その時タクトは・・・ 2
タクトの視点です。
よく眠れなかった。疲れは取れただろうけど、まだ頭の奥が鈍い痛みを訴えている。
部屋の反対側。そこに置かれたベッドは、既に空だった。クラークはもう出かけたのだろう。俺も、早く出かけないと。サエを捜すために。
手立てはない。けど、味方はいる。
昨夜やってきた人物。カーディナルが、力を貸してくれると言ったのだ。
何故、サエを捜してくれるのかは分からない。でも、もしかしたらサエのことを気に入ったのかもしれない。カーディナル本人は否定していたことだけど。
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昨日の夜。追跡の魔法から戻った俺の前に、カーディナルが居た。相変わらず、露出の高い格好で腕を組み、難しい顔をしている。
彼女が居ることに驚いた。彼女の方から訪ねてきたのは、初めてだったからだ。何だか信じられなかった。
部屋の隅に立つ友人に目を向ける。でも、彼はいつもと変わらず、無表情のままだった。少なくとも、驚いてはいないようだ。俺が戻ってくるまでに、理由を聞いたんだろうか。
「ようやくお戻りか?」
カーディナルが口を開いた。少し低い声が、感情を抑えているように震えていた。
怒っている。
それは瞬時に理解した。でも、その恐怖が来る前に別の考えが浮かぶ。いつも落ち着いている彼女が怒っている。そのことに、珍しいと思ったのだ。更に言うなら、感情の乱れを分かりやすく表現するのも、珍しい。
しかもどうやら、俺に対して怒っているらしい。
明確な怒気に戸惑いながらも、理由を考える。
彼女と直接会ったのは、随分と前だ。その時怒らせるようなことをしたか・・・?
そう考えて、一つ、思い当たった。過去とは関係なく、人情家の彼女が怒りそうなことを、俺はしでかしていた。
多分、カーディナルは知ったのだろう。俺が、サエを召喚した、ということを。例えそれが間違いからだったとしても、彼女をヒトではないものにしてしまったことは、事実だ。
カーディナルの情報網は、尋常じゃなく広い。本来なら、魔法使いしか知らないようなことでも、彼女なら知ることができる。
そしてカーディナルは、気に入った相手に対しては、人情家な一面を見せると言う。残念ながら、俺はそれを見たことはない。が、彼女を知る人の間では、割と有名らしい。たった一人のために、国家を相手に情報戦をしたとかしないとか。そんな話を聞いた。聞いた時はとても信じられなかったが、ようやく頷けた。
なるほど、他人のためにこれだけの怒りを抱けるなら、国家が相手でも戦うだろう、この人は。
魔法の行使で疲れた頭は、冷静にそんなことを考えていた。実際には、そんな暢気に構えていられるような状況ではないのだが。
今にも殴られそうだ。拳で。
「カーディナル、何か用・・か?」
我知らず、窺うような言い方になってしまった。そんな俺に対して、カーディナルの目つきが更に険しくなった。
怖い。助けを求めてクラークに視線を飛ばす。
「私から目を逸らすとは、良い度胸だな」
「ひぇ・・!」
ばんっ!と目の前のテーブルに、手が置かれる。それだけで、飛び上がってしまった。情けない。でも、怖いのも確かだ。
恐る恐る、逸れていた目を正面に戻す。カーディナルは・・、笑っていた。口元が弓なりに吊り上がり、不敵な笑みを形作っている。が、目が笑っていない。
もう一度言おう。
怖い。
逸らしたくなる衝動を堪えて、目を合わせ続ける。
「お前、私に言うべきことがあるんじゃないか?」
「え、えっと・・・。ごめん・・?」
「謝って済む問題か!!!」
特大級の雷が落ちてきた。同時に頭に凄い衝撃が・・・。痛みを認識する前に、体が横に倒れる。そして、遅れてやってきた痛みに、のたうち回る。
頭が割れるほど痛い。あと、カーディナル怖い。
ずきずきする頭を押さえて、仁王立つカーディナルを見上げる。まだ怒っている。まあ、それだけのことをしたのだ。仕方ない。仕方ないけど・・・、やっぱり痛い。
分かっていても、痛いものは痛いのだ。それが罰なら、俺は金輪際絶対に、魔法を失敗したりしない。そう決意した。
「う・・・」
「全く・・、「自分たちだけで大丈夫」なんて言ってたくせに、何てことしてんだよ。反省してんだろうな?」
「は、はい・・・」
「・・・・ふん、まあ良い。今はそれどころじゃないからな。それで?サエは見つかったのか?」
「いや、それがまだ・・・」
見つかってない。とまでは言えなかった。カーディナルの瞳に、再び炎が灯ったのが見えたからだ。たったの一撃で、俺の体に何かが刻み込まれたようだ。カーディナルの怒気に、問答無用で体が縮こまる。カーディナル自身は、そんな俺のことなど目に入っていないようで、椅子の一つに座っただけだったが。
「私の情報では、サエを誘拐した奴らも今、サエを捜しているらしい」
「?どういうことだ?」
「よくは分からないが、サエは誘拐先から更に誘拐されたようだ」
「更に誘拐って・・・。ああ、だからか」
カーディナルの言葉に、先程のことを思い出す。追跡の糸が小刻みに動いていたのは、サエが更に移動していたからだ。誘拐され、更に別の人物、あるいは組織に攫われた。ということは、あのアヤメという女を調べてもサエの居場所は分からないのか。では、何を手掛かりに捜せば良いのだ?
「さて、では一体誰がサエを誘拐したのか、だが・・・」
「何か掴んでるのか?」
「ああ。・・・お前たち、最近魔法使いたちの間で、人間を召喚することについて議論が交わされていることを知っているか?」
「・・知ってる。だからサエのことは、誰にも言わなかったんだ」
人間を召喚することは、昔から様々な議論がされてきた。当然だろう。異世界とは言え、同じ人間を使い魔として使役するのだ。まともな倫理観を持つ者なら、反発するはずだ。しかし、魔法使いは総じて己の研究に対して、抑制というものが利かなくなる。だから、召喚術は進化を続け、今尚使われているのだ。
俺やレイルは、どちらかというと中立だ。が、過激な者は、反対意見の者に対して攻撃することもある。それは魔法使いだけではなく、その仲間にも及ぶことがある。俺やクラークだけならなんとかなっても、サエが危険な目に遭うことは避けたかった。だから、俺たちは事実を隠すことにしたのだ。しかしそうしていても、カーディナルやアヤメたちに知られてしまったが。
「アヤメたちが、過激派ではないっぽいのが唯一の救いか」
「馬鹿か、お前は。過激派でないのに、召喚されたモノを攫ったのだぞ。碌なことはしないだろう」
「・・・目的は、分からないのか?」
「目的?奴らのか?それを知ってどうする。サエは奴らの所には居ない」
「それは分かってる。けど・・」
「そんなことより、話を戻すぞ。今サエを連れている奴。目星が付いた」
「!本当か?!」
思わず椅子から立ち上がる。クラークも、俺たちの方を見ている。
流石はカーディナルだ。仕事が速い。別にこちらから依頼したわけではないけど。とにかく、サエの居場所が分かりそうなのだ。速く迎えに行ってやりたい。
「落ち着け。事はそう簡単ではない」
「ああ、分かってる」
「・・本当だろうな。いいか、サエを連れ去った奴の情報を総合すると、とある目的が見えてきたんだ」
「目的が?」
「そう。奴はこの国ではない何処かの国に仕えている。何処かまではまだ特定できていないが、ともかく奴の目的は一つだ。・・・召喚されたモノに接触し、味方に引き込む。それのみだ」
「味方に引き込む?何のために?」
「さあな。だが、国に仕えているのは、まず間違いなさそうだからな。国家単位で召喚されたモノを囲っているんだ。素敵な計画ではないだろうな」
最悪、戦争になる。そういうことだろうか。そして、サエはその戦闘員として連れて行かれた、と?
「・・・まあ、国の思惑などどうでも良い。問題は、そいつが一人でサエを連れて移動している、ということだ」
「一人でって・・、仲間は居ないのか?」
「私の情報網には引っ掛かってないな。居ないということはないにしても、今は単体で動いている」
「どうして、そんなことが分かるんだ?」
「移動する人数が多ければ、それだけ人目に付きやすい。アヤメの足取りがすぐに掴めたのは、それが理由だ。街の人間は普段と違うことに敏感だ。特に今は戦争のことがあるからな。いつも以上に、過敏になっているんだ。だが、その状況が逆に、個人単位で終わる話を広まりづらくしている。恐らく奴は、個人宅を転々としているんだろう。どうやってかは知らないが、上手く取り入って情報が漏れないようにしている」
「なかなかやるな」と呟く顔は、苦々しい。そう言えばいつだったか、分からないことが嫌いだと言っていたっけ。なら、サエの居場所が分からない今は、さぞ気持ち悪いのだろう。
「じゃあ、カーディナルでもサエの居場所は分からないってことか?」
「焦るな。全く分からないわけでもない。・・これを」
と渡されたのは、街の地図だ。中心部からやや外れた区画が、赤い丸で囲まれている。
「恐らく、この辺りに居る。此処だけ、情報の通りが悪いんだ。何か隠してる」
「何かって?」
「鋭意捜査中。でも、明日・明後日には分かる」
自信満々に言う姿に、希望が見えてきた。やはり、こういう時に頼りになる。
いつの間にか寄ってきたクラークに地図を渡す。クラークに、カーディナル。2人が居れば、サエを見つけられるのも時間の問題のような気がした。
「私からは以上だ。まあ、明日にはもっと正確な情報を用意してやるよ」
「ありがとう。でも、何でそんなに協力してくれるんだ?」
「・・・昔馴染みだしな」
何か含みがありそうな良い方だった。でも追及する前に、カーディナルは帰ってしまった。俺も、もうそろそろ限界だ。魔力も回復させておかなければならない。
*********
そうして眠りについて、今目覚めた。
手早く身支度して、宿を出る。目指すはカーディナルが居る、酒場『モーリスの店』だ。
「遅かったな」
「これでも、早い方なんだけどな・・」
朝日が昇ってから、まだそんなに時間は経っていないはずだ。が、カーディナルは既に起きていたようだ。いや、寝ていないのかもしれない。それにしては、隈も疲れも見当たらないが。
「じろじろ見るなよ。火傷するぜ」
「それを言うなら、惚れたら、だろ?」
「私の場合は、見ただけで火傷するのさ」
じゃあ俺は火傷しまくりじゃないか。って、そんな軽口に付き合っている場合じゃない。新しい情報は手に入っただろうか。
「それで?情報は・・」
「焦るなって。クラークといい、お前といい・・、男ならもう少し余裕を持てよ」
「クラークも来たのか?」
「ああ。夜明けと同時にな。情報だけ持ってさっさと出て行っちまったが」
夜明けと同時って、それでは昨日はほとんど寝ていないだろう。まあ、寝なくても大丈夫な体とは言え、心配だ。次会ったら、少し休むように言っておこう。
「さ、お待ちかねの情報だ。と言っても、夜の内に居場所を特定するのは無理だった。が、誘拐犯と思しき男に心当たりがあってな。これがその男の人相書きだ」
カウンターに出された紙に目を通す。
紙に書かれた男は、濃い茶色の髪に、黒い瞳をしていた。年齢を感じさせない顔に、見覚えはない。精悍な顔だが、飄々とした雰囲気がある。
「ああ、そうだ。クラークは、その男に見覚えがあるみたいだったぜ」
カーディナルの言葉に首を傾げる。俺とクラークは、ほぼ一緒に行動している。特にサエが来てからは。なのに、俺に覚えがない奴とどうやって知り合ったんだろうか?俺と会う前に出会ってたとか、か?・・・有り得ない話でもない、かも。俺も、クラークの全てを知っているわけではないし。それにしては、なんか腑に落ちないが。まあ、考えても仕方ないか。
俺もこの人相書きを手掛かりに、出発しよう。
「カーディナル、ありがとう。俺も行くよ」
「おい、早急すぎだ。もう一つ情報がある」
「えっ、それは?」
「アヤメの組織も、本格的に動き出してる。サエ捜しの他でも動いてるらしい。こっちも目的が見えない以上、警戒するに越したことはないぜ」
「分かった」
今度こそカーディナルにお礼を言って、店を出た。
さて、とりあえず地図にあった区画に行ってみよう。それなりに広かったが、多分クラークもそこから捜索を始めるだろう。合流できるかは分からないが、行って損はない。
方針を決めて、歩き出す。早くサエを見つけないと。俺の頭には、それしかなかった。
読んで頂き、ありがとうございます。
次もタクト視点です。そろそろサエと合流・・・できたらいいな。




