。他の男たちに見覚えはないが、どう見ても仲間だ。全員武器を携帯している。見つかったら、逃げるのすら困難かも知れない。
見つからない内に、とそろそろ下がる。が・・・
「この近くで見たっていうのが、最後らしいわね。早くあの娘を見つけないと、あっちの計画が始まっちゃうわ」
「ど、どうするんだよ?俺たちは何すれば良いんだ?」
「知らないわ。あっちは、あの人が独りでやってるもの。とにかく貴方たちは、合図があるまでは私の指示に従っていれば良いの」
焦りを隠せないのか、男の一人(小柄でネズミっぽい顔をしている)が落ち着きなく肩を揺らしている。そんな男に、アヤメはすげなく返した。アヤメ自身も焦っているようだ。苛立つままに足を鳴らしている。
あの娘。アヤメたちが捜しているなら、きっとサエのことだ。どういうルートかは知らないが、サエの居場所を聞き出すことに成功したらしい。その情報が合っているなら、早く見つけなければならない。彼らよりも先に。
それに「あっちの計画」とやらも気になる。カーディナルの言っていたことと関係あるだろうし、なんとなく嫌な感じを受ける。が、今はサエの方が先だ。俺は彼女を護らなくちゃいけないんだ。
まだ何か揉めているアヤメたちに気付かれないように、ゆっくりと後退していく。話声が徐々に遠ざかる。
「そこで、何をしているのかな?」
「!」
声が聞こえなくなったところで、背後から声を掛けられた。
知らない声だ。そして、不必要なほどの警戒が滲み出ている。相手を刺激しないように、慎重に振り向く。
目の前に立っていたのは、壮年の男性だった。見た目は、街人と変わらない服装をしていた。が、その瞳に宿る光は剣呑だ。警戒以上の感情、敵視していると言っても過言ではない。そんな瞳を見返して、緊張が一気に体を駆け廻った。
危ない。こいつは、敵だ。無条件でそう思ってしまった。そしてもう一つ、俺を警戒させたのは、一種の勘だった。
「こいつは俺と似た臭いがする」。
そう思ったのだ。理由は分からない。でも、そういう勘は大事にするべきだ。・・そう、勘だ。勘だが、多分、こいつも魔法使いなのだろう。魔法使い同士だと、時々そういうことがある。自分と同種の何かを感じているのだろう。それをこいつにも感じる。
それは、必ずしも歓迎すべきことではない。相手も魔法使いで、そして俺に対して敵意を持っている。当然向こうも、俺が魔法使いであることを感じているはずだ。
魔法使いは一般人相手なら、優位に事を進められる。が、同じ魔法使いが相手だと、簡単にはいかない場合が多い。魔法の、特に攻撃魔法の威力は、込められた魔力の量に比例する。俺より魔力量が多い魔法使い相手では、勝てる見込みは限りなく低くなる。
相手の手札が分からないのも、問題だ。俺も、この間のことを念頭に置いて、呪文を保留した魔法は全て戦闘関連にしてある。が、そんなもの使ってしまえば意味がないし、相手も何か保留しているかもしれない。それに俺は、戦闘はそれほど得意ではないのだ。
どう出るべきかと迷っていたら、先に向こうが動いた。
「もう一度訊こう。ここで、何をしていたんだい?」
穏やかだが、有無を言わさない口調だ。口ひげを蓄えた顔が、無表情に俺の一挙一動を監視している。少しでも疑わしい行動をすれば、即座に攻撃してくるつもりなのだろう。目的は不明だが、俺が此処に居ることが不都合なのかもしれない。
相手を刺激して、戦闘になるのは避けたい。聞こえていないとは思うが、アヤメたちはまだすぐそこに居るのだから。
「・・・ちょっと、人を捜しているだけです」
「ほう、人を、ね。それにしては、こそこそしていたようだが?」
「ああ、えっと・・・、遭いたくない知り合いが居たので、つい・・」
嘘は言っていない。アヤメたちと遭いたくないのは事実だ。しかし相手は、俺の言葉に素直に頷いたりしなかった。
「それは、本当かな?」
「ええ、本当ですよ」
「・・・・。ふむ、これでは埒が明きそうにないな」
「・・・!っつ!!」
男が呟く声を聞いたと思ったら、何かがぶつかってきた。背後からの攻撃に反応できず、まともに食らってしまった。
頭から地面に倒れる。背中がじんじんと、熱のような痛みを訴えている。
首を捻って後ろを見る。撓る鞭を手にしたアヤメが、艶然と微笑んでいた。どうやら、アヤメの鞭で強かに打たれたらしい。油断していた。と言うより、後ろを警戒している余裕がなかった。これだから、俺は戦闘が苦手なのだ。360度周囲を警戒しながら戦うなんて、無理に決まっている。
「彼は、一体何者なのかね」
「邪魔な魔法使いよ。そんなことより、貴方、こんな所で油を売っていて良いの?」
倒れた俺を挟んで2人が話している。2人は仲間、のようだ。そりゃ、警戒もするな。味方の周りで不審な行動をしていたんだから。
しかし、彼らは此処で落ち合う予定ではなかったらしい。では、この男は何故こんな場所をうろついていたんだろうか?
背中の痛みは幾らか引いたが、動けないフリをして2人の会話に耳を傾けた。
「油を売っているとは心外だな。これでも、働いている途中だ。と言っても、少し厄介なことになったがね」
「厄介、ね。私の力が必要かしら?」
「手を貸してくれると有難い。有難いが、そちらは良いのかね?確か新しい素材を捜しているんじゃなかったかな?」
「相変わらず意地が悪い訊き方ね。貴方が命令したら、私は逆らえないわ。・・・まあ、こいつらだけで大丈夫でしょ。良いわね?」
アヤメの後ろで返事がした。そして、複数の足音が去っていく。どうやら、サエ捜しはあの男たちに任せたようだ。相手する人数が減ったのは嬉しい。が、出来れば挟み撃ちの状態からも脱したいところだ。 そう思ってこっそり、2人の様子を窺う。2人とも動く気配がない。俺の方は見ていないが、優位な立ち位置を手放す気もないらしい。
「さて、貴方の厄介事をやっつけましょうか」
「その前に、彼をどうにかしなくてはならんだろう」
「彼」とは、当然俺のことだ。体は動ける程度には回復したが、この2人を同時に相手にはしたくない。さて、どうするか。とりあえず、すぐに対応できるよう身構えておこう。
「ま、時間を掛けてもしょうがないわね。ごめんなさい」
全然謝られている気がしない謝罪が、鞭の撓る音と共に届いた。間一髪地面を転がってそれを避ける。精一杯の速さで立ち上がり、路地の奥に居る男に向かって突進する。
俺の行動が予想外だったのか、男は避け切れず俺の突撃で跳ね飛ばされた。
振り向かず、路地を掛け抜ける。とにかく狭い路地では分が悪い。それに、アヤメの鞭は脅威だ。呪文を唱えられるだけの距離を開けなくては・・!
背後から聞こえる足音を確認する暇もなく、次々と路地を駆け抜ける。魔法を使うのもあって、広い場所が欲しい。あと、人が居ない方が被害を気にせず戦えるだろう。そんな場所を捜して駆ける。
そこそこ広くて、でも人通りが少ない場所。そんな都合の良い場所が・・・あった。
元々は、御近所の奥様方の憩いの場だっただろう広場だ。今は、俺たちの乱闘に気付いたのか、住民の姿は見えない。
広場の中央まで駆けて、振り返る。アヤメたちは、まだ追いついていない。保留した呪文はもしものために残しておくとして、まずは彼らの足を止めるための魔法を唱え始める。それに気付いた男も、呪文を唱え始めた。アヤメはそのまま俺に向かって走ってくる。
意外に速い。が、こちらの方がもっと速い。
「『草の檻』!」
最後まで唱えた瞬間、2人の足元に草が巻きついた。それはどんどん上へと伸びていく。捕縛用の魔法だが、放っておけば頭まで草で覆われるので、攻撃としても使える便利な術だ。
「くっ!邪魔よっ!」
力任せに引き千切ろうとするが、しっかりと巻きついた草はびくともしない。もがくアヤメは、既に腰近くまで草に巻きつかれている。動きを封じる切るのも時間の問題だ。と、少し安堵した時だった。
「『燃えろ』!」
男の魔法が完成した。俺に向かって炎で創られた矢が飛んでくる。が、威力は弱そうだ。とっさに防御の魔法を発動させようとして、男の意図に気付いた。
威力が弱くて当然だ。男は、俺を倒すために矢を放ったわけではなかったのだから。俺と男の間に居たアヤメに向かって放ったのだ。炎がアヤメを縛めている草に当たる。
草は、炎に弱い。それは魔法の世界でも同じだ。炎で焼かれて、アヤメの縛めが解けてしまう。
攻撃を・・、いや、防御が先か!?迷う間にアヤメが接近する。呪文を唱えるのが遅れれば、彼女の鞭の射程距離に入ってしまう。
防御だ!そう決めた時には、遅かった。簡易の魔法であっても、一言は呪文が必要なのだ。アヤメの鞭が撓り、俺目掛けて繰り出される。
「『輝きの盾』」
目の前が光り、アヤメの鞭が跳ね返された。この魔法は・・・。
「ようやく、見つけた。全く、忙しい僕をここまで煩わすなんて、最悪だよ」
俺の横に立ったのは、レイルだった。何で此処にレイルが?という疑問が頭に浮かんだが、訊くより前にお礼を言わなければ。さっきの防御魔法は、レイルのものだ。
「ありがとう、助かった」
「別に君を助けたわけじゃないよ。誰だか知らないけど攻撃されてたから、とりあえず護っただけ」
そっぽを向いてそう言ったが、護ってくれたことに変わりはない。それに、多分照れ隠しも混ざっているのだろう。いつも以上にぶっきらぼうな口調と、味方が出来た安心感から自然と笑みが零れる。
「何笑ってんるんだよ。言っとくけど、僕は僕の目的があって此処に居るんだからね。勘違いしないでよ」
「分かってるけど、目的って?」
そこでアヤメの鞭が再び襲ってきた。今度は冷静に対処する。
魔法は万能じゃない。だから、何もかもを魔法に頼っていては勝てない。アヤメの攻撃は避けて、魔法での攻撃には防御で対処。そして、隙を見て反撃。それが一番良いだろう。
アヤメの鞭を避けて、レイルの隣に戻る。
「戦争を起こそうとしている組織の存在を発見した。あいつらはその首謀者と繋がっている可能性があるんだ。生かして捕えて、情報を得る・・!」
レイルもアヤメの鞭を避けながら、攻撃のチャンスを窺っている。しかし、戦争を起こそうとしている組織とは、何のことだろうか?アヤメたちは、サエを攫う傍ら何か画策していたようだが、まさかそれが戦争を起こすことなのだろうか。
「戦争の、火種を作ったのが、そもそもこいつらだったんだ。・・・召喚した人間を使って、術を仕掛けたらしい。詳しいことは、まだ分かってないけど、それも、こいつらを捕まえれば・・、はっきりすることだよ!」
次第に速くなっていく攻撃に息を切らせながらも、レイルは相手を睨みつけた。その瞳から気迫が伝わってくる。戦争を回避しようと奮闘していた彼からすれば、此処で彼らを逃がすわけにはいかないのだろう。それに、俺も彼らを放っておくわけにはいかない。サエを狙っているのだ。目的はどうあれ、俺たちのやることは一致していた。
「あら、坊や。小さいのに、よく私たちの存在まで辿りついたわね。偉いわ」
闘志に燃える俺たちに、アヤメが鞭を繰りながら、余裕の笑みを向ける。その背後で、男が肩を竦めるのが見えた。いつの間にか、彼も捕縛から脱したらしい。
「アヤメ、遊んでいる場合じゃなさそうだ。我々の存在を知ってしまった彼らには、死を与えなければいけないし、そろそろ時間が差し迫ってきた。・・・終わらせよう」
「・・・しょうがないわね」
「・・!!」
今まで縦方向にしか来なかった鞭が、突然足元を掬うように動いた。何とか避けたが、無理に避けたせいで足が縺れた。
「うわっ!?」
レイルも同じように足を掬われたらしい。転倒したレイルに鞭が襲いかかる。
「くそっ!『風の矢』!」
風で鞭を弾き飛ばす。レイルは無事だった。
安心するのもつかの間、風の音に混じって呪文の詠唱が聞こえた。目を向けると、男が長々と呪文を唱えている。そして、その術には聞き覚えがあった。数少ない闇の魔法で、大量の魔力が必要な代わりに、絶大な威力を発揮する攻撃魔法だ。
込められた魔力を肌で感じる。俺の防御魔法では護り切れない。レイルに目を向ける。唇を噛んで必死に考えている。どうやら、レイルも同じらしい。
とにかくアヤメの動きを止めて、詠唱を阻止しなければならない。呪文を一から唱えている余裕はない。
俺が保留しておいた魔法で残っているのは、防御魔法と補助魔法だけ。詠唱破棄が出来る魔法を使うしかない。が、アヤメもそれが分かっているのか。攻撃の手を緩めない。それどころか、どんどん苛烈になっていく。
「タクト、僕に考えがある!少しの間、僕を護って!」
言うや否や、懐から魔法陣が書かれた紙を取り出す。
「護って」って、軽く言うが防御の魔法を維持するのは、意外と難しいんだぞ!と心の中で文句を言って、レイルの前に立つ。
「『風の鎧』!!」
標的が一か所に集まったからか、攻撃が激しくなる。それを風の魔法で受け流す。
レイルの静かな声が呪文を紡いでいく。聞いたことのない呪文だ。どれくらいの長さか分からないが、男の呪文詠唱は後半へ突入している。急がなくては間に合わない。
待つ間が、とても長く感じた。徐々に、レイルの声に焦りが表れてきた。男の呪文が耳に入ってきているのだろう。もう時間がない。
にやりと男が笑った。呪文は、あと一言だけだ。レイルは・・・、まだ詠唱中!
間に合わなかった・・・!!
目を見開いた俺の視界が、何かが切り裂いていった。
「ぐぅっ・・!?」
男の、くぐもった声。彼の腹を斬った何かが、飛んできた勢いのまま、地面に突き刺さる。それは・・・、真っ黒な剣だった。
驚いていたのは、俺だけじゃない。アヤメも、男も、一様に驚いていた。
そして、誰かの叫び声。俺は、その声を聞いて、突き動かされるように振り返った。そして・・・
「『有るべき姿で、在るべき場所へ・・・戻れ』!!」
レイルの魔法が発動した。
此処まで読んで頂き、ありがとうございます。
次回はサエ視点、というか5話になります。もうすぐ一区切りつく予定です。
お付き合いください。




